キャットウーマンから見る映画『ザ・バットマン』。「捨て猫」が物語にもたらした「格差」の問題

(メイン画像:映画『THE BATMAN-ザ・バットマン-』より / ©2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & ©DC)

「猫のような女性」というと? キャットウーマンに息づく、2つの相反する女性像

「猫のような女性」というと、なにを思い浮かべるだろうか。

典型的なものだと、常識や周囲にとらわれない奔放な姿かもしれない。猫と女性にまつわるイメージを探求する著作『Cat Women』(2020年)を上梓したアリス・マディコットによると、そうしたイメージは、西洋史において相反する女性像を根づかせたのだという。

ひとつは挑発的で「セクシー」な女性像である。「子猫ちゃん」など、性的魅力を感じさせる女性と猫を関連させる言葉は数多い。反対に「セクシーではない」「クレイジー」な女性を意味する場合もある。中世ローマカトリック教会や魔女裁判の頃より、夜間に外出する女性や男性パートナーを持たない独身女性への侮蔑として「キャットレディ」といった言葉が用いられてきたという。

「セクシー」と「クレイジー」な猫的女性像は、かつてのキリスト教信仰、あるいは権力を持っていた男性たちの視点と深く関わっているようだ。

「猫は、自立していて、その多くに知性がある。かつて女性をコントロールしたがった人々がそうなってほしくなかったイメージなのです」(アリス・マディコット)(*1)
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「猫は、男性たちが扱いにくかった女性たちの特徴をあらわしている。従順ではなく、十分な愛情表現を行なわない」(ブルックリン大学教授、故キャサリン・M・ロジャース)(同上)
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翻って、現代大衆文化においては「社会規範に従わない女性像」としてフェミニズム的人気を集める面もあるだろう。

こうした多面的なイメージを踏まえれば、キャットウーマンとしてのセリーナ・カイルは「猫のような女性」像を象徴するキャラクターかもしれない。

1940年、DCコミックス『バットマン』のヴィランとして誕生したこの泥棒は、当初「(犬のように友好的で忠実な男性に対して)女性はクールで信頼できず、理解しにくい猫のよう」(*2)といった観点のもと、セクシーなアイコンとして創造された。

以降、さまざまな解釈やイメージを付与されていき、その魅力も刷新されていった。いまではバットマンとの恋仲、あるいは敵にも協力者にもなる、グレーゾーンな倫理観を持つアンチヒロインとしての姿が有名だろう。

ミシェル・ファイファー版キャットウーマンが浮き彫りにした、90年代アメリカの女性たちの現実

実写映画版に限っても、キャットウーマンというキャラクターは、多面的な女性として描かれ、変化してきた。

代表例は「映画史上最高のヴィランの一人」とも評されるティム・バートン監督作『バットマン リターンズ』(1992年)におけるミシェル・ファイファー版だろう。

同作のセリーナは、労働意欲が強いものの、女性秘書であるゆえに男性社員から見下されている中産階級の独身女性だ。

ある日、能力の高さも相まって上司に殺害されたことで、妖艶なキャットウーマンとして目覚める。夜の街で暴漢を倒すと同時に被害者女性の弱さを叱咤する、怒れるヴィランになったのだ。「人生がビッチだから、私もそうなった(Life's a bitch, now so am I.)」というのが当人の弁だが、こうした被害者的造形からは、1990年代アメリカの「男女共同参画社会」が浮かび上がる。

『バットマン リターンズ』でセリーナ・カイルがキャットウーマンとして目覚める一連のシーン

女性の社会進出促進に伴い「男女平等の達成」が喧伝されたというが、現実の職場では性差別が色濃かったという。ファイファー版は、現実の働く女性たちから共感を呼ぶかたちで「セクシー」かつ「クレイジー」な魅力を発揮したのではないか。

加えて、ファイファー版セリーナは、バットマンであるブルース・ウェインと恋に落ちていくが、マスク姿と個人としての像に引き裂かれる「似た者同士」でありながら、各人が掲げる「正義」と「復讐」の違いも示唆されている。

アン・ハサウェイ版が打ち出したアンチヒロインとしての「強さ」

2012年に公開されたクリストファー・ノーラン監督作『ダークナイト ライジング』のキャットウーマンは、違った魅力を持っている。

アン・ハサウェイ演じるセリーナ・カイルは、ファイファー版に比べて自立した気風で、嘘泣きで人を欺いたり、バットマンを裏切ったりもする。

加えて、貧困のなか生存してきた泥棒の立場から、富豪であるブルース・ウェインがいかに経済的に恵まれていたか指摘するキャラクターでもあった。社会規範に従わない女性像が「強さ」として魅力になっているアンチヒロインと言える。

ミシェル・ファイファーとアン・ハサウェイのあいだには、ハル・ベリーが主演を務めた『キャットウーマン』(2004年)も存在している。遡って1966年公開の『バットマン/オリジナル・ムービー』では、リー・メリーウェザーがキャットウーマンを演じた

キャットウーマンをバイセクシャルと解釈したゾーイ・クラヴィッツ

「もっともコミック版に近い」と好評なマット・リーヴス監督の2022年作『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のキャットウーマンは「ストリート・スマート」として立脚されている。映画版で比較するならば、バットマンと「似たもの同士」なファイファー版、より自立したハサウェイ版の要素を併せ持つキャラクターでもある。

