人口約20人の小さな村で暮らす高木正勝、「見えるもの」の発見

テクノロジーを用いて生命の秘密を探求し、それを医療の現場に役立ててきた企業による、とてもユニークな音楽プロジェクトがあるのをご存知だろうか? その名も、『10 SOUNDS OF LIFE SCIENCE』。生物の性質を活かして生活に応用する「バイオテクノロジー」の分野で挑戦的な試みを続けてきた、研究開発型ライフサイエンス企業「協和発酵キリン株式会社」のウェブプロジェクトだ。進行形の医療の発想と音楽の創造との間にある、未知のつながりを探るかのようなこの刺激的な試みの第9弾の成果として、2月27日より、映像作家・音楽家である高木正勝の楽曲“Cosmos Piano - for 10 SOUNDS OF LIFE SCIENCE Ver.”が公開されている。

現在、山に囲まれた人口約20人の小さな村で暮らす高木。生まれ故郷の新興住宅地を離れやってきた、その土地で彼が感じる「旅先」のような感覚とはどのようなものか。そしてそこに見出される、彼の音楽観と先端医療の共通性とは?

山奥に引っ越した音楽家と、耳慣れない「抗体医薬」の意外な共通点

協和発酵キリン株式会社によるウェブコンテンツ『10 SOUNDS OF LIFE SCIENCE』の内容は、シンプルだがとても贅沢。同社のコンセプトを10個の言葉で表現し、10組のミュージシャンにその言葉を基にした楽曲を制作してもらうというものである。ディレクションと参加ミュージシャンのキュレーションを務めたのは、artless Inc.の川上シュン。「バイオテクノロジー」をキーワードとして2014年10月15日に配信が開始された渋谷慶一郎の “Heavenly Puss - for 10 SOUNDS OF LIFE SCIENCE Ver.”を皮切りに、これまでJEMAPUR、DJ KAWASAKI、Open Reel Ensemble、i-depなど個性豊かな顔ぶれが楽曲を発表してきた。

左から:川上シュン(artless)、高木正勝
左から:川上シュン(artless)、高木正勝

企業のブランディング、それも一般の人々には馴染みが薄いバイオテクノロジーという分野の企業PRに、音楽という抽象性の高い表現媒体をあえて選んだ点が興味を引くのだが、そんな同プロジェクトの第9弾として、映像作家・音楽家の高木正勝による楽曲“Cosmos Piano - for 10 SOUNDS OF LIFE SCIENCE Ver.”と、制作を終えた彼へのインタビュー動画が公開されている。

音楽家としての音源発表はもちろん、アート分野でのビデオインスタレーションの制作、『おおかみこどもの雨と雪』(細田守監督、2013)やONWARD「組曲」などをはじめとする映画やCMへの楽曲提供など、多岐にわたる活動を展開してきた彼に今回与えられたキーワードは「抗体医薬」。人体の複雑な免疫システムを中心で支える抗体の働きに着目し、それを疾病治療に活かす注目の単語だが、一見して高木のイメージとはほど遠い。しかし両者には、実は身の周りの物事への感応力=解像度を高め、それを生活の豊かさにつなげようとする態度の共通性が見え隠れする。

「東京」でも「地方」でもない日本の大部分「新興住宅地」からの発見

ファンにとっては周知のことであるが、高木は現在、兵庫県の山間にある小さな村で毎日を送っている。震災以降の自身の意識の変化に忠実に、2013年夏に現在の住まいに越して以降、窓の外に山々の尾根が広がり、自然の存在が間近に感じられるその場所で、音楽を作り、初学者として畑を耕し、多くは高齢者である近隣の人々と交流してきた。その生活のスケッチは、2014年11月に発表した2年ぶりの音源『かがやき』にも収められている。


高木はもともと、生まれ故郷でもある京都の亀岡市にスタジオを構えていた。そのため、従来から東京中心の音楽シーンとは距離を保っているミュージシャンとの印象が共有されていたのだが、「東京」対「地方」という構図からは見落とされてしまう土地の差異こそ、彼の近年の発見や驚きにとっては重要だったのだろう。亀岡という「新興住宅地」にはなかった「旅先」でのような鋭敏な感覚が、新たな環境では感じられたからだ。

一般的には暖色のイメージが強い秋の色は「白」だった。自然の中に身をおくことで発見した現象

彼の口を通して伝えられるその土地の光景は、まるでチューブから搾り出されたばかりの絵の具のように鮮やかである。村で体験した初めての春は味わったことのない幸福感に満ちており、一般的には暖色のイメージが強い秋の色が実は「白」であることも知った。移住後に始めた農業経験では、自然の浄化作用を目の当たりにしたこともあったという。

高木:自分で畑をやっているのですが、その隅っこに、いつもなら使わない肥料を置いたことがあったんです。そしたらその場所だけに、急に虫などがワーッと大量に出て。しばらくしたら何事もなかったかのように静かになったのですが、その肥料もなくなっていた。その光景を見たとき、こうした現象って、「本来ならばない状態」をゼロに戻そうとするような、自然に備わったシステムなんじゃないかって思ったんです。

