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挫折した元ボクサーが富士山を激写 写真家・井賀孝インタビュー

挫折した元ボクサーが富士山を激写 写真家・井賀孝インタビュー

インタビュー・テキスト
萩原雄太
撮影:高見知香
2015/04/28

井賀孝は、写真家でありながらグレイシー柔術(ブラジリアン柔術)の指導を行う格闘家でもある。さらに、山伏修行を経験し、冬山登山を行うなど、自身の身体を酷使しながら写真を撮影してきた人物だ。

彼が富士山を撮影した展覧会『不二之山_新』が、東京ミッドタウンにある富士フイルムフォトサロンで開幕する。冬場の人を寄せ付けない厳しい富士山の姿のみならず、まるで東京のど真ん中のような人混みに溢れた夏の山頂もまた、富士山の一面である。そこに映し出される二面性に戸惑いながらも、私たちは「富士山」という日本を象徴する最高峰への想像を膨らませる。

自ら何十回と富士山に登り、凍傷に襲われながらもその様々な姿を写真に収めてきた井賀。過去にはグレイシー柔術の本場ブラジルでジムの門戸を叩き、そこに集う格闘家たちを撮影した彼はなぜ、被写体を変えても常に自分の身体を追い込みながら写真を撮り続けるのだろうか? そこに見えたのは少年時代からの「強さ」への渇望と、それをストイックに追い求め続けた先の、悟りとも言える万物への畏敬の念だった。

日常的に闘い続ける格闘家には、存在として無視できない強さがあるんです。

―まずはおめでとうございます。先日、ブラジリアン柔術の黒帯を取得されたそうですね。

井賀:ありがとうございます。写真家なのにそこからですか(笑)。ブラジリアン柔術の黒帯は取るのが難しくて10年くらいかかるので、日本でも持っている人は少ないんです。僕も10年かかってようやく黒帯になりました。

井賀孝
井賀孝

―指導者として後進の育成にあたるなど、本気で柔術に取り組んでいらっしゃるそうですが、写真と格闘技、どちらの出会いが早かったんでしょうか。

井賀:格闘技が先ですね。高校生のときにボクシングを始めたのが格闘技にのめり込んだきっかけです。その頃は、写真を見ることも撮ることもなかったので、昔の友人とFacebookでつながるとびっくりされますね(笑)。当時はヤンチャで、文化芸術には一切興味がなかったんです。

―井賀さんの名前を世に知らしめたのも、ブラジルでヴァンダレイ・シウバやアレッシャンドリ・フランカ・ノゲイラなどの格闘家を密着撮影した『ブラジリアン バーリトゥード』(情報センター出版局、2002年)でした。

井賀:これを撮影したときは、自分にとっても本当に「抜けた」という感じがありました。ブラジリアン柔術を始めてから、いつかはブラジルに行きたいという思いがあり、30歳で実現したんですが、当時はブラジルの写真集も、ブラジリアン柔術の写真もほとんどなかった。この写真は自分にしか撮れないと思ったし、写真家としてのスタイルを見つけることができました。かばんに道着とカメラを入れて「練習させてくれ」と門をたたき、練習を共にする。格闘技も写真もノンバーバル(非言語的)だから、即興でコミュニケーションを取りながら信頼を深めなければなりません。一緒に練習をして、写真を撮らせてもらう、そんな撮り方が自分のスタイルになっていったんです。

『ブラジリアン バーリトゥード』(情報センター出版局)より

『ブラジリアン バーリトゥード』(情報センター出版局)より
『ブラジリアン バーリトゥード』(情報センター出版局)より

―格闘家は、他の被写体とは何が異なるのでしょうか?

井賀:やっぱり彼らは味のあるいい顔をしているし、日常的に闘っているから身体もいびつで傷だらけ、個々に違いがあって、存在として無視できない強さがあるんです。格闘家を撮り続けると、他の人が物足りなくて撮影できなくなってしまいますね(笑)。

―格闘家を捉える視点も独特のものを感じます。

井賀:ストロボを焚いて一瞬を切り取るというより、自然光でシャッタースピードを遅めにして時間止めないようにしています。動きが出てきて連続性がイメージさせられるし、ブラジル自体もそういうイメージに合っている。熱いし、躍動感のある国だから。

―格闘技と写真の共通点は?

井賀:僕にとって写真で大事なことは、一瞬のスピードと身体性の高さ。それは格闘技と同じです。動体視力で被写体を捉え、その動きに瞬時に反応してカメラを操る。あらゆる表現の中でも、ダンサーと同じくらい身体性の高さを求められる芸術なんじゃないかと思っています。

『ブラジリアン バーリトゥード』(情報センター出版局)より
『ブラジリアン バーリトゥード』(情報センター出版局)より

―その他にも、修験道(山籠りの修行で悟りを開く、日本古来の山岳信仰と仏教が合わさった思想)や富士登山など、井賀さんの写真にはフィジカルな要素が常に関わっています。高校生で始めたボクシングもかなり真剣に続けられていたんですか?

井賀:真剣でしたね。でも結局は挫折したんです。理由は親の反対だったり色々ですが、最終的には18歳のときに自分の判断で辞めて、格闘技からも遠ざかっていた時期がありました。そのときはボクシングの代わりに打ち込めるものを……と模索しつつ、ずっと引きずっていましたね。

―そこで出会ったのが写真だった?

井賀:当初は文字で何かを伝え、表現するジャーナリストになろうと養成講座に通い始めたんです。でも、今考えれば当たり前の話ですが、ジャーナリストといえど、新聞社や出版社から求められるものを書くわけで、何でも自由に書けるわけじゃない。だったら写真は撮ってしまえば「リアリティー」の強さがあるし、自由に表現できる余地があるのではと、突然写真家になろうと決めて、カメラを買いに行きました。24歳の頃です。

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イベント情報

写真家たちの新しい物語 井賀孝写真展
『不二之山_新』

2015年5月1日(金)~5月14日(木)
会場:東京都 六本木 東京ミッドタウン内 FUJIFILM SQUARE(フジフイルムスクエア)
時間:10:00~19:00(入場は閉場の10分前まで、5月14日は16:00まで)
料金:無料

トークショー
『圧倒的に美しいものには意味がある』

2015年5月8日(金)
会場:東京都 六本木 東京ミッドタウン内特設会場
出演:井賀孝
ゲスト:井浦新

書籍情報

『不二之山』
『不二之山』

2014年2月18日(火)発売
価格:3,888円(税込)
発行:亜紀書房

プロフィール

井賀孝(いが たかし)

1970年、和歌山市生まれ。写真家。高校時代はボクシングに没頭し、大学卒業後、独学で写真を始める。27歳のときニューヨークで出会ったブラジリアン柔術がきっかけで「闘って撮る」写真家の道を志向。その後、ブラジルに何度となく通うなかで数多くの総合格闘家たちと交わり、『ブラジリアン バーリトゥード』(情報センター出版局)を刊行。2008年から、より根源的なものに魅せられて山に登り始める。現在、山伏修行をしながら、各種メディアにて格闘家やスポーツ選手、アーティスト等の撮影をこなす。トライフォース柔術アカデミー池袋本部にて指導者としても活躍中。

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