特集 PR

「さいはての芸術祭」の真価は? 『奥能登国際芸術祭』詳細レポ

『奥能登国際芸術祭2017』
テキスト
杉原環樹
編集:宮原朋之
「さいはての芸術祭」の真価は? 『奥能登国際芸術祭』詳細レポ

日常的な街のなかに点在する作品が、土地の人々が抱える記憶を瞬かせる

ツアー2日目に回った珠洲市の市街地では、「異界への入り口」といった趣の強かった外浦の沿岸部とはまた違う、街での生活やその歴史を感じる作品を見ることができる。

たとえば正院地区の旧銭湯では、無形の泡を使った麻生祥子の『信心のかたち』や、珠洲の里山にある自然の循環を表現した井上唯の『into the rain』が展示されている。芸術祭の常連でもある角文平と眞壁陸二は、ともに海に面した倉庫や船小屋を使い、日常的な街のなかに、土地の人々が抱える記憶が瞬くような空間を立ち上げていた。

麻生祥子『信心のかたち』撮影:中乃波木
麻生祥子『信心のかたち』撮影:中乃波木

井上唯『into the rain』撮影:中乃波木
井上唯『into the rain』撮影:中乃波木

芸術祭全体を通してもっとも賑やかだった会場は、旧飯塚保育所だ。この場所は、衣装デザイナー・ひびのこづえによる海中を思わせるコスチュームの展示会場だが、住民が運営するカフェとしての機能も持ち、さらに森山開次らダンサーとひびのの衣装の共演が楽しめる舞台でもある。

ひびのこづえの作品 撮影:中乃波木
ひびのこづえの作品 撮影:中乃波木

一方、とても静かではあるが見る者の心を強く動かす作品に、漆作家として活動する田中信行の『触生—原初—』があった。舞台である民家の蔵を片付けた経験から、そこに積もる長い時間を感じた田中は、「連綿とつながる命の力強さやリズム」を、薄い漆の皮膜を何重にも重ねる「乾漆」という技法で表現した。薄く光が差し込む暗がりで、波打つ巨大な壁に赤いオブジェが対峙する空間は、急ぐ鑑賞者の足を止める力を持っていた。

田中信行『触生—原初—』 撮影:中乃波木
田中信行『触生—原初—』 撮影:中乃波木

建築好きにも見てほしい、石川直樹とスズプロの展示会場

特徴的な建物を活かした展示には、ほかにも見応えのあるものが多かった。漁網で財を築いた大地主の旧民家では、その巨大な蔵を利用して、金沢美術工芸大学アートプロジェクトチーム(スズプロ)が複数の作品を発表している。高さ5メートルの『奥能登曼荼羅』は、学生らが一年間の調査の成果を詰め込んだ、絵による壮大な能登の風土記だ。他方、蔵から発見された品々を天井から吊った『いえの木』では、家族の栄枯盛衰が豪快に語られている。

金沢美術工芸大学アートプロジェクトチーム『奥能登曼荼羅』 撮影:中乃波木
金沢美術工芸大学アートプロジェクトチーム『奥能登曼荼羅』 撮影:中乃波木

金沢美術工芸大学アートプロジェクトチーム『いえの木』 撮影:中乃波木
金沢美術工芸大学アートプロジェクトチーム『いえの木』 撮影:中乃波木

芸術祭の公式写真家であり、以前より能登の風俗に関心を寄せていた石川直樹は、かつて浴場や宴会場、遊郭としても使われた建物を舞台に、その所有者の4代にわたる家族と土地の歴史を、自身の写真と一家の品などを織り交ぜて展開した。遊郭という事情からか、狭い廊下が複雑に入り組む内部を歩きながら、鑑賞者は石川の言う「過去も未来も、土地も人も混じり合う混浴状態」を体験。そこから街に眠る数々の物語を知る。この石川とスズプロの会場は、アート好きのみならず、建築好きにはとくに見てほしい空間だ。

