なぜマーベルはムスリムの少女をヒーローに?『ミズ・マーベル』誕生の裏側、時代背景を紐解く

「茶色い肌の女の子が世界を救うわけない」。

Disney+で配信中のドラマ『ミズ・マーベル』の主人公、カマラ・カーンは第1話でぽつりとこう口にする。

それもそのはず、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)で黒人ヒーロー作品である『ブラックパンサー』が公開されたのが2018年、初の単独女性主演作となった『キャプテン・マーベル』の公開は2019年、初のアジア系ヒーロー作品『シャン・チー/テン・リングスの伝説』は2021年。

先述の発言は、アベンジャーズオタクで、パキスタン系のイスラム教徒のティーンエイジャーであるカマラにとって、悲しくも受け入れざるを得ない現実に根ざしている。

しかし実際には、カマラは自らの物語を通じてその現実を打ち破り、スーパーヒーローとして活動していくことになる。世界中に巨大なファンダムを持つMCUにおいて、マイノリティーであるムスリムをレプリゼントする『ミズ・マーベル』という物語が描かれる社会的な意義は大きい。

この原作・ドラマの誕生の裏側には、何があったのか? マーベルがイスラムのキャラクターをどう描いてきたかを振り返りつつ、本作の背景を紐解いていく。

(メイン画像:『ミズ・マーベル』より (C) 2022 Marvel)

『Ms.マーベル』予告編

マーベルはムスリムのキャラクターをどのように描いてきたのか?

ブラックパンサー(1966年初出)やルーク・ケイジ(1972年初出)など、長い歴史と根強い人気を持つアフリカ系キャラクターを擁するマーベル・コミックス社だが、ミズ・マーベルに代表されるムスリムのキャラクターがメジャーな活躍を見せるのは、21世紀に入ってからのこととなる。

それ以前のコミックでは、ムスリムのキャラクターは、「ターバンを巻いて曲刀を持ち、名前はアブドゥル」的な、ステレオタイプに過ぎるキャラクターがさして重要でもないゲストキャラクターとして登場する程度で、ミズ・マーベルのように主役を張れるようなキャラクターは存在していなかった。

なぜか。単にムスリムのキャラクターに需要がなく、送り手も特にムスリムに目を向けようとしていなかったからである。

マーベル・コミックス社は、伝統的に社会の流行を取り入れるのに機敏な会社だ。1960年代中頃に「ブラックパワー」ムーブメントが起きれば、アフリカ系ヒーローのブラックパンサーを登場させる。1970年代にディスコブームが起きれば、サテン地のコスチュームに身を包んだアフロヘアーのヒーロー、ルーク・ケイジを生み出す。

ウーマン・リブ運動が高まれば、初代ミズ・マーベル(キャロル・ダンバース、のちのキャプテン・マーベル)を誕生させ、ジェームズ・クラベルの時代小説『将軍』(1975年)がベストセラーになれば、日本刀を振り回すチョンマゲのサムラーイをヴィランとして登場させる……等々。

『ブラックパンサー』(2018年)予告篇
『キャプテン・マーベル』(2019年)予告篇

が、20世紀のアメリカの社会において、そこまでムスリムに目を向けるようなムーブメントは起きておらず、結果、マーベル・コミックスの作家陣も、ムスリムのキャラクターを精力的に登場させず、ましてや主役を張れるほどにキャラクターを掘り下げようともしなかった。

ミズ・マーベルと、それ以前に存在したムスリムのキャラクターたちの決定的な違い

だが2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件が勃発したことで、アメリカの社会は、否が応でもムスリムに目を向けざるを得なくなった。そしてそうした社会の動きを受けて、マーベルのコミックにも、ムスリムが登場する頻度が上がっていった。

当初それは、「中東を根城とするテロリスト軍団」系のヴィランの登場頻度が上がる、という、わかりやすいかたちで現れた。

マーベル・シネマティック・ユニバースの第一作『アイアンマン』(2008年)は、自社で開発した軍事兵器の実験をアフガニスタンで行なったトニー・スタークがテロ組織(テン・リングス)に拉致されるところからはじまる

