今泉力哉×ラッキーオールドサン対談 「今」を残し伝える、創作の力

窮屈な世の中だからこそ、私たちはこれまで以上に映画や音楽といった「創作」を求めているかもしれない。「ハッピーエンド」「バッドエンド」に分断されない、滲むような感情が映し出される作品を。下北沢を舞台にした映画『街の上で』は、そんな瞬間を切り取る。古着屋で店番をしながら本を読む荒川青(若葉竜也)は、彼女に浮気をされるが、未練が残ったままでいた。ひょんな事から学生映画に出演することになり、新たな出会いとともに、これまでの出会いを振り返っていく。魅力的な登場人物たちの会話に耳を澄ませるような本作は、今泉力哉監督の真骨頂だ。

そんな本作のエンディング曲を担当したのが、篠原良彰とナナによる男女デュオ「ラッキーオールドサン」。長く住んだ東京を離れ四国に移住した二人は、離れゆく街への思いを楽曲“街の人”に込めた。元々ラッキーオールドサンのファンであった今泉がオファーしたことから繋がった二組。惹かれ合うように、映画と音楽の創作の話が繰り広げられた。

左から:ラッキーオールドサン(篠原良彰、ナナ)、今泉力哉

もう1組の登場人物のような立ち位置にしたかった。ラッキーオールドサンが目指した、映画と主題歌の距離感

篠原:はじめまして。直接お会いしたかったのですが、こういう状況でお会いできずリモートになってしまい、残念です(編集部注:対談は2月中旬にリモートで実施。写真撮影は4月、『街の上で』の公開イベントにあわせてラッキーオールドサンが上京したタイミングで行なわれた)。

今泉:はじめまして。僕も直接お会いしたかったです。

―今日が初対面なんですね。今泉監督がお二人に映画主題歌をオファーした理由を伺えますか?

今泉:以前から、お二人の曲はよく聴いていました。あるとき、映画やドラマの制作が立て続けに重なって、相当疲弊していたんです。そんなときにラッキーオールドサンの“ミッドナイト・バス”を繰り返し聴きながら帰るのが、僕の癒しの時間で。この曲にものすごく助けられました。『街の上で』を作っているときにふと、エンディング曲はお二人に作ってもらえたらと思いまして。面識はなかったので、ダメ元でのオファーでした。

ラッキーオールドサン“ミッドナイト・バス”MV

篠原:実は、僕らもこういうお話を受けることがあまりなくて。というのも、依頼を受けたものと作りたいものが繋がっていないと、手を動かせないんです。この映画のお話をいただいたときはちょうど、「なくなっていく街」をテーマにした曲を作りたいと考えていました。僕らと監督が作ろうとしているものが、いいタイミングで重なっているかもしれないと思ってお受けして。だから、すぐに曲はできましたね。

今泉:脚本だけ先にお渡しして曲を作っていただきましたね。それがよかったのか、脚本の段階ではあったけれど本編では外してしまった街の風景が、歌に残っていたりして。歌が物語にすり寄るというよりも、映画と歌のあいだに適度な距離感がある。ハッピーエンドだけではなく寂しさもある、まるで映画を補完してくれるような曲でした。

今泉力哉(いまいずみ りきや)
1981年生まれ、福島県出身。2010年『たまの映画』で長編映画監督デビュー。2013年『こっぴどい猫』がトランシルヴァニア国際映画祭で最優秀監督賞受賞。その他の長編映画に『サッドティー』(2014年)、『退屈な日々にさようならを』(2017年)、『愛がなんだ』(2019年)、『あの頃。』(2021年)など。2021年4月9日に、全編下北沢で撮影した映画『街の上で』が公開。

篠原:ありがとうございます。映画にいろんな登場人物が出てくるじゃないですか。僕ら的にはこの曲もまた、登場人物の一人のような立ち位置を目指していました。主人公の目線で書くことはしないようにしようと。

ナナ:<引越しの前に コンビニに最後のおつかい>とか。自分たちの経験なんだけど、誰にでもありそうな記憶を歌いましたよね。

今泉:映画に出るかもしれなかった、もう一組の新しいカップルくらいの距離感でした。そのおかげで、試写や先行上映で曲が流れると、劇場がすごくいい空気になって終わっていくのを感じました。

