
THE NOVEMBERSが鳴らした、混沌極まる時代のサウンドトラック
THE NOVEMBERS『At The Beginning』<今から一本だけ補助線を引いて / いままで見えなかった風景 / 聞こえなかった声達を / 迎えに行こう / その瞬間 / 世界が変わる>。THE NOVEMBERSは『At The Beginning』収録の“消失点”でこのように歌う。ソングライターである小林祐介が「補助線」という言葉に託したものは何だろうか? 優れた芸術文化によって、人々はその感性を、その価値観を、その眼と耳を通じて触れる世界を、いつだって、何度だって、自分自身の手でアップデートすることができるーーこの曲で歌われるのは、そんなことなのではないかと私は考えている。
『At The Beginning』は、THE NOVEMBERSにとって野心作、もしくは異色の変化作と位置付けることができる。本作に見られる、現実離れした異様なほど幻想的なサウンドスケープで、あるいは世界との摩擦によって生まれた聴き手の価値観をギシギシと軋ませるようなエネルギーで、彼らは何を描き出そうとしているのか。本企画では、その「音」に着目してライターの金子厚武と渡辺裕也に筆を執ってもらった。
「はじまり」を高らかに掲げる本作は、新型コロナウイルスによって予期せぬ分岐点を突きつけられた2020年代が、一体どこからはじまり、これからどんなところに向かうことができるのかということを指し示す羅針盤のような作品だと私は思っている。それは「現在進行形の宿題」「賞味期限切れのファンタジー」といった詩のかけらを引用するまでもなく。<どんな時も君の味方でいるよ / 何があろうと君の味方でいるよ いつも>とTHE NOVEMBERSは歌っている。彼らはいつもやさしい。<君はいつも / いまがはじまり>――こんな言葉をくれる人に出会えたことは、あなたにとってどれだけ幸福なことだろうか。必要なものはすべて音楽のなかに息づいている。それをどう受け取るか? 次はあなたの番だ。

THE NOVEMBERS(ざ のーべんばーず)
2005年結成のオルタナティブロックバンド。2007年に「UK PROJECT」より1st EP『THE NOVEMBERS』でデビュー。2013年10月からは自主レーベル「MERZ」を立ち上げる。2018年2月には、イギリスの伝説的シューゲイザーバンドRIDEの日本ツアーのサポートアクトを務める。同年5月、新作EP『TODAY』をリリース。2019年3月にデビュー11周年、通算7作目となる『ANGELS』をリリース。陰影を湛えた美しいメロディー、強靭でしなやか、そして破壊力を増したサウンドスケープで、バンドの存在を唯一無二かつ孤高の存在へ推し進めた。2020年5月、ニューアルバム『At The Beginning』を発表した。
「THE NOVEMBERSとL'Arc~en~Cielを結びつけるものーーyukihiroという音楽家の視点と感性」テキスト:渡辺裕也
ここ半年間で私が最も聴き込んでいる音楽は、たぶんL'Arc~en~Cielだ。きっかけはもちろん、昨年末に彼らの全作品が各ストリーミングサービスで配信されたこと。それを機に、私は期せずしてL'Arc~en~Cielの膨大なディスコグラフィーと改めて向き合うことになった。そんな最中に届いたのが、THE NOVEMBERSの新作にyukihiroが参加している、というニュースだった。
L'Arc~en~Cielを聴く(Apple Musicはこちら)
L'Arc~en~Cielはメンバー全員が突出したプレイヤーであり、同時にそれぞれが異なるセンスを携えたソングライター集団でもある。このバンドの芳醇な音楽性はそうした組織形態から育まれたものであり、彼らの作品に長く触れてきた方なら、クレジットを確認せずとも「たぶんこれはhydeが指揮した曲じゃないかな」「この曲はkenっぽい」みたいな推測もある程度はできるのではないかと思う。
では、L'Arc~en~Cielの4人はそれぞれ具体的にどんなバックグラウンドを持つ作家たちなのか。そこで参考になるのが、現在Spotifyで公開されている各メンバー選曲のプレイリストだ。
「hyde's selection -ARENA TOUR MMXX OPENING BGM- 2020.3.05 TOKYO」を聴く(Spotifyを開く)「tetsuya's selection -ARENA TOUR MMXX OPENING BGM- 2020.3.04 TOKYO」を聴くを聴く(Spotifyを開く)