なかには、「スーパーヒーローが中東に乗り込んで、テロリスト軍団を根絶やしにする」という牧歌的な願望を込めたコミックを描き下ろした作家もいたが、やがて、そうした一義的な描かれ方に対して疑問を抱き、もっと多様なかたちでムスリムのキャラクターを描けるのではないかという点に着目する作家も現れることとなった。

その先駆けとして登場したのが2002年の『ニューX-MEN』第133号で初登場したダスト(ソラヤ・カディール)だった。彼女は肉体を砂に変化させる超能力を持つミュータントで、X-MENのウルヴァリンによって中東の奴隷商人から救出された後、新世代ミュータントの一人としてそこそこ活躍していく。

……が、真っ黒なブルカを着て、砂に関連した超能力を持ち、つつましやかな性格で、アメリカ文化にカルチャーショックを受ける彼女は、あまりにもステレオタイプなムスリムの女性に過ぎると、逆に批判されることとなる。

一方、ベテランライターのピーター・デイヴィッドは、もう少し巧妙なやり方で、ムスリムのキャラクターを導入させた。

2011年に刊行された『X-ファクター』第217号で、デイヴィッドは、同誌のレギュラーキャラクターであるM(モネ・サンクロワ)を「じつはムスリムだった」と告白するかたちで、ムスリムのキャラクターを同誌に導入したのだ。

同号は、ムスリムの集会所の設立に抗議し、「ムスリムはミュータントよりもひどい」と声を上げる市民デモに対し、Mが自分はミュータントでありムスリムでもあることを表明して真っ向から対立。しかしX-ファクターを狙う暗殺者により、事態は急展開を見せる……といった具合の内容ではあったが、以降の『X-ファクター』誌上では、彼女がムスリムであることは、さほど物語には絡まず、少々不完全燃焼に終わった。

とはいえ、ミュータントという架空の「差別される者」の奮戦を描く『X-ファクター』という作品上で、ムスリムへの差別に抗議したデイヴィッドの姿勢は、一定の評価を受けた。

この2例は、要するに、社会が目を向けている対象、作家にとっては「いま、語るべき物語」となりうるモチーフがあろうとも、対象を適切に理解していなければ、ステレオタイプなキャラクターしか生み出せなかったり、踏み込んだ物語にはならない、という話である。

近年で最も成功した新キャラクター、ミズ・マーベルの誕生の背景

そうしたなかで、「いま、語るべき物語」を持ち、かつ、語るに足る理解を持ち合わせた作家らによるムスリムのキャラクターとして登場したのが、ミズ・マーベルだった。

2014年初頭に単独誌が創刊された『ミズ・マーベル』の企画は、もともとはマーベルの編集者で、ムスリムでもあるサナ・アマナットと、同僚のスティーブン・ワッカーの会話から生まれた。

アマナットが少女時代に「アメリカ生まれのムスリム」として苦労した話を面白がったワッカーが、「ムスリムのティーンエイジャーがヒーローになる」コミックの企画を思いついたのだった。やがて、アマナットらは、実力派のコミック作家であり、自身もムスリムのG・ウィロー・ウィルソン(※)と接触。

※ウィルソンは、大学時代に世界中の宗教について独自に学び、そのうえで、自身に最も適した宗教であるイスラム教に改宗したという人物としても知られる

アメリカで生きるムスリムを、適切に描こうというアマナットの意欲に心を動かされたウィルソンがライターとして参加したことで、『ミズ・マーベル』の企画は本格的に始動する。

アマナットとウィルソンらにより、その出自やコスチュームが決められ、舞台もジャージーシティという、マーベルヒーローの大多数が活躍するニューヨーク市の河の向こうにある「やや田舎」に決定した。

