ただのレーベルに止まらず、時代をざわつかせるWarpの先鋭性

UKテクノ~エレクトロニカの歴史を作った1990年代のWarp Records

2016年、Warp Recordsからの怒涛のリリースが止まらない。2014年に劇的な復活を果たしたAphex Twinの最新作を筆頭に、Autechre、Plaid、マーク・プリチャードといった1990年代初頭から活動を続けるベテランが立て続けに新作をリリース。しかも、その内容からリリース方法に至るまで、それぞれがあまりに個性的なのだ。

そもそも、90年代のWarpというのは、「UK電子音楽の名門」という明確なレーベルカラーを持っていた。Aphex TwinやSquarepusher、Plaidの前身であるThe Black Dogなどが名を連ねたコンピレーション作品『Artificial Intelligence』シリーズが代表するように、カッティングエッジなテクノ / IDM(Intelligent Dance Music。必ずしもダンスフロア向けではない、独特なリズムと幻想的なメロディーラインを特徴とする電子音楽)を世に問い、それがやがて時代をリードしていった。そしてその流れはAutechreやBoards Of Canadaによるエレクトロニカの隆盛へと繋がって、00年代前半まで続く。しかし、00年代中盤からのWarpは徐々にレーベルカラーを拡張し、Maximo Park、!!!、Battlesなど、バンドとの契約を増やし、枠には捉われないレーベルとして攻めの姿勢を見せていったのだった。

そんな流れが一周したのは、やはりレーベルの顔であるAphex Twinが2014年に帰還したことが大きかったと言えよう。ロンドンではロゴの入った緑色の飛行船が目撃され、東京でも都内の各所でロゴスッテカーが目撃された一方、Twitterの公式アカウントが突然特設サイトのURLをつぶやき、さらには音源のリーク騒動まで巻き起こって……。そんなリアルとSNSを横断するゲリラ的なプロモーションを経て発表された復活作『Syro』は、『第57回グラミー賞』の「最優秀ダンス・エレクトロニック・アルバム賞」部門を受賞。Warpが常に時代をリードしているということが、改めて証明されたのだ。

Warp Recordsロゴ
Warp Recordsロゴ

ブレない音楽活動を行うWarpのアーティスト――Plaid、Autechre、マーク・プリチャード、それぞれの新作

では、そんなWarpの今年前半のリリースを振り返ってみよう。初期のテクノシーンを支えたThe Black Dogから派生し、90年代初頭より活動を続けるエド・ハンドリーとアンディ・ターナーによるユニットPlaidは、2年ぶりの新作『The Digging Remedy』を発表。Autechreと共にエレクトロニカのシーンをリードしてきた二人の洗練されたサウンドデザインは本作でももちろん健在で、要所に生楽器も交えつつ、複雑なリズムパターンや繊細なテクスチャーが聴き手を魅了する。また、本作の発表に合わせてデジタルアーティストのCabbiboとコラボした特設サイトが開設され、そこで新曲が公開されていた。

Plaid 左からアンディ・ターナー、エド・ハンドリー
Plaid 左からアンディ・ターナー、エド・ハンドリー

一方、5月20日に急遽リリースされたAutechreの最新作『elseq 1–5』はかなり極端な作品。まず音源の購入は公式サイト「AE_STORE」でのダウンロードのみで、CDの発売は今のところ予定なし。しかも、5枚組である本作は全21曲で4時間以上という超大作なのだ。また、その内容は硬質な電子ノイズが延々と襲い掛かってくる、非常にストイックかつ挑戦的なもので、この先鋭さはやはりAutechreでしかありえない。

PlaidとAutechre共にジャケットのデザインはWarp作品ではお馴染みのThe Designers Republic(近未来的なデザインを得意とするイギリスのデザインスタジオ)が手掛けているが、その何とも「らしい」幾何学的でミニマルなデザインからも、彼らが昔と変わることなく、自らの美意識を貫き続けていることが伝わってくる。

