Luminous Orange インタビュー

92年の結成以来、日本のオルタナ〜シューゲイザー・シーンを代表するバンドとして国内外で高い評価を獲得しているルミナスオレンジが、レア音源を多数収録したキャリア初となるベスト盤『Best of Luminous Orange』を発表した。トラットリアからのリリースなどを経て、02年からはフロントマン・竹内里恵のソロ・プロジェクトとなり、近年はリリースの数こそ減っていたものの、イナザワアヒトをはじめとした多くのサポート・メンバーを迎えて着実な活動を続けてきただけに、本作のリリースを機にバンドに対する注目が再び高まるのは間違いない。しかも複雑な楽曲に対する無理解に苦しんだ90年代に対し、ポストロックを通過してリスナーの耳が肥えた今、ルミナスを迎え入れる体制はばっちり整ったと言える。この状況はひとえに、「解散しないって決めちゃった」という竹内の表現に対する情熱が呼び寄せたもののような気がしてならない。

(インタビュー・テキスト:金子厚武)

メジャーを垣間見て、これは無理だと思って。

―ルミナスの新作が残響recordから出ると聞いたときはびっくりしました。

竹内:すごく言われますね(笑)。

―やっぱり(笑)。まずは近年の活動を振り返っていただこうと思うんですけど、前作『Sakura Swirl』が出るまでに4年半という時間がかかったこと、そして最初に海外でリリースされた経緯を教えてもらえますか?

竹内:トラットリアからマキシを出したのが00年ぐらいで、それまではもうちょっと音楽でお金稼げるようになんなきゃって気概があったんですけど、メジャーを垣間見て、これは無理だと思って。

Luminous Orange インタビュー

―それはどういった部分で?

竹内:制作の部分はよかったんですけど、宣伝は結局自分たちでチラシ持ってCD屋さんに挨拶に行ったりして、何十枚分の売り上げが足代で消えていくみたいな(笑)。それで音楽を続けるためには、ちゃんと収入を得られる別の仕事がいると思って、英語の資格取ったり色々やって。それである程度体制が整って、前のレーベルから(リリースの)話をもらってたんで、「出したいんですけど」って言ったら、担当がもう異動してて。それで他のレーベルを探したんですけど、「この人音楽書けるの?」って対応で、じゃあ自分でやるしかないと。元々海外でちゃんと出したいっていうのはあったんですね。それまでメール・オーダーで何十枚単位ではやってたんですけど、ちゃんと流通させたいと思って。それで04年にNYのレコード屋にCDを委託しに行ったんですけど、そこに来てたMusic Related(『Sakura Swirl』をリリースしたNYのレーベル)のトレヴァーがブログで「ルミナスオレンジみたいなバンドをリリースできないかな」って書いてたらしくて、じゃあメールしてみようと(笑)。そこからはトントン拍子に。

―それで後から国内盤化されたんですよね?

竹内:日本のリスナーの方って、邦楽・洋楽みたいに分けちゃってるから、邦楽コーナーと洋楽コーナーどっちにも並ぶといいねって話になって、じゃあやっぱり日本でもレーベルを探そうと。結局友達の所から出してもらったんですけど。

2/4ページ:若い人たちは確実に耳が違うなって感じはしますね。

若い人たちは確実に耳が違うなって感じはしますね。

―では今回ベスト盤を残響recordから出すことになった経緯は?

竹内:その『Sakura Swirl』の国内盤を出してくれるレーベルを探してたときに、ちょっと話はしてたんです。結局『Sakura Swirl』は友達の所から出すことになったけど、次に新作録るときはって話をしてて。それで実際新作を録ろうと思ってたら、その時にドラムを叩いてくれてたイナザワアヒト君がVOLA(&THE ORIENTAL MACHINE)の方が忙しくなってできなくなっちゃって。どうしようって思ってたら残響の河野さんから電話がかかってきて「レコーディングいつします?」って(笑)。で、実はこうこうこうでって言ったら、「じゃあベスト盤とかどうですか?」って話になって。

―それですんなり出そうと思いました?

