中村佑介が語るロートレックの才能。イラストレーターの資質とは

今年、活動15周年を迎えたイラストレーターの中村佑介さん。ASIAN KUNG-FU GENERATIONのCDジャケットや、小説『謎解きはディナーのあとで』などの書籍カバー、アニメーションのキャラクターデザインなど、一目見れば忘れられない作品は、多くのファンを惹きつけています。

そんな彼と今回訪ねる世界も、街ゆく人々を惹きつけた彩り豊かな世界。19世紀末のパリを変えたビジュアルカルチャーをめぐる『パリ♥グラフィック―ロートレックとアートになった版画・ポスター展』です。歌姫やダンサーらを大胆な構図でとらえたポスターで一世を風靡したロートレックを中心に、個性派作家たちの名作が集結しています。

案内役を務めてくれるのは、開催館となる三菱一号館美術館の学芸員・野口玲一さん。今日のグラフィックアートの源流のひとつと言える世界へ、中村さんとタイムトラベルに出発です。

僕とアジカンのメンバーとの関係のように、お互いをよくわかっているもの同士だから生まれるものもありますよね。

―まず野口さんに伺いますが、本展覧会はどんな内容なのでしょう?

野口:19世紀末を中心に隆盛したグラフィック作品、特にフランスの版画やポスターを厳選した展覧会です。当時のパリの街角では、多色刷りのリトグラフを活かした新しいポスターが大衆に人気となります。

たとえばこの一枚、ウジェーヌ・グラッセの『版画とポスター』は、芸術色が強い従来の版画と、新興のポスター、新旧ふたつの表現をいわば2人の女性に見立て、ちょっと仲の悪そうな様子も含めて描いたものです。

ウジェーヌ・グラッセ『版画とポスター(『版画とポスター』誌のためのポスター)』(1897年)ファン・ゴッホ美術館蔵
ウジェーヌ・グラッセ『版画とポスター(『版画とポスター』誌のためのポスター)』(1897年)ファン・ゴッホ美術館蔵

左から、野口玲一(三菱一号館美術館 学芸員)、中村佑介
左から、野口玲一(三菱一号館美術館 学芸員)、中村佑介

中村:なるほど、ポスターと版画。この2人の様子では版画よりポスターの方が勢いありそうだけど、産業としてはポスターは黎明期というか、クリエイターとクライアント企業との関係はいまとは違うのでしょうか?

野口:本展の軸となるアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックも、親交のあるキャバレーの支配人に依頼されて描いた作品があるなど、個人的な関係から生まれたものも少なくありませんね。

中村:そういうお互いをよくわかっているもの同士だから生まれるものもありますよね。僕もアジカンのメンバーとの関係があるから描けた作品は多いです。ルールや常識からちょっとはみ出せる表現というか。

ロートレックって、周囲に愛されてた人なんじゃないかなって思います。

野口:当時ロートレックは、よく知られる舞台関係のポスター以外にも、自転車メーカーや、紙吹雪の広告なども手がけています。CDこそありませんが、この時代も楽譜の表紙を個性的なグラフィックアートが飾っていたりしていて、本展でも紹介されています。

中村佑介

アンリ・リヴィエール『「星への歩み」楽譜集』(1899年)ファン・ゴッホ美術館蔵
アンリ・リヴィエール『「星への歩み」楽譜集』(1899年)ファン・ゴッホ美術館蔵

中村:人気歌手や俳優のポートレートもありますね。こういうのは、いまだと主に写真家の仕事になりますね。芸能人のイメージ作りに一役買うという。みなさんホント、いろんな仕事してるな~。

野口:ロートレックの仕事でも、長い黒手袋がトレードマークの歌手・女優のイヴェット・ギルベールや、いかにも気難しそうな男性歌手、アリスティド・ブリュアンのポスターが有名ですね。ブリュアンの大判ポスターは、見る人々に彼のイメージを強烈に印象付けたものとしても知られています。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『「ピエロにはコロンビーヌ」のイヴェット・ギルベール』(1894年)三菱一号館美術館蔵
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『「ピエロにはコロンビーヌ」のイヴェット・ギルベール』(1894年)三菱一号館美術館蔵

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『アリスティド・ブリュアン、彼のキャバレーにて』(1893年)三菱一号館美術館蔵
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『アリスティド・ブリュアン、彼のキャバレーにて』(1893年)三菱一号館美術館蔵

中村佑介

中村:想像ですが、ロートレックって、モデルとなった人たちも含めて周囲に愛されてた人なんじゃないかなって思います。どの絵も美男美女というより、結構デフォルメがきつかったり、ポスター以外では娼婦たちの日常を描いたりもしている。それが許されるのは、やっぱり人柄もあるのかなって。

野口:そこは、彼の特殊な生い立ちと無関係ではなかったかもしれませんね。裕福な名家に生まれ育ちましたが、10代前半に落馬が原因で大怪我をして以来、両足の発達が止まってしまったという複雑な過去を持っているんです。

中村佑介

この展覧会を巡っていて気づくのは、ロートレックの才能がどういう種類のものだったかってこと。

―ロートレックの名前はよく知られていますが、そんな特殊な生い立ちがあったんですね。

中村:ロートレックのポートレートって、どこか日本の浮世絵の役者絵にも通じるところがありますね。あと、絵のなかの署名というかハンコみたいなマークも、日本文化へのオマージュを感じる。そういう関係性はあるんですか?