高木正勝

高木正勝と畑

面白いのは、弊媒体で2014年10月に行ったインタビューの際に彼が話してくれた、人の気配のエピソードだ。住民が20人ほどしかいないその村では、たった1人の人間がいなくなっただけでも、村の雰囲気が変わり、そこに1つの不在感が実感できるという。高木が「旅先での感覚」と呼ぶ心のあり方は、それまでは見えていなかった、こうした自然や人、ひいては世界の微細な変化に対する発見と喜びの別名であるとも思える。そして彼にとって何より重要なのは、この感覚の鋭敏化そのものであって、都市と自然の対立の安易な強調でないことは言うまでもない(実際彼は上記インタビューの中で、郊外化の広がりによる都市の消滅に対しても「残念」と語っている)。

「見えないもの」にすがるよりも、「見ようとする」ことに重きを置く

ところで高木の発言からにじみ出る、感覚の高解像度化への志向とは、彼の本職である音楽にはどのように関わってくるのだろう? 今回公開されたインタビュー動画には、ピアノや民族楽器、自作楽器が並ぶスタジオで、彼が「倍音」を説明する姿が映されている。


倍音とは、1つの音(たとえば「ド」)の中に含まれている異なる周波数の音の成分のことであり、和音の基礎を成すものである。ふつう、人は1つの音を1つの音としてのみ認識してしまうが、実はその中には粒子のように細かないくつもの成分が詰まっており、聴く者の聴取体験に影響を与えている。そして、演奏者としてはむしろ、空気中に漂うその複数の波の存在を探求しながら演奏を行っているのだと、高木は語る。

これは同時に、約60兆個もの細胞からなる人体を極微的なまなざしで解析し、そこにあるわずかだが根本的な分子の働きを取り出そうとする「抗体医薬」という言葉を聞いた際の、彼の頭に浮かんだイメージの説明にもなっているのだろう。重要なのは、普段の認識からは取りこぼされてしまうが、そこにたしかにあるものの存在を知ることだ。

高木:最近はみんな「見えないもの」に重きを置いて、それにすがっているように感じます。だけど僕は逆に、見ようとすればすべて見えるんじゃないかと思っているんです。倍音の話にしてもそう。それは実際に、現象としてそこにあるし、昔の人にはそのことが見えたからこそ、ピアノなどの楽器が生まれた。僕はそれに、ここへ越してから気が付きましたし、たぶん、気が付きたくて越したんだと思う。

左から:川上シュン(artless)、高木正勝

自然と人間の間をとりもつ、現在進行形の感性のあり方

土の上に起こった自然のささやかな抵抗、村の空気を一変させてしまう1人の人間の不在感、そして、叩けば響く1つの音の中に広がる無数の波。結果、“Cosmos Piano - for 10 SOUNDS OF LIFE SCIENCE Ver.”は、気流のような電子音の漂いの中にピアノの粒子が浮かんでは溶け込んでいく、とても美しい楽曲に仕上がった。

高木正勝

高木だけではなく、サイエンス企業による一見すると変わった今回の試みは、その参加者たるミュージシャンたちに意外なほど自然に受け入れられていると思える。たとえば、先にも挙げた第1弾の楽曲発表者である渋谷慶一郎は、インタビューの中で、テクノロジーの進化に伴って扱えるデータ量が膨大に増えたこと、そこにエディットの可能性の変化があることを語り、実は人の感情に影響を与えるこうしたミクロな音への介入は、医療の現在とも通ずる部分があると指摘する。語り口こそ違うが、そこに倍音や村での生活を語る高木の意図と相似形の何かを感じることは、不自然ではないだろう。

いつもは意識しない=見えないけれどある、世界の肌理。その場所に、研ぎ澄まされた手や耳を入れようとする、分野を超えた人々の存在。『10 SOUNDS OF LIFE SCIENCE』は一企業の試みに留まらない、現在進行形の感性の姿をあぶり出している。

リリース情報
『10 SOUNDS OF LIFE SCIENCE』

参加アーティスト:
渋谷慶一郎
no.9
STUDIO APARTMENT
JEMAPUR
DJ KAWASAKI
blanc.
Open Reel Ensemble
i-dep
高木正勝
蓮沼執太+コトリンゴ

プロフィール
高木正勝 (たかぎ まさかつ)

1979年生まれ、京都出身。2013年より兵庫県在住。山深い谷間にて。長く親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像、両方を手掛ける作家。美術館での展覧会や世界各地でのコンサートなど、分野に限定されない多様な活動を展開している。『おおかみこどもの雨と雪』やスタジオジブリを描いた『夢と狂気の王国』の映画音楽をはじめ、コラボレーションも多数。

川上シュン(かわかみ しゅん)

1977年、東京都江東区深川生まれ。artless Inc. 代表。アートとデザインを基軸に、ブランディング、デザインコンサルティング、企業やブランドロゴ、映像、そして、建築まで、多様な専門知識や経験を持つスペシャリストと共に、ジャンルやカテゴリーに縛られない活動を続けている。ポンピドゥー・センター(パリ)、ルーブル宮内フランス国立装飾美術館、ミラノサローネ、TENT LONDON、BODW(香港)等、国内外でのフェスティバルやエキシビション、そして、カンファレンスにも多数参加し、グローバルな活躍が目覚ましい。



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