コラム

『あつまれ どうぶつの森』コミュニケーションの代替だけでない魅力

『あつまれ どうぶつの森』コミュニケーションの代替だけでない魅力

テキスト
島貫泰介
編集:後藤美波(CINRA.NET編集部)

ハイブランドや有名美術館も参加。コロナ禍で制限された経験の代替がゲーム内で展開

もう一つ指摘すべきは、本作がリリースされたタイミングだろう。2019年末に中国から始まった新型コロナウイルス流行は、本作発売日の3月20日時点で日本でも猛威を振るっており、3月2日には全国の小中学校、高校が政府からの要請で一斉臨時休校を始め、大人たちのリモートワークも本格化していた。そして発売直後の24日は東京オリンピックの延期開催が正式に決定され、そして4月7日には安倍晋三首相から緊急事態宣言が発令。マスクや消毒液の不足、海外からの観光客の激減と商店の自粛など、日本の風景が大きく変わるなかで、『あつ森』は発売されたのだ。

これを幸運なタイミングと言ってしまっては皮肉だが、同作への熱狂は凄まじかった。5月7日に任天堂が発表した決算によると、発売6週間で1341万本(世界)を売り上げ、前作の販売本数を軽々と超えた。この大ヒットに伴って、ゲーム本体であるNintendo Switchの販売本数も急激に増加(3月の売上は前年同月比の倍)。コロナ禍での生産・流通の減少が影響したとはいえ、トイレットペーパーやマスクのように、Switchもあっという間に市場から消えた。5月現在、増産体制が整うのは夏以降だと発表されている。

映画やライブといった特定の場所に人が集まる形態のカルチャーと比較して、一人ひとりがこもって遊ぶことのできるゲームが、この「コロナの時代」に適応したのは間違いない。事実、Switchに限らずPS4といった家庭用ゲーム機全体の売り上げが増加している。しかし、それ以上に『あつ森』が象徴的だったのは、ゲーム内で日常を暮らすという経験性が、コロナ禍によって中断されてしまったもろもろの活動の代替として機能したこと。またその代替の欲望を多くの人々が『あつ森』に見出した点だ。

ロートレックなどの三菱一号館美術館の作品をゲーム内に飾ることができる

発売後のかなり早い段階で、ゲーム内でフランスや香港の人々が政治デモを行ったのは象徴的だが、それ以外にもソーシャルディスタンスの施策で行うことのできない結婚式や葬儀、飲み会などが擬似的に再現されたのはいかにも「今日」的だ。また、マーク・ジェイコブスやヴァレンティノなどのハイブランドがマイデザイン機能でファッションアイテムを、メトロポリタン美術館や三菱一号館美術館などの世界各地の文化施設が所蔵品のイメージを提供して、見ることのできない、開催することのできない諸々のショーや展覧会の代替経験をゲーム上で展開したのも、これまでにない文化事象と言える。先日オンラインゲーム『フォートナイト』内でラッパーのトラヴィス・スコットがバーチャル・コンサートを行い、同時接続数1230万という驚異的な記録を打ち立てたように、ゲームが時代性を持った新たなミーティングプレイスになりつつあることを、『あつ森』もまた実証している。ちなみに、同シリーズの英題が『Animal Crossing(どうぶつ交差点)』というのも運命的だ。さまざまな人が往き交い、交差するクロッシング。

ヴァレンティノも服のデザインを配布

ほどよく開き、ほどよく閉じた『あつ森』に見出した、箱庭療法的な救い

だが、冒頭で紹介した筆者のスタンドアローンなプレイスタイルがそうであるように、現実のコミュニケーションを代替し、つながったり集まったりすることを推奨するだけが『あつ森』の魅力ではないと強調したいのも、コロナ禍にある今の感情だ。

それぞれの人にそれぞれの暮らし方があるので一概には言えないが、自宅に閉じこもることが推奨される現在の生活は、無時間的である。決まった時間に起きて学校や職場に働きに出かけ、習い事がある曜日には仕事を早く切り上げてジムや教室に向かう。そして週末にはライブハウスやクラブに出かけたり、友人と呑みに行ったりする。そういった振幅のある暮らしの時間のリズムが、その人ごとのアイデンティティを支えてきたのだ、ということをコロナ禍は思い起こさせた。筆者の場合であれば、週に数度ある取材やインタビューがひきこもりがちなフリーランス生活に変化を与える要素であったことをいまさらに痛感しているのだが、そこに今までとは違うリズムを発見して持ち込むのは、なかなか大変だ。まして、健康面や経済面に不安を持たざるをえない非常時においてはなおさらだ。

『あつまれ どうぶつの森』ゲーム内の様子(筆者提供)
『あつまれ どうぶつの森』ゲーム内の様子(筆者提供)

そのとき、筆者にとっては『あつ森』のなかで刻まれるゲーム内生活のルーティーンが救いになったのだ。朝起きるとなんとなく島の様子が気になっていて、ゲーム機を立ち上げてみる。しばらく遊んでいるうちに昨日までの感覚が蘇ってきて、そういえばお金がたまったらこの家を別の場所に移築しようと思っていたことを思い出し、空いた場所には滝を作って、ちょっとしたスペクタクルな眺望を作ってみようという創造的な野心がむくむくと湧き上がってきたりする。そうやって庭いじりするようにゲーム内世界に没入していると、時間はやがて昼になり、ステイホーム生活が始まって以来少しだけ熱心になった料理をしてみる。現実の時間と、『あつ森』内の時間がゆるやかに同期して、非日常のなかの日常における心身の健やかさの助けになる。そういう感覚を筆者は『あつ森』に持っている。ほどよく開き、ほどよく閉じた『あつ森』は、私にとって箱庭療法のような時間と場所かもしれない。

photo: Vantage_DS / Shutterstock.com
photo: Vantage_DS / Shutterstock.com

「『あつ森』がなければコロナ禍を乗り越えられませんでした」なんて言う気はさらさらない。読書や料理することの喜びや、人に会いたいと願う乾きを再認識できたこともコロナ禍が与えてくれた思わぬ恩寵だ。しかし、そのなかの大切な一つの経験に『あつ森』もたしかにある。

5月25日、緊急事態宣言も全国的に解除された。まだまだ気をつけなければいけないこと、怖いこと、困難なことは続く。けれども、そろそろこの家から足を踏み出す近い未来の想像を描けるようになってもいる。寺山修司の「書を捨てよ町へ出よう」や、高橋名人(なつかしい!)の「ゲームは1日1時間」にちなむならば、「『あつ森』をいったん置こう、町へ出よう」という感じだろうか?

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