野口:おっしゃる通り、彼の作品は、当時フランスに紹介された浮世絵からもインスピレーションを得ていると言われています。このモノグラムはロートレックのイニシャル、HとTとLを組み合わせたものですね。

中村佑介

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『メイ・ミルトン』(1895年)三菱一号館美術館蔵
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『メイ・ミルトン』(1895年)三菱一号館美術館蔵

中村:この展覧会を巡っていて気づくのは、ロートレックの才能がどういう種類のものだったかってこと。いわゆる画力だけなら、さらに優れた人の絵がこの展覧会にもたくさんある。でも、一瞬の動きをとらえて、人々の目を引く効果的な描きかたをする力は抜きん出ていますよね。つまり、見せかたがうまい。

そして、遠くからポスターを見ただけで伝わる色とデフォルメの力。特にポスターにとっては街中が展覧会場だから、それらが活きた。こうして美術館で鑑賞すると割と至近距離で鑑賞したくなるけど、少し離れて見たらそれが一層際立つ。これから来場予定のみなさんは、ぜひやってみてください(笑)。

中村佑介

中村佑介

色数をどう減らしていくか、フラットな色面でどう表現するかというのは常に考えています。

―会場では、ポスターとは対照的に、個人が収集して楽しむアーティスティックな版画の流行も紹介されていますね。

中村:これだけ色々見せてもらうと、自分のものにしたくなる気持ちもわかるなあ。僕はこのフェリックス・ヴァロットンという作家が気になりました。白と黒だけで、すごく大胆で明快な表現が新鮮です。初期の手塚治虫マンガみたいだったり、どこか妖しげな男女関係を連想させたり。

フェリックス・ヴァロットン『お金(アンティミテV)』(1898年)三菱一号館美術館蔵
フェリックス・ヴァロットン『お金(アンティミテV)』(1898年)三菱一号館美術館蔵

中村:「描かないことで描く」というか、光と闇だけでどう面白くできるのかを考え抜いている。この『版画愛好家』という一枚も面白いです。版画を扱う人気の画商の店先には、こういう感じでファンが大勢並んだのですね。秋葉原のコレクターズアイテムのようです。

フェリックス・ヴァロットン『版画愛好家』(1892年)三菱一号館美術館蔵
フェリックス・ヴァロットン『版画愛好家』(1892年)三菱一号館美術館蔵

野口:この当時、それまで一点ものの絵画は高価で買えなかった層を含めて、アート作品を自宅で楽しむプライベートな行為が広がりました。部数限定の版画が注目されて、そこで表現が多様化する動きもあったんです。ヴァロットンは絵画も版画も作ったスイス出身のアーティストで、当館でも過去に、彼の業績を改めて評価する個展を開いています。

中村:僕はモノクロではなく色を結構使いますが、色数をどう減らしていくか、またフラットな色面でどう表現するかというのは常に考えています。それは、もともとシルクスクリーンからはじめたから、というのもあるんです。

中村佑介

『四畳半神話大系』第1巻 DVD ©四畳半主義者の会
『四畳半神話大系』第1巻 DVD ©四畳半主義者の会

中村:もしかしたら、当時の複製芸術のアーティストは「やったぜ! これでたくさんの人に見てもらえる」という気持ちと同時に、「色も版も、もっとたくさん使いたいよ!」という不満もあったかもしれない。でも、ある種の制限が逆に表現を豊かにすることもありますからね。

中村佑介

野口:本展では、当時のポスターや版画の制作過程をいまに伝えるものも、展示されています。たとえば、ロートレックが作業過程で残した多色刷りの各工程の試し刷りや、同じ絵の配色を試行錯誤したと思われる2枚を並べて展示しています。

中村佑介

中村:こんなのも残ってるんだ! どういう考えかたで作っていたのか、想像できるのもいいですね。

野口:当館の収蔵作品には、ロートレック自身が手元に置いていた作品も多いんです。この展覧会は、これらを含む19世紀末の版画やポスターのコレクションと、オランダのファン・ゴッホ美術館のコレクションからセレクトして構成されています。展示終盤にはゴッホの浮世絵コレクションも展示されているんですよ。

中村佑介

中村:ここで浮世絵が出てくると、日本人の繊細さを改めて感じますね……。曲線と直線が共存するアンバランスさも特徴なんだなって思う。一方で、ここで紹介されているロートレックら西洋のアーティストには大胆さがある。浮世絵の構図はすごいけど、日本人はやっぱり整頓していくのが好きなのかな……、なんて比較ができるのも面白いですね。

中村佑介

中村佑介

規模が大きくなってくると、表現にもいろいろと規制が入りやすくて、どうしても中間的なものになりがちなんです。

―展覧会を見終えていかがでしたか?