石川直樹『混浴宇宙宝湯』 撮影:中乃波木
石川直樹『混浴宇宙宝湯』 撮影:中乃波木

過去の街の記憶を回帰させ、現在の街の光景をも変化させる作品たち

いまは一見、賑やかとは言えない珠洲の街。しかし作品に導かれて路地を歩けば、この場所に暮らした人々が見てきた夢や野望、猥雑な欲望の声も聞こえてくる。南条嘉毅が会場にした「スメル館」は、戦後に街で唯一の映画館として誕生し、昭和末期まで営業していた、そんな活気を象徴する建物である。古い映画ポスターの残る受付を抜け、急な階段を登り二階席に行くと、眼下の一階全体で機械仕掛けの物語が上演される。まさに映画のような演出には、劇場の過去を知る地元の高齢者も懐かしさを口にしていた。

そんな現代を生きる個人の思いを、より丹念にすくい上げたのが、鴻池朋子の『物語るテーブルランナー・珠洲編』だ。住民の思い出を作家が絵に描き、それを語った本人が自ら縫う。生まれた膨大な刺繍を見たあと、街の光景は静かに位相を変えるだろう。

鴻池朋子『物語るテーブルランナー・珠洲編』 撮影:中乃波木
鴻池朋子『物語るテーブルランナー・珠洲編』 撮影:中乃波木

断絶されながらも、それでも先へと思いを馳せる人の想像力

ほかにも市街地には、地元の人々の重要な交通手段でありながら12年前に廃線となった、のと鉄道にまつわる作品も点在する。旧珠洲駅では、韓国出身のギムホンソックが、自身の考える「人間の構成要素」を売るキオスク型の作品を発表。一方、河口龍夫は、旧飯田駅に残された忘れ物を再構成し、人にとっての「忘却」を問う印象的な空間を作った。

ギムホンソック『善でも悪でもないキオスク』 撮影:中乃波木
ギムホンソック『善でも悪でもないキオスク』 撮影:中乃波木

河口龍夫『小さな忘れもの美術館』 撮影:中乃波木
河口龍夫『小さな忘れもの美術館』 撮影:中乃波木

なかでも大規模なのは、ドイツ人作家、トビアス・レーベルガーの作品だ。螺旋状の構造体に囲まれた台の上に設置された望遠鏡から、のと鉄道の終着駅だった旧蛸島駅方面を眺めると、そこには線路の先の時空へと思いを馳せるようなあるメッセージが。

トビアス・レーベルガー『なにか他にできる』
トビアス・レーベルガー『なにか他にできる』

断絶されながら、それでも残る人の想像力。これはツアーの最後に訪れた、旧鵜飼駅におけるアルジェリア人作家、アデル・アブデスメッドの作品にも通じる。一本の発光体が突き刺さった列車の停まるホーム。寂れたその光景を揺らすのは、来るはずのない列車の到着を告げるベルの音と、「まもなく」と書かれた警告信号の点滅だ。いま、ふたたび動き出した奥能登・珠洲。そこに生きる人々の思いを、この作品は代弁していた。

アデル・アブデスメッド『ま-も-なく』 撮影:中乃波木
アデル・アブデスメッド『ま-も-なく』 撮影:中乃波木

「いろんな場所で現地の人々がなにかをはじめようとすることのどこが悪い」

ツアーに先立ち、筆者が個人的に参加した銀座 蔦屋書店におけるトークイベント(8月30日開催 北川フラム×津田大介『今、なぜ「芸術祭」なのか』)で、総合ディレクターである北川は、昨今の「乱立する芸術祭」への批判を一蹴した。「いろんな場所で現地の人々がなにかをはじめようとすることのどこが悪い」というのが、その主張の骨子だ。

