長岡亮介と巡る『隈研吾展』 ネコに教わる「心地よさ」のヒント

「話題の国立競技場を設計した、現代を代表する建築家の展覧会」。

そんなイメージで会場を訪れると、意表を突かれるかもしれない。東京国立近代美術館で開催中の『隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則』は、そのタイトル通り、コロナ後の公共空間のあり方を、街をうろつく半ノラのネコの生態に尋ねる、一風変わった視点を持つ建築展だ。

会場は大きく二つに分かれ、ネコのリサーチに基づく都市への提案があると同時に、「孔」「粒子」「斜め」「やわらかい」「時間」という5つのキーワードを切り口に、隈研吾のこれまでの仕事が紹介されている。全体に感じられるのは、環境から自立した「普遍的なハコ」を作るという近代の建築観を更新しようとする、隈の挑戦の軌跡だ。

今回はそんな展覧会を、バンド「ペトロールズ」のメンバーであり、椎名林檎や星野源のサポートでも知られるギタリストの長岡亮介さんと回った。じつは大学で建築を学んでいた長岡さん。人が心地よく感じる建築や音楽とはどんなものか? 普段はあまり語る機会のない話について、隈建築を入口に語ってもらった。

ネコの行動分析を通して、一般の建築史から脱却する「心地よさ」を学ぶ

「建築は勉強しましたけど、全部忘れちゃいました。お役に立てるかどうか……」

集合すると、さっそくそう苦笑する長岡さん。もともと大学では絵を学びたかったが、次第に絵のある空間に興味を持ち建築学科に進学。1990年代後半に学生時代を過ごした。謙遜しているものの、話し始めると、妹島和世や坂茂といった建築家の名前がごく自然に飛び出す。隈研吾の建築も大学で勉強しており、今回の取材を楽しみにしてくれていたという。

長岡亮介(ながおか りょうすけ)
神出鬼没の音楽家。ギタリストとしての活動の他に楽曲提供、プロデュースなど活動は多岐にわたる。「ペトロールズ」の歌とギター担当。黒沢清監督『スパイの妻』の音楽を担当。「浮雲」名義で東京事変のギタリストも務める。

この日、会場を案内してくれたのは、隈研吾建築都市設計事務所の主任技師、田野口紘大さん。まず向かったのは、『東京計画2020(ニャンニャン):ネコちゃん建築の5656(ゴロゴロ)原則』というプロジェクトが紹介されている一角だ。

この意外なプロジェクトは、前回の東京オリンピックの3年前、1961年に建築家の丹下健三が発表した東京の改革案「東京計画1960」に現代から応答したものだ。高度経済成長期の真っ只中、丹下は計画のなかで、東京湾に海上都市を作るといった大規模な案を構想している。この巨視的な計画に対して、隈はより地面に近い目線、より身体的な部分から都市を考えようとした。そこで注目したのが、神楽坂にいる半ノラのネコだった。

トンちゃんとスンちゃん

隈たちは、トンちゃんとスンちゃんという二匹のネコにGPSを付けさせてもらい、専門家の協力も得ながら、その生態をリサーチ。会場にはその結果として、デザイン・イノベーション・ファーム「Takram」と協働して製作された、ネコと都市との関わり方を示すCGや模型などが展示されている。これが、とても面白い。

隈研吾×Takram『東京計画2020:ネコちゃん建築の5656原則』2020年

ある映像では、現実の神楽坂にいるときのネコの反応と、同じ風景のさまざまな部分の素材を変えた場合の反応の違いが比較される。たとえば、ネコはツルツルのフェンスの横は通り過ぎるが、これをザラザラの素材に変えると身体を擦りつける。壁もコンクリートだと素通りだが、木製だとよじ登ることができる。素材によって、環境への能動性が変わるのだ。

べつの一角では、建物の上の、室外機が置かれた何でもない空間における、ネコの振る舞いがプロジェクションマッピングで映されている。あたりをウロウロしたネコは、最終的に狭い雨どいのなかにスッポリと身を収める。