篠原:僕たちも関わらせてもらえて嬉しかったです。

今泉:ああ、これは幸せなやり取りですね。「関わらなきゃよかった」と思われなくて、よかった。

篠原ナナ:(笑)。

ラッキーオールドサン“街の人”MV

誰かの代弁ではなく、自分自身の経験を語ること。2組に共通する、ものづくりの基本

今泉:「誰にでもありそうな記憶」って仰ってましたけど、作品を作るときってそうですよね。客観的に想像したことよりも自分の経験をもとに作っていくほうが、強度が生まれて、みんなに広がっていくと感じます。

篠原:映画もそうですか。

今泉:自分は、そうですね。原作があるときですら、自分の経験を1つは入れようとします。「20~30代向け」とターゲットを絞られても、そこを想像して書くと曖昧で。年齢や性別で人は区切れないし、みんな異なる経験を持っているし、同時に根本はみんな一緒ですから。だから、言われた言葉とか忘れられない仕草とか、自分の経験を書いたほうが届く気がします。なので、お二人の大切にされている「個人的な目線」というのは、大事だと思いました。引越し前に、ドタバタしている中コンビニでご飯を買ってきて食べる風景って、覚えてるよなって。

篠原:僕らも、誰かの代弁をするのではなくて、自分のことを語ることがすごく強いエネルギーになるような気がしています。人を一括りにして語ることはどうも難しい。自分が見聞きしたことが、いろんな目線に繋がっていくのが面白いと思うんです。

今泉:ラッキーオールドサンのお二人の視点に、ズレはあるんですか?

篠原:それは、聞くのが怖いですね(笑)。

ナナ:でも、私も自分からかけ離れた歌詞や曲を作ることはできないです。基本的に、それぞれ一人で曲と歌詞を作るのですが、どこかしらには自分の要素が入ってしまいます。二人の視点は違うかもしれないけれど、元々そうだからなのか、違和感はないですね。

今泉:監督は、プロデューサー、助監督、カメラマンなどたくさんの力を頼りながら作品を作ります。でも、バンドの場合は一緒に音楽を作る人数が限られている。デュオなんて、その最小人数ですよね。個性がある人たちが集まったときに、どういう創作の大変さや面白さがあるのだろうと想像してしまいました。

『街の上で』ポスタービジュアル ©「街の上で」フィルムパートナーズ
あらすじ:古着屋で働く荒川青(若葉竜也)は、恋人(穂志もえか)に浮気された上にフラれたが、いまだに彼女のことが忘れられない。そんな青のもとに、美大に通う女性監督(萩原みのり)から自主映画への出演依頼が舞い込む。行きつけの飲み屋では常連客から「それは告白だ!」とそそのかされる。

篠原:僕自身、結成前からナナさんの曲が好きでしたし、自然とお互いを受け入れる土壌があったのかもしれません。映画のほうが、関わる人の人数が多くて目線のすり合わせが大変そうですが。

今泉:でも、密度が音楽と映画では違うんですよ。映画の場合は、作品を作るたびに集合と解散を繰り返します。たとえ衝突があったとしても、「この期間が終わればこの関係も終わる」と割り切れてしまうから、どこかで関係が希薄かもしれない。対してバンドの場合は、家族みたいな密度で関係を作るじゃないですか。お二人なんて、プライベートでもパートナーですし。

篠原:そういう意味では、夫婦喧嘩なんてしてしまったら芸術はすべてストップします(笑)。

ラッキーオールドサン
ナナ(Vo、左)と篠原良彰(Vo,Gt、右)による男女二人組。二人ともに作詞 / 作曲を手掛け、確かなソングライティングセンスに裏打ちされたタイムレスでエヴァーグリーンなポップスを奏でる。詩と歌のシンプルなデュオ編成から、個性的なサポートメンバーを迎えたバンド編成まで、様々な演奏形態で活動を展開。輝きに満ちた楽曲の数々は多くのリスナーを魅了し、またその確かな音楽性が多くの同世代バンドからも熱烈な支持を得る。

今泉:創作する上での喧嘩もあるんですか?

ナナ:ありますね。

今泉:主にこういうことで揉めるな、みたいなことは?