竹内:ベスト盤って自分ではあんまりだったんですけど、廃盤になってるCDとか、初期のやつって在庫はあったりするんですけど、お店が在庫絞ってたりするんで、また聴いてもらういい機会かなと思って。

―ルミナスは「シューゲイザー」っていう括りに入れられることが多いですが、ご自身としては違和感がありますか?

竹内:そうですね。「シューゲイザー」ってわりとイージーな感じがしちゃうから。3コードにリヴァーブいっぱいかけて、声がウィスパーだったら全部シューゲイザーなの? みたいな(笑)。

―日本ではcruyff in the bedroomが「シューゲイザー」という看板を背負って活動をしていますよね。

竹内:すごくパワフルですよね。潔いのかもしれない…私は往生際が悪いのかもしれない(笑)。あんまり音の傾向で音楽を聴かないんですよね。音の傾向が違ってもグッくるバンドとやった方が楽しいなと思うから。似たような音の傾向って言われるとこで固まっちゃうと、広がらない感じがして。

Luminous Orange インタビュー

―音楽シーンって「歴史は繰り返す」って部分があるじゃないですか? 90年代にシューゲイザーとかオルタナがブームになって、00年代に入ってそれがポストロックとかエモに変わって、また10年代に向けて90年代的な音楽が戻ってきたのかなって印象もあるんですけど。

竹内:どうでしょうねえ…わかんないです。シーンとか全然考えないから…でもやりやすくなったっていうのはポストロック以降ぐらいかな。拍子や構成が変だからってシャットアウトしてた人たちが、ちゃんと聴いてくれるようにはなってきて。「変わってるね」って言われていたのが、ちゃんと音楽まで聴いてもらえるようになって、そこはすごくありがたいなっていうか。流行り廃りで過ぎ去ってほしくないなって(笑)。

―その土壌の変化はでかいですよね。しかもそれは流行り廃りじゃなくて、ちゃんと土台が上積みされた部分だと思うし。

竹内:若い人たちは確実に耳が違うなって感じはしますね。

―ルミナスは以前から海外との接点が強いバンドですが、00年代に入ってから、ネットの影響で海外との距離感がぐっと近付いたと思うんですね。実際98年に『Puppy Dog Mail』を海外で出したときと、07年に『Sakura Swirl』を海外で出したときって全然違いました?

竹内:昔は大変でしたね。普通にプレス代とかも高かったし。『Sakura Swirl』が出たときは、メール・オーダーの大きなサイトが置いてくれたりするから、もうちょっと広がりがあった気がしますね。

3/4ページ:ルミナスを過去にしてしまうことで、それまで書いた曲とかも過去にしちゃうというか、埋もれてっちゃうのかなって思うと悔しかったというか。

ルミナスを過去にしてしまうことで、それまで書いた曲とかも過去にしちゃうというか、埋もれてっちゃうのかなって思うと悔しかったというか。

―そういうのって90年代にはまだあんまりなかった?

竹内:あんまり印象にないですね。やっぱり街のマニアックなレコード屋さん、ROUGH TRADEとか、そういうところに何枚か入れてもらったとかそういう感じだったと思います。

―MySpaceって活用してますか?

竹内:11月にクリストファー・マグワイア(かつてくるりのメンバーでもあったドラムセット・プレイヤー)が来るんですね。私MySpaceで英語の日記を書いてるんですけど、クリストファーの友達がうちのファンで「アヒトイナザワが辞めたらしいから君叩きなよ」みたいなことを言われたらしくて(笑)、それでメッセージを送ってきたんです。

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―ネットが音楽に与える影響に関してはどうお考えですか?

竹内:前はCD屋で試聴機とかに入れてもらわないと、なかなか聴いてもらう機会がなかったですよね。すごく力のあるレーベルとか、メジャーじゃないと試聴機も取れなくて。今だと「ちょっとこのバンド気になるな」ぐらいのところまで行ければ、聴いてもらえるっていうのがあって。全く公平ではないけど、チャンスが増えたのかなとは思います。

―実際インターネットによって海外との距離感って変わったと思います?