隈研吾×Takram『東京計画2020:ネコちゃん建築の5656原則』2020年

田野口:高度経済成長期の建築観では、空間は広ければ広いほど豊かだとされてきました。しかし、どうやらネコは自分の身体が収まる狭い空間に安心を感じるようです。

長岡:ル・コルビュジエの小屋(『カップ・マルタンの休暇小屋』)を思い出しました。あの建物も狭いですが、コルビュジエはそこに心地よさを感じていたんじゃないか。大きければいいというものではない。「ちょうどいいこと」の心地よさってありますよね。

さらに進むと、ネコがどのように街を散歩しているのか、その軌跡を立体的に起こした模型も登場する。人による空間の区分けなど完全に無視して、塀の上や隙間をクネクネ、フラフラと進むネコの動線は、街に向き合う人の身体性も刺激する。

「街にこんな複雑な高低差があるんですね。ネコを通した眼差しの変化がとても面白いです」と長岡さん。

田野口:いろいろと見えてきますよね。20世紀にはハコ(建物)のなかで暮らし、働くことが安全で効率的とされてきました。しかしコロナ禍で密閉空間に収まっていることの危険性を多くの人が感じ、公園のような外の広い空間に飛び出した。隈自身も自粛期間にあらためてハコの外にある公共空間の情報量に気付いたそうです。その経験が、ネコのリサーチにつながりました。

「これからの社会では、人間にとってだけ心地よい街ではなく、動物にも優しい街を作らないといけない」と田野口さん。そうした視点で作られた街は、翻って人間にとってもよい環境であるという考えが隈にはあるという。

これを聞いた長岡さんは、一連のネコの展示に感じたものを、「生き物として建築や都市と関わることの大切さ」だと語る。

長岡:頭ではなくて、生理的な部分が大事なんだな、と。最近の都市空間には人間の身の丈から離れすぎてしまったものも多い気がするんです。このネコのプロジェクトには、人から離れてしまった建築を、自分のもとに引き戻すようなイメージを持ちました。もう一度、空間の手触りを感じるための空間というのかな。

たとえば、ただ太い道を「歩いて」と言われても歩きたくないけど、入り組んだ獣道は歩いてみたい。ものづくりにとっても、そういう感覚を持つことはこれからすごく大事だと思います。

「新しいものをどんどんつくり、古いものを壊す」建築の在り方に疑問を投げかける『国立競技場』

続いて、別の会場の入り口へ。ここで鑑賞者を迎えるのが、壁一面に並んだ『国立競技場』の設計模型や写真群だ。一度決定したザハ・ハディドの計画案が白紙撤回された経緯もあり、何かと世間の注目を集めてきた建物だが、ネコのリサーチを見たあとでは受ける印象も微妙に変わる。

壁一面に並んだ『国立競技場』のスタディ模型や写真群

『国立競技場』は、小径木というコンパクトな木材の集合体としてつくられている。このあとに続く隈建築のキーワードを紹介する展示のうち、「粒子」のコーナーでも中心的に取り上げられている通り、小径木は隈が盛んに設計に取り入れてきた要素で、その大きさゆえの扱いやすさに特徴がある。大きいスタジアムだが、身近な部材でできているのだ。

木材は47都道府県の杉材を使用(沖縄はリュウキュウマツ)しているが、木目や色合いをあえて統一せず、並べた際の密度にも変化をつけているという。5色の客席がモザイク状に広がる様は、木漏れ日もイメージしている。全体に、生き物にとって心地の良い場所というネコの展示にも見られた視点が、このスタジアムにも生きていることがわかる。

長岡:つつましいスタジアムですよね。着心地がいい服というか、派手じゃないけど毎日着られる服のような寄り添うデザインだなと思います。

もうひとつ、このスタジアムで長岡さんが反応したことがある。それは、木材が乾式という接着剤などを使わない方法で固定されており、経年変化した場合は、交換することもできる仕様になっていること。じつは長岡さん、過去に登場したCINRA.NETの記事で、「建築は環境を破壊する一端でもあると気付き、興味を無くしていった」と話していたのだ(参考記事:ペトロールズ長岡亮介が自転車に乗る理由。日常生活が冒険に変わる )。

長岡:建築は新しいものをどんどん作り、古いものを壊す。それはもったいないし、昔からあるものを使ったほうがいいんじゃないかな、と。とくに僕は日本建築史を勉強して古い建物のすごさを感じていたので、余計そう思うんです。その意味で、地域の素材や技術を使う近年の隈さんの方向性には興味があったし、このスタジアムもメンテナンスのことが考えられているというのは素晴らしいなと感じました。