ナナ:うーん……歌詞について喧嘩することは基本的にはないけれど、どんな音を入れるか、とかですかね。

篠原:そうですね。音楽のプレイ的な部分で意見がぶつかることはあります。歌詞は、ナナさんに歌ってもらって、その雰囲気でニュアンスを変えるくらい。歌詞の根本に関して問うことはないですね。

ただ明るいだけや寂しさだけでは割り切れない。両者が描きたい、人間の雑味や複雑さ

今泉:ラッキーオールドサンの楽曲を聴いていて思うのは、明るさや楽しさがある一方で、どこか「みんなでいても感じる寂しさ」のようなものを感じられることです。そういうことって考えられますか?

篠原:意図しているわけではないのですが、僕が作る曲もナナさんが作る曲も、手放しで楽しいという歌詞はほとんどなくて。周りの人にはよく「どこか寂しさを感じる」と言われます。もしかしたら、人間は誰しも「ずっと漂流して生きているような感覚」があるはずだという思いが滲み出ているのかもしれません。

今泉:僕も、すごく楽しくても同時に寂しさや切なさを感じてしまうことはあります。表裏一体ですよね。

篠原:ただ明るいだけの作品、ただ悲しいだけの作品はフェイクだと思ってしまうんですよね。もっと、人間としての雑味みたいなものを見ていきたいんです。

―監督の作品も、明るさや寂しさだけでは割り切れない、人間の感情が常に揺れ動いている印象があります。

今泉:そうかもしれません。特に『愛がなんだ』(2018年)は基本、恋愛が上手くいっていない人たちを描いていて。人生なんて絡まってることだらけなのに、それを無理やりほどいて、解決させて終わりにはしたくないんですよね。

あとは、僕自身が浮気など、社会的に「よくない」と思われていることに対しても、必ずしも否定的に捉えられない節があって。たとえ思いが通じ合っていなかったり、よいようにされていたりしても、「本当に好きな人がいること」自体が羨ましい。『街の上で』も、相手が浮気して、いきなり振られて、ずっとその女性を引きずっている男のドラマなんて、心底重くも辛くもできるんですよ。でも、そういう枠にはめたくなくて。

篠原:映画を拝見して思ったのが、やっぱり今泉監督はお笑いが好きですよね。人間の中の面白さが意図せずはみ出してしまっているようなシーンが多くて、結構笑ってしまいました。

今泉:それは嬉しいです。コメディー的など真ん中の笑いではなくて、気まずさで作っていく笑い、みたいなことをやりたいと思っていて。本人はめちゃくちゃ一生懸命なのに、周りは迷惑していたり困ったりして、それが笑いを生んでしまうという。「当人たちはなにも面白いと思っていない」というのが大事なんです。今回はワークショップをたくさんして、自分で好きにキャスティングできたんです。なので、ほとんどあて書き。数分しか出てこない人でも、出てくるだけで魅力があるから必然と映画も面白くなるという、純度の高い作品にはなっているかもしれません。

あとは今回、漫画家の大橋裕之さんにも一緒に脚本を書いていただいて。僕が基本的に書いて、それを読んで意見してもらう。普段だったら、終盤にあるみんなで集まって揉める、コントと映画のバランスが崩れそうなシーンは心配になって削ってしまうんです。「やり過ぎたかもな」って。でも、大橋さんが客観的に意見をくれるから残すことができたシーンは多かったですし、一人で部屋で過ごすシーンも大橋さんの意見で膨らみました。

『街の上で』予告編

篠原と今泉、共通の悩み。小説が書けないこと。

篠原:今泉監督に質問したいことがあります。僕は小さな頃から、表現の一つとして小説を書くのですが、一度も完成したことがないんですね。そして、つまずくのがいつも会話のところで。書きながら一体なにが正解なのかわからなくなっていき、なにを書いても違和感を感じてしまうんです。『街の上で』はほぼ会話劇で、かなり難しいことをされていると感じました。今泉監督は納得できるような会話をどうやって書かれているんですか?