『ミズ・マーベル』の物語は、ジャージーシティ出身の、マンハッタンとそこで活躍するスーパーヒーローに強い憧れを抱くティーンエイジャー、カマラ・カーンが、ひょんなことから肉体を自在に変形させる超能力を得たところからはじまる。

敬虔なムスリムである両親に育てられたカマラは、超能力を私欲のためでなく、正義のために使うこととし、尊敬するキャプテン・マーベル(キャロル・ダンバース)の最初期のコードネームにあやかり、「ミズ・マーベル」を名乗ってヒーロー活動を開始。

折しも地元ジャージーシティで暗躍を始めたスーパーヴィランと戦っていく。しかし、学生生活や友達との付き合い、そしてムスリムゆえの厳しい門限が、彼女のヒーロー活動を困難なものにするのだった……。

『ミズ・マーベル』より (C) 2022 Marvel
『ミズ・マーベル』より (C) 2022 Marvel
『ミズ・マーベル』より (C) 2022 Marvel
『ミズ・マーベル』より (C) 2022 Marvel

『ミズ・マーベル』では、なぜムスリムの少女の等身大の日常が描かれるのか?

「マーベル初のムスリムが主人公のシリーズ!」という点を強調して宣伝がなされていた『ミズ・マーベル』だが、制作陣はムスリムを「特別なもの」として描かず、あくまでカマラという多感なティーンエイジャーを構成する要素のひとつとして描くことに心を砕いた。これは本作を語るうえで重要な点だ。

マイノリティーに属するキャラクターを描くうえで、マイノリティーを「特別な存在」として描くというのは、フィクションに置いて陥りがちな罠だ。しかし、『ミズ・マーベル』では、カマラのムスリムとしての日常をリアルに描きつつも、けしてそれらを特別なものとして描いてはいなかった。

BLTサンドをうらやんだり(※)、ボーイフレンドとの適切な距離感に悩むムスリムとしてのカマラの葛藤は、超能力がうまく使えない悩みや、ヒーロー活動に友達を巻き込んでしまったことへの葛藤と等価に語られ、それゆえに読者も、種々のカマラの葛藤に感情移入しやすくなっている。このあたりは、実力派ライターである、ウィルソンの面目躍如といっていい。

※イスラムでは禁じられている豚のベーコンが入っているためBLTサンドを食べられない、というシーンが原作一作目(G・ウィロー・ウィルソン脚本、エイドリアン・アルフォナ作画、秋友克也翻訳『Ms.マーベル:もうフツーじゃないの』)の冒頭で描かれる(外部サイトを開く

『ミズ・マーベル』より (C) 2022 Marvel
『ミズ・マーベル』より (C) 2022 Marvel
『ミズ・マーベル』より (C) 2022 Marvel
『ミズ・マーベル』より (C) 2022 Marvel
『ミズ・マーベル』より (C) 2022 Marvel

「私はムスリムの少女の困難を書きたいのではない。読者を楽しませることを第一としている」。

シリーズ創刊にあたってのインタビューでそう答えたウィルソンは、以来、その姿勢を崩さぬまま、2017年までの3年間に渡り『ミズ・マーベル』のシリーズを担当し、ミズ・マーベルは、近年で最も成功した新キャラクターとなった。

Disney+で『ミズ・マーベル』のドラマ版が製作されるに至ったのも、カマラ・カーンというキャラクターの人気があってのことであり、けして彼女が「マイノリティーだから」という理由だけではないだろう。

ちなみにドラマ版の『ミズ・マーベル』は、エグゼクティブプロデューサーとしてサナ・アマナットが参加しており、おそらくはアマナット&ウィルソン期の『ミズ・マーベル』の作風を強く反映した内容になると思われる。

『ミズ・マーベル』スポット映像
作品情報
『ミズ・マーベル』

2022年6月8日(水)よりディズニープラスにて独占配信中

出演:
イマン・ヴェラ―ニ
マット・リンツ
リッシュ・シャー


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