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アートにとって苦難の時代を『岡山芸術交流』から考えてみる

『岡山芸術交流2019 IF THE SNAKE もし蛇が』
テキスト
島貫泰介
編集:川浦慧(CINRA.NET編集部)
アートにとって苦難の時代を『岡山芸術交流』から考えてみる

2018年に開発された、まったく新しい分子の香りが漂う

『もし蛇が』は、他の国際芸術祭と比べると規模の大きなものではない。旧内山下小学校を中心にしてぐるりと一周すれば、3時間ほどでひととおり見ることができる。例えば、正午あたりに到着して軽くご飯を食べたあと、ちょっとの眠気と気だるさを抱えながら夕方までの散歩のような気持ちで歩くのもよいだろう。そんな、まどろみの感覚、夢のような感覚に、この芸術祭は心地よく満たされている。

そういえば、いくつかの会場で感じた実験室のような臭気も作品なのだという。シーン・ラスペットとツェン・シェンピンの『越香©(2-ベンジル-1、3-ジオキサン-5-オン)』は、2018年に開発されたまったく新しい分子の香りなのだそうだ。その未知の香りを感じるたびに想起したのは筒井康隆のSF小説『時をかける少女』のことで、同作に登場する未来人は、未来で採取できなくなったラベンダーを得るために現代へとやって来たのだった。そんなSF的なイマジネーションは『もし蛇が』にとてもよく似合っている。

現実社会の緊張をほぐすのも「アートだからできること」のひとつ

冒頭で述べた一件以来、アートを取り巻くさまざまな状況が、一気に政治色を帯びてきたのがこの数か月だった。もちろん、これまでの日本の文化環境があまりに政治や歴史に対してナイーブだったことは否めないし、例えば「Jアート」という不名誉な呼び名でアーティストや美術関係者が揶揄されるのも仕方ないところはあるよな、と、この世界で長年働いている自分ですら思う。しかし、いっぽうで現実からの創造的な跳躍や、シニカルな世界の見方を通して、現実社会の緊張をほぐすのも「アートだからできること」のひとつだ。ユイグがキュレーションした今年の『岡山芸術交流』は、そのことを思い出させてくれたように思う。インタビューのなかで「まるでマッサージのような展覧会でした」とユイグに伝えると、少し真剣な表情で彼はこう付け加えた。

ユイグ:それはとても嬉しい感想です。たしかに私や、今回参加してくれたアーティストたちのポリシーは直接的な主題に政治を扱うわけではありません。けれども、作品の作り方やアプローチの仕方が政治的なのだと思っています。いま日本では、文化庁の補助金不交付など、重大な事件が起きていると聞いています。そういった状況に対しては2つのやり方があると思います。

直接的に、いちばん最前線に立ってデモをする方法もある。同時に、作品自体が持つ政治性によって訴えていく方法もあります。私自身が過去の作品で使った犬や微生物といった小さな生物、あるいはとても大きなランドスケープも、そのすべてが政治的だと思っています。ですから、この2つの方法は共存できるはずなんです。

夢のような『岡山芸術交流2019』の時間を過ごし、新幹線で帰途につく私は、同時に現実への帰還を促されているようにも感じていた。

ユイグへのインタビューの直前に観た最後の作品、リリー・レイノー=ドゥヴァールのパフォーマンスは、市内の写真館を映画の撮影スタジオに見立て、イタリアの名匠ピエル・パオロ・パゾリーニの生前最後のインタビュー現場を再現するものだった。

リリー・レイノー=ドゥヴァール(撮影:Taiichi Yamada)
リリー・レイノー=ドゥヴァール(撮影:Taiichi Yamada)

人間が滅んだあとの架空世界を見せるような芸術祭において、はじめて会話可能な人間と接したのがこのパフォーマンスであっただけに「現実」の重みを私は感じたのだが、同時に意味深だったのは、1975年11月1日に収録されたこのインタビューの翌日に、パゾリーニは何者か(一説ではネオファシスト勢力が犯人だとされている)の暴行を受け、殺害されたことだ。

エログロ・スカトロ描写に満ちた『ソドムの市』を発表して物議をかもすなど、スキャンダラスな人生を歩んだパゾリーニだったが、そういった表現活動が、当時のイタリアで吹き荒れていたファシズム的な時勢に対する彼なりの抵抗だったことはよく知られている。哲学的で憂鬱さを漂わせたインタビューのなかで、彼は翌日に訪れる死の運命を半ば予見していたかのような発言をしているが、当時のイタリアの状況や、パゾリーニの心境に想いを馳せると、否応なく2019年現在の「いま」の現実が頭をよぎる。そんな私の感想に対するユイグの返答を紹介して、このレポートを終えよう。

ユイグ:誰でもパゾリーニでありえるし、彼を殺害した犯人にもなりえることが、リリーの作品のポイントなのだと思います。あなたがおっしゃるように、彼女の作品が展覧会のなかで観客にハッとさせる、現実の政治的なものに引き戻すような力を持っているならば、それは私にとっても嬉しいことです。

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イベント情報

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『岡山芸術交流2019 IF THE SNAKE もし蛇が』

2019年9月27日(金)~11月24日(日)
会場:旧内山下小学校、旧福岡醤油建物、岡山県天神山文化プラザ、岡山市立オリエント美術館、岡山城、シネマ・クレール丸の内、林原美術館ほか市内各所
休館日:月曜日
開催時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)

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