今泉:僕も、小説への憧れはあるのですが、一度も書き切ったことがないです。一度、同人誌で短編を書いたことがありますが、それは自分の経験を基にしたので書き切れましたけど。

篠原:そうですか。

今泉:僕も、なにが面白いのかわからなくなってしまうんですよね。でも、映画の脚本の場合は、俳優に演じてもらって、言葉を発してもらうとなんとなく違和感がわかるんです。それで、台詞を足したり引いたりできるし、後々編集もできる。もちろん、脚本の時点でイマイチだと完成した映画の到達点が低くなってしまうので、脚本の段階でできる限り完成度の高いものを仕上げますが、小説の持つ重みとは違うような気がします。

篠原:今泉監督でも書き切れないと聞いて、自分だけじゃないんだと思い、安心しました(笑)。僕自身、お祖父さんやお祖母さんの影響で俳句をやっていたので、5・7・5の音のルールが決まっている中で書くのはすごく楽しいんです。しかも、ポップソングだと3~5分の間で言葉を紡ぐので、抽象的な言葉や発語感、リズムの関係だけでも成り立つ。けれど、小説のように体力を必要とする文章になると書けないです。

今泉:難しいですよね。僕も書き方に方法論があるわけではないのですが、唯一先輩にアドバイスをもらってから意識しているのは、一度声に出して台詞を音にすること。生っぽくなって、会話の違和感を確認できます。あとは「え、」「いや、」とか思わず発してしまう意味のない言葉も極力台詞に書きます。ただ、最近書いた新作はそれをやり過ぎて、ほとんどの台詞の冒頭に「え、」って書いてありました(笑)。

篠原:(笑)。脚本を書きはじめたら早いほうですか?

今泉:新しい作品を書くときは、「前回はどうやって書いたんだっけ……」と途方に暮れることがほとんどです。ギリギリまで考えていたものが、寝ると思考が止まってしまうから、寝ずに考え続けることもしばしば。全く書けない日々が続くと、日常生活に支障が出てしまうこともあります。どこまでも不安が残るので、書くのが苦しくて。

ナナ:そうなんですね。

今泉:早いものもありますが、多くは脚本を仕上げるのに2、3年かかります。時間をかけた分だけいいものになるわけではないけれど、無駄に集まってなにも進まない打ち合わせをしたとしても、考え尽くしただけのことはあったかなと。何度も書き直していって、第8稿までいったタイミングで「第3稿のほうが面白かったぞ」って気づくこともありますし。音楽づくりは時間がかかりますか?

篠原:音楽は、瞬間的にできた曲のほうがいいことはありますね。“ミッドナイト・バス”も、すぐにできた曲でした。3分の曲を、3分くらいで書いたような。まるでロックスターみたいなことを言っていますけど(笑)。

今泉:すごいですね。それは、どういうタイミングでどんな風に作られたんですか?

篠原:何気なくギターを弾いて歌ったら、一節目が出てきたんです。そこからザザザッとAメロくらいまでできました。でも録音するときに、どんなアレンジを加えようかと悩むので、何度も録ることもあります。満足いくまでやろうとしたら地獄ですね。

ナナ:そういうときはよくないから、一度寝て次の日に録り直します。傍から見たら、前の日に録った音となにが違うのかよくわからないと思いますけど。

今泉:自分の問題ですもんね。僕も納得できないときは休憩しますね。

ラッキーオールドサンが東京を離れて得た、長いスパンでものづくりを考える視点

今泉:まったく曲が作れなくなった時期はありますか?

篠原:それはないかもしれません。常に作っていますね。

ナナ:そうですね。

今泉:どういうペースで作られているんですか? 毎日のように作るのか、作る日を決めているのか。

篠原:東京にいた頃は「ものづくり至上主義」のような気持ちで、曲を作るために生きていると思い込んでいました。今は、「生活」も同時に進行していると実感があります。常に作ってはいるんですけど、ごはんを食べる時間になったら一度楽器を置いてしまうし、思いつかないときは寝てしまう。芸術家としては、堕落への一途をたどっているのかもしれません。

今泉:それは「堕落」とは真逆の変化だと思います。創作に必死だった芸術家が、今は生活と芸術を両立できるようなった。創作を続けられる人は、そちらのタイプだと思います。創作を辞める、辞めないという域を超えて創作が「生活」になっているんですもんね。

篠原:今は、「一生の期間を使ってなにをするか」に自分の興味が向いています。夫婦で一緒に作品を作ることを死ぬまで続けたら、それだけで他の人には中々真似できないものになると思います。いつ、どうなるかわかりませんが、長いスパンでものづくりを考えるようになりました。

今泉:東京での至上主義から、どんなきっかけがあって変化したんですか?