竹内:そうですね。前はデモ・テープ送って、手紙書いて、「ああ返事来ない…」みたいな感じだったのが、手軽にやり取りしやすくなりましたね。

―以前は自分たちで資料作って送ってってかなりやってたんですか?

竹内:やってましたね。

―でもそこが基本ですよね。MySpaceで便利になったって言っても、その熱意がないと。

竹内:うん、それは絶対ですね。嫌がられても送るぐらいの(笑)。

―それぐらいしてました?

竹内:してましたね(笑)。縁とかタイミングもあるから、ちょうど「いいバンドいないかな?」って探してる人に上手くあたるための努力っていうのは、今も昔も変わらないと思います。

―ではルミナスの活動自体について、もう少し聞かせてください。改めて、竹内さんお一人が「ルミナス・オレンジ」という名前で活動を続けるのはなぜなのでしょう?

竹内:解散しなくていいんで(笑)。解散しないって決めちゃったっていうか、辞めないって決めちゃったんで。97年に3人でやってたんですけど、他の2人が抜けちゃって、違う名義でやるのか、メンバーを探すのか悩んだんですけど、自分で曲を書いてきたんだから、自分=ルミナスにしちゃおうかなって。ルミナスを過去にしてしまうことで、それまで書いた曲とかも過去にしちゃうというか、埋もれてっちゃうのかなって思うと悔しかったというか。

―1992年からずっと一人で活動しているわけですが、バンドにしようと思ったことってなかったんですか?

竹内:バンドにしちゃってもいいかなって思うときも時々あったんですけど、タイミングが悪くて(笑)。

―今はバンドにしたいとは思ってない?

竹内:どうなんでしょうね…1人にもメリットとデメリットがあるんですよね。

―メリットというと?

竹内:バンドだとみんなが賛成しないといけないっていうのはありますよね(笑)。自分はこの曲いいと思っても、誰かがやりたくないって言ったらできないし。1人だったら「これやるから」で終わりなんで(笑)。

―ではデメリットは?

竹内:プレッシャーがすごい(笑)。

4/4ページ:感動とは何なのかっていうのを、ずっと模索してるんじゃないかと思いますね。

感動とは何なのかっていうのを、ずっと模索してるんじゃないかと思いますね。

―でもそこは引き受けてやっていくと。

竹内:そうですね。ライブの予約が来ないと一人で悶々と悩みますけど(笑)。愚痴の一つもこぼせればいいのだが、サポートの人に心配させちゃいけないっていうのもあるんで。でもまあそれはそれでいいかなって。

―バンドでやるメリットってやっぱり「バンド感」だと思うんですけど、今のルミナスってメンバー間のやり取りはどんな感じなんですか?

竹内:言ったことだけをやってる感じは全然ないですね。結構デモを作りこんでしまうので、「どこに自分を入れていいかわからない」って言われたことも過去にはあったんですけど。

―これまでかなりの人数がサポートとしてルミナスに関わってるわけで、当然コミュニケーションは大変ですよね。でもそのあり方を引き受けてるし、楽しめてる?

竹内:…結構堪えますけどね。「ちょっと無理」とか言われると。

―それでも活動を続ける理由は何なのでしょう?

竹内:私は音楽をやり始めるまでにものすごい遠まわりをしてるんです。絵を描いたり漫画を描いたりしてたんですけど、自分の描きたいものとかけ離れたものができちゃって苦しくて。でも曲を作り始めた時にそれができたと思って。

Luminous Orange インタビュー

―自分の作りたいものと実際にできたものが合致した?

竹内:そうですね。だから、その場をなくしたくないなと思って。表現したいものができないのって、悶々として苦しいじゃないですか? ああいうのは嫌だなって。

―抽象的な質問になりますが、竹内さんは何を表現したくて音楽活動を続けているのですか?

