レビュー

北欧のうら若き姉妹が放つ、温故知新のフォーキーな風

小熊俊哉
2012/02/15
北欧のうら若き姉妹が放つ、温故知新のフォーキーな風

「私はエミルーに、ジューンになるね。あなたもグラムやジョニーになって。多くを求めるつもりはないから、となりでいっしょに歌ってほしい」

18歳のクララと21歳のジョアンナ。90年代生まれのソダーバーグ姉妹によるスウェーデン発の可愛らしいフォーク・デュオ、ファースト・エイド・キットによる楽曲“Emmylou”のサビで、ペダルスティールの響きとともに心地よくリフレインされる一節。ここに登場するエミルー・ハリスとグラム・パーソンズ、ジューン・カーターとジョニー・キャッシュはそれぞれアメリカンカントリーを代表する巨星であり、男女コンビとしても何十年も前から愛されてきた。うら若き北欧の乙女たちが歌う題材としては一見渋すぎるようにも思えるが、姉妹の息が合った美しいコーラスに耳を傾けていると、彼女たちの人生に溶け込んだ等身大のテーマとして、その憧憬が聴き手の脳裏にも浮かんでくるのだから不思議なものだ。



アメリカのフリート・フォクシーズやボン・イヴェール、あるいはイギリスのローラ・マニングや日本の青葉市子といった若い世代のバンドやミュージシャンの活躍もあってフォークミュージックの価値が見直されている昨今。国も音楽性も異なる彼らに共通して存在するのは、言うなればめまぐるしい情報社会には場違いな郷愁とでもいえるだろうか。

「救急箱」を意味するファースト・エイド・キットの2人は、08年にフリート・フォクシーズの「Tiger Mountain Peasant Song」のカバーをYouTubeに投稿している。ギターとうたという最小限の形式によって森のなかで奏でられた穏やかなハーモニーは、その生々しいピュアネスゆえに多くの人の心を打ち、本稿執筆時点で270万回を超える再生回数をカウントしている。「森ガール」なんて言葉も最近は死語になりつつあるが、彼女たちのビデオやアートワークには木々や自然が多くフィーチャーされていて、それらもまたノスタルジックなムードや神秘性を演出するのに貢献している。まるで実写版お伽噺の1シーン。自然と戯れるさまがここまでイヤミに映らない女子も珍しい。天然には勝てない。

幼いころから気がつけばギターを手にとり歌っていたというふたり。彼女たちの父親は本国スウェーデンでチャート1位を獲得したこともある、ロリータ・ポップという70年代NYパンクの流れを汲んだバンドの元メンバーで(このバンド名も、娘たちが早熟デビューを果たした今となっては感慨深いものが…)、家では古いロックやフォークのレコードがいつも流れていたそうだ。そんな父親がプロデュースを手掛け、親子二人三脚でつくられた最初のアルバム『The Big Black and the Blue』は素朴な音楽性がリスナーやミュージシャンから多くの支持を集めたが、そこから2年ぶりとなる待望の新作『The Lion's Roar』では、さらにスケールアップした姿が頼もしい。

First Aid Kit First Aid Kit

彼女たちが現在のフォーキーな音楽性を志す大きな影響源となったのは、ゼロ年代アメリカの良心ともいえる歌心を讃えたインディーバンド、ブライト・アイズだという。『The Lion's Roar』では、かのバンドのメンバーでありマルチミュージシャンとしても知られるマイク・モーギスがプロデュースを手掛け、多種多様の楽器や優雅なストリングスアレンジによって、姉妹の産み出す無垢な音楽にカラフルな色づけが施されている。さらにはバンドの中心人物であるコナー・オバーストもスポット参加してその歌声を披露。少女たちの長年の夢がここで結実している。

ブライト・アイズの拠点でもある米ネブラスカ州オマハで録音されたこのアルバムには、遠く北欧から眺めたアメリカーナへの幻想とヨーロッパ的な憂いが同居している。雨上がりの草原に残された湿気とこれから昇る太陽の朗らかさを持ち合わせ、調和のとれたハーモニーが甘酸っぱいセンチメンタルを届けてくれる。先述の“Emmylou”を筆頭に、大陸的な包容力をもった曲の数々。東京に暮らす自分からしたら、どこか浮世離れというかファンタスティックとしか形容しがたい音楽。老若男女の心にきっと響くであろう、普遍的な「うた」の魅力にときめかずにいられない。