篠原:地方出身者なので、東京に出て行くからにはふるさとを捨てて音楽で食って行くんだ、という覚悟がありました。それが、自分の存在意義だったんです。東京の下北沢や高円寺で、バイトをしながら音楽を続けている人たちを魅力的にも感じていました。でも、結婚をして地元に帰ってきて、肩の力が抜けたんでしょうね。あらゆる距離が、近く感じるようになりました。

今泉:東京から離れたけれど?

篠原:はい。情勢のことは置いておくと、東京だって飛行機で一時間あれば着いてしまう。ニューヨークだってヨーロッパだって、どこにでも行けると思うようになりました。なんというか……すごく閉ざされた世界は、究極的には広い世界に繋がるのかもしれない、と思うようになりました。たった二人で住んでいて、自分たちだけで作詞作曲録音をしている。以前に比べるとものすごく閉ざしているんです。でも、心まで閉ざしているわけではなくて、自然と色々なものに目が行くようになった。そこには、僕が知らなかった広い社会があるんです。そうした気づきが、自分の感覚を広げてくれているように思います。

今泉:なるほど。

篠原:たぶん、動物として肌身で体感する世界にリアリティーを感じるんですよね。辛いことや苦しいことをニュースやネット越しに確認しても、ふと足元を見たときに動植物から感じる実感のほうを信じてしまいます。

ナナ:私は神奈川出身なので、篠原さんとは感覚が少し違うんですけど。これまで生まれ育った町のことや家族のことをあまり考えたことがなかったので、関東を離れてから町や家族について考えることが増えました。

今泉:僕も福島県の田舎出身なので、今地元に戻ったら自分がどんな感覚になるのか、想像すると不思議な感覚になります。でも、間違いなく心は落ち着く気がします。人の量とか忙しなさ、時間の流れ方が東京とは違いますよね。

篠原:僕の場合は、上京した20歳くらいから時間の流れをずっと止めていたんです。それが、地元に戻ったら急に時計がバーっと動き出した。そして、この感覚は東京の生活があったから感じられることだと思うので、過去を否定するわけではなく、こうやって感覚が変化していくんだなと思います。

映画や音楽や漫画。創作物は、変化する街の様子を残しておける。

―『街の上で』の舞台は、東京の下北沢です。下北沢は再開発により、駅周辺の景色がガラッと変わりました。変容していく街を撮ろうと思われた動機はなんだったのでしょうか?

今泉:東京近郊から少し離れた場所に住むようになり、都内で仕事が続くときは下北沢に住む本作のプロデューサーでもある髭野さんの自宅に泊まらせてもらってたんですね。下北沢に入り浸るようになって、お店や駅前改札がなくなっていくのを目の当たりにして。生きものに生死があるように、街も変容することを強く感じるようになりました。もちろん、初めて今の下北沢を訪れた人にとっては、この景色が思い出になるんですが、やっぱり自分が過ごしてきた景色がなくなるのは寂しいと思ったんです。映画も漫画も音楽も、創作物というのはなくなっていく「そのとき」を残すことができるから、今回の作品をつくりたいと思ったんです。

―ラッキーオールドサンのお二人は、下北沢に所縁がありましたか?

ナナ:私は、高校生の頃からライブを見るために下北沢のライブハウスによく通っていました。当時と今では、街の雰囲気が全く変わっています。

篠原:僕は、高校生から下北沢に通っていた人がすごく羨ましかったんですよ。

今泉:わかります。

篠原:ですよね? 地方出身者からすると、下北沢や高円寺は憧れの街で。でも、上京すると二律背反した感じがあって、インディー文化が主流になっている街には決して近づかないという「反抗」をしていました。「下北沢でギター背負ってる奴なんて!」みたいな時期もあり(笑)。下北沢でライブをすることも少なかったですし、複雑な心境を抱いていました。

ですが、東京を離れる前に下北沢へ一度訪れたんです。雨の日だったんですけど、どうしても行っておきたくて。なんだかんだ言いながら憧れていた街でしたし、そこに行けば自分を理解してくれる友だちがきっといると思って、信じて上京を目指した場所ですし。街並みは今と全然違いましたね。でも、変わっていくことは形がある以上避けられないことだと思います。ミュージシャンも、幸いにも残すことができるんですよね。色とか気持ちとかムードみたいなものを。だから“街の人”は、何十年経っても聴いてもらえるような曲になってほしいと思い、作りました。その何十年というあいだに、下北沢ではない別の景色を重ねて聴いてもらえるようになったら、それもうれしいです。