Plaid『The Digging Remedy』ジャケット
Plaid『The Digging Remedy』ジャケット(Amazonで見る

Autechre『elseq 1–5』ジャケット
Autechre『elseq 1–5』ジャケット(AE_STOREで見る

本名名義では初となるアルバム『Under The Sun』を発表したマーク・プリチャードも、90年代初頭からGlobal Communicationをはじめとした様々なユニットや名義で活動を続けてきた人物。テクノやエレクトロニカはもちろん、近年はジュークやベースミュージックにも手を広げてきたが、本作では「1960~70年代のタイムレスなプロダクションやミキシング」をテーマに掲げ、古いシンセサイザーのみを使い、アンビエント風の穏やかなサウンドを作り出している。最大の注目はRadioheadのトム・ヨークをゲストに迎えた“Beautiful People”で、新作だけを比べれば現在のマークとAutechreにはだいぶ距離があるように感じられるが、かつて『Kid A』リリース時のトムがAutechreからの多大な影響を公言していたことを考えれば、ここには一本の線が見えてくるのである。

Mark Pritchard『Under The Sun』ジャケット
Mark Pritchard『Under The Sun』ジャケット(Amazonで見る

Aphex Twinの「新製品」とSquarepusherの訴え

そして、7月8日にリリースされるのが、Aphex Twinの最新作『Cheetah EP』である。今回も『Syro』のときと同様に、かなり手の込んだプロモーションが展開されたので、まずはその流れを振り返ってみよう。

リリースに先立って関係者に配布されたのは、「New Product Information」と書かれた謎のカード。

Aphex Twin『Cheetah EP』インフォメーションカード
Aphex Twin『Cheetah EP』インフォメーションカード

シンセサイザーの取扱説明書に酷似した中身が議論を呼ぶ中、今度は公式アカウントが日時と共に「東京都渋谷区:神南一丁目スクランブル交差点」と突如ツイート。

「まさかの来日か?」と様々な噂が飛び交う中、現在MODIのある交差点に300人以上が集結すると、大型ビジョンで“Windowlicker”以来、実に17年ぶりとなるミュージックビデオが公開されたのだった。

そのときの映像を見てみると、多くの人がビジョンをスマホで撮影していて、それがまたSNSで拡散され、さらには、そのビデオの監督が12歳の少年だということも後に判明。こうして何重もの仕掛けが用意され、混乱を巻き起こすことが、結果として大きなプロモーションになるという手法を、Warpは見事に確立したと言っていいだろう。Aphex Twin自身がどこまで計画に関わっているのかはわからないが、おそらくはお馴染みのアー写のようにニヤニヤと笑いながら、この騒動を楽しんでいるに違いない。

『Cheetah EP』は作品の内容自体も相当にコンセプチュアルで、タイトルにもなっているイギリスのシンセサイザーメーカー「Cheetah」が90年代初頭に発表し、機材マニアの間ですら超レアものとされるデジタルシンセサイザーCheetah MS800をメインに使って、楽曲が作られている模様。関係者に配布され、「Aphex Twin - Cheetah EPは、デジタルサウンド生成技術と波形シーケンス技術を駆使し、今日では貴重となった、動きと奥行きのあるサウンドを届けます」と書かれたカードは、つまりCheetah MS800の取扱説明書を真似たものだったのだ。実際の楽曲も、ヴィンテージならではの独特な音のうねりや質感が面白く、非常に多岐にわたるこれまでのAphex Twin関連のディスコグラフィーの中にあっても、十分に新鮮な仕上がりになっていると言えよう。

