アデルを輩出した芸術学校・The BRIT Schoolから学ぶ芸術の可能性

「教育かぁ、いいね。あ、そうしたら杉浦くん、The BRIT Schoolって知ってる?」

『WIRED』日本版の前編集長・若林恵と渋谷の居酒屋でCINRAの新たな教育事業の話をしていたとき、彼の口から出てきたのが、「The BRIT School(ブリットスクール)」だった。

発起人は、「5人目のThe Beatles」と言われたThe Beatlesのプロデューサーのジョージ・マーティン。アデルやエイミー・ワインハウスなど、偉大なアーティストを輩出している芸術系の無料の高校がThe BRIT Schoolだ。イギリス・ロンドンの中心から1時間ほどの住宅街の中にあるが、アーティストになりたいイギリスの子どもたちが、ここに通うためにわざわざ家族ごと移住するほど人気がある。

この学校、調べれば調べるほど面白そうだ。これはダメ元でと、若林さんにつないでいただいてお願いしてみたら、取材OKとのこと。

CINRAの新たな教育事業の軸のひとつは、「芸術文化」と決めている。決めてはいるものの、メディアではなく、それが教育という形になったときに、どのような可能性や方法があるのかは検討の余地がある、というか、まだまだ白紙に近い。であればその白紙にどんな色をのせていくべきか。そのヒントを探りに、The BRIT Schoolで校長を務めるスチュアート・ワーデンに話を伺った。

誰もが歓迎されて、誰もがここでクリエイティビティを育むことができる、そういう場所にしたかった。

—今日はインタビューを受け入れてくれてありがとうございます。

スチュアート:実は取材依頼がものすごく多いから、普段はインタビューを受け付けてないんだよ。今回は日本からであること、そして君たちがメディアと教育をテーマにしているということで、受けさせてもらったんだ。

The BRIT Schoolで校長を務めるスチュアート・ワーデン

—ありがとうございます。どうしてもThe BRIT Schoolの話を聞きたかったので、嬉しいです。では早速質問させてください。CINRAがこれから進めようとしている教育プログラムは高校生、もしくは中高生向けで考えています。この年齢について、スチュアートさんはどうお考えですか?

スチュアート:とても面白い年代だと思うよ。現にぼくも14歳から18歳くらいの人の脳神経科学に注目しているんだ。スキルもぐんぐん伸びる時期だし、政治に対する意識を高めることだってできる。車も持ってないし、結婚も考えなくていいから(笑)、何でもできる時期だよね。自分を考えるためにちょうどいいフェーズだと思う。この年齢の子どもたちに対して、イギリスの教育システムはいろんなことを試みてきて、失敗も多いんだけれども、クリエイティブなアプローチで成功したいい例がThe BRIT Schoolなんだよ。

校内に掲示されている、現在世界で活躍する卒業生アーティストのポートレート

—そもそもThe BRIT Schoolは、イギリスの国家戦略の中で生まれた学校と聞いています。設立の経緯を教えてください。

スチュアート:The BRIT Schoolが設立された頃、イギリス政府は市場経済の活性化にとても関心を持っていた。学校教育もビジネスとして運営されるべきで、学校は優秀なビジネスパーソンを育てる場所であるという機運が高まっていたんだ。その流れの一環で、キャリア育成に力を入れた12個の職業訓練校が作られた。多くはエンジニアリングやデザインの学校だったけど、その中で唯一アート系の学校として作られたのが、The BRIT Schoolだったんだ。

—ビジネスを活性化させようという中でアートの学校を作るというのは、とても根気が必要ですよね。

スチュアート:もちろん、国に任せて作られた学校ではないよ。Virgin Groupの創設者であるリチャード・ブランソンと、「5人目のThe Beatles」とも言われたプロデューサーのジョージ・マーティンが、こうした政府の流れを受けて、アートスクールを作るべきだと声をあげたところから、プロジェクトがはじまったんだ。

学生が自由に利用できる、ジョージ・マーティンがプロデュースした音楽スタジオ。本人も存命中、年に何回か足を運び、教鞭をとっていたという。

—とんでもない2人が発起人だったわけですね。

スチュアート:そう。ジョージはまず、学校作りに賛同する人たち、たとえばPink Floydやエリック・クラプトンたちと一緒にライブをして、その収益で学校を設立させたんだ。もちろんアーティストだけじゃなく、彼はレコード業界全体にも大きな影響力を持っていたから、音楽業界を巻き込んで学校設立の推進をしたんだよ。

その当時から、ジョージがポリシーとして掲げていたのは、ともかく自由であり、無料である、ということだったんだ。誰もが歓迎されて、誰もがここでクリエイティビティを育むことができる、そういう場所にしたかった。

偉大な芸術を作るためには世界に目を向けなければならない。

—なるほど。改めて、The BRIT Schoolの運営ポリシーを教えてください。

スチュアート:ポリシーは5つ。まず、今伝えた「無料」ということ。無料だからこそ、多様な人々が集まって、コラボレーションを生み出すことができる。誰もがアクセスできるということは、本当に大切なんだ。

—ここに無料で通えるイギリスの人々がうらやましいです。次は?

