
佐藤雅彦とユーフラテスの独創的表現の裏側。表現以前の探求
文化庁メディア芸術祭- インタビュー・テキスト
- 杉原環樹
- 撮影:豊島望 編集:宮原朋之(CINRA.NET編集部)
画面に映し出されるのは、新体操からマラソン、フィギュアスケートまで、さまざまな競技のアスリートの姿……ではなく、その「影」。映像を観るうちに、影が主体となり、主体は「影の影」となっていく。観客の目は影から離れることができず、影からアスリートの躍動、そしてひたむきさを読み取っていく。
そんな不思議な現象に着目した映像作品『Shadows as Athletes』が、『第23回文化庁メディア芸術祭』のエンターテインメント部門で大賞に輝いた。神宮外苑に新設された「日本オリンピックミュージアム」の、ウェルカムビジョンのために制作された作品だ。
手掛けたのは、『ピタゴラスイッチ』や『考えるカラス』など、新しいアプローチの教育番組でも知られる佐藤雅彦とユーフラテス。日常の発見や驚きといった「表現以前」を、知的好奇心に支えられた研究会を通して「表現」に昇華する、その制作プロセスとはどのようなものか? 東京藝術大学大学院の教授でもある佐藤雅彦と、中心メンバーの佐藤匡に聞いた。
(メイン画像:©︎2020JOC)ユーフラテスでは、ずっと「研究から表現へ」という考え方を大事にしてきました。(佐藤雅彦)
―このたびの受賞、おめでとうございます。
佐藤雅彦・佐藤匡:ありがとうございます。
―受賞作の『Shadows as Athletes』は、日本オリンピックミュージアムのウェルカムビジョン用に制作された、さまざまなアスリートの動きを、その「影」を通して見せた映像作品です。有名選手ではなく影に着目する視点の面白さや、影の強い存在感、また表現のミニマルさに驚いたのですが、どんな依頼から制作が始まったのでしょう?
佐藤雅彦:日本オリンピック委員会(JOC)からお話をいただいたのは、2018年秋のことです。そもそも、オリンピックの精神「オリンピズム」において、オリンピックはスポーツを通じたコミュニケーションだと捉えられています。つまり、スポーツで競い合うことで対話が生まれ、それによって、争いを抑えることができる、と。
日本オリンピックミュージアムを、そんなオリンピックの根本精神を伝える拠点にしたいというお話だった。そのなかで、私たちへの要望というのは、アスリートの姿を普通の映像とは別の視点から表現してほしいというものでした。
―最初の段階で、「別の視点」という要望があったんですね。
佐藤雅彦:オリンピックにはスポーツだけではなく文化的な側面もありますよね。その部分を強く打ち出して、新しいアスリートの見方、新しい映像を作ってほしい、と。
―最終的に生まれた作品はとても洗練されたものですが、アイデアを揉んでいく段階ではどんなプロセスがあったのでしょうか?
佐藤雅彦:ユーフラテスと私は、普段、みんなで一緒に考え、みんなで一緒に制作しています。しかし、今回は初めて2つのチームに分かれて、内部で競合したんです。1つが佐藤匡を中心にしたチーム、もう1つは私のチームでした。
しかし、蓋を開けてみると、両チームからまったく同じアイデアが出てきた。じつはこの作品の根本となるアイデアは、佐藤匡がいまから6年ほど前に、社内の研究会で発表したもので、両チームともそれをベースにしていたのです。

佐藤雅彦
1954年、静岡県生まれ。東京大学教育学部卒。現在、東京藝術大学大学院映像研究科教授。慶應義塾大学佐藤雅彦研究室の時代から手がけている、NHK教育テレビ『ピタゴラスイッチ』、『0655/2355』など、分野を超えた独自の活動を続けている。『平成25年紫綬褒章』受章。2014年、2018年『カンヌ国際映画祭』短編部門招待上映。
―社内の研究会ですか?