他方で議論も起きている。『ザ・バットマン』のセリーナは、演者にバイセクシュアルだと認められたことが話題となった。劇中、セリーナは行方不明になった同居人アニカ・コスロフを「ベイビー」と呼んでいる。この二人がロマンチックな関係だったというのが、クラヴィッツの解釈である。

しかしながら、そのセリーナがアニカの安否がまだわかっていない状況でバットマンにキスするため「設定がブレているようでよくわからない」「『男女を性的に惑わす不義理な / 同性パートナーとは浅い関係のバイセクシュアル』ステレオタイプのようになっている」といった批判もあがっている。

クラヴィッツ版を読み解くにあたって『ザ・バットマン』のコンセプトも重要だろう。

監督が志向したプロットのひとつは、キャットウーマンを含めたヴィランたちのオリジンである。つまり、今作のセリーナは、まだキャットウーマンになっていない、ある種未熟な存在なのだ。

クラヴィッツいわく、ファムファタール的存在になるのも今作のあとだというから、これまでの映画版キャットウーマン像とは段階から異なっている。

「捨て猫」と超富裕層のロマンスが際立たせる格差。若きバットマンの物語にはどんな影響が?

「バットマンは(ゴッサムシティの)現行システム内で街を癒せると信じているけど、セリーナはシステムを焼き尽くすことで再起できると信じている。彼女は救済の改革があるなんて思っていない」(ゾーイ・クラヴィッツ、『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のブルースとセリーナについて)(*3)
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『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のセリーナがキャットウーマンとしては未熟な存在であるのと同様に、本作のバットマンは活動しはじめて2年目という設定で描かれている

「延々と腐敗がなくならない都市」ゴッサムシティを舞台にした今作で「絶対的中心」とされたのが、ブルースとセリーナのロマンスだ。そのなかで際立つ今日的な要素こそ、現実社会でも深刻化する「格差」問題だろう。

貧困のなか孤児として育ち泥棒となったセリーナは、著名な超富裕層であるブルース・ウェインを含めた「白人男性の特権」への怒り、それにあたらぬ人々の命が軽んじられる憤りを表明する。監督は意図していなかったとされるが(*4)、観客間ではパンデミック危機下のBlack Lives Matter運動を想起させたラインだ。

主演ロバート・パティンソンいわく、ブルースは、彼にとって「悪しき犯罪者」であるはずのセリーナに惹かれたことで、自身の二元的な正義感を改めていく。ハサウェイ版にも見られたバットマンとの「格差」要素──深読みするなら、泥棒のキャットウーマンがグレーな倫理観を持たざるをえなかった立場であったこと──が、今作では物語の中心に組み込まれている。

ゾーイ版が打ち出した「主流社会から逸脱せざるをえなかった者たちの守護者」としての姿

気に留めるべきは、猫そのものかもしれない。今作の「ストリート・スマート」たるキャットウーマン像のシンボルこそ、セリーナがアニカとの住居で飼っている猫たちなのだ。キャラクターの背景について語り合った際、監督が感銘を受けたのは、クラヴィッツの「捨て猫(Stray Cat)」および「はぐれ者(Stray)」にまつわる解釈だったという。

「セリーナは、孤児で、はぐれる者だったから猫を拾っていっている。彼女ははぐれ者たちを守っていくと決めたから」(*5)
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「もう二度とはぐれる立場にはなりたくないからこそ、はぐれ者たちをケアしたい想いが強い」(*6)
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アニカとの関係性についてはさまざまな解釈が可能だが、基本的に、はぐれる者同士の親密な関係ということだろう。

もうひとつ確かなのは、クラヴィッツ版セリーナ・カイルが、主流社会から逸脱せざるをえなかった者たちの守護者であることだ。今後の『ザ・バットマン』シリーズに再度登場するとしたら、社会規範に従わないアンチヒロインというだけでなく、弱き人々を救うヒーローとしてのキャットウーマンを観られるのではないだろうか。

*1:BBC「The ancient roots of Catwoman」より(外部サイトを開く

*2:共同クリエイターのボブ・ケイン『Batman & Me』(1989年、Eclipse Books)参照

*3:Teen Vogue「Robert Pattinson & Zoë Kravitz on How “The Batman” Relates to the World We Live in」より(外部サイトを開く

*4:GamesRadar+「The Batman director Matt Reeves talks Ben Affleck, Joker, and why Batman's actually really weird」参照(外部サイトを開く

*5:DC Comics「Matt Reeves, Robert Pattinson and Zoë Kravitz tapped into nightmares drawn from comics and real life in creating their new take on the Dark Knight.」より(外部サイトを開く

*6:PEDESTRIAN.TV「Riddle Me This: Is Catwoman Bisexual In The Batman? We Asked Zoë Kravitz & Director Matt Reeves」より(外部サイトを開く

作品情報
『THE BATMAN-ザ・バットマン-』

2022年3月11日(金)公開

配給:ワーナー・ブラザース映画
監督:マット・リーヴス
脚本:マット・リーヴス、ピーター・クレイグ

出演:
ロバート・パティンソン
コリン・ファレル
ポール・ダノ
ゾーイ・クラヴィッツ
ジョン・タトゥーロ
アンディ・サーキス
ジェフリー・ライト


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