Aphex Twin『Cheetah EP』ジャケット
Aphex Twin『Cheetah EP』ジャケット(Amazonで見る

昨今では様々な場面において、「90年代リバイバル」という言葉を目にするようになったが、今年のWarpのベテラン勢による連続リリースも、そのひとつの表れだと言っていいかもしれない。そして、ネットを使った現代的な手法で作品を発表したPlaidとAutechre、アナログな機材を現代的な解釈で用いたAphex Twinとマーク・プリチャードという対比、あるいはリアルとSNSを横断するAphex Twinのプロモーション戦略は、レーベルの個性を非常によく表しているように思う。彼らはこれまでも過去と未来を同時に見つめながら、電子音楽の新たな価値を提示し続け、それがそのままWarpというレーベルのカラーを作り上げてきたのである。

と、ここまで書いたところで、今度はAphex Twinと並ぶレーベルのもう一人の看板アーティスト、Squarepusherから突如新曲リリースの一報が届いた。

Squarepusher
Squarepusher

新曲“MIDI sans Frontières”は、UKのEU離脱問題を受け、インターナショナルなコミュニケーションとコラボレーションの重要性を訴えるものであり、音源のパーツ、楽曲データをフリーで配布。Squarepusherことトム・ジェンキンソンは次のようにコメントしている。

「これは国民投票が取り沙汰される中で書いた楽曲で、インターナショナリストの精神を持つすべてのサウンドクリエーターたちが、音楽の種類や活動拠点、バックグラウンド、世代を問わず、コラボレートするための土台として作ったものだ。進歩主義の政治的行動の代わりというつもりはないが、それを補うものとして考えている。我々の間に存在する脆弱な関係性を脅かす偏見に対抗して俺はこれを提示する。これが、この不穏な状況において、我々のつながりを再確認するきっかけになることを望む」

Warpレーベルのアーティストたちは、やはりどこまでも個性的で、インテリジェンスを持った連中だ。

リリース情報
Aphex Twin
『Cheetah EP』日本盤(CD)

2016年7月8日(金)発売
価格:1,944円(税込)
BRE-52 / WAP-391

1. CHEETAHT2 [Ld spectrum]
2. CHEETAHT7b
3. CHEETA1b ms800
4. CHEETA2 ms800
5. CIRKLON3 [Колхозная mix]
6. CIRKLON 1
7. 2X202-ST5
※オリジナルロゴステッカー、解説付き

Plaid
『The Digging Remedy』日本盤(CD)

2016年6月10日(金)発売
価格:2,376円(税込)
BRC-517

1. Do Matter
2. Dilatone
3. CLOC
4. The Bee
5. Melifer
6. Baby Step Giant Step
7. Yu Mountain
8. Lambswood
9. Saladore
10. Reeling Spiders
11. Held
12. Wen
13. Nulls(ボーナストラック)

Autechre
『elseq 1-5』

2016年5月20日(金)から配信リリース

『elseq 1』
1. feed1
2. c16 deep tread
3. 13x0 step
4. pendulu hv moda
5. curvcaten
『elseq 2』
1. elyc6 0nset
2. chimer 1-5-1
3. c7b2
『elseq 3』
1. eastre
2. TBM2
3. mesh cinereaL
『elseq 4』
1. acdwn2
2. foldfree casual
3. latentcall
4. artov chain
5. 7th slip
『elseq 5』
1. pendulu casual
2. spTh
3. spaces how V
4. freulaeux
5. oneum

マーク・プリチャード
『Under The Sun』日本盤(CD)

2016年5月13日(金)発売
価格:2,376円(税込)
BRC-511

1. ?
2. Give It Your Choir feat Bibio
3. Infrared
4. Falling
5. Beautiful People feat Thom Yorke
6. Where Do They Go, The Butterflies
7. Sad Alron
8. You Wash My Soul feat Linda Perhacs
9. Cycles of 9
10. Hi Red
11. Ems
12. The Blinds Cage feat Beans
13. Dawn Of The North
14. Khufu
15. Rebel Angels
16. Under The Sun
17. In Stillness / Light Bodied(ボーナストラック)
※解説付き



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • ただのレーベルに止まらず、時代をざわつかせるWarpの先鋭性

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて