音楽の価値が環境に左右されてなるものか 〜『THE RADIOHEAD BOOK』に寄せて

セレブや映画スターの伝記の著作で知られ、過去にはアンジェリーナ・ジョリーやレディ・ガガらの伝記を手掛けているブランドン・ハーストによるRADIOHEADの伝記本。過去の様々な発言を基に、現在世界で最も革新的な大物バンドであるRADIOHEADのストーリーが丁寧に描かれた読み応え十分の内容で、大量の写真も嬉しい1冊だ。

本書を読み終えて改めて思ったのは、RADIOHEADがメジャーのレコード会社であるEMIとの「アルバム6枚」という契約を終え、『IN RAINBOWS』をインディペンデントで配信リリースするに至る流れというのが、まさにインターネットの普及によって音楽を取り巻く環境が激変していく流れと一致していたということだ。よって、彼らの歴史を振り返るということは、そのまま過去20年ほどの音楽を取り巻く環境の変化を追体験することにもなる。

実際に本書の内容も、EMIからの最後のリリースとなった『HAIL TO THE THIEF』前後で大きく変わっている。それまでは、“CREEP”を生み出したトム・ヨークのパーソナリティ、『OK COMPUTER』の世界的ヒットによる代償としてのバンドの混乱、そして、そこから再起するための『KID A』におけるエレクトロニックなサウンドへの挑戦といった、いわゆるロックヒストリー的な内容がメインなのだが、『IN RAINBOWS』からは、「どのように作品を発表し、活動するか」といった状況論がメイントピックとなっている。

そして、この状況論への転換が、音楽そのものへの愛情や理解を薄め、「音楽の価値が下がった」と言われる現代の下地になっている……そんな仮説を立てることは、決して難しいことではないだろう。しかし、結局のところ、こんな物言いは言い訳に過ぎない。RADIOHEADのメンバー自身も、この変化に対し、「再び音楽と向き合えるようになった」と発言しているように、音楽の価値というのは、環境によって決められるものではなく、その人自身が決めるものなのだから。

僕がそう思うに至ったのは、昨年発表された最新作『THE KING OF LIMBS』にまつわる経験が大きい。このアルバムは、発売に際してメンバーが作品に対して一切発言をせず、また内容自体が決してとっつきやすい内容ではなかったこともあり、その評価はどこか宙に浮いている印象があった。そして、その背景をまさに僕は「音楽を取り巻く環境の変化」であるとし、実際アルバムについて『MUSIC MAGAZINE』誌に寄稿した際には、Twitterを使って行われたプロモーションなど、まず状況論から原稿を書き始めている。もちろん、それもアルバムの一側面であり、そういった記事を書くこと自体を悪いことだとは思わない。

しかし、その後RADIOHEADに関して日本では第一人者とされる田中宗一郎氏(彼は本書に名前の登場する唯一の日本人である)が『SNOOZER』誌において、アルバムのリズムパターンを執拗に分析し、最終的に「本作はサウンドによって自然を模倣しているのではないか」という、僕には思いもよらなかった自論を展開しているのを読んだとき、結局環境がどうであれ、重要なのは作品自体と向き合う熱量であると、自戒させられることとなった。そう、繰り返すが、音楽の価値を決めるのは環境ではなく、その人自身なのだ。

「再び音楽と向き合えるようになった」というRADIOHEADの姿勢は、現在のツアーで明確に示されている。今年の6月、トロントで行われる予定だった野外ライブでステージが崩壊し、スタッフに死傷者が出るという事故が起こってしまった。もしかしたら、この事故の影響でフジロックの出演がキャンセルになるのではないかという憶測も呼んだが、彼らはヨーロッパ公演の一部を延期したものの、今月からツアーを再開している。自分たちの音楽の価値を信じ、それを届けることに意味があるという想いがなければ、この決断は下せなかったはずだ。そして、彼らが登場するフジロック最終日のチケットは、すでにソールドアウトを記録。この事実を、「今の日本の音楽業界における希望だ」と呼ぶのはさすがにナイーブ過ぎるとは思うが、それでもこの事実が多くの人々を鼓舞したことは間違いないだろう。言うまでもなく、僕もそのうちの1人だ。

書籍情報
『THE RADIOHEAD BOOK』

2012年7月12日発売
著者:ブランドン・ハースト
翻訳:川田志津
価格:書籍版1,680円(税込)、電子書籍版1,260円(税込)
ページ数:144ページ
発行:マーブルトロン



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