レビュー

人生を鳴らす小さなプレイヤー

九龍ジョー
2012/01/20
人生を鳴らす小さなプレイヤー

「フロアでDJのプレイする曲を逐一メモするライターもいるけど、俺は身体で覚えた記憶のほうを重視していて。もし酩酊してしまってなにも覚えてなかったら、『あとは忘れた』って書く」

かつて磯部涼が僕にそう言ったことがある。「いま/ここ」に軸足を置くライターらしい発言だと思った。でも実際にそんなことがあったとしても、彼はけっして「忘れた」とは書かないだろう。むしろセットリストなんて忘れてしまうほど現場に溶解してからこそが、磯部の本領発揮だからだ。

ミラーボールの乱反射、飛び交うアルコール、呂律の回らないまましゃべりかけてくる友人たち――。たしかに音楽が流れているが、音楽以外のなにかにもみな夢中である。そんな空気を磯部は身体に刻みつけて現場から持ち帰る。そして、存分に手塩をかけて原稿の中に再構成するのである。そこにはセットリストの正確さとはまた違ったモノサシの、ある精度が働いている。文学にも、報道にも、批評にも依らない、前著『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』(2004)でも発揮されていた、陶酔と覚醒を自在に行き来するルポルタージュ感覚。その真骨頂は、本書の第1部に収められたアンダーグラウンドなダンスシーンのレポートで味わうことができる。

そう、本書は3部構成をとっており、第1部はすでに述べたようにダンスシーンの現場、第2部では日本語ラップシーンの深層、第3部ではネオフォークと呼ばれるようなシンガーソングライターやバンドの新しい潮流を、それぞれ扱っている。収められている原稿はどれも磯部涼がライターとして2004年から2011年までに雑誌その他(そのうち何誌かはすでに休刊している)で書いてきた日本の音楽に関するテキストであり、そういう意味では2001年から2004年までの原稿をまとめた『ヒーロー〜』の続編と捉えることも可能だ。しかし、本書において磯部の関心は、『ヒーロー〜』が扱っていた領域を踏み越え、新たな広がりも見せている。

『ヒーロー〜』が出版された際、僕はある雑誌で彼にインタビュー取材をして、原稿にこんなことを書いた。

磯部のテキストに登場するミュージシャンたち、彼らはミュータントのように、突如、姿をあらわす。ともかく、いきなり、「いま/ここ」にいる。彼らがいったいどんな歴史的水脈をたどって漂着したのか、そのいっさいを磯部は切り捨てる。だから「いま/ここ」にいる彼らは、だれもなんにも"しょってない"。

しかし、本書において磯部は、とくに第2部と第3部に顕著なのだが、取材対象であるミュージシャンに、「彼らはどこから来たのか」という切り口から迫っていく。「どこから」というのは出身地だけにかぎらない。どんな風景を眺めて、どんな季節をくぐり抜けて「いま/ここ」にいるのか。つまり、彼らはなにを「しょっている」のか、と。

ANARCHYの向島、サイプレス上野とロベルト吉野の横浜、の子の千葉ニュータウン、曽我部恵一の下北沢、ceroの武蔵野――。同じ時代を、それぞれが別の場所で蠢いてきた。たとえば磯部の敬愛するトム・ウルフならば、それらのシーンを繋ぎ合わせて、00年代のサブカルチャーの物語として読ませるところかもしれない。しかし、磯部はこれらの素材をとくに繋ぐことはせず、別々のレイヤーとして提示することで、重なったり、ずれたり、干渉してモアレを起こしたりする可能性を読者の側に委ねている。

この「いま/ここ」の縦軸と横軸への深化は、本書の序章に置かれた「音楽の現場」論とも対応しているように見える。DOMMUNEと神聖まかってちゃんをお題に、Ustreamなどの技術で"現場"が拡張し、多重化していることを解説したその原稿は、そのまま本書についての格好の導入となっているからだ。磯部自身が陶酔と覚醒を行き来するための起点としていた「いま/ここ」。それがいまや目の前に広がる風景という素朴なものではなく、サイケデリックに変容し、ルーツを孕み、複数化するのは自然なことである。

