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雪下まゆは、後味悪いラース・フォン・トリアー映画に救われる

雪下まゆは、後味悪いラース・フォン・トリアー映画に救われる

『ハウス・ジャック・ビルト』
インタビュー・テキスト
宮田文久
撮影・編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

ミッションスクールの生徒時代に嫌ったキリスト教。時間が経ってわかった信仰の価値

―昨年卒業された美大の卒業制作では、ホラー映画ですぐ殺されるモブキャラクターを描かれたとか?

雪下:はい。ホラー映画で死んでいくモブキャラが殺された瞬間の顔を、どアップで描きました(笑)。

―それはまた、なぜでしょう……?

雪下:実は私、それまではホラー映画が恐くて見られなくて。でも洋画なら大丈夫ということに気づいて、それまで見なかった分も回収しようと、めちゃくちゃ見ていた時期があったんです。そのとき、一瞬で死んでいく人たちの顔を集めたら面白いなと、ふとアイデアだけがまず浮かんで。

考えていくうちに、私のような若者も、そういうモブキャラと同じで、まだなにも名前がない存在だな、と思うようになりました。役者さんのクレジットを調べても、無名とはいわないまでも、あまり映画に出ていないような人たちばかりでした。そこになんだか共感したんですね。

そうして描いた油画を、シルクスクリーンでTシャツにしました。まだ何者でもない、なにも成し遂げられていない私たちが、何者でもないモブキャラを描いたシャツを着て歩くことで、頑張ろうと思えるかなって。

『ハウス・ジャック・ビルト』場面写真 ©2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31, ZENTROPA SWEDEN, SLOT MACHINE, ZENTROPA FRANCE, ZENTROPA KÖLN
『ハウス・ジャック・ビルト』場面写真 ©2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31, ZENTROPA SWEDEN, SLOT MACHINE, ZENTROPA FRANCE, ZENTROPA KÖLN

―自分たちへのエールでもあるんですね。

雪下:作品は大体DVDで見ていたんですが、それまでのシーンは長くても、殺される瞬間は一瞬なんですよね。殺された直後の顔も、本当に瞬間的にしか映らない。そんな切なさも、制作しながら感じました。

そうやってホラーの洋画は見れたし、グロテスクな描写にも耐性はあると思っていたんですが、今回お話をいただいて見てみたトリアーの『アンチクライスト』(2009年)は、直視できないところがありました。主人公の女性が自分の――(以下ネタバレにつき中略)。

―思わず目を背けちゃいますよね……(笑)。

雪下:うわーっていう感じで(笑)。でも、子どもを失った主人公夫婦が「楽園(エデン)」だといって逃げ込む森の描写はすごかったです。半分出産しかけている鹿だとか、カタカタと落ちてくるドングリだとか……森ってあんな不気味に描くことができるんだ、って感動しました。

『ハウス・ジャック・ビルト』も、終盤にジャックが地獄に向かっていくじゃないですか。あのときに、宗教画のようなイメージが出てきますよね。あれは本当にカッコよかった!

『ハウス・ジャック・ビルト』ポスター
『ハウス・ジャック・ビルト』ポスター(サイトを見る

―圧倒的なビジュアルですが、どういう意味でカッコイイと思いますか?

雪下:私自身も、聖書のシーンを自分で描いて、コラージュしていた時期があるんです。聖書はいまではすごく好きなんですが、実は親戚の影響で子供の頃から教会にも通い、大人に言われて勉強をして洗礼も受けたんですよね。教会の子どもたちはみんな神を信じていたんですが、私は全然信じられなかった。「なんで人間を作ったんだ! 作らないでくれ」とかずっと思ってました。

―伺えば伺うほど、雪下さんはトリアーみたいですね……。

雪下:中学の途中で教会に行くのもやめてしまい、キリスト教の考え方については馴染めないままでした。しかし、時間が経って客観的に見ることができるようになってからは、聖書はすごく面白い考え方のひとつなんだな、と思うようになりました。

つらいことがあったときに、信じるものがあると人は救われるじゃないですか。私自身は無神論者ですが、心からすべてをささげて信じられるものがあるというのは、やっぱり人間にとって救いだよなと思えるようになってから、受け入れることができるようになりました。

『ハウス・ジャック・ビルト』のあのシーンは、そうした古典的な宗教画のイメージを、いまの映画でこういうふうに表現するという行為がカッコイイな、と思うんです。楽しい映画なんだけど、人を殺しまくるスプラッター映画の、「ブシャー!」「キャー!」みたいなお祭り的な楽しさとはまた違うんですよね。

『ハウス・ジャック・ビルト』場面写真 ©2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31, ZENTROPA SWEDEN, SLOT MACHINE, ZENTROPA FRANCE, ZENTROPA KÖLN
『ハウス・ジャック・ビルト』場面写真 ©2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31, ZENTROPA SWEDEN, SLOT MACHINE, ZENTROPA FRANCE, ZENTROPA KÖLN

―どこか考えさせられるものがあるのがトリアー作品でもありますよね。ダークな、エグい世界を描きながら、同時に世界中の人を魅了するトリアーのあり方は、雪下さんにとっても刺激的じゃないでしょうか。制作への悩みを、SNSで赤裸々に吐露することもありますよね。

雪下:そうですね。幸い、仕事を発注してくださる方も、私の作品をきちんと見て頼んでくださる方が多いので、自分の作風から大きく外れることは全然なく、本当にありがたい状況です。でも依頼されたイラストばかり描いていると、ふとした瞬間に自分にとって創作の源でもある、暗い鬱々とした感情が削ぎ落とされちゃう気がして、それが最近恐いなあと思っています。

だから、『ハウス・ジャック・ビルト』を見ることができてよかったです。これがきっかけで、またグイッと、自分をあるべきところに戻してくれた感じがしました。「こういう暗さを忘れちゃいけないな」って(笑)。

―もし、トリアーと知り合える機会があったら、友だちになりたいですか?

雪下:トリアーさんの人間性や性格はあまりわからないですけど、作品の印象だけでいうと、メッチャなってほしいです! 人間の本質を描くのがすごく上手い人だから、「こいつはこんな人間なんだな」ってすぐに見抜かれそうで恐ろしい部分もあるけど……。でも、友だちになれるなら、ぜひなってほしいですね(笑)。

『ハウス・ジャック・ビルト』撮影中のラース・フォン・トリアー(左)と、マット・ディロン(右)photo by Zentropa-Christian Geisnaes
『ハウス・ジャック・ビルト』撮影中のラース・フォン・トリアー(左)と、マット・ディロン(右)photo by Zentropa-Christian Geisnaes
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作品情報

『ハウス・ジャック・ビルト』
『ハウス・ジャック・ビルト』

2019年6月14日(金)から新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

監督・脚本:ラース・フォン・トリアー
出演:
マット・ディロン
ブルーノ・ガンツ
ユマ・サーマン
シオバン・ファロン
ソフィー・グローベール
ライリー・キーオ
ジェレミー・デイビス
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
©2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31, ZENTROPA SWEDEN, SLOT MACHINE, ZENTROPA FRANCE, ZENTROPA KÖLN

プロフィール

雪下まゆ(ゆきした まゆ)

1995年12月6日生まれ、多摩美術大学デザイン卒。イラストレーター。TwitterやInstagramといったSNS上にアップした、女の子をモチーフにしたイラストが、10代、20代の女子を中心に人気を集める。アパレル、CDジャケット、雑誌、またイベントでのライブペイントを行う。主な活動に、国府達矢「ロックブッダ」アルバムジャケットや渋谷PARCOでのライブペイントなど。

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