コラム

映画『キャプテン・マーベル』は何と戦い、何を打ち破ったのか?

映画『キャプテン・マーベル』は何と戦い、何を打ち破ったのか?

テキスト
Casper(Shut Up Kiss Me Records)
編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)

何度でも立ち上がってきたキャプテン・マーベル。彼女が戦っていたものの正体

「この映画で最もパワフルに感じられるのは、主人公キャロルが自身の限界を超える力を自らのものにした喜びだ」。アメリカのフェミニズム系メディア『BUST』はこのように評した。

『キャプテン・マーベル』では、ヒーロー映画にありがちな、わかりやすく善悪の構図を規定するものが劇中には存在しない。キャロルの最大の敵として描かれるのは、「感情的になるな」「女には無理だ」といった、彼女に対して向けられる抑圧だ。皮肉なことに、キャロルがこの映画で抱えた苦悩は、現実世界でこれ以上ないほどに可視化された。『キャプテン・マーベル』はネットトロール(荒らし)たちの標的となったのだ。

公開前、アメリカの映画レビューサイトRotten Tomatoesでは、『キャプテン・マーベル』の「WANT TO SEEスコア(鑑賞意欲を測る指数)」が集団投票によって28%まで低下、レビューとは到底言えないようなコメントも相次いだ。誰も映画を観ていないのにも関わらず、だ。「女性らしい笑顔がない」という理由で、キャロルを演じるブリー・ラーソンの顔を笑顔に加工した画像が流布されもした。もはや荒らしとは呼べない、れっきとした差別行為である。劇中でキャロルに対して向けたられた抑圧は、決してフィクションのなかだけの出来事ではない。

『キャプテン・マーベル』より
『キャプテン・マーベル』より

キャロルが力を得たのはアクシデントであったが、それを引き起こしたのは彼女のとっさの選択だ。もっと言えば、彼女は力を得る前から何度も立ち上がってきた。しかし、大事なのは彼女のパワーや立ち上がったことではない。常にそこに彼女の選択があったこと。抑圧を無にし、常に選択の余地を自らの手元に持つこと。誰かがそれを許されない状況を強いられていたら、そのために立ち上がり、手を貸すこと。キャロルは立ち上がったからヒーローというわけでも、ヒーローだから立ち上がったわけでもない。キャロルはただ、キャロルであろうとした。記憶喪失や洗脳、抑圧は彼女にそれを許さなかった。

それでも、愛する親友との会話や、そこに残された記憶喪失以前の写真──「それは=かつて=あった」ことを示す写真が、キャロルの現在へと指向するというシークエンスは、そのままこの映画自体の構造と相似を成す──によって、彼女は「ありのままを新たに見つける」という矛盾にたどり着く。挫折から覚醒へのわかりやすい力学を用いない本作は、これまでのヒーローの物語からすると外連味がないかもしれない。だからこそ、この映画が提示したヒーローのロールモデルとストーリーは、観る者の記憶に、日々に、これからに強く直結する。

「ありのままで」。使い古された言葉だが、『キャプテン・マーベル』はその響きを恐れない。ステレオタイプ、カテゴライズ、大きな主語、抑圧に対して、個の選択をもって何度でもNOを突きつける。1995年、キャロルが着たのはNine Inch NailsのTシャツだった。もちろんそれはそれで最高にクールだけど、もしかしたらこの先、同じようにグレタ・ガーウィグやアネット・ベニングの、あるいはブリー・ラーソンのTシャツを着るヒーローも出てきたら、どんなに素敵だろう。

Nirvanaがライブで抗議を表明したオレゴン州の住民投票では、同性愛者の住む家に爆弾が投げ込まれ、殺害されるという悲惨な事件が起きる。これに対し、あるグループがホワイトハウスの前で文字通り「火を食べる」抗議活動を行った。そのグループの名前は「Lesbian Avengers」。彼女たちが火を口にしたときのチャントはこうだ。「炎は私たちを焼き尽くしはしない。私たちはそれを飲み込み、自分のものにする」(Lesbian Avenger Documentary Projectオフィシャルサイトより筆者訳)。

『キャプテン・マーベル』プレビュー映像(オフィシャルサイトを見る

『キャプテン・マーベル』より
『キャプテン・マーベル MovieNEX』ジャケット(Amazonで見る

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作品情報

『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』

2019年6月28日(金)から全国公開
監督:ジョン・ワッツ
脚本:クリス・マッケナ、エリック・ソマーズ
原作:スタン・リー、スティーヴ・ディッコ
出演:
トム・ホランド
サミュエル・L・ジャクソン
ゼンデイヤ
コビー・スマルダーズ
ジョン・ファヴロー
J・B・スムーヴ
ジェイコブ・バタロン
マーティン・スター
マリサ・トメイ
ジェイク・ギレンホール
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

リリース情報

『Epitaph』(CD)
『キャプテン・マーベル MovieNEX』

2019年7月3日(水)発売
価格:4,536円(税込)
監督:アンナ・ボーデン、ライアン・フレック
出演:
ブリー・ラーソン
ジュード・ロウ
サミュエル・L.ジャクソン
クラーク・グレッグ

『Epitaph』(CD)
『キャプテン・マーベル 4K UHD MovieNEX』

2019年7月3日(水)発売
価格:8,640円(税込)
※2019年6月5日(水)より先行デジタル配信中
(C) 2019 MARVEL

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