映画レビューサイトのイメージが強いFilmarks。じつは年20〜30本のリバイバル上映を行うなど、映画配給事業にも力を入れていることはご存じだろうか。
マーティがタイムスリップした日の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』リバイバル上映や、桜の開花前線に合わせた『秒速5センチメートル』のリバイバル上映などを行っており、作品の内容とマッチした企画でたびたび話題を呼んでいる。
今回は、Filmarksの配給事業の立ち上げ人である渡辺順也さんにインタビュー。
Filmarksが旧作映画を大切にする理由や良い映画の探し方、いまの時代の作品との出会い方などについて話を聞くなかで、渡辺さんの溢れる「映画愛」が見えてきた。
一人で配給事業をスタート。ユニークなリバイバル企画はどう生まれた?
—Filmarksと聞くとレビューサイトのイメージをもつ読者の方が多いと思いますが、配給事業はどのような経緯でスタートしたのでしょうか?
渡辺順也(以下、渡辺):もともとはメディア事業が中心だったのですが、何か新しいことにも挑戦していこうという時期でした。新しいこととしていくつか案が挙がっていた中の一つが「旧作のリバイバル上映」でした。
最初は一回上映の企画としてスタートしたんですが、それが評判を呼んだので事業として力を入れるようになって徐々に規模も大きくなって……という流れでいまに至ります。最初の頃に上映した作品としては『君の名前で僕を呼んで』や『ベイビー・ドライバー』などですね。

渡辺順也
—配給会社としてのノウハウがないままリバイバル上映を始めるのは、かなり苦労があったのではないかと思います。
渡辺:現在は6名ほどのチームでリバイバル上映に取り組んでいますが、最初は僕だけでしたからね。配給事業なんてまったく未経験だったので右も左も分からず、いろんなところに行っては怒られ門前払いをされ……の連続でした。
わからないなかで「こうかな?」と試行錯誤して徐々にルートを見つけていったんですが、あくまで自己流なので業界のルールと全然違うこともありました。それでも一生懸命説明して独自のやり方で挑戦させてもらえる機会もあり、意外と頑張ったらできるんだなと思いました。だからいまでも僕らのやり方ってほかの配給会社と結構違うところがあったりするんですよ。
—Filmarksは現在、年間20〜30本ものリバイバル上映を行っているんですよね。ほかの配給会社と比較してもかなり数が多いと思うのですが、そのなかで感じる配給をする面白さと難しさについて教えてもらえますか?
渡辺:僕は映画が大好きで配給や上映に憧れていた部分もあるので、それが自分でできるという面白さは日々感じています。ただ、新規ならではの難しいこともあって、たとえばFilmarksって宣伝関係の人には多少知られていたんですけど、興行関係の人などからは知らないという反応をいただくことが当時はまだあったんですよね。
知ってくれていても「なんで配給会社でもないメディアが上映をやるんだ」という反感もあったりで、なかなか協力を得られないこともありましたし。なので最初は我々を知ってくれている人のつてを辿って、新規参入もウェルカムというところからトライしていきました。
—最近はリバイバル上映がブームと言えるほどに増えていますよね。私自身「これは大スクリーンで観たい」と思う作品もあるので積極的に足を運んでいますし。
渡辺:僕らが旧作のリバイバル上映に取り組み始めたのが4、5年前のコロナ禍のときですね。そのころはリバイバル上映なんて絶対儲からないと言われていました。
ただ僕は社内でその年のチーム目標を出すときに「リバイバル上映ブームをつくる。リバイバル上映がウケるとわかったらみんなやりだすはずだから」と言ってたのを覚えています。
—目標が実現しているじゃないですか。リバイバル上映ブームはコロナ禍の上映作品がなかった時期から徐々に盛り上がってきた印象があるのですが、時期的にその渦中でブームを牽引していたんですね。
渡辺:ブームになったのは嬉しいんですが、その結果競合が増えてしまって……(笑)。入場者特典を凝ってつくるとか、映画の内容と関連づけた企画上映を行うなどしてほかとの差別化はできているんじゃないかなとは思いますが。リバイバル上映でそういうことをやっている会社は意外となかったので。