5つのキーワードに沿って隈研吾の建築を紹介。最初のエリアでは「孔」に注目

この先の会場では、5つのキーワードに沿って隈の建築が紹介されている。最初に登場するのは、「孔(あな)」だ。

田野口:たとえば栃木県の『ちょっ蔵広場』では、換気がよくて水をよく吸う、地元の大谷石という多孔質な石材を使っています。ここでは、こうした素材自体に孔が多いものから、洞窟のような空間まで、何かと何かをつなぐ仕掛けを持った建築が紹介されています。

そのなかで、大谷石の採石場にも行ったことがあるという長岡さんが関心を示したのが、栃木県にある『那珂川町馬頭広重美術館』だ。

『那珂川町馬頭広重美術館』2000年

田野口:この建物は街と里山の中間点に建っています。その関係を閉じないために、両者をつなぐ「広重街道」というアプローチ、つまり孔がデザインされました。また、屋根も2.5寸勾配という緩やかな勾配となっていて、大地とつながるように見せています。

長岡:これ、すごくいいですよね。山からこう、連続するようになっている。僕、こういう低くて開放的な建築が好きなんです。沖縄の古い民家もそうですよね。建物が風景に対抗しているのではなくて、つながっているような。好きな建物ですね。

孔は風景だけでなく、人同士の触媒にもなる。今展では、注目のアーティストや映像作家が隈建築を独自の視点で捉えた映像作品も並ぶ。

その一人、藤井光は新潟県長岡市の、庁舎や議場など複数の機能を持つ『アオーレ長岡』を撮影した。この建物では事務棟、議会棟など三つの建物を囲む広場に屋根をかけ、市民が行き交う一種の孔とした。藤井は100人ほどの参加者を集め、広場を含む建物を使う人々の普段の姿を写した。

『アオーレ長岡』2012年

長岡:市民の方が建物をどう使っているかが映されていて、身近に感じます。建物は洒落ているけど、訪れる人たちにとっては生活の一部。それでいい。建物が日常のなかで使われていることがわかりますよね。ギターでも何でも、映像の写りが良いものと、実際に触れたときにいいものは違う。普段使いでもカッコいいものが、本当にカッコいいもののような気がします。

『アオーレ長岡』2012

一方、スコットランドの『V&Aダンディー』を実験的なタイムラプス映像で映したのは、アイルランドのユニット、マクローリン兄弟だ。この建物には、横を流れる川と市の中心軸とをつなぐように、大きな通路が穿たれる。それは都市と自然を結ぶ孔であり、映像は壁の石の表面や設計のヒントになった崖など、建物の諸要素を大胆に連続して見せる。

『V&Aダンディー』2018年

長岡:この通路は鳥居も参照しているんですね。孔って不思議で、それ自体は何もない空間だけど、それがあることで意識が集中する。孔がなかったら意識しないものが、孔があると強くつながりを感じるみたいなことがある。ずっと見ていられる映像ですね。

「あのスタバ」も紹介する「粒子」エリア。音楽史との共通点も?

次の隈建築のキーワードは、「粒子」だ。ネコがツルツルよりもザラザラした表面を好んだように、建築の質感を細かな要素の集合体として粒子化することは、人や生物が環境と親しい関係を築くうえで重要なことだと、隈は考える。そこで隈が多用するのが、『国立競技場』のデザインにも導入された小径木というコンパクトな木材。木材1本1本を粒子に見立て、粒子が集まって全体を形づくるというコンセプトだ。

『サニーヒルズジャパン』2013年 モックアップの前で

このパートでは、一般的な人気も高い福岡県太宰府市の『スターバックスコーヒー太宰府天満宮表参道店』をはじめとして、こうした小さな木を利用した建築が多く展示されている。なかでも長岡さんが気になっていたのは、高知県梼原町の『梼原 木橋ミュージアム』だ。

