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浦沢直樹がボブ・ディランに学んだ作家精神。理想の描線を求めて

浦沢直樹がボブ・ディランに学んだ作家精神。理想の描線を求めて

ボブ・ディラン『Rough And Rowdy Ways』
インタビュー・テキスト
天野史彬
撮影:佐藤祐紀 編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)

「わからない」ことが歯がゆくてディランを聴き続けた少年時代。ある日、浦沢少年に稲妻に打たれたような衝撃をもたらした“Like a Rolling Stone”という歌

―振り返ると、浦沢さんとボブ・ディランの音楽との出会いは、どのようなものでしたか?

浦沢:1972年、僕が中学1年の頃、吉田拓郎さんの一大ムーブメントが巻き起こったんです。僕もご多分に漏れず夢中になって、レコードを買ったり、ラジオを聴いたりしていたんですけど、そうこうしているうちに「吉田拓郎といえば、ボブ・ディランだ」ということになりまして。

「拓郎さんを本当に理解するには、ボブ・ディランを理解しなければいけないんだ」ということで、新聞のラジオ欄で「ボブ・ディラン」の文字を探し、買ってもらったばかりのラジカセで片っ端から録音しはじめました。それが、1973年頃。ただ、毎日のように聴き続けても、一向によくわからないんですよね。

“Like a Rolling Stone”のスタジオ音源が収録されたボブ・ディラン『追憶のハイウェイ61(原題:Highway 61 Revisited)』(1965年)を聴く(Apple Musicはこちら

―その頃から、ボブ・ディランには、どこか難解な存在感があったんですね。

浦沢:当時は、ボブ・ディランを理解できない自分が歯がゆかったですね。だって、吉田拓郎に憧れているのに、拓郎が「いい」と言っているボブ・ディランを自分が理解できないのは、もうダメじゃないですか。なので毎日、修行のようにボブ・ディランを聴いていましたね。毎日聴いていたんですよ……「わかんねえ~」と思っているのに。偉いでしょう?(笑)

―はい(笑)。

浦沢:で、1974年になって、『偉大なる復活(原題:Before the Flood)』というThe Bandとのライブ盤が出たんですけど、それがラジオでかかったのを録音したんです。

ある晩、いつものように録音していたカセットを聴いていたらその『偉大なる復活』版の“Like a Rolling Stone”が流れてきたんです。その瞬間本当に、天空から稲妻が落ちてきたような衝撃があった。「全部わかった!」と思ったんです。翌日、レコード屋に走ってその2枚組ライブレコードを買いました。きっと、親からお小遣いを前借りしたんでしょう。そこからはもう、ディラン一筋。それが、14歳の頃です。

『偉大なる復活』に収録された“Like a Rolling Stone”を聴く(Apple Musicはこちら

―雷が落ちて、「すべてがわかった」というのは……14歳の浦沢少年は、何を感じたのでしょうか。

浦沢:ですよね(笑)。まず、歌詞の意味がわからないんですよ。わかるのは<How does it feel?><Like a Rolling Stone>という言葉ぐらいで。当時最新作だった『偉大なる復活』と『Planet Waves』(1974年)の2作はソニーじゃなくてワーナーから出ていて、『偉大なる復活』だけ訳詞がついていなかった。

だけど、ディランが<How does it feel?>と歌うと、観客がウワーっとなる。なぜ、そこで大歓声が起こるのか……。あとになって訳詞を読んでも結局この歌詞の意味はわからなかったんですけどね。なにしろこれ、お高くとまっていた人が転がり落ちていく様を指差して、「どんな気分だ?」と罵倒しているような歌なんです。なぜこのライブアルバムの観客は、そして僕は、このサビの部分でこんなにまで高揚するのだろうかと。ただ僕の頭のなかには画像が浮かんでましてね。世界中を敵に回して、ボブ・ディランという男が、荒野に一人立っている図が。

浦沢直樹

「ディランだけじゃなくて、手塚先生や大友さんは何歳のときに何をやったのか……。そういう考えを持つのは、すごく重要なことだと思うんです」

―かつての浦沢さんのように、「わからない」から「わかりたい」と思い、我慢しながらでもひとつの音楽を聴き続けるというのは、もしかしたら、今はどんどんと得難くなってしまっている感覚かもしれないですよね。

浦沢:今は、とにかく「おすすめ」されますからね。でも、おすすめされるだけじゃダメですよ。「わからないもの」に飛びついていかないと。自分の「わかるもの」のなかにいたら、ずっと10歳児のままですよ。大人になるためには、わからないことにチャレンジしなければいけない。それは、いつまでもカレーとハンバーグだけではなく、パクチーやみょうがも食べてみようよってことと同じようなことでもあるんだけど(笑)。

―漫画家としての浦沢さんにとっても、ディランからの影響は大きいですか?

