坂本龍一が想像する、新しい時代のアート、環境、ライフ

現在、個展『ART-ENVIRONMENT-LIFE』を、山口情報芸術センター[YCAM]で開催中の坂本龍一。「アート」「環境」「ライフ」をテーマにした3つの大型インスタレーションの展示を中心として、会期中には能楽とのコラボレーションイベントも行われたが、そこには美術の枠組みを超えて、新しい時代の「アート」「環境」「ライフ(生命、生活)」を考えたいという坂本のビジョンが反映されている。急速に発達した情報技術によって結ばれるSNSなどの新たなコミュニティー、そのなかで生まれる新たな思想。それは、21世紀を生きるための術と思考法を指し示しているかもしれない。スペシャルコンサートとトークイベントのために山口を訪れた坂本に、本展の魅力、これからのアートの姿について聞いた。

今まさにインスタレーションという表現方法に大きな可能性を見い出しつつあるところです。今まで使ってなかった脳の部分が活性化されて、次々とアイデアが浮かんでいる(笑)。

―2013年から今年にかけて、山口情報芸術センター[YCAM]で行なわれた『YCAM10周年記念祭』に、総合アーティスティックディレクターとして坂本さんは携わってこられましたが、その大トリの企画が現在開催中の個展『ART-ENVIRONMENT-LIFE』になります。1年以上に及ぶ長期間のディレクションをされてきて、坂本さんは今回の『10周年記念祭』をどのように振り返ってらっしゃいますか?

坂本:最初にYCAM主任キュレーターの阿部さんから依頼されたとき「なんで僕に頼むのかな?」って思ったんですよ。僕はメディアアートの人ではないし、一般的に音楽家が空間デザインに強いかと問われれば、ちょっと疑問ではある。だけど、とても良い機会を与えてもらったなと思っていて。自分の勉強にもなったし、YCAMや山口の歴史や文化も深く知ることができて、土地との縁が本当に深まりました。

山口情報芸術センター[YCAM]
山口情報芸術センター[YCAM]

―YCAM InterLab(YCAMの研究開発チーム)との協働作品が個展に展示されていますね。また、昨年11月には山口市内にある野田神社でインスタレーションライブも行われました。

坂本:僕がサウンドインスタレーション的なことをやり始めたのが2000〜01年くらい。それ以降、アイデアを思いついたり、展示を依頼されたりする中で発展させてきたのですが、今回の個展では3つのインスタレーション作品を同時に展示するということで、特に集中的に取り組むことができました。この経験は非常に重要で、今まさにインスタレーションという表現方法に大きな可能性を見い出しつつあるところです。今まで使ってなかった脳の部分が活性化されて、次々とアイデアが浮かんでいる(笑)。

―それは楽しみですね。

坂本:インスタレーションを実現するには優秀なスタッフと場所が不可欠で、個人で作り上げていくことはまずできない。ですから、YCAMの優秀なスタッフ、そしてハードウェアもソフトウェアも作れるYCAMの環境にはぜひ今後もご厄介になりたいと思っています(笑)。去年と今年は、たくさん山口に来ましたから「もう当分来なくていいです」って言われたらどうしようと思っているんですけど、ぜひまた呼んでほしいです(笑)。

坂本龍一
坂本龍一

都市型の生活をしながら、自然や宇宙といった世界を知覚させてくれる窓のようなものがテクノロジーだと僕は思っています。

―今回の作品の特徴として、YCAM内のギャラリーだけでなく山口市内、さらに海外にまで広がっていくような空間性があります。たとえば『Forest Symphony』は、札幌、オーストラリアなど世界各地に点在する樹木が発する生体電位を計測・受信し、音に変換してギャラリー内を満たしていました。そういった自然や空間との関わりを、坂本さんはどのように捉えながら今回の展示を作られたのでしょうか?

坂本:メディアテクノロジーを使ったインスタレーションや音楽は、僕にとって自然や宇宙を知覚するための窓なんです。実際にその場に行ければいいんですけど、自然の中に住むっていうのは大変ですし、そもそも宇宙なんてなかなか行けない(笑)。それでもいつも世界を感じていたい、知覚していたい、自然の変化に敏感でいたい、と僕たちは思うわけですよね。都市型の生活をしながら、世界を知覚させてくれる窓のようなものがテクノロジーだと僕は思っています。そして、窓であると同時に庭でもあるのだと思います。

坂本龍一+YCAM InterLab『Forest Symphony』
坂本龍一+YCAM InterLab『Forest Symphony』

―昨日行われた、高谷史郎さん、浅田彰さん、阿部さんとのトークイベントでも「庭」についての言及がありましたね。

坂本:この取材部屋からも小さな庭が見えますよね。僕はよく「庭とは何だろう?」と考えるんです。自然の模倣のようでもあり、1つの創作の様相でもある。しかも、庭の変化というのは自然が勝手に起こしていくもので、作庭家が500年前に構想した木の高さや草の色とはもうとっくに違っているかもしれない。庭もまた、世界を知覚する窓のような存在なのだろうと思います。

―世界各地にはさまざまな形態の庭がありますが、坂本さんが想定されているのは日本の庭でしょうか?