『梼原 木橋ミュージアム』2010年

長岡:この脚の部分には社寺建築のような雰囲気がありますね。身近な感じがします。

田野口:こちらは、アジアの木造建築でよく使われる「斗供」という組み方を応用しています。木を十字に組んでいき、「やじろべえ」みたいな構造にしています。この建物のテーマは小径木という人が扱えるサイズの木材を使うこと。人が運べるサイズの木材でできていて、大型の重機など使わなくても、地元の工務店さんとかでも建てられる設計なんです。

過去にバンド経験もあるという田野口さん。こうした粒子化の意味を、「音楽の主題も、昔は聖歌など限られた人々のためのものだったのが、どんどん民主化してロックなどが生まれましたよね。そこに、建築の粒子化と似た発想を見ることもできるかもしれません」と話す。

ここでふと、長岡さんから「隈さんにはRCの時代はあるんですか?」との質問が。RCとは鉄筋コンクリート造のこと。長岡さんは、隈がいつから木材やローカルな技術に注目するようになったのか、気になったそうだ。

田野口:あまり知られていませんが、初期の頃にはRCも結構あるんです。いまも、ケースバイケースでRC構造を使う場合もあります。でも、全体としてなぜ木材や地域の方に目を向けたかといえば、隈にはバブルがはじけた後、しばらく東京で仕事がなかった時期があって。そうしたなかで、地方の職人さんといっしょに仕事をする機会があり、素材の楽しさやそれぞれの地域とのコラボレーションの面白さに気がついたそうです。

長岡:現場に立ち返るじゃないけど、ブランクからいまのスタイルが出てきたんですね。

田野口:とくに、さきほどの高知県梼原町での経験は大きかったようです。いまでも現場が好きというのはすごく感じますね。職人さんからいろんなことを教わったと聞きます。

隈研吾が一見脆そうな素材を多用するのはなぜ? 「やわらかさ」の根底にある考え方

素材や昔ながらの技術への関心は、次のキーワード「やわらかい」で紹介される、新潟県柏崎市高柳の『高柳町 陽の楽家』などにも見られる。

田野口:この建物は、外壁や内装の大部分が和紙で作られています。和紙にこんにゃくを混ぜると強度が上がるというのを地元の和紙職人に教えてもらって、嬉しかったそうです。

『小松マテーレ ファブリック・ラボラトリー fa-bo』2015年

一方、 石川県の『小松マテーレ ファブリック・ラボラトリー fa-bo』では、繊維会社のオフィスビルの耐震補強工事に、カーボンファイバーを使用した。この素材はもともと柔軟性に欠けていたが、地元の「組み紐」という技術を使って、柔らかく、かつ鉄の7倍とも言われる強度を獲得した。これと同じカーボンファイバーの技術は、国立競技場で使用されるランプシェードにも使われている。

「やわらかい」パートの展示台は小松マテーレとの協働で作られた

この「やわらかい」のパートにはほかにも、『方丈記』で知られる鴨長明の没後800年を記念して制作された、折り畳みと持ち運びが可能な京都の『800年後の方丈庵』や、採光のために屋根をテフロン膜で大胆に覆った東京の『高輪ゲートウェイ駅』などが紹介されている。

『800年後の方丈庵』2012年

ところで、周囲との間に境界を作るものとのイメージも強い建築の世界で、隈がこうした一見脆くも思える素材を多用するのはなぜなのだろうか。

田野口:本人のなかでつながっているかはわからないのですが、隈は子ども時代、畳に砂が入ってくるような神奈川県大倉山の家で過ごしたそうです。本人はその質感が好きだったのですが、友達の家に行くとピカピカのフローリングで、ギャップを感じていたとか。もしかすると、そうした体験も柔らかさにこだわる出発点なのかもしれません。

長岡:隈さんの建築には、孔や粒子もそうだけど、環境との境界をしっかり作るというより緩やかにする、つなげるという考え方が基本的にある気がしますよね。

隈研吾の「負ける建築」と長岡のギタープレイの共通点とは。「間や空間との関係を楽しむ気持ち」

展覧会も終わりに近づいてきた。続く「斜め」のパートでは、建物の傾きや勾配、内部空間をスライスするような吹き抜けなどによって、水平や垂直では出せない効果を生んでいる建築群が紹介されている。

