『嘘じゃない、フォントの話』

連載『嘘じゃない、フォントの話』(supported by モリサワ) 第11回目 ブックデザイナー祖父江慎インタビュー P2

第11回目 ブックデザイナー祖父江慎インタビュー PAGE2

作品の性質によって、 選ぶ書体を変えています。

『六月の夜と昼のあわいに』■著:恩田陸■2009年 朝日新聞社/『ユージニア』■著:恩田陸■2005年 角川書店/『闘技場』■著:フレドリック ブラウン■2009年 福音館書店

祖父江さんは現在、その「難しい」文字を扱うお仕事をされているわけですが、本のデザインをしたり組版をするときに、使用する書体をどのように選んでいらっしゃるのか、お伺いしたいと思います。

祖父江:まずは、その本の手書き、あるいはパソコンで書かれたゲラ(原稿の内容をチェックするための校正刷り)を読んで内容を編集者に確認し、どういう書体を選択するべきなのか探り始めます。文章はそれぞれふさわしい書体を持っているので、原稿を読み込むことでその書体を見つけ出していくんですね。

なるほど。よろしければ、これまで祖父江さんが手がけられた本を例に、そのあたりを詳しくお聞きできますか?

祖父江:この本『六月の夜と昼のあわいに』(恩田陸 著)はどういう作品かと言うと、まず美術があって、詩があって、そこに対して小説を書くというものなんです。文章が格調高く、いつもの恩田さんの作品とくらべても、さらにエレガントで美しい宝石箱のような感じです。背筋がすっと伸びてきちんと書かれているイメージ。読むときも丁寧に文字を追う感じです。それでこれは、筑紫明朝オールドという書体を本文に使っています。

その作家さんの以前の作品も読んで、今回の作品の雰囲気はこう違う、などと判断されながら文字を選ぶのでしょうか?

祖父江:そうですね。例えば恩田さんなら、『ユージニア』のときはイワタ系の明朝体がベースでした。ただ、この本は組み方が尋常でなく、句読点が古風な発想だし、文字数も中と外とで1行の文字数が違うんです。版面が1.5度傾いていて。

本当だ!

祖父江:組み方にこだわった本は、なるべくスタンダードな書体を使うようにしています。

それは読みやすくするための配慮なのですか?

祖父江:うん、むちゃくちゃにならないようにします。組版も書体も違和感のあるものを使うと、読めなくなっちゃうんです。

組版と書体のバランスが重要なのですね。

祖父江:そうですね。例えばこちらの本『闘技場』(フレドリック・ブラウン コレクション 著)。この本文書体で読んでいると、この小説を書いているのは日本に住んでいない人だ、という気がしてきませんか?

確かにしますね。

祖父江:音読をしたときのイントネーションまで変わるように思えます。(外国人風のイントネーションで)「何をしましょう、船長」なんてね。さらにこの本では、2種類の書体を1章ごとに使い分けているんですよ。これは外国の本を翻訳したものですが、やや日本語慣れをした人の書体と、ものすごく日本語慣れをしていない人の書体で組んでいるんです。

「読みやすさ」は 「読み慣れているかどうか」で決まる

各章ごとに書体を変える理由はなんでしょうか?

祖父江:いわゆる統一感のあることが似合わない作家さんだからですね。だから、バラバラの一貫されない2種類の書体セットを合成フォントでつくって組むことにしたんです。

合成フォント?

『闘技場』の文字祖父江:ひらがなとカタカナと漢字で違う書体を使っているんです。『闘技場』の場合は確か、アドビ社が作った日本語書体と、アップル社が作った日本語書体を混ぜて使っています。つまり、日本人用の書体ではなくて、外国の方がひらがなを使う時に「これを使いましょう」というような書体です。例えば、日本語フォントに日本製ハングルが入っているようなイメージですね。

なるほど。だからこの本に似合うんですね。

祖父江:あとは漢字も明朝体ですが、どこか違和感があるでしょう? これは学参明朝体と言って、明朝体ではありえない明朝体なんです。中学の教科書などにはよく使われているんですが、一般小説の文章に入ってくると不思議でしょう?

落ち着かないですね。この組み合せを見つけるまで、色々な書体をトライなさったんですか?

祖父江:いえ、これはもう、この物語だったらこれしかないと、決め打ちですね。それで一旦決めてしまえば、あとは太さや大きさや可読性などの面で本当にいけるかどうか確かめます。実は前に一度このパターンを使って失敗したことがあったんですよ。カタカナの「ロ」が大きすぎたんです。例えば、動物の「ロバ」という単語が「クチバ」と読めてしまった。この本では、そういう失敗が無いように気をつけながら、サイズを調整して直しています。

読みづらい本にならないようにケアするわけですね。

祖父江:そうですね。読みやすさ、というのは慣れの部分が大きいわけだけれど、いかに普段読み慣れているものに近いか、という点は大事です。

他にも、こういったジャンルの本にはこういう書体を使う、といった例はありますか?

祖父江:学術書や評論と小説では、やはりちょっと変えますね。同じ明朝体を使うにしても、前者では信頼感を出すために、きっちりした書体にします。四角めの文字の方が読みやすいですよね。逆に小説になると、角が取れているものの方が良い場合が多い。学術書は「こ・れ・は・何・と・い・っ・て」というように、一文字ずつ抑えを利かせますが、小説の場合はメロディーラインのように文字を構成しますね。

パッと色んな明朝体が頭に思い浮かぶんですね。それはすごい。

事務所の本棚

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