「ken's selection -ARENA TOUR MMXX OPENING BGM- 2020.2.29 YOKOHAMA」を聴く(Spotifyを開く)
もともとこれらのプレイリストはツアー開演前のBGMとして用意されていたもので、とりわけ私の興味を引いたのがyukihiro選曲のプレイリストだった。
「yukihiro's selection -ARENA TOUR MMXX OPENING BGM- 2020.1.18 AICHI」を聴く(Spotifyを開く)
Nine Inch NailsやDepeche Modeといった名前が、グライムスやヴィンス・ステイプルズ、あるいは「Dirty Hit」の所属アーティストらと共存したyukihiroのセレクトを確認していくと、彼がロック / ポップミュージックを縦断的に捉えていることがよくわかる。
それは主に英国産のポストパンク / ニューウェイブやインダストリアルあたりを起点に、1990年代のブリストルサウンドやオルタナティブロックなどを経由し、その系譜を引き継ぐものとして2010年代以降のジャンル折衷的なポップスに触れている、といった視点だ。
ACID ANDROID『GARDEN (2018MIX)』を聴く(Apple Musicはこちら)
こうしたyukihiroのロック / ポップ史観は、間違いなくL'Arc~en~CielやACID ANDROIDの作品に息づいている。そして、恐らくこの視点こそが彼とTHE NOVEMBERSを結びつけたのではないかと、私は考えている。
ポストパンク / ニューウェイブや、その後のオルタナティブロックとシューゲイズ、そしてJ-POP――これらの音楽をTHE NOVEMBERSはただ愛でるのではなく、現代的な要素を加え、そのアクチュアリティーを今という時代に取り戻していったバンドだ。THE NOVEMBERSは、1980~90年代に生まれたロックの再解釈と再構築を2010年代に体現してきたのである。
THE NOVEMBERS“薔薇と子供”を聴く(Spotifyで聴く / Apple Musicで聴く)
つまり、彼らとyukihiroが追求してきたサウンドデザインには、もともと重なる部分があったのではないか。THE NOVEMBERS、ひいては小林祐介(Vo,Gt)と高松浩史(Ba)がL'Arc~en~Cielの熱狂的なファンであるのはもちろん前提として、現在の両者には音楽的に共鳴しあえる要素がかなり多いように感じるのだ。
今にしてみれば、この両者の共演には伏線もあった。2017年、THE NOVEMBERSはEP『TODAY』にyukihiroが作曲したL'Arc~en~Ciel“Cradle”のカバーを収録。さらに辿ると、2016年にはTHE NOVEMBERSの自主企画にACID ANDROIDが出演し、THE NOVEMBERSは“Cradle”のカバーをそこでも披露している。こうした交流によってお互いの音楽に対する理解が深まり、それが今回の共演に繋がったのは間違いないだろう。
THE NOVEMBERS“Cradle”を聴く(Apple Musicはこちら)L'Arc~en~Ciel“Cradle”を聴く(Apple Musicはこちら)
セルフプロデュース力に優れたTHE NOVEMBERSが、yukihiroという音楽家を招き入れた本当の意義
THE NOVEMBERSの最新作『At The Beginning』を特徴づけている、シンセサイザーのシークエンス、プログラミングによるマッシブなビートプロダクションの大部分を手がけているのがyukihiroだ。
THE NOVEMBERS“Dead Heaven”を聴く(Apple Musicはこちら)THE NOVEMBERS“New York”を聴く(Apple Musicはこちら)
一方でTHE NOVEMBERSがエレクトロニックサウンドを大々的に導入したのは何も唐突な話ではなく、遡れば『zeitgeist』(2013年)の時点で彼らはエレクトロニクスとシンクロナイズしたバンドサウンドを実践していたし、前作『ANGELS』にも『At The Beginning』の萌芽はたしかに見られる。
THE NOVEMBERS『zeitgeist』を聴く(Apple Musicはこちら)