東京・表参道の『根津美術館』では、斜めに大きく張り出した庇の下のアプローチが、来館者を外の喧騒から別世界へ導く入口となる。一方、富山市の『TOYAMAキラリ』は、珍しい斜めに走る吹き抜けによって、各階にある美術館や図書館、銀行などの利用者が、別の階の利用者の存在を感じられる空間に。

「しかも、これでもかというくらい吹き抜けの斜めを強調するこの断面の木(笑)。ここ、気持ちよさそうですね」と長岡さん。

『TOYAMAキラリ』2015年

傾斜は、人工物である建築と地形を馴染ませる役割も果たす。昨年オープンした埼玉県所沢市の『角川武蔵野ミュージアム』では、膨大な石材を使い、武蔵野のフラットな大地から隆起したような建物が生まれた。田野口さんが担当する神奈川の『MURASAKI PENGUIN PROJECT』では、周囲の擁壁と調和するように、託児所という機能から導かれた積み木をイメージした鋭角なデザインが採用されている。

『角川武蔵野ミュージアム』2020年

外からの力を受け入れる「負ける建築」という言葉でも知られる隈。こうした周囲の環境との向き合い方は、音圧で空間を制するのとは対照的な、豊かな余白を持ち、空間との境界を楽しむような長岡さんのギタープレイにもつながるのではないか。

長岡:そんな、おこがましいですけど……。でも、間とか、空間との関係を楽しむとか、そういう気持ちはあります。僕の音のイメージは、面じゃなくて点という感じ。空間に音楽がバーンとあるのではなくて、静かな空間に何かの音が聞こえるときや、その音が消えるときこそ、ぐっと惹かれたり、湧き上がるものがあったりするんじゃないかなと思っています。いまは曲の構成として、次々にいろんな音を出す音楽も多くて、それはそれで悪くはないんですが、僕は疲れるので、できないんですよね。

そんな環境と建築のナチュラルな関係を感じさせてくれるのが、このパートの最後に展示されている、写真家 / 映像作家の瀧本幹也の映像だ。瀧本は、さきほども言及のあった隈にとっての欠かせない土地、高知県梼原町の風景と隈建築を、モノクロの映像で静かに描写していく。音楽は坂本龍一。長岡さんも、5分間近く映像を真剣に見つめていた。

建物も新陳代謝していく。隈研吾が考える「時間」と建築のあり方

いよいよ最後のキーワードである「時間」のパートへ。ここでは廃品を活用した建築や古い建物を改修したものなど、時の流れや古さに対する隈の考えを示す作品が並んでいる。

『てっちゃん』2014年

そのコーナーの冒頭で長岡さんが驚いていたのが、三鷹の『ハモニカ横丁 ミタカ』や吉祥寺の『てっちゃん』のような、居酒屋の改修の仕事だ。

「こういう小さい案件もやられているんですね」と長岡さん。これらの建物では、前者では自転車のタイヤのホイール、後者ではLANケーブルの廃品が部材として使われている。『てっちゃん』には長岡さんも訪れたことがあるといい、隈建築と知らずにその強烈な空間を記憶していたそうだ。

中国の『北京 前門』では、スラム化が進んだ伝統的な街区を再生するため、古いレンガのファサードに穴を空け、アルミの装飾を付け足している。

『北京 前門』2016年

田野口:今回の展覧会でたびたび言及されているアメリカのジャーナリスト、ジェイン・ジェイコブズ(1960年代にモダニズムにもとづくニューヨークの都市計画を批判する運動を展開し、1961年に刊行された『アメリカ大都市の死と生』などの著書はその後の都市論に大きな影響を与えた)が定義する良い街の条件のひとつに「古いものと新しいものがミックスされていること」というものがありますが、この北京の物件はまさにそれをやっているんです。

一方、東京の晴海エリアに設置された『CLT PARK HARUMI』という仮設的なパヴィリオン建築では、交錯させることで建築にも使える強度を獲得したCLTという木材を活用。最終的にバラして、木材の産地である岡山県に運ぶことを念頭にした設計を行なった。

『CLT PARK HARUMI』2019年

長岡:ずっとその場所に残すという、従来の建築の目的とは違う建物なんですね。

田野口:そうですね。ここでは都市と地方のつながりも念頭に置かれています。岡山は日本の木材の重要な産地なんですね。その現地の会社と協力して、東京オリンピックの選手村があるエリアに実験的な建物を作り、最終的に里に返して新しい役割を与えられる。ずっと同じ場所にあるのでなく、移動することで新しく生まれる価値もあると考えています。

長岡:移動して、「おかえり」ってなる建築も珍しくて面白いですね。人間が生まれ変わるのと同じように、建物も新陳代謝をしていくという考え方は大切だと思います。

スノーピークとのコラボレーションによるトレーラーハウス『住箱』2016年

展覧会を回り終えた長岡亮介と語る。心地いい場所ってなんだろう?