—企画上映というのは、たとえば『バック・トゥ・ザ・フューチャー』をマーティがタイムスリップした日に合わせて上映する企画などですよね。作品のファンからすればすごく楽しい上映会でかなり話題を呼んでいたので記憶にありますが、そういった企画はどのように考えているんですか?
渡辺:僕自身が映画ファンなので、どうせリバイバル上映するならイベント的にやったほうが楽しいなと思いまして。たとえば『バック・トゥ・ザ・フューチャー』って配信でも観られるし、テレビでも放送するし、 円盤を持っている人も大勢いるので、そのなかでお金を払って特定の映画館に行くって結構ハードルが高いですよね。
ただ観るだけなら家でもできるので、付加価値が付くような体験型の上映にしようと思い、マーティのタイムスリップ記念日である10月26日に上映しました。そうするとファンの人も喜んでくれて、マーティの格好で来てくれる来場者もいました。
桜の花びらが落ちる速度がタイトルになっている新海誠監督の『秒速5センチメートル』では、桜をモチーフに何か仕掛けられないかなと考えました。
個人的にもあの映画は桜の咲く季節に観たいという思いがあったので、なら桜の開花に合わせて上映しようと企画しまして。でも映画の上映って通常は全国同時ですが、桜開花のタイミングって地方で異なるじゃないですか。なので『秒速5センチメートル』は特例的に、西日本から桜開花の予測に合わせて順次公開していきました。
そういうことをすると面白がられてニュースになるので、それがまた宣伝になってくれるんです。
—どうしても映画って東京中心なので、「西日本から順次公開」というイベントは地方民からしても嬉しいです。そういった企画上映以外にも、映画ファンが喜ぶ入場特典を積極的に展開するのもFilmarksさんならではですよね。
渡辺:特典はいろいろ趣向を凝らしているんですが、なかでも話題となったのが細田守監督版『時をかける少女』の入場特典として配ったタトゥーシールですね。

渡辺:映画のなかで主人公・真琴がタイムリープ能力を使えるようになるんですが、その能力の使用回数が彼女の腕に刻まれてそれが徐々に減っていくんです。それを再現できるシールなんですが、ネット上で話題となったおかげでこれを目的に観にきてくれる人もいました。
—リバイバル上映を始めた当初からそれほど特典に力を入れていたんですか?
渡辺:始めの頃は特典はなかったんです。でもやっていくうちに「その映画と連動する、自分がほしいと思えるグッズがつくれないかな」と思うようになりまして。それで最初に手掛けたのが『花束みたいな恋をした』の入場特典である映画チケットです。
チケットには菅田将暉さん演じる主人公・山音麦が描いたイラストがあしらわれているんですが、それは実際に劇中のイラストを担当したイラストレーターの朝野ペコさんの描き下ろし。権利元や配給会社にも許諾を取ったうえで、「麦くんが本作の映画上映会を開催したときにデザインしてくれそうなチケット」のイメージで朝野ペコさんに依頼させていただきました。それはかなり反響がありましたね。
「台湾で上映会をする際に配りたいので譲ってくれませんか?」と台湾のファンから連絡があって、余っていた分をプレゼントしたこともありました。それで特典の重要さを知り、積極的に企画するようになったんです。
—「自分がほしいと思える」というのは滅茶苦茶大事ですよね。入場特典のなかには全然いらないな……と思うものもありますが、その映画のファンがほしいと思ったものだったら間違いないですもん。
渡辺:「自分がほしい」という視点はすごく大切にしています。今はチームメンバーも複数いるので、何がほしいかみんなでワイワイ話し合うと結構良いアイデアが出てくるんですよね。最近では1975年版『新幹線大爆破』上映時の特典として当時のプレスシートが載っている号外新聞を渡したり、『バトル・ロワイヤル』上映時には42種ランダムの支給武器カードなんかを配布したりしました。
とりわけ人気だったのが『サマーウォーズ』の特典です。劇中のキーアイテムである花札を配ったら高額転売されるほどに人気が出てしまいまして。あと、登場人物の栄おばあちゃんの誕生日である8月1日限定で、陣内家の家紋と親戚一同姿があしらわれたうちわも配布したんです。

するとド平日なのにお客さんが映画館に殺到して、かなりの数を用意していたうちわが不足するということもありました。特典の効果ってすごいなとあらためて思った出来事でしたね。
—特典のデザインは誰がしているんですか?
渡辺:社内のデザイナーが担当することもありますし、最近は外部にお願いすることもあります。人気の特典としてミニポスターがありますが、そのデザインは社内デザイナーが担当しています。
1990年代や2000年代の洋画をリバイバル上映する際はミニポスターを特典にすることが多いのですが、こだわりとしては全部海外版ポスターを意識したデザインになっているということ。ファンとしては海外版のほうがほしかったりするじゃないですか。このサイズだったら部屋にさりげなく飾れますしね。