中村:当時もいまも、やってることは意外と変わらないんだな、と思う部分がありました。ポスターでいえば、クライアントの思いの代弁者として、イメージを向上させてあげる役割。

でも一方で、複製技術がベースといっても、数千枚の規模でパリという都市に流通したイメージと、大量印刷で何十万枚も同じイメージがひとつの都市を超えて拡散していくことの違いはあるだろうなとも思ったり。

規模が大きくなってくると、表現にもいろいろと規制が入りやすくて、どうしても中間的なものになりがちなんです。ロートレックのデフォルメを効かせまくったポートレートも、いまだと大規模なキャンペーンに使うのは不可能ですよね(笑)。

中村佑介

野口:たしかに、ロートレックたちが活躍したパリのコミュニティーは比較的小さかったが故に、冗談が通じた面はあったかもしれませんね。ただ、自転車のポスターで部品の形が実際とは違っていたせいで不採用になった作品もあるんですよ。

―ちなみに中村さんの場合は、どんな背景からいまに至るのですか?

中村:もともと僕は格闘ゲームのキャラクターデザインをやりたくて商業美術の方面を目指したのですが、色々あっていまのような絵を描くようになりました。発表した当時はなんか古くてレトロな絵、お父さん世代の懐かしい絵っぽいね、みたいな受け取られかたも多かったですね。

その頃は、日本人がセーラー服の女の子を描くっていうと、イラストレーションではほとんどなく、マンガの世界かエロかっていう一律的な捉えられかたがあった。でも僕は、そういうものとは違う意味での「俗な世界」を描きたかったんです。

中村佑介

中村佑介画集『Blue』サイン会47都道府県制覇記念イラスト
中村佑介画集『Blue』サイン会47都道府県制覇記念イラスト

まずは作家名を見ないで、作品の構図、色使い、モチーフの描きかたに注目してみて欲しい。

―その「俗な世界」の魅力は、今日見てきたポスターや版画が切り開いてきた世界とも、どこか通じるところがありそうです。中村さんもそれを描き続けるなかで、現在の活躍にいたるのですね。

中村:なんというか、いわゆる名画というのがお金持ち文化みたいなものの良さを後世に伝える一面があるとしたら、そこに大衆文化の姿はあまりないとは思うんです。その点、今日見てきたポスターは、そういう大衆文化がとても豊かにあって、もっとその文化を知りたくなりましたね。

中村佑介

―最後に中村さんが思う、この展覧会の見どころについて教えてください。

中村:今日この美術館で展覧会を見させてもらって、2年前にパリのイベントでサイン会をやったときのことを鮮明に思い出しました。この建物の雰囲気が大いに関係あるのですが、外国の知り合いの家に遊びにきたような感覚があった。そういう空間で、かつてパリの街を実際に賑わせたポスターが並んでいる様子は、すごく馴染んでいました。

そのなかでも特にロートレックのポスターには、遠くからでも見る人を引き寄せる力があります。他の作家との差を浮き彫りにするくらい、それはもう残酷なほどに、ずば抜けたものだと思います。だから、まずは作家名が記されたキャプションボードを見ないで、作品たちの構図、色使い、モチーフの描きかたに注目してみて欲しいですね。

ロートレックは36歳の若さで亡くなったので、いまの僕よりも年下なんですよね。今日は「いまのところ自分はまだまだ負けてるな、がんばろう!」って思えた。理想は、将来的にはロートレックを見ても、自分が優れている要素を確立させたいですね。

中村佑介

イベント情報
『パリ♥グラフィック―ロートレックとアートになった版画・ポスター展』

2017年10月18日(水)~2018年1月8日(月・祝)
会場:東京都 丸の内 三菱一号館美術館
時間:10:00~18:00(祝日を除く金曜、12月13日、1月4日、1月5日は21:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜、12月29日~1月1日(10月30日、11月27日、12月25日、1月8日は開館)
料金:一般1,700円 大学・高校生1,000円 小・中学生500円

プロフィール
中村佑介 (なかむら ゆうすけ)

1978年生まれ。兵庫県宝塚市出身。大阪芸術大学デザイン学科卒業。ASIAN KUNG-FU GENERATION、さだまさしのCDジャケットをはじめ、『謎解きはディナーのあとで』、『夜は短し歩けよ乙女』、音楽の教科書など数多くの書籍カバーを手掛けるイラストレーター。近年ではアニメ『四畳半神話大系』や『果汁グミ』TVCMのキャラクターデザインも手掛ける。作品集『Blue』と『NOW』は、画集では異例の13万部を記録中。ぬりえ本『COLOR ME』や教則本『みんなのイラスト教室』も話題に。



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