「普遍性」の理由 ジェームス・イハインタビュー

不朽の名作として長く愛され続けている『Let It Come Down』以来、実に14年ぶりの新作『Look To The Sky』を発表したジェームス・イハ。生楽器を基調としたシンプルなスタイルで、美しいメロディを閉じ込めた前作に対し、プロデュースや楽曲提供からスタジオの運営まで、14年間の様々な活動が反映された新作は、曲調のバリエーションが大きく広がっている。しかし、作品から感じられる「普遍性」に関しては、前作と全く同様のものがあるのだ。なぜ、彼の作品からは常に「普遍性」が感じられるのか? イハ本人の話をもとに、その理由を探ってみた。

空白の14年間?

NIRVANAやPEARL JAMと並ぶ、90年代のUSオルタナティブシーンを代表するバンドのひとつ、THE SMASHING PUMPKINSのギタリストとして活躍していたジェームス・イハが、初のソロアルバム『Let It Come Down』を発表したのは1998年のこと。シンガーソングライタースタイルで、シンプルながらも美しいメロディを綴った作風には多くの称賛が寄せられたものの、インパクトやセールスという面では、リリース当初は、ものすごく注目されたアルバムというわけではなかったように思う。しかし、作品の持つタイムレスな魅力はいつまでも失われることなく、もしかしたら今ではスマパンの作品以上に、「誰からも愛される不朽の名作」という評価を獲得しているのではないだろうか。あれからなんと14年、遂にジェームス・イハの新作『Look To The Sky』が到着した。

ジェームス・イハ:確かにすごく時間がかかったという自覚はあるんだけど、実際はそこまで意識してなかったんだ。こうしてアルバムが完成して、改めて「あれからもう14年だよ!」って言われると、「そんなにかかったんだ。申し訳なかったね」とは思うけどね(笑)。前のアルバムを作った後は、「次はもっと冒険的なアルバムを作ろう」って思ったんだけど、実際にはスマパンから脱退した後に、ソロアーティストとしての活動からは距離を置いてて。プロデューサー、楽曲提供、スタジオやレーベルをやったりして、それから徐々に自分の曲を書くようになったんだ。

ジェームス・イハ
ジェームス・イハ

そう、もちろん彼はこの14年間何もやっていなかったわけではなく、2000年のスマパン脱退以降、非常に幅の広い音楽活動を続けていた。バンドとしては、TOOLのフロントマン、ジェームス・メイナード・キーナン率いるA PERFECT CIRCLEへの参加や、盟友アダム・シュレンシンジャー(FOUNTAINS OF WAYNE)をはじめ、CHEAP TRICKやHANSONのメンバーと共に結成したTINTED WINDOWSの活動があり、プロデューサーや楽曲提供などの仕事も多数こなしている。また、1995年にアダムや元スマパンのダーシーらと設立したレーベルScratchie Recordsの運営(現在閉鎖)、2000年に同じくアダムらと共同で設立したレコーディングスタジオStratosphere Sound Recording Studioの運営と、経営側に回ってもいた。

また、日本との接点も強く、BASE BALL BEARの関根史織や湯川潮音の出演でも話題を呼んだ映画『リンダ リンダ リンダ』や、安藤モモ子監督・満島ひかり主演の『カケラ』の映画音楽を手掛けたり、CHARAや湯川潮音らに楽曲提供をしたりもしている。さらに2001年にはBEAMSよりファッションブランド「Vapor(現Vaporize)」を立ち上げるなど、とにかく多岐に渡る活動を続けてきたのである。そう、決してこの14年間、曲がCome Downしてこなかったわけではないのだ。

ジェームス・イハ:まあ、(パーマネントな)バンドにも所属してなかったし、レーベルとかマネジメントからのプレッシャーもない状態だったから、無理して作らなくてもよかったっていうのも正直なところではあるんだけどね(笑)。あと前作はヘビーなバンドのサウンドに対する反動で、静かなものを作りたいっていう意識があったけど、今回はとにかく色々やってみて、とことん納得のいくものを作ろうって感じだったんだ。ずいぶん時間も経ったから、また1stアルバムを作ってるみたいな感覚だったな。