渡辺:『レオン』や『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』、『ビフォア・サンセット』に『君に読む物語』などいろいろつくってきましたが、集めてくれる人も出てきたりしているんですよ。
それに、最近は物販もやるようになって当時のパンフレットを復刻したり、映画Tシャツを販売したりもするようになりました。

『マルホランド・ドライブ』Tシャツ(提供:Filmarks)
大量の作品が観られるいま、「良い映画」と出会うには?
—あらためていま、多くの旧作映画をリバイバルする理由を教えてください。
渡辺:いまって映画がたくさんありすぎて、何を観るのか選ぶのも大変ですよね。そのなかで厳選した作品を「リバイバル上映」としてオススメすることで役に立てると嬉しいですし、「映画にはこんな楽しみ方があるよ」ってことをもっと伝えていきたいと思いながらやっています。
若者の映画離れや映画館離れが叫ばれているご時世で、
何より昔の名作を若い人に継いでいけるというのはすごくやりがいがあるので、今後はさらに広げていければなと思っています。
—リバイバル上映する作品はどのようなプロセスで決めていくんですか?
渡辺:Filmarksには膨大なデータがあるので、そこで評価が高い作品や人気のある作品はおおよそ見分けはつきます。それをベースにしつつも、ただ単に良い映画を上映しても厳しい結果になることは往々にあるので、「この良い映画をどう料理すればみんなに観てもらえるだろうか」ということまで考え抜いたうえで最終的に作品を選んでいきます。
—作品を選ぶうえでの基準やこだわりを教えてもらえますか?
渡辺:昨今は洋画離れと言われていて、新作の洋画でもヒットするものはなかなかない。そのなかで「洋画って面白いよ」ということをきちんと伝えたいと思いセレクトしています。90年代の洋画って名作が多いですし、リバイバルしているなかでも90年代の作品はとりわけ反響が大きいんですよね。
いまは音楽やファッションでも90年代のリバイバルブームがあるように感じているので、その文脈で映画も90年代の良さを伝えていければ良いなと思っています。

—渡辺さん自身はどのような遍歴で「良い映画」と出会ってきたのでしょうか?
渡辺:幼い頃から映画が好きで、『日曜洋画劇場』などでテレビ放映されていた作品を観てどんどん映画にのめりこんでいきました。深夜にもよく映画が流れていたので、そこで古典の名作に出会うこともありました。
個人的に印象的な映画体験を挙げるなら、アンリ・ヴェルヌイユ監督の『冬の猿』というフランス映画ですね。
ジャン=ポール・ベルモンドとジャン・ギャバンという当時の新旧スターが共演した友情物語ですが、それこそ学生時代にリバイバル上映されていたのを「変なタイトルだな」ぐらいの情報だけで観に行ったんです。するととんでもなく感動してしまいまして。
そういう事前情報なしで観て感動した映画って印象に残りますよね。あわよくばFilmarksのリバイバル上映がそういう場になってくれれば嬉しいなと思います。
—私もテレビ放映で映画好きになったので渡辺さんの映画遍歴に共感します。もしよければFilmarksさんには昔テレビ放映でよく流れていたけど、最近はなかなか観る機会のない映画を上映してほしいですね。『アナコンダ』や『グース』『グリード』とか。
渡辺:良いですね。ただ上映権が日本にない場合も結構あるんですよ。過去日本で配給を行った会社がもう手放していたり、配信権はあるけど上映権はなかったり。いろんな映画を企画しても成就しないもののほうが多いんです。
それって各配給会社に聞かないとわからないので、いろんな作品の上映権について多方面に訊きまくっています。だからもしかするといま一番映画の上映権について詳しいかもしれません(笑)。