展覧会を回り終えた長岡さんに、全体を振り返っての感想を聞いた。

長岡:ネコから学ぶというのが象徴的でした。ネコは本能や身体の反応で動く。人間もその部分をもっと大切にすべきで、そこに尽きるのかなと思いました。人は目先のものやステータスに引っ張られがちですが、身体という原点に立ち返ることが重要なんだな、と。

そうした身体が反応したくなる建築のためには、建築が空間に屹立しているのではなく、馴染んだ状態があることが大事。「時間」のコーナーに、ネコはボロい物が大好きだと書かれていましたが、あれはそういうことですよね。隈さんの言葉の反対で言えば、その場にじっと微動だにせずにいる「勝つ建築」は、もうそろそろ難しいでしょう? だったら呼吸するように建物がある方がいい。俺はそう思っちゃうなあ。

もうひとつ、長岡さんに聞いてみたかったことがある。

今回の展覧会のテーマである「公共性」を、隈は「人が集まる場所」とも表現している。建築も音楽も多くの人が協力してつくられるものだが、長岡さんは数々のミュージシャンの作品にギタリストとして参加してきた。その意味で、長岡さんも「人が集まる場所」のスペシャリストでもある。長岡さんにとって、多くの人が集まりたくなり、自由に創造活動ができる場所とはどんな場所なのか?

長岡:うわ、難しい質問だなあ……。でも、制作の現場であれば、みんながみんなを認めることだと思います。それが一番ストレスのない環境でしょうね。主張ばっかりしている人がいてもダメだし、それぞれのバランスが取れていることが大事。そのなかで僕は、それこそ人にスッと馴染む「孔」みたいな役割を期待されているかもしれません。

田野口さんによると、隈自身にも、「会うまでは緊張するけど、実際に会うと人にスッと馴染むようなところがある」という。

長岡:そういう人だからこういう作品を生み出せるんでしょうね。居心地がいい場所という話とつなげると、音楽は何かを与えてもらえる場所だと思っている人が多いと思うんですよ。そこにいたら好きなものを向こうからバーッと与えてくれるものだ、と。そうした音楽もいいけれど、僕は人がそれぞれ自分で関わり方を見つけられる音楽をやりたいんです。

それはさっきのネコの話ともつながっていて、ネコが環境の微妙なあり方で関わり方を見つけるように、僕がやりたい音楽は「この照明があるからすごい」とか、「この壁紙だからすごい」とか、そういうものではなくて、「この窪みいいね」とか、「この場所、なぜか落ち着く」とか、そういう音楽なんです。見る人によってはただのハコなのに、なぜか心地よい音楽。そういうものを作りたいですね。

それは、これまで見てきたさまざまな細かい工夫や素材の選択によって、隈が自身の建築に与えたいと思ったものとも響き合う感覚ではないだろうか。

人が関わりたくなる心地よい場所とは何か。その場所を作るために、必要なものは何か。そうしたことを考えるヒントが、この展覧会にはたくさんあるはずだ。

イベント情報
『隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則』

2021年6月18日(金)~9月26日(日)

会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館
時間:10:00~17:00
(金曜日と土曜日は開館時間を延長)
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜、8月10日、9月21日(ただし7月26日、8月2日、9日、30日、9月20日は開館)
料金:一般1,300円 大学生800円
※高校生以下および18歳未満、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料

プロフィール
長岡亮介 (ながおか りょうすけ)

神出鬼没の音楽家。ギタリストとしての活動の他に楽曲提供、プロデュースなど活動は多岐にわたる。「ペトロールズ」の歌とギター担当。黒沢清監督「スパイの妻」映画音楽を担当。「浮雲」名義で東京事変のギタリストも務める。

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