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サリンジャー『ライ麦畑』はなぜ伝説に? 曽我部恵一と考える

サリンジャー『ライ麦畑』はなぜ伝説に? 曽我部恵一と考える

『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』
インタビュー・テキスト
麦倉正樹
撮影:垂水佳奈 編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

音楽の世界でも、伝説の1枚を作ったら、もう勝ちなんですよ。

—『ライ麦畑でつかまえて』は「どんな話なの?」って聞かれても、ちょっと説明に困るところがありますよね。

曽我部:だから、いまでも不思議なんですよね。多分いま読み返しても同じ感覚になるんじゃないかな。ただ、その「わからなさ」みたいなものが結局いいのかなあと思うんです。ケルアックの『路上』って、その小説の時代背景だったり、「ビートニク」っていう文脈もあるからわかりやすい説明ができちゃうじゃないですか。サリンジャーの本には、そういうものがない気がするんですよね。

—ケルアックとサリンジャーは3歳違いだから、実はほぼ同世代なんですけどね。

曽我部:同世代と言っても、その内容は全然違いますよね。『路上』はほとんど古典的と言ってもいいくらいの物語がある。だからサリンジャーっていうのは、音楽で言ったらエイフェックス・ツイン(イギリスのミュージシャン、DJ)みたいな感じなんじゃないですか? 「これはどういいんだろう?」っていうのが誰にも言えないっていう(笑)。でも、すごくいいんですよね。

いつの時代に読んでも、同じようなわからなさが、『ライ麦畑でつかまえて』の場合、きっと残る気がします。この小説のどこか面白いのかって、いまだに誰にも言い当てられないじゃないですか。芸術の場合、それがとても大事だと思うんですよね。

曽我部恵一

—わかりやすいだけではない部分があるということですね。

曽我部:あと、やっぱり「伝説だから」っていうのもあるんじゃないですかね。僕らがやっている音楽の世界でも、「伝説の1枚」を作ったらもう勝ちなんですよ。もちろん、その伝説の1枚を作るのがものすごく難しいんですけど(笑)。

どうしたって10年ぐらい経ったら古い感じになってしまうから。それは小説も同じですよね。いま、ケルアックの『路上』を読んでも、「ああ、1950年代のやつね」ってなるじゃないですか。それが移り変わる時代の中でずっと抽象的なものとして捉えられ続けるのってなかなか難しいことだと思う。ロックのアルバムでもそういうものは数枚しかないんじゃないかな?

—The Beatlesとかですか?

曽我部:いや、The Beatlesは、もうかなり消化されていると思いますよ。むしろ、ヴァン・モリソンの『Astral Weeks』(1968年)とか。あの作品はわかりづらくて当時はそんなに売れてなかったけど、ずーっと売れ続けているんですよね。たとえ理解できなくても、伝説の作品として「これは読まなきゃ」とか「買ってみよう」とかが大切なんだと思います。

—たしかに、どちらも「泣いた!」とか、そういうわかりやすいものではないですよね。

曽我部:そうですよね。「感動した!」っていうのも違う気がするし。物語ってみんなが同じ感動体験をするように書いていくところがあるじゃないですか。でも、サリンジャーはそうじゃない。だからこそ、いま読んでも、面白かったという人もいれば、正直そうでもなかったという人もいるんだと思います。

『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』場面写真/ 『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』 ©2016 REBEL MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』場面写真/ 『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』 ©2016 REBEL MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

すごい傑作だけではなく、しょうも無い三文小説を書きまくるような人生もいいじゃないですか。

—あと、『ライ麦畑でつかまえて』の場合、ひとつの固定された評価だけではなく、1980年代のキョンキョンしかり、2003年に新訳を出した村上春樹しかり、その時代ごとに新たな評価を受けている点も、極めて特殊かもしれないです。

曽我部:そうそう。それによって、伝説にまた拍車がかかるわけですよ(笑)。でも、今回の映画を見ていても思ったけど、サリンジャーはその「伝説」に負けちゃいましたよね。最終的には、そこがやっぱりかわいそうだなと。

みんな、「そんなの過去の小説だよ」って自分の現在を示す作品を書いていくわけじゃないですか。そうやって自分の「生」を刻み続けながら死んでいく。読者としては、それを辿っていくのが楽しかったりするんですよね。でもサリンジャーの場合、ほとんど「点」に近いから、誰も触れられない領域を自分で作っちゃったところがありますよね。

—晩年のことは、ほとんどわからないですからね。

曽我部:そもそも、作家として作品を発表してないですからね。だから、こっちとしても不安になります。でも、それが伝説ってことなんだろうなあ。

 

—情報が少ないからこそ、神格化もされる(笑)。

曽我部:でも、この映画を見ていても最後のほうはつらそうでしたね。夫婦関係もあんまりうまくいってなかったみたいだし、結局捌け口がなかったわけですよね。だから、どうしてたのかなあと思って。みんな多分、自分の中にあるものを、外に出さないとやっていけないから書くわけじゃないですか。だからサリンジャーも本当は書きたかったんだろうなあとは思っちゃいました。すごい傑作だけではなく、しょうもない三文小説を書きまくるような人生もいいと思うんです。

—どういうことでしょう?

曽我部:たとえば音楽だったら、シングルのB面にそのときパッと思いついて、ちょっと適当に書いたみたいな曲を入れてもいいわけですよ。むしろそういう曲のほうに、その人のパーソナリティーが出てたりとかして愛おしいものになったりするわけで。でもサリンジャーの場合、そういうものがいっさいないですからね。

『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』ポスター / 『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』 ©2016 REBEL MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』ポスター / 『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』 ©2016 REBEL MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.(サイトを見る
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リリース情報

『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』
『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』

2019年1月18日(金)からTOHOシネマズ シャンテほか全国で公開
監督・脚本:ダニー・ストロング
原作:ケネス・スラウェンスキー『サリンジャー ――生涯91年の真実』(晶文社)
出演:
ニコラス・ホルト
ケヴィン・スペイシー
ゾーイ・ドゥイッチ
ホープ・デイヴィス
サラ・ポールソン
上映時間:109分
配給:ファントム・フィルム

プロフィール

曽我部恵一(そかべ けいいち)

1971年生まれ、香川県出身。1994年、サニーデイ・サービスのボーカリスト・ギタリストとしてメジャーデビュー。2001年よりソロとしての活動をスタート。2004年、メジャーレコード会社から独立し、東京・下北沢に「ローズ・レコーズ」を設立。精力的なライブ活動と作品リリースを続け、執筆、CM・映画音楽制作、プロデュースワーク、DJなど、多岐にわたって活動を展開中。2018年3月、サニーデイ・サービスのニューアルバム『the CITY』をリリースし、そのアルバム全曲を総勢18組のアーティストが解体・再構築していくプロジェクト『the SEA』をSpotifyのプレイリストで公開し話題に。2018年12月、曽我部恵一4年ぶりのソロアルバムで全編ラップの『ヘブン』をリリース。そのわずか2週間後の12月21日に突如、ヒップホップ、ロック、フォーク...すべてを呑み込んだ異形のPOPアルバム『There is no place like Tokyo today!』もリリース。

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