スチュアート:「オリジナル」ということ。音楽、映画、ゲーム、ダンスなどを通して、自分が、唯一無二なオリジナルアーティストであることを応援する環境であろうということ。

3つ目は、「責任」。自分たちで学校をマネジメントすること。施設や設備も、何でも自分のものであるというオーナーシップを持ってもらう。そもそも学生をプロだと思って接しているので、先生がいなくとも自分で学んで成長していける環境を用意しているんだ。

—子どもとして見ずに、成長する責任をみんなが持っている。素敵です。

スチュアート:4つ目は、「コミュニティ / 社会的責任」。The BRIT Schoolでは、社会の中でのアートの役割を考えてもらいたいから、地域コミュニティとの関わりを大切にしているんだ。たとえば、車椅子の人とダンスをしたり、アルツハイマーの人と演劇を作ったり、アーティストとしてターミナルケア(終身医療)の様子を記録するプロジェクトを行ったりしている。

—なるほど。5つ目を聞く前に、この「社会的責任」についてもう少し伺いたいです。アーティストが全員社会に目を向けているべきかどうかというのは議論があるはずで、たとえば家に引きこもって素晴らしい作品を作る、というようなこともあるはずです。The BRIT Schoolがアーティストを育てる上で、社会活動や社会責任を大切にするのはなぜですか?

スチュアート:偉大な芸術を作るためには世界に目を向けなければならないと思う。人間は世界から孤立して生きていけるはずがないからね。アーティストは自分たちのクリエイティビティを世界にシェアすべきなんだ。何らかの困難に直面して弱ってしまった人たちに、クリエイティブな方法で手を差し伸べることができる、それがアーティストだからね。

—クリエイティブな方法で手を差し伸べる。

スチュアート:そう。たとえば卒業生のロイル・カーナーは、授業でホスピスに行ったときに、末期状態で死に対して恐怖を抱いている人と一緒に曲を作ったりしていた。彼曰く、それは本当に特別な体験だったようだよ。それから6、7年して、彼は世界的なラッパーとして活躍している。そういった社会活動を行うことで人への共感力が育まれ、オープンになり、地に足のついたアーティストが育っていくんだと思う。

ロイル・カーナーの社会活動の写真を指しながら説明するスチュアート

この学校の魔法は、全員に可能性があると信じていることなんだ。

—では最後の5つ目のポリシーを聞かせてください。

スチュアート:5つ目は、「野心」。本気を出させられれば達成できるという実績が、すでにこの場所にはある。何しろ、卒業生累計で1億4000万枚のアルバムを売り上げている学校だからね。ぼくらとしては、学生全員が世界を変えられる人々だから、それを全力で発揮することができる遊び場を用意すればいいだけなんだ。その姿勢が、芸術面だけじゃなく、経済的にも成り立つんだということを実証させてきたからね。

16~17歳の学生によるダンスの授業風景
インタラクティブデジタルデザインコースの授業風景。あるブランドのSNSアカウントを開設して運用することを通して、アーティストとしてのセルフブランディングについて学ぶ

—正直に言えば、誰もがアデルやエイミー・ワインハウスになれるはずはなくて、そこにはどうしてもセンスや才能の違いというものがあると思います。そうした違いに対してはどのようにお考えですか?

スチュアート:The BRIT Schoolは、そもそも、全員に彼らのようになるポテンシャルがあると信じている。もしクリエイティビティを発揮できていない学生がいたとしたら、それは自分自身の内面化、環境に何らかの問題があるからなんだ。

The BRIT Schoolでは、そんな子たちが自分たちのクリエイティビティを開花できるように、失敗する権利を認めている。自己発見の場として機能できるようにしているんだ。いろんな人になぜThe BRIT Schoolはうまくいっているんだと聞かれるんだけど、この学校の魔法は、全員に可能性があると信じていることなんだ。

全員で楽曲を聴いて、コードについて議論し合う授業
シアターミュージカルコースの授業。劇場で照明や音響について学ぶ

芸術があるから、ぼくたちは将来に希望を持つことができるんだ。

—以前のインタビューでThe BRIT Schoolはアーティストとしてのスキルよりも親切心(Kindness)を大切にしているとありました。これもやはり、いいアーティストであるために必要なことなのでしょうか?

スチュアート:親切心は、人をオープンにすると思っている。そもそもアーティストでいるというのは、とても勇気がいることなんだ。自分が表現したいことや自分が愛していることを伝えていく行為だからね。

親切な気持ちがあれば、苦しんでいる仲間を助けることができる。彼らがクリエイティビティを発揮することを手助けできるんだよ。だからこそ、この学校にいる人たちは全員、誰でも優しい。親切心がクリエイティビティの鍵なんだよ。

—改めて最後にお伺いしたいのは、芸術の可能性です。BREXIT(イギリスのEU離脱)はじめ、世界中で今分断が起きています。こうした世界において、スチュアートさんが考える芸術の可能性とは何でしょうか?

スチュアート:芸術は、世界を発見する手段であり、抗議する手段なんだ。この学校でも、政治に抗議する日やLGBTコミュニティの集会、黒人の歴史をたたえる日やメンタルヘルスについて考える日を設けて、それらの社会的な課題について芸術を用いて考えている。芸術があるから、ぼくたちは将来に対して警告することができるし、将来に希望を持つことができるんだ。

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