竹内:子供の頃に近代フランス音楽を聴いて衝撃を受けたんですね。ドビュッシーとかラベルとか。ピアノだと練習曲とかドイツ音楽が多いじゃないですか? いきなりにそこにフランス印象派を聴いて衝撃を受けて。でもその感動を人に伝えたくても「何言ってるの?」って、なかなかわかってもらえなくて。感動したことで孤独になったというか。これをわかってもらうにはどうしたらいいんだろうと思って、模倣じゃないけど、自分なりの曲を作り始めたんです。感動とは何なのかっていうのを、ずっと模索してるんじゃないかと思いますね。

―フランス音楽からの影響って確かにルミナスの音楽から感じ取れる部分ではあるんですけど、アウトプットの形としてクラシックじゃなくて全然別のものになってるのが面白いですよね。

竹内:なんか色々寄り道をして(笑)。ちょっとひねた表現なのはYMOの影響が大きいと思うんですけど。坂本龍一もドビュッシー大好きだったりとか。あとビートルズの変な多重録音とか、そういうのをインプットし続けて、それがごちゃごちゃになって出てきたんでしょうね。

―でもそうなると、ますます「シューゲイザー」っていう括りが不似合いですよね。ご自身では何て呼ばれるのがしっくりきますか?

竹内:なんでしょうねえ…自分で書くときは「色彩感」とか「鮮やかな感じ」っていうのが多いかな(笑)。「思いがけないリズム・チェンジ」とか、「異世界にいる感じ」とか。難しいですね。

―じゃあミュージシャンかアーティストかっていうとどうですか?

竹内:ミュージシャンっていうと演奏する人っぽいけど、アーティストっていうとちょっと気取ってる感じがするし…作曲家かな、自分としては。

―なるほど、それは竹内さんの表現の根幹と繋がりますね。

竹内:そうだと思います。

―では最後に今後の活動の展望を教えてください。

竹内:とりあえず今年中に録音をなんとか終わらせて、来年の春ぐらいに新しいアルバムを出して、あちこちにライブに行けたりするといいなと。その間に曲も書ければいいなと思います。

―長期的な展望ってありますか?

竹内:どうなんでしょうね…表現の場がなくなるのが一番怖いんですよ。それが続けられたら、その環境がいつまでもあってくれるといいなってとこしかないですね。

リリース情報
Luminous Orange
『Best of Luminous Orange』

2009年11月4日発売
価格:2,520円(税込)
残響レコード ZNR-077

1. Flowline
2. Utatane no Hibi
3. Walkblind(2009年再録音)
4. Ken-Ban
5. Every Single Child
6. Tears of Honey
7. Gertrude
8. Honey Eyes(2009年再録)
9. Sheet Music
10. Drop You Vivid Colours
11. Silver Clothes
12. Starred Leaf
13. Sakura Swirl
14. Chapter 22
15. Fresh Berry Soup

イベント情報
CINRA presents 「exPoP!!!!! volume33」

CINRA主催入場無料イベント『exPoP!!!!! vol.33』出演!!

2009年12月17日(木)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:渋谷O-nest

出演:
PANICSMILE
Luminous Orange
乍東十四雄
and more

料金:無料(2ドリンク別)
※ご予約の無い方は入場できない場合があります。ご了承下さい。

プロフィール
Luminous Orange

日本を代表するポストオルタナティブシューゲイザーバンド『Luminous Orange』 1996年の1stアルバムリリース以来、5枚のアルバム、1枚のミニアルバム、2枚のシングル他、コンピレーションにも多数参加。過去にはコーネリアス小山田圭吾の耳に止まり、氏が2002年まで主催していた伝説のレーベル、トラットリアにも参加した。 マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ソニック・ユース、ダイナソーJr. といった由緒正しきギター・ロック・バンドの申し子である。だが美しいメロディーを支える、色彩豊かなコード感と、思いがけないリズム変化によって惹き起こされる、目眩のような感覚はルミナスオレンジ独特のものであり、時にポップに、時にアグレッシブに、その音楽を耳にした人を惹きつける力を持っている。



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