コラム

映画『惡の華』が祝福する思春期。中二病は今もどこかで咲き誇る

映画『惡の華』が祝福する思春期。中二病は今もどこかで咲き誇る

テキスト
熊代亨
編集:矢澤拓(CINRA.NET編集部)

映画『惡の華』のどんなところがリアルかと問われたら、私は、中学生特有の思春期心性がとりわけリアルだと答える。思春期は誰もが通り過ぎる多感な時期だから、誰であれ、この作品にシンパシーや身悶えを感じずにはいられないだろう。主人公の春日が佐伯さんの体操着からシャンプーの匂いを鼻腔いっぱいに吸い込んだように、この作品から思春期心性の痛々しさと力強さ、かけがえのなさを存分に吸い込んでいただきたい。

※この記事は映画『惡の華』のネタバレを含みます。

『惡の華』予告編

映画『惡の華』が公開。アイデンティティの空白にもがき苦しむ中学生をリアルに、どこか尊いものとして描く

舞台は、閉塞感の漂う地方都市。主人公・春日(伊藤健太郎)はボードレールの『惡の華』を読むことで「自分は他の連中とは違う」と自分に言い聞かせるような、今でいう「中二病」男子の典型だ。その彼がクラスのマドンナ的存在である佐伯さん(秋田汐梨)の体操着を拾って持ち去るところから物語は始まる。その一部始終をクラスの問題児である女子生徒・仲村さん(玉城ティナ)に見られて秘密を握られ、「変態」的な行動を要求されるようになる。春日は「僕は変態じゃない」と自分自身に言い訳をしながらも、リビドーに流され、自分自身のアイデンティティの空白に直面し、懊悩していく。

伊藤健太郎演じる主人公・春日 ©押見修造/講談社 ©2019映画『惡の華』製作委員会
伊藤健太郎演じる主人公・春日 ©押見修造/講談社 ©2019映画『惡の華』製作委員会
「自分は普通」と「自分は特別」のはざまで揺れ動く ©押見修造/講談社 ©2019映画『惡の華』製作委員会
「自分は普通」と「自分は特別」のはざまで揺れ動く ©押見修造/講談社 ©2019映画『惡の華』製作委員会

大人になった身体はあるが、人生に通用しそうな力は持ち合わせていない。「まだ何者でもない」中学生は無力な存在

中二病の中学生男子は無力な存在だ。身体は大人になりかけていても、心は大人になりきれない。中学生時代というのは、身体の急激な成長に精神的な成長も社会的な立場もついていかない、思春期のなかでもひときわ難しい時期だ。第二次性徴は、子ども時代の振る舞いやアイデンティティを時代遅れにしてしまい、「男として・女として」ふさわしい振る舞いやアイデンティティを獲得するよう迫ってくる。

ところが中学生にはそのための知識や経験が欠如し、そのくせリビドーが大人以上に溢れかえっているものだから、どうしたって不器用な振る舞いになってしまう。子どもでなくなった身体にふさわしいアイデンティティを獲得するのも難題で、この段階では自分にできることもできないこともわからないし、これからの人生で通用しそうなものもまだ持ち合わせていないのだから、「まだ何者でもない自分」や「まだ空っぽの自分」に悩むことになる。

春日がボードレールを読み、「自分はほかの連中とは違う」と思い込もうとするのは、そうしたアイデンティティの至らなさを埋め合わせるためのあがきと理解できるし、湧き上がるリビドーを何とか制御し、自分自身の成長のために振り向ける試みとみることもできる。

©押見修造/講談社 ©2019映画『惡の華』製作委員会
©押見修造/講談社 ©2019映画『惡の華』製作委員会

ところが笑っちゃうほどこれが上手くいかない。春日はこれが自分のアイデンティティだと言わんばかりに『惡の華』を読み、仲村さんや佐伯さんに名刺代わりに差し出してみせるのだが、いざ内面を問いただされるとそれが血肉になっていないことが暴露され、僕は空っぽなんだと白状してしまう。佐伯さんや仲村さんに対し、いっぱしの男として振る舞おうとしているが、肝心なところでは自己中心性が露わになって彼女たちを傷つけ、苛立たせてしまう。荒れ狂うリビドーは結局どこへも吐き出すことができず、そのさまを、井口昇監督は胸をのぞき込むカットや透けてみえるブラジャーのカットをとおして容赦無く描ききる。一挙一動がいちいちみっともないのがとてもいい。

「やけにモテる文学少年」という春日のシチュエーションはちょっと非現実的だが、その非現実的なシチュエーションをとおして描かれる春日のみっともなさは恐ろしくリアルだ。中学生男子に普遍的なものが、ここには描かれている。

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作品情報

『惡の華』

2019年9月27日(金)からTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

監督:井口昇
脚本:岡田麿里
原作:押見修造『惡の華』(講談社『別冊少年マガジン』所載)
出演:
伊藤健太郎
玉城ティナ
秋田汐梨
北川美穂
佐久本宝
田中偉登
松本若菜
黒沢あすか
高橋和也
佐々木すみ江
坂井真紀
鶴見辰吾
飯豊まりえ
配給:ファントム・フィルム

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