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なぜ目標は達成できない? 理性より感情に釣られる現代の処方箋

堀内進之介『感情で釣られる人々 なぜ理性は負け続けるのか』
テキスト
山元翔一(CINRA.NET編集部)

あらためて「感情の影響力」が関心の的に

『感情で釣られる人々 なぜ理性は負け続けるのか』(2016年 / 集英社)が好調だ。本書は昨年の出版直後、姜尚中や宮台真司といった識者とのイベントが開催され、その模様が言論誌だけでなく『週刊プレイボーイ』のウェブサイトに掲載されるなど幅広い関心を集めている。今年に入ってからも年初に朝日新聞の「言論特集」に掲載され、さらに海外での出版も検討されているなど注目の一冊だ。

本書の著者である堀内進之介は、政治社会学者として現代社会について考察を行いながらも、ここで見られる意志と感情の動きについて大手電機メーカー「NEC」のAIの関連サービスのコンサルタントを手がけるなど、その活動に関心が集まっている。氏の述べる「今一度、感情の影響について考えるべき理由」とは何なのか。

『感情で釣られる人々 なぜ理性は負け続けるのか』表紙
『感情で釣られる人々 なぜ理性は負け続けるのか』表紙(Amazonで見る

理性が感情に負けてしまう例を日常のなかから考える

新しい年が明けて1年の抱負を立てる、というのは私たちにとって馴染み深い習慣だ。例えば、「貯金をしよう」「早寝早起きをしよう」「ダイエットをしよう」などといった目標を立てたとする。しかし多くの人にとって、これらのシンプルな目標でさえも、1年を通して維持し続けるのは簡単なことではない。その理由を意志の弱さや怠惰な性格に求める人もいるかもしれないが、そもそも人間の理性は、私たちが思っている以上に頼りないものだとしたらどうだろうか?

堀内は本書のなかで、理性的であるためには「理性的であろうとする意志」が必要であると述べている。そしてそのうえで、私たちの意志の力は無限ではないと説く。意志の力には限りがあるということを説明するにあたって、Apple社の共同創業者スティーブ・ジョブズの逸話が紹介されている。彼は生前、毎日同じ服装で生活していたと知られる。つまり、同じ服装をすることによって、毎朝どんな服を着るか決めるための意志を働かせる必要性を削減していたのだ。

情報の洪水に呑まれ、疲弊している現代人

毎朝着る服を決めるというような日常の些細なことでも、私たちの意志の力は奪われている。となると、インターネットやSNSの登場によって情報量が増加していると言われる昨今、その情報を処理するために奪われる意志の力は一昔前とは比べものにならないはずだ。そしてその結果、現代人は疲弊し、物事を理性的に考えることが困難になり、感情的な行動や判断に走りがちになっていると著者は指摘する。

例えば、ネット上で「炎上」が絶えず繰り返されていることや、ネットニュースにおいて記事のタイトルだけが一人歩きしてしまうこと、「感動」や共感によってシェア数を稼ぐウェブ広告が数多く存在する現在の状況は、人々が理性ではなく、感情によって動かされている一つの証明と言えるのかもしれない。

著者の堀内にインタビューを行った際(情報に疲れた僕らの過ち 「炎上」や「やりがい搾取」の要因とは)、彼はこうした状況——理性的なメッセージや説明ではなく、直観的に判断できるもの、感情的にわかりやすいものばかりに人々の注意が向く傾向に危険が潜んでいると語ってくれた。

堀内:今の時代においての「わかりやすい」というのは、「意味がとりやすい」ということではなく「考える手間が省かれている」という意味になっている。でも何でもかんでも手間を減らせばいいわけではない。意志の負担を免除しようというのは、心地よさや気持ちよさにもつながるわけでもある。だから、感情に釣られて、理性的に判断するのをやめてしまう。それがまずいということすら自覚できないようにもなっている。それは大変な問題ではないかと思います。

「画期的な処方箋はないが改善はできる」

では物事をよく吟味して、理性的に生活するためにはどうすればよいのだろうか。「冷静になって考えよう」と言えばそれまでだが、このメッセージでは現状を改善することはできないと著者は述べる。そこで提唱されるのが「NUDGE」というより実践的でライフハック的なアプローチだ。姜尚中と宮台真司を招いて行われた、先述のトークイベントで堀内は以下のように発言している。

堀内:私たちは毎日忙しく、雑務に追われています。その全てを常に把握しておくことはとてもしんどい。だったら外に吐き出してしまえば、自分をスマートにできるよ、という発想なのです。例えば、明日絶対に忘れてはいけない書類があったなら、書類は玄関に置いておけばいいと考えます。そうすれば書類を持っていくことを覚えておかなくて済む。負荷を減らせば、消耗せずに済んだリソースで、代りに何かができるかもしれない。

感情に釣られてしまう状況に対して、「画期的な処方箋はない」ということを著者は強調していた。それは日々の小さな工夫が生活を改善するのだということでもあり、何でも「こうすべきだ」という「命令」を望んでしまう現代人の体質を鋭く批判する結論でもある。そして前述のイベントではこのように結んでいた。

堀内:あなた自身のことは、きっとあなたが一番よく知っている。ささやかなきっかけさえあれば、誰かに命令されなくても、きっと自分自身のことを一番よく見ることができる、ということです。自分で考え始めるための手続き、些細なことでも自ら決めて始められるという確信が、大事ではないかと思っているのです。

貯金や早寝早起きといった小さな目標でも、達成するためには自らを律することが少なからず必要だ。感情に流されず、理性を少し意識することが私たちの生活をより豊かにする。そのためのヒントが本書には隠されているように思う。

書籍情報

『感情で釣られる人々 なぜ理性は負け続けるのか』
『感情で釣られる人々 なぜ理性は負け続けるのか』

2016年7月発売
著者:堀内進之介
価格:821円(税込)
発行:集英社

プロフィール

堀内 進之介(ほりうち しんのすけ)

1977年生まれ。政治社会学者。現代位相研究所・首席研究員。青山学院大学大学院非常勤講師。朝日カルチャーセンター講師。専門は、政治社会学・批判的社会理論。NECに対し、次世代情報プラットフォームの開発に関するコンサルティングを行い、さらにラジオのコメンテーターに起用が決まっているなど幅広く活動中。単著に『知と情意の政治学』、共著に『人生を危険にさらせ!』、『悪という希望―「生そのもの」のための政治社会学』など多数。2016年7月、『感情で釣られる人々 なぜ理性は負け続けるのか』を刊行。毎日新聞や週刊読書人などで取り上げられ、大きな注目を集めた。

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