数の増加による質の低下や、安易なアートの利用に批判のメスを入れることは、それでもなお大切な作業である。しかし一方で、芸術祭が土地の歴史やリアリティーをいかに掘り出しているのかという評価軸が、「数」とはべつに存在すべきこともたしかだ。そしてこの意味で、「さいはての芸術祭」と謳われた第1回目の『奥能登国際芸術祭』は、それほど多くはない作品の一つひとつを丁寧に作ることで、その試みに成功していたように思う。

華やかな都市圏から遠く離れた、日本海に突き出した能登半島の突端で、人々が抱いてきた海の向こうの異界に対する畏怖。近代化の影で寂れた街に残る、数々の豊かな物語。会場を巡ることで、鑑賞者の心にはそれらがひとつの可能性となって現れるだろう。

Page 2
前へ

イベント情報

『奥能登国際芸術祭2017』

2017年9月3日(日)~10月22日(日)
会場:石川県 珠洲全域
参加アーティスト:
浅葉克己
アデル・アブデスメッド
EAT & ART TARO
石川直樹
岩崎貴宏
エコ・ヌグロホ
河口龍夫
ギム・ホンソック
鴻池朋子
さわひらき
塩田千春
トビアス・レーベルガー
中瀬康志
ひびのこづえ
深澤孝史
Raqs Media Collective
リュウ・ジャンファ
ほか

SPECIAL PR 特集

もっと見る

BACKNUMBER PR 注目のバックナンバー

もっと見る

PICKUP VIDEO 動画これだけは

Bullsxxt“Stakes”

ラッパーのUCDを中心とする5人組ヒップホップバンド、Bullsxxtによる1stアルバムから“Stakes”のMVが公開。絡み合う枠線の中で自由に揺れる彼らを街の光が彩る映像は、まるで青春映画のよう。アーバンメロウな生音ヒップホップに耳が喜び、胸が高鳴ります。(井戸沼)

  1. 吉岡里帆を川島小鳥が秘宝館で撮影 『STUDIO VOICE』の「ゆらぐエロ」特集 1

    吉岡里帆を川島小鳥が秘宝館で撮影 『STUDIO VOICE』の「ゆらぐエロ」特集

  2. 松坂桃李が「娼夫」に 石田衣良原作の18禁映画『娼年』、監督は三浦大輔 2

    松坂桃李が「娼夫」に 石田衣良原作の18禁映画『娼年』、監督は三浦大輔

  3. 森山未來がアトム役の舞台『PLUTO』再演 土屋太鳳が初舞台で1人2役 3

    森山未來がアトム役の舞台『PLUTO』再演 土屋太鳳が初舞台で1人2役

  4. 知念侑李と小松菜奈が濡れながらキス寸前 映画『坂道のアポロン』初映像 4

    知念侑李と小松菜奈が濡れながらキス寸前 映画『坂道のアポロン』初映像

  5. スタートトゥデイ前澤友作が123億円で落札したバスキアの作品が一般公開 5

    スタートトゥデイ前澤友作が123億円で落札したバスキアの作品が一般公開

  6. 峯田和伸が柄本佑に「うっとり」 『素敵なダイナマイトスキャンダル』続報 6

    峯田和伸が柄本佑に「うっとり」 『素敵なダイナマイトスキャンダル』続報

  7. 香取&草彅&稲垣「新しい地図」が映画『クソ野郎と美しき世界』製作発表 7

    香取&草彅&稲垣「新しい地図」が映画『クソ野郎と美しき世界』製作発表

  8. 1冊の本を売る森岡書店店主が今後のカルチャーを語る。鍵は伝播 8

    1冊の本を売る森岡書店店主が今後のカルチャーを語る。鍵は伝播

  9. ドミコ・ひかるが、自身を「老人みたい」と評する理由を語る 9

    ドミコ・ひかるが、自身を「老人みたい」と評する理由を語る

  10. のん初SG『スーパーヒーローになりたい』に高野寛が曲提供、のん自作曲も 10

    のん初SG『スーパーヒーローになりたい』に高野寛が曲提供、のん自作曲も