―映画が終わったあと、エンディング曲まで聴いて、「私はこの映画の中に住んでいたな」という感覚になりました。自分の記憶とどこかで重なって、思い出すような。それは何十年経ったとしても変わらないものだと思いますし、これからもそうやって愛されていく作品だと感じました。

今泉:それについて、最後に一つだけ伺ってもいいですか。僕は映画をつくるときに「今感」みたいなことを問われるんですよ。でも、篠原さんが仰ったように、10年20年経っても面白かったり、なにかを感じられたりする作品をつくりたいという思いが僕にもあって。お二人は、流行りや時代についてどう向き合って、作品を作られますか?

篠原:たとえば、「スマートフォン」という単語は歌詞に書かないと思います。けれど、そこで語弊を生みたくないのは、スマートフォンを出さないことで自分たちが持っている世界観をパッケージしたいわけじゃないんです。この部屋には、古いアンプやナナさんが大切にしているフィルムカメラがあるのですが、それは「古い」「新しい」という基準で選んでいるわけではなくて。自分たちの感覚から「これがいい」と思うものを選択して、それを表現することが大事だと思っています。そういうものが、時間が経っても残っていくような気がしています。

今泉:古くなる怖さを感じることもあると思うんです。でも、そこは自分のアンテナで取捨選択していけばいいわけですね。

篠原:生きている人間がすることは、常にフレッシュなはずなので。『街の上で』も今しか撮れないものが詰まっていると思いました。自然と自分の軸で取捨選択していくことで、結果的に長いこと愛されるものになっていくように思います。

作品情報
『街の上で』

2021年4月9日(金)から新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で順次公開

監督:今泉力哉
脚本:今泉力哉、大橋裕之
音楽:入江陽
主題歌:ラッキーオールドサン“街の人”
出演:
若葉竜也
穂志もえか
古川琴音
萩原みのり
中田青渚
村上由規乃
遠藤雄斗
上のしおり
カレン
柴崎佳佑
マヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)
左近洋一郎(ルノアール兄弟)
小竹原晋
廣瀬祐樹
芹澤興人
春原愛良
未羽
前原瑞樹
タカハシシンノスケ
倉悠貴
岡田和也
中尾有伽
五頭岳夫
渡辺紘文
成田凌
上映時間:130分
配給:『街の上で』フィルムパートナーズ

リリース情報
ラッキーオールドサン
『街の人 / マークⅡ』(7インチシングル)

2020年7月15日(水)発売
価格:1,400円(税込)
HR7S-168

[SIDE-A]
1. 街の人

[Side-AA]
1. マークⅡ

ラッキーオールドサン
『母の日 / Night Lunch』(7インチシングル)

2021年4月28日(水)発売
価格:1,430円(税込)
HR7S-215

[SIDE-A]
1. 母の日

[Side-AA]
2. Night Lunch

プロフィール
今泉力哉 (いまいずみ りきや)

1981年生まれ、福島県出身。2010年『たまの映画』で長編映画監督デビュー。2013年『こっぴどい猫』がトランシルヴァニア国際映画祭で最優秀監督賞受賞。その他の長編映画に『サッドティー』(2014年)、『退屈な日々にさようならを』(2017年)、『愛がなんだ』(2019年)、『あの頃。』(2021年)など。2021年4月9日に、全編下北沢で撮影した映画『街の上で』が公開。

ラッキーオールドサン

ナナ(Vo)と篠原良彰(Vo,Gt)による男女二人組。二人ともに作詞/作曲を手掛け、確かなソングライティングセンスに裏打ちされたタイムレスでエヴァーグリーンなポップスを奏でる。詩と歌のシンプルなデュオ編成から、個性的なサポートメンバーを迎えたバンド編成まで、様々な演奏形態で活動を展開。輝きに満ちた楽曲の数々は多くのリスナーを魅了し、またその確かな音楽性が多くの同世代バンドからも熱烈な支持を得る。



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