2/3ページ:『LOOK TO THE SKY』に見る、歌と作品性へのこだわり

『LOOK TO THE SKY』に見る、歌と作品性へのこだわり

こうして完成した『Look To The Sky』は、彼の当時からの目論み通り、『Let It Come Down』よりも冒険的な作品になってはいるが、前作同様の普遍的な魅力も兼ね備えた、素晴らしい作品に仕上がっている。アコギやストリングスといった生楽器を基調としているところは変わりないが、各楽曲のプロダクションははっきりと緻密になった。ここには、イハの14年間の様々な活動が反映されていることは間違いない。

ジェームス・イハ:前作はプロデューサーのジム・スコットと2人で、書きとめていた曲を限られた時間でレコーディングした感じだったけど、今回はたっぷり時間があったんだよね。その間に僕は他のバンドのレコーディングに携わったり、映画のサントラを作ったり、リミックスをやったりしてきて、その経験が反映されていると思う。“To Who Knows Where”と“Gemini”は今から6年前ぐらいに作った曲で、最初はもうちょっとロック寄りの作品にしようかとも思ったんだけど、これ以外の曲はボツにしたんだ(笑)。

ジェームス・イハ

実際、本作には実に様々なタイプの曲が収められているが、中でもオープニングの“Make Believe”や“Dream Tonight”といった繊細さとスケール感の同居した楽曲の印象が強く、ここからは映画音楽を制作したことの影響が強く感じられる。共同プロデューサーを務めているのが映画音楽を多数手掛けているネイサン・ラーソンだというのも、大きなポイントだろう。また、歌を軸に音数をぐっと絞った“Dark Star”や“Waves”などの静謐な楽曲も素晴らしく、イハのシンプリシティへのこだわりが表れていると言える。さて、これだけ曲調が幅広いと、ともすればアルバムとしては散漫になってしまう危険性もあるように思うが、そこに対してはどう考えたのだろう?

ジェームス・イハ:やっぱり重要なのは声とメロディで、同じ人間が作って歌っていれば、そこにはちゃんと統一感が生まれると思うんだ。ほら、多くの人にとってまず耳に入ってくるのってボーカルだろ? 例えば、ボリュームをすごく下げて聴いたりしたときも、やっぱり聴こえるのってボーカルと、あとビートなんだよね。うん、だから歌によって曲が引っ張られてるんだよ。

そう、サウンドの種類は様々でも、この歌とメロディに対する意識の高さが根底にあるからこそ、彼の作品には普遍的な魅力が備わっているのだ。それは、14年という月日を経て、音楽を取り巻く環境が大きく変わろうとも、決して譲れない「作品性」へのこだわりとも通じるものである。

ジェームス・イハ:インターネットによって音楽の聴き方はガラッと変わったよね。昔だったら、アーティストはレーベルと契約して、プロデューサーと仕事をして、ようやく自分の音楽を世に出せた。でも、今は誰でも音楽を発表できて、それをいろんな人に届かせることもできるわけだから、いろんなところでいろんなヒットが生まれてて、「流行り」っていうことの意味も変わったように思う。

でも、自分にとってはネットで曲を発表するっていうのは退屈なことだよ。今自分が20才だったらそれをやってたかもしれないけど、今の自分の年齢とやってる音楽を考えると、アルバムという形で出した方が、リスナーにもメディアにもちゃんと受け止めてもらえると思うんだ。僕の作品を気に入ってくれる人は、3曲をダウンロードして聴くよりも、作品として受け取りたいと思ってくれてるんじゃないかな。

