
ボン・イヴェール、10年の足跡の全て 分断と衝突の時代に捧ぐ歌
Bon Iver- テキスト
- 木津毅
- リードテキスト:小林祥晴(The Sign Magazine) 編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)
2019年、人々が再び集う秋。「わたし」と「わたし」についてのアルバム『i, i』を携え、なぜBon Iverはアジアにやって来るのか?
Bon Iver『i, i』を聴く(Apple Musicはこちら)
2010年代も終わろうとしているが、それでも対立は終わらない。トランプはメキシコとの国境の「壁」を諦めていない。そして、ヴァーノンは地元ウィスコンシンを離れ、国境が直に見えるテキサスへと向かった。そこに仲間たちが集められ、たくさんのアイデアとエモーションが交換され、『i, i』は生まれた。
『Eaux Claires』から発展させる形で、ヴァーノンは「PEOPLE」という名のアートコレクティブを結成している。「人びと」――それは、アメリカにおける民主主義というコンセプトの根幹に関わるアイデアである。民主主義とは単なる多数決のことではなく、様々な出自や意見を持つ人間たちがそれぞれの文化や豊かさを分け合い、共存できる場所を目指すことだ。Bon Iverはいま、それを象徴する音楽としてひとつの到達点を迎えた。
『i, i』には相変わらずたくさんの音楽がミックスされているが、『22, A Million』で見られた衝突や混乱は和らぎ、オーガニックな響きのもとでより細やかに洗練された音を聴かせている。そして「人びと」が……ゴスペルナンバー“U (Man Like)”のイントロでカントリー / フォークの大御所ブルース・ホーンズビーが清らかなピアノを弾けば、新世代のソウルシンガーであるモーゼス・サムニーが歌を引き継ぎ、女性コーラスとシェアされる。ジェイムス・ブレイクのような大物のゲストもいるが、もちろん、Bon Iver最初期からの仲間たちもいる。
また、“Naeem”のようなストレートに力強いロックナンバーが核を成しているのも『i, i』の大きな特徴だ。そこではヴァーノンの声はファルセットではなく、エフェクトもかけられず、丸裸でアンサンブルを先導していく。収穫の季節――そこでは、コミュニティーによって生まれる音楽が何よりも力強いものだと、彼がついに確信したように聴こえるのである。
Bon Iverは2020年というエレクションイヤーに向けて、そして新たなディケイドの始まりに向けてツアーを続けている。アメリカにとって正念場の年になるのは間違いない。ただ、彼らがいま鳴らす音は何も、アメリカだけに向けられたものではないはずだ……なぜならば様々なアイデンティティーや価値観を巡る分断は、現在世界中で発生していることだからだ。アジアは韓国、タイ、シンガポール、インドネシアと回り、そして日本にもやって来る。アジアの隣国たちとの対立が喧伝される現在の日本で、Bon Iverの理想はどんなふうに響くだろうか?
かつて山小屋でたったひとり孤独に向き合い歌っていた男はいま、数々の分断を乗り越えるための音楽を仲間たちと鳴らしている。『i, i』で見られるモチーフは気候変動や格差経済といった「わたしたち」みんなが直面する危機であり、それに立ち向かうためにこそ、「わたし」と「わたし」が出会い、重なり合い、ぶつかり合いながら調和しようとしている。美しく、力強い歌――それは10年前から変わっていない。だけどいま、Bon Iverの音楽はこんなにもしなやかに成熟した。それは対立を克服しようとする「人びと」に対する信頼が生み出したものであり、そのハーモニー、アンサンブルは、新しい時代をともに作っていく決意に満ちている。
イベント情報

- 『Bon Iver 来日公演』
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2020年1月21日(火)、1月22日(水)
会場:東京都 お台場 Zepp Tokyo
料金:指定席9,600円 スタンディング8,600円(共にドリンク別)
※指定席はソールドアウト
プロフィール

- Bon Iver(ぼん いゔぇーる)
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米ウィスコンシン州出身のシンガーソングライター=ジャスティン・ヴァーノンのソロプロジェクトとしてスタート。2011年に発表した2ndアルバム『Bon Iver, Bon Iver』が、全米チャート初登場第2位を皮切りに、世界各地で大ヒットを記録する。このアルバムは、『第54回グラミー賞』にて主要3部門を含む全4部門ノミネートされ、『最優秀新人賞』と『最優秀オルタナティヴミュージック・アルバム賞』を勝ち取った。2019年8月、4作目となるアルバム『i, i』をリリース。2020年1月には4年ぶりとなる来日公演を控える。