—作品を選んでもそこからさらに苦労があるわけですね……。ただでさえ権利を調べるのが大変ななかで、『ハンサム・デビル』や『ウォーリアー』のような、日本では劇場未公開だった名作をあらためて劇場でかけてくれるのは本当に助かりますし、いろんな人にとって良い映画との出会いの場になっているように思います。
渡辺:そう言ってもらえるとこちらも上映しがいがあります。リバイバル上映しているものは、僕らが「旧作のなかでも間違いなく面白い」と自信を持って言えるものなので、Filmarksのリバイバル上映が良い作品と出会う一つのきっかけになると嬉しいですよね。
僕が若い頃に世代ではないヌーヴェルヴァーグ作品に出会えたのもリバイバル上映の影響が大きかったりするので、いまの世代の人たちにとってFilmarksがそういう存在になれればなと。
大人になったいまだから見たい作品。スタジオジブリ『海がきこえる』リバイバルへの想い
—7月4日から3週間限定でスタジオジブリ『海がきこえる』がリバイバル上映されるということで、かなり話題を呼んでいますね。これはどういう経緯で上映することになったんでしょうか?
渡辺:我々は洋画のほかにも、90年代・00年代のアニメ映画も積極的に上映しているんですが、この『海がきこえる』も1993年の作品なんです。
我々の狙いとも合致するということで以前から候補としてはあったんですが、ジブリだしリバイバル上映は難しいだろうなと考えていて。でも昨年に渋谷のBunkamuraで上映されていたので「できるんだ」と思いつつ一観客として観に行ったんです。若い頃にも観ていて当時はあまりハマらなかったんですが、いま観たら滅茶苦茶良くって(笑)。
その後、奇跡的にジブリの責任者の方に直接会えるという機会を得たので、熱意を込めて直接ご相談したところOKをもらえました。でも各方面に話を聞くと、やはりジブリなので本作の上映を断られた人がたくさんいたんですよね。なので今回上映できるのはかなりレアケースかなと思います。
『海がきこえる』予告編
—私も大学生の頃に観たのですが、それほど印象に残っていなくて……。お話を聞いて、大人になったいまあらためて観たくなりました。
渡辺:『海がきこえる』はおそらくジブリで最も観ている人が少ない長編映画ですし、ジブリ作品なので配信などにもない。鑑賞方法が限られている作品が映画館で観られる良い機会なので、多くの人に届くと良いなと思っています。ありがたいことにXでの反響も大きいので、じつは観たいと思っていた人はたくさんいるんでしょうね。
—ほかのリバイバル作品のように、上映に合わせたグッズも企画されているのでは?
渡辺:まずムビチケがテレホンカード風になっています。90年代の作品なので、その時代に合わせたノスタルジックな感じを出したかったんです。

特典のムビチケ(提供:Filmarks)
サイズも一緒だし、かつて実際に本作のテレホンカードが発売されていたそうなので、これしかないなと。ムビチケって普通はただの前売り券ですが、どうせならこれも特典的に「ほしい」と思えるようなものにしました。また、当時の時代感を再現するグッズとして、サントラを収録したカセットテープも販売する予定です。

カセットテープ(提供:Filmarks)
そして今回の上映では当時つくられたパンフレットをそのまま復刻します。もともと『海がきこえる』ってテレビ放映用につくられた映画なので、パンフレットはほぼ出回ってないんですよ。かなりレアなアイテムなので、この機会にぜひ読んでもらいたいですね。

復刻パンフレット(提供:Filmarks)
—当時のパンフレットは嬉しいですね! 来場者特典やイベントも何か用意しているんですか?
渡辺:海の映画ということで、「海の日」である7月21日のみ、メインビジュアルを使用したクリアポストカードを配布予定です。ぜひ初日から観ていただきたいですが、2回目、3回目に観にいくのであれば海の日に行くのがおすすめですよ。

クリアポストカード(提供:Filmarks)
あと、高知県が舞台ということで高知の映画館で1週間の先行上映を予定しているのですが、そこで監督とプロデューサーの登壇イベントもできればなと考えています。
—最後にあらためて『海がきこえる』の魅力を教えてもらえますか?
渡辺:宮崎駿さんと高畑勲さんが牽引していたジブリ作品としては異例で、当時の若手集団で制作したされた青春ストーリーなんですが、当時のエモーショナルな空気感や人間関係があらためて観るとすごく新鮮なんです。
あと高校生たちが平気でお酒を飲んでいたり「えっ!」と驚くようなシーンもあり、いまだったら難しいだろうなと思う表現があるんですよね。だから今回映倫を取り直したらPG12になったんですけど(笑)。
そういった時代の変化のようなものも感じられる作品なので、初めての方から観たことのある方まで、いろんな人に観てもらえると嬉しいです。
- 作品情報
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『海がきこえる』
公開日:2025年7月4日(金)より3週間限定上映
原作:氷室冴子
脚本:中村 香
監督:望月智充
音楽:永田 茂
主題歌:坂本洋子
制作:スタジオジブリ若手制作集団
声の出演:飛田展男、坂本洋子、関 俊彦 © 1993 Saeko Himuro/Keiko Niwa/Studio Ghibli, N
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