以下は蛇足。スウェーデンの2月3日付のアルバムチャートをチェックしてみたら、3位にチャートインした『The Lion's Roar』の上に、彼女たちも敬愛する御年77歳のシンガーソングライター、レナード・コーエンの新作が並んでいて、温故知新というか、世代間の縦のつながりが見受けられるようでなんだか微笑ましかった。歴史も音楽も流転して、過去を紐解けばすばらしい曲たちが溢れかえり、それらに影響されて新しく瑞々しい曲がこうしてまた生まれてくる。新しい曲が古き良き曲に繋がるドアとなって、いちど開けばまた見知らぬ世界が広がり、それが喜ばしくて楽しくて、音楽を聴くことはいつまで経ってもやめられない。

リリース情報

First Aid Kit
『ザ・ライオンズ・ローア』(国内盤)

2012年2月8日発売
価格:1,980円(税込)
HSE-30281

1. ザ・ライオンズ・ローア
2. エミールウ
3. イン・ザ・ハーツ・オブ・メン
4. ブルー
5. ディス・オールド・ルーティン
6. トゥ・ア・ポエット
7. アイ・ファウンド・ア・ウェイ
8. ダンス・トル・アナザー・チューン
9. ニュー・イヤーズ・イヴ
10. キング・オブ・ザ・ワールド
11. サム・ディスタント・メモリー(ボーナストラック)
12. ザ・ライオンズ・ローア(ライヴ・オン・KCRW)(ボーナストラック)

First Aid Kit

スウェーデンはストックホルム郊外出身クララ(18)とジョアンナ(21)のソダーバーグ姉妹からなるフォーク・デュオ。幼少期から歌い続け才能を開花させる。YouTubeで披露したフリート・フォクシーズの「タイガー・マウンテン・ペザント・ソング」のカヴァーが270万回以上再生され、世界的な話題と注目を集める。10年2月、<ウィチタ>からデビュー・アルバム『ザ・ビッグ・ブラック・アンド・ザ・ブルー』を発売。全世界に絶賛を持って受け入れられた。そして、2012年2年振りとなる2ndアルバム『ザ・ライオンズ・ローア』をリリース。本国スウェーデンでは、アルバム・チャート1位を記録し、名実ともにスウェーデンを代表するバンドとなった。

SPECIAL PR 特集

もっと見る

BACKNUMBER PR 注目のバックナンバー

もっと見る

PICKUP VIDEO 動画これだけは

PAELLAS“Orange”

1stデジタルシングルから“Orange”のMVが公開。Spikey Johnが監督を務め、研ぎ澄まされたクールな表現で楽曲を彩る。次第に日が落ちていく情景はどこかメランコリックで、いつの間にか私たちは彼らに物語を見出そうとしてしまっていた。過ぎ去った夏に思いを馳せながら、映画のように濃密な4分間をゆったりと味わえるはず。(野々村)

  1. サニーデイ・サービスの生き急ぐような2年間の真相。5人が綴る 1

    サニーデイ・サービスの生き急ぐような2年間の真相。5人が綴る

  2. Chim↑Pomが、「ロボット」でなく「人間」レストランを開く理由 2

    Chim↑Pomが、「ロボット」でなく「人間」レストランを開く理由

  3. あいみょん新曲が新垣結衣×松田龍平『獣になれない私たち』主題歌に起用 3

    あいみょん新曲が新垣結衣×松田龍平『獣になれない私たち』主題歌に起用

  4. 岡崎京子原作×門脇麦主演『チワワちゃん』特報公開 主題歌はハバナイ 4

    岡崎京子原作×門脇麦主演『チワワちゃん』特報公開 主題歌はハバナイ

  5. S・キューブリック監督『2001年宇宙の旅』、2週間限定でIMAX劇場上映 5

    S・キューブリック監督『2001年宇宙の旅』、2週間限定でIMAX劇場上映

  6. TWICEドームツアー来年開催 東京ドーム2DAYS&ナゴヤドーム&京セラドーム 6

    TWICEドームツアー来年開催 東京ドーム2DAYS&ナゴヤドーム&京セラドーム

  7. 『魔法少年☆ワイルドバージン』に田中真琴、濱津隆之、斎藤工が出演 7

    『魔法少年☆ワイルドバージン』に田中真琴、濱津隆之、斎藤工が出演

  8. 松岡茉優が初主演作『勝手にふるえてろ』からの1年を振り返る 8

    松岡茉優が初主演作『勝手にふるえてろ』からの1年を振り返る

  9. のんが中原淳一の世界を表現するカレンダー、表紙は「完コピを目指した」 9

    のんが中原淳一の世界を表現するカレンダー、表紙は「完コピを目指した」

  10. 「西洋」から見た日本写真 書籍『日本写真史 1945-2017』に写真家25人登場 10

    「西洋」から見た日本写真 書籍『日本写真史 1945-2017』に写真家25人登場