浦沢:それがすべてと言っていいでしょうね。彼に教わった人生哲学に沿ってやってきた気がします。

ボブ・ディラン<br>1941年5月24日、ミネソタ州デュルースで生誕。現在79歳。全世界アルバムトータルセールスは1億2500万枚を超え、39作のオリジナル作品、ライブ盤やコンピレーションを合わせると60タイトルを超え、600曲以上の自作曲、そして世界中で2千回以上のライブを行い、半世紀以上に渡って常に第一線で活躍している唯一のアーティスト。2016年にノーベル文学賞の授賞が発表される。2020年6月、最新作『ラフ&ロウディ・ウェイズ』をリリースした。
ボブ・ディラン
1941年5月24日、ミネソタ州デュルースで生誕。現在79歳。全世界アルバムトータルセールスは1億2500万枚を超え、39作のオリジナル作品、ライブ盤やコンピレーションを合わせると60タイトルを超え、600曲以上の自作曲、そして世界中で2千回以上のライブを行い、半世紀以上に渡って常に第一線で活躍している唯一のアーティスト。2016年にノーベル文学賞の授賞が発表される。2020年6月、最新作『ラフ&ロウディ・ウェイズ』をリリースした。

―浦沢さんは今年60歳になられましたが、60歳のボブ・ディランというと、2001年、アルバム『Love and Theft』をリリースした年になります。『Love and Theft』は、アメリカ同時多発テロと同日の9月11日にリリースされたことも話題になったようですが、今の浦沢さんから見て、同じ年齢の頃のディランは、どのように映りますか?

浦沢:そもそも、21歳で“風に吹かれて”を作った人ですからねえ。まず、そこからなんですよ。「21歳のときに自分は何をしてるだろう。21歳のときに何をしただろう」って。僕はずーっと、それを意識してきたような気がします。ディランは21歳のときに何をやったのか? 35歳のときには何をやったのか?

ディランだけじゃなくて、手塚(治虫)先生が何歳のときに何をやったのか、大友(克洋)さんは何歳のときに何をやったのか……。そういう考えを持つのは、すごく重要なことだと思うんです。

浦沢直樹

浦沢:のんびりはしていられないですからね。ぼーっとしていると、あっという間に死んじゃうので。ボブ・ディランに限らず、自分が憧れた人がいくつで何をしたのか、それを知って焦るというか、目標にしたいですよね。

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リリース情報

ボブ・ディラン『ラフ&ロウディ・ウェイズ』日本盤
ボブ・ディラン
『ラフ&ロウディ・ウェイズ』日本盤(2CD)

2020年7月8日(水)発売
価格:3,300円(税込)
SICP-6341/2

[CD1]
1. アイ・コンテイン・マルチチュード
2. 偽預言者
3. マイ・オウン・ヴァージョン・オブ・ユー
4. あなたに我が身を
5. ブラック・ライダー
6. グッバイ・ジミー・リード
7. マザー・オブ・ミューズ
8. クロッシング・ザ・ルビコン
9. キーウェスト(フィロソファー・パイレート)
[CD2]
1. 最も卑劣な殺人

作品情報

『あさドラ!』(3)

2020年2月28日(金)発売
著者:浦沢直樹
価格:770円(税込)
発行:小学館

『あさドラ!』(4)

2020年8月28日(金)発売
著者:浦沢直樹
価格:770円(税込)
発行:小学館

プロフィール

浦沢直樹(うらさわ なおき)

漫画家。1960年1月2日生まれ、東京都府中市出身。1983年『BETA!!』でデビュー。代表作に『YAWARA!』『MONSTER』『Happy!』『20世紀少年』(すべて小学館刊)など。ルーブル美術館との共同制作作品『夢印』(全1巻、小学館刊)を執筆後、2018年9月より本格連載『あさドラ!』を「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)にてスタートさせた。これまでに小学館漫画賞を三度受賞したほか、国内外での受賞歴多数。国内累計発行部数は1億2800万部を超え、昨年まで世界各地で個展を巡回。ミュージシャンとしても精力的に活動しており、これまでに2枚のアルバムを発表している。

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