そうやってパンパンに膨らんだ「いま/ここ」は、ある言葉に接近する。「人生」である。本書は単純に読み物として面白いだけでなく、音楽のように人生を聴き、音楽のように人生を鳴らそうとする小さなプレイヤーでもあるのだ。3・11以降の音楽家の試みについて触れられた本書の終章「音楽の(無)力」は、以下の言葉で締めくくられる。「さぁ、耳を澄まそう」。

なお、すばらしい装画は漫画家・西村ツチカの手によるもの。その何かが始まりそうな人懐っこいカーブに惚れ惚れしてしまう。だってフロアでこんなかわいい女の子が飲み物をこぼしてたら音楽のことなんて忘れて助けてしまうでしょう。スローモーションで。そしたらまた新しい音楽が流れ出すよね。

書籍情報

『音楽が終わって、人生が始まる』

2011年12月26日発売
著者:磯部涼
価格:2,625円(税込)
ページ数:384ページ
発行:アスペクト

磯部涼

音楽ライター。78年、千葉県生まれ。主な著作に、01年から04年までに書いた音楽についての原稿をまとめた『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』(太田出版)、3.11以降の文化についてのルポルタージュ『プロジェクトFUKUSHIMA! 2011/3.11-8.15 いま文化に何ができるか』(K&B PUBLISHERS)などがある。

SPECIAL PR 特集

もっと見る

BACKNUMBER PR 注目のバックナンバー

もっと見る

PICKUP VIDEO 動画これだけは

あらかじめ決められた恋人たちへ“日々feat.アフロ”

何かを我慢することに慣れすぎて忘れてしまいそうになっている「感情」を、たった10分でこじ開けてしまう魔法のようなミュージックビデオ。現在地を確かめながらも、徐々に感情を回転させていくアフロの言葉とあら恋の音。人を傷つけるのではなく、慈しみ輝かせるためのエモーションが天井知らずの勢いで駆け上がっていった先に待ち構えている景色が、普段とは違ったものに見える。これが芸術の力だと言わんばかりに、潔く堂々と振り切っていて気持ちがいい。柴田剛監督のもと、タイコウクニヨシの写真と佐伯龍蔵の映像にも注目。(柏井)

  1. THE SPELLBOUNDがライブで示した、2人の新しいロックバンド像 1

    THE SPELLBOUNDがライブで示した、2人の新しいロックバンド像

  2. 中村佳穂が語る『竜とそばかすの姫』 シェアされ伝播する歌の姿 2

    中村佳穂が語る『竜とそばかすの姫』 シェアされ伝播する歌の姿

  3. 『プロミシング・ヤング・ウーマン』が映し出す、「女性の現実」 3

    『プロミシング・ヤング・ウーマン』が映し出す、「女性の現実」

  4. ジム・ジャームッシュ特集が延長上映 『パターソン』マーヴィンTシャツも 4

    ジム・ジャームッシュ特集が延長上映 『パターソン』マーヴィンTシャツも

  5. A_oから青い心を持つ全ての人へ 自由に、自分の力で生きること 5

    A_oから青い心を持つ全ての人へ 自由に、自分の力で生きること

  6. 地下から漏れ出すアカデミックかつ凶暴な音 SMTKが4人全員で語る 6

    地下から漏れ出すアカデミックかつ凶暴な音 SMTKが4人全員で語る

  7. 林遣都×小松菜奈『恋する寄生虫』に井浦新、石橋凌が出演 特報2種到着 7

    林遣都×小松菜奈『恋する寄生虫』に井浦新、石橋凌が出演 特報2種到着

  8. 『暗やみの色』で谷川俊太郎、レイ・ハラカミらは何を見せたのか 8

    『暗やみの色』で谷川俊太郎、レイ・ハラカミらは何を見せたのか

  9. ギャスパー・ノエ×モニカ・ベルッチ『アレックス STRAIGHT CUT』10月公開 9

    ギャスパー・ノエ×モニカ・ベルッチ『アレックス STRAIGHT CUT』10月公開

  10. 『ジョーカー』はなぜ無視できない作品なのか?賛否の議論を考察 10

    『ジョーカー』はなぜ無視できない作品なのか?賛否の議論を考察