3/3ページ:「いろんなことをやってると、自分が音楽の一部になれてる気がするんだ」

「いろんなことをやってると、自分が音楽の一部になれてる気がするんだ」

『Let It Come Down』という作品がタイムレスな魅力を放ち続けるもうひとつの理由は、あの作品が様々な形で「愛」という普遍的なテーマを歌った作品だったからでもある。そして、『Look To The Sky』ではその根本となる軸はそのままに、より陰影の部分が濃くなり、深みを増した歌詞を堪能できる。ここにも40歳を過ぎたイハの人生経験がそのまま反映されていると言えるだろう。

ジェームス・イハ:陰と陽の対比、両義性はすごく意識した。音楽的にもより複雑になってると思うし、歌詞もそうで、そういうより深いものの方が、長く楽しめる作品になると思うんだ。

中でも印象的なのが、アメリカの独立記念日を題材とした“4th Of July”。楽曲と言葉の美しさが混ざり合って、まるでショートフィルムを見ているかのような深い感動を受けるこの曲からも、やはり本作の持つ映画的な魅力が強く感じられる。冒険心と深みを併せ持った、今のイハだからこそ書くことのできる1曲だと言えるだろう。

ジェームス・イハ:この曲ができたときにカントリー風の曲だと思ったから、アメリカ的な要素の強い物語にしようと思ったんだ。それで、2人の男女が7月4日に今いるところから逃げ出すんだけど、たどり着いた先でも幸せを見つけることができないっていう、アメリカ的な悲しいお話を書いたんだ。でも、空を見上げると記念日を祝福する花火が打ちあがってるっていう、映像的な美しさのある曲になったと思うよ。

本作を携えて、ジェームス・イハは今年の夏、フジロックの出演のため再来日を果たす。THE STONE ROSESとRADIOHEADを筆頭に、すでに超豪華なメンツが発表されている中にあっても、イハの出演は大きなトピックのひとつだと言っていいだろう。個人的には昼間のGREEN STAGEの広々とした開放的な雰囲気の中、美しい楽曲を堪能できれば幸せだ。そして、今後も彼は、これまで同様に幅の広い活動を続けていく予定だという。「次の作品がまた14年後ってことはないと思う」ということを約束しつつ、その幅広い活動の理由について、彼は最後にこんな風に語ってくれた。

ジェームス・イハ:ひとつのことしかやらないんじゃなくて、いろんなことをやってると、自分が音楽の一部になれてる気がするんだ。自分は音楽とつながってるって、そういう気持ちになれるんだよ。

彼の音楽が普遍的なのは、彼自身が音楽の一部だから。それが一番の理由なのかもしれない。

リリース情報
ジェームス・イハ
『Look To The Sky』国内盤

2012年3月14日発売
価格:2,500円(税込)
TOCP-71265

1. Make Believe
2. Summer Days
3. To Who Knows Where
4. Till Next Tuesday
5. Dream Tonight
6. Dark Star
7. Appetite
8. Gemini
9. Waves
10. Speed Of Love
11. 4th Of July
12. A String Of Words
13. Diamond Eyes(ボーナストラック)
14. Stay Lost(ボーナストラック)
※日本先行発売、日本盤のみボーナストラック2曲収録、初回生産限定デジパック仕様

プロフィール
ジェームス・イハ

1987年、米シカゴにてスマッシング・パンプキンズのメンバーのギタリストとして、活動を開始。2000年に脱退するまでに10枚のアルバムをリリースし、数百万枚のアルバムセールスを記録する。また1998年に初のソロ・アルバム『Let It Come Down』を発表。これまでのイメージと一線を画すナイーヴで暖かい作品は、ミュージック・シーンに衝撃を与え、ここ日本でも、シンガーソングライターとして、高評価を得た。以降、A Perfect Circleへ加入やTinted Windows結成等で、話題を呼び続ける他、世界中の数々のアーティストのプロデュース、リミキサーとして等、ギタリスト、ソングライターの他に、その制作活動の場を広げている。2012年、14年ぶりのソロアルバム『Look To The Sky』が発売されたばかり。『FUJI ROCK FESTIVAL '12』への初出演も決定している。



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