こうした段階を踏まえて、より跳躍力のあるインダストリアルサウンドを目指した彼らが協力を求めたのが、他ならぬyukihiroだった。つまり、今回のタッグにはyukihiroというアーティストへの憧れだけでなく、バンドが次のステップに進むための冷静な判断が見て取れるのだ。
yukihiroがエレクトロニクスの「奏者」として今作に参加している、というのも今作のポイントかもしれない。つまり、このアルバムの制作に入る時点でTHE NOVEMBERSにはすでに明確な青写真があり、その解像度を上げるために招聘したのがyukihiroだったのではないかと。
THE NOVEMBERS“Hamletmachine”を聴く(Apple Musicはこちら)
それを物語っているのが、アルバムのオープニングを飾る“Rainbow”のグリッチが効いたドラムンベースで、どうやらこのビートはyukihiroではなく、小林が打ち込んでいるようだ。yukihiroというプレイヤーに触発されたことによって、小林自身のプログラミングスキルもさらに高まり、同時にその優れたセルフプロデュース能力でバンドをネクストフェーズに押し上げた一枚。そして、間違いなく2020年屈指のマスターピース。それが『At The Beginning』だ。
リリース情報

- THE NOVEMBERS
『At The Beginning』(CD) -
2020年5月27日(水)発売
価格:3,080円(税込)
MERZ-02091. Rainbow
2. 薔薇と子供
3. 理解者
4. Dead Heaven
5. 消失点
6. 楽園
7. New York
8. Hamletmachine
9. 開け放たれた窓
プロフィール

- THE NOVEMBERS(ざ のーべんばーず)
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2005年結成のオルタナティブロックバンド。2007年に「UK PROJECT」より1st EP『THE NOVEMBERS』でデビュー。様々な国内フェスティバルに出演。2013年10月からは自主レーベル「MERZ」を立ち上げ、2014年には『FUJI ROCK FESTIVAL』のRED MARQUEEに出演。海外ミュージシャン来日公演の出演も多く、TELEVISION、NO AGE、Mystery Jets、Wild Nothing、Thee Oh Sees、Dot Hacker、ASTROBRIGHT、YUCK等とも共演。小林祐介(Vo,Gt)はソロプロジェクト「Pale im Pelz」や、CHARA、yukihiro(L'Arc~en~Ciel)、Die(DIR EN GREY)のサポート、浅井健一と有松益男(Back Drop Bomb)とのROMEO`s bloodでも活動。ケンゴマツモト(Gt)は、園子温のポエトリーリーディングセッションや映画『ラブ&ピース』にも出演。高松浩史(Ba)はLillies and Remainsのサポート、吉木諒祐(Dr)はYEN TOWN BANDやトクマルシューゴ率いるGellersのサポートなども行う。2015年10月にはBlankey Jet CityやGLAYなどのプロデュースを手掛けた土屋昌巳を迎え、5th EP『Elegance』をリリース。2016年は結成11周年ということで精力的な活動を行い、Boris、Klan Aileen、MONO、ROTH BART BARON、ART-SCHOOL、polly、Burgh、acid android、石野卓球、The Birthday等錚々たるアーティストを次々に自主企画『首』に迎える。2016年9月に6枚目のアルバム『Hallelujah』を「MAGNIPH/HOSTESS」からの日本人第一弾作品としてリリース。11周年の11月11日新木場STUDIO COSTワンマン公演を実施し過去最高の動員を記録。2017年、『FUJI ROCK FESTIVAL』WHITE STAGE出演。2018年2月には、イギリスの伝説的シューゲイザー・バンドRIDEの日本ツアーのサポート・アクトを務める。同年5月、新作EP『TODAY』をリリース。2019年3月にデビュー11周年、通算7作目となる『ANGELS』をリリース。陰影を湛えた美しいメロディ、強靭でしなやか、そして破壊力を増したサウンドスケープで、バンドの存在を唯一無二かつ孤高の存在へ推し進めた。2020年5月ニューアルバム『At The Beginning』をリリースした。