佐藤雅彦:ユーフラテスでは、前身である慶應義塾大学の佐藤雅彦研究室からずっと「研究から表現へ」という考え方を標榜してきました。認知科学や機械工学など、毎回1つのテーマを元に研究会を開き、アイデアを話し合う。
『ピタゴラスイッチ』のいくつかのコーナーも、そもそもは「アルゴリズムの生む表現」という研究から生まれたものです。そうしたアイデアの1つとして、佐藤匡が行なった影に関する発表に、みんな、「これはすごい」となったんですね。
―佐藤さんの「発見」とは何だったのですか?
佐藤匡:ある時、アレクサンドル・ロトチェンコ(1891~1956年。ロシア構成主義の作家)の写真を見直していて、ふと気付いたんです。
佐藤匡:気になったのはこの写真の一角。上から街角を撮ったロトチェンコの写真は、人の影が強調されることが多いのですが、この写真の向きを影に合わせて正対にすると、影側の方が際立ってくるんです。
―たしかに、見る角度を変えると影が立ち上がって見えますね。
佐藤匡:「これは何だろう?」と思って、試しに事務所の窓から人々が行き交う交差点の映像を撮影してみました。
佐藤匡:この映像を、影が垂直になるように回転してみると・・・
―おお。
佐藤匡:影の方に妙に目が奪われる感じがありますよね。むしろ実体の人のほうが影に属しているように見える。走っている人の「急いでいる感じ」も、何故か影のほうが強く感じるんです。この認知が、写真よりも動画のほうが非常に強くなる、というのが当時研究会で発表した内容でした。
イベント情報
- 『文化庁メディア芸術祭』
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アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門において優れた作品を顕彰するとともに、受賞作品の鑑賞機会を提供するメディア芸術の総合フェスティバルです。
- 第23回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展
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会期:2020年9月19日(土)~27日(日)
会場:日本科学未来館(東京・お台場)ほか
作品情報
- 『Shadows as Athletes』
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日本オリンピックミュージアムに設置された、ウェルカムビジョンのためにつくられた映像作品のひとつ。映像は、フェンシングや新体操など、約10種の競技を行うアスリートの影を中心に撮影され、俯瞰または天地が反転した状態で、静かなピアノの音楽とともに展開される。
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会場:東京都 霞ヶ丘町 日本オリンピックミュージアム
開館時間 10:00~17:00 (最終受付16:30)
休館日 月曜日(月曜が祝日または休日の場合、翌平日休館)
他、年末年始及び展示替期間等日本オリンピックミュージアムは、新型コロナウイルスの影響を鑑み、当面の間、臨時休館を延長いたします。再開日については、日本オリンピックミュージアム公式サイトにてお知らせいたします。
プロフィール
- 佐藤雅彦(さとう まさひこ)
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1954年、静岡県生まれ。東京大学教育学部卒。現在、東京藝術大学大学院映像研究科教授。主な著書に『毎月新聞』(中公文庫)、『経済ってそういうことだったのか会議』(竹中平蔵氏との共著・日本経済新聞社)、『差分』(美術出版社)、『考えの整頓』(暮しの手帖社)ほか多数。また、ゲームソフト『I.Q』(ソニー・コンピュータエンタテインメント)や、慶應義塾大学佐藤雅彦研究室の時代から手がけている、NHK教育テレビ『ピタゴラスイッチ』、『考えるカラス』『テキシコー』など、分野を超えた独自の活動を続けている。『平成25年紫綬褒章』受章。2014年、2018年『カンヌ国際映画祭』短編部門招待上映。
- 佐藤匡(さとう まさし)
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1980年生まれ。慶應義塾大学政策メディア研究科修了。ユーフラテス所属。NHK教育テレビ『考えるカラス』『テキシコー』『大人のピタゴラスイッチ』や、玩具「工作生物ゲズンロイド」など。
- ユーフラテス
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さまざまな研究を基盤として活動しているクリエイティブグループ。慶應義塾大学 佐藤雅彦研究室の卒業生を母体として、2005年12月活動開始。