坂本:そうですね。日本の庭は自然っぽくあるけれど、じつは自然そのものではなく巧妙に設えられた人工的なものであり、何世紀にもわたる自然の変化があらかじめ組み込まれた一種のインスタレーションとも言える。その意味では、あらかじめ即興的な要素が組み込まれた芸術である「能」にも近いかもしれません。庭も能も、同じ室町時代に発達して、禅的な要素を共有していますね。

苦悩しながら1音ずつ書いていくような、19世紀型の芸術家のイメージから僕はなるべく離れようしてきた。ですから、「主役は自然だ」って言っちゃった方が僕にとっては自然なことなんです。

―高谷史郎さんとコラボレーションした新作『water state 1』は、無数の水滴の落下を制御しアジア地域の降水量を波紋の連なりとして視覚化した作品で、作品の周囲には巨大な石が配置されています。これまでの坂本さんや高谷さんの作品というとシンプルでモダンな印象があったので、石という力強い自然物が登場したことに驚きました。でも、今のお話を伺って「ああ、あれは庭だったんだ」と気付きました。

坂本:僕と高谷さんが一緒にやるときは、わりと人間的な欲求を抑圧して、なるべく機能的で幾何学的な方向性を目指してきました。実際、今回の作品でも水滴の落ちるパターンや展示空間に流れる音楽は、素数に基づいた数学的なアルゴリズムを使っています。でも、水は不定形なものですから、シンメトリカルではない不定形な要素を合わせてみたくなった。非常に人工的で抽象的なものと、苔が付いているような石っていう剥き出しの自然物を同時に並べてみたいという欲求があったんですね。

坂本龍一+高谷史郎『water state 1』
坂本龍一+高谷史郎『water state 1』

―近代以降のアートには生々しいものを研ぎすまして抽象化していく道筋があったと思います。ですが、昨日行われた笙(しょう)奏者の宮田まゆみさんとのコンサートでは、電子音から始まって、最後は坂本さんがほら貝を演奏する(吹くのではなく、内部に注いだ水の音を響かせるという奏法)というものでした。まるでこれまでのアートの道筋を逆行するような内容で、ある意味、展覧会のタイトル『ART-ENVIRONMENT-LIFE』を象徴しているように感じました。

坂本:そうかもしれません。昨日のライブで僕が一番驚いたのは、宮田さんが笙を演奏しながら、『Forest Symphony』の展示会場に移動したときです。インスタレーションから発せられる樹木の生体電位の音と、宮田さんが吹いている笙のアンサンブル。じつは作品の中には笙によく似た高いサインウェーブの音がたくさん入っているんです。そこに笙の音が重なって、非常に豊かな新しい倍音が発生していた。さらに、笙のピッチとインスタレーションのピッチが微妙にずれることで、音に「うねり」や「干渉音」が発生し、新たな音楽が生まれていたのには本当にビックリしちゃいましたね。息を吸ったり吐いたりしないと音が出ない笙という古い歴史を持つ楽器と、テクノロジーによるインスタレーションの音が深く呼吸して合体して……。想像以上のお土産をいただいてしまって本当に嬉しかったです。

坂本龍一

―宮田さんとのコンサートは、『LIFE–fluid, invisible, inaudible... Ver.2(以下『LIFE-fii』)』という作品の下でも行われましたね。『LIFE-fii』は、天井から宙づりにした9つの水槽内に霧を発生させ、そこに映像を投影するという作品です。しかし同作品の展示室では、昨日のコンサートの他にも野村萬斎さんの狂言なども上演され、1つの舞台美術のような使い方もされています。非常に印象的な舞台空間になっていましたが、こういった構想は当初からあったんでしょうか?

坂本:2007年に『LIFE-fii』をYCAMで作ったときから、舞踊家のピナ・バウシュに踊ってもらいたいっていう構想があったんです。2009年にピナは亡くなってしまって、実現することはできなかったけれど……。ですから、今回のような公演はずっとやりたかったことでした。萬斎さんとご一緒したときは、照明を使って橋懸かりのある能舞台を作りました。吊られた9つの水槽と光で作った能舞台が天と地で相似形になっていて、全てが宇宙空間に浮かんでいるかのような能舞台に見えてくるんですよね。宮田さんとのコンサートもそうでしたが、まるでこの日のために『LIFE-fii』が生まれたんじゃないかってくらいで、ちょっとでき過ぎだなとすら思いました(笑)。

坂本龍一+高谷史郎『LIFE-fluid, invisible, inaudible… Ver.2』
坂本龍一+高谷史郎『LIFE-fluid, invisible, inaudible… Ver.2』

―今展示では映像で、その狂言やコンサートの記録を観ることができますね。こういう風にインスタレーションを鑑賞してほしいという、坂本さんなりの提案はありますか?

坂本:たとえば『LIFE-fii』で言うと、過去に展示したときは、誰も教えていないのにお客さんたちは勝手に床に寝転んだり、思い思いに時間を過ごしていました。ですから、こっちが何か言わなくても楽しみ方を見つけることのできる作品だと思います。『water state 1』は、周りに石があるために座っちゃう方がいるのでそれだけはちょっと困るんですが(笑)。

―あの石は座ってはいけないものなんですね(笑)。

坂本:座りたくなるのも分かる作品空間ではあるのですが、それも含めて俯瞰して観て欲しい作品です。

坂本龍一

―作品ごとにフォーカスするポイントが少しずつ違いますよね。『LIFE-fii』は、空間そのものが作品ですから、音と映像を浴びるように体験できますし、『Forest Symphony』は、自然と耳に入ってくる音が作品で、自由に回遊しながら耳を傾けてもいい。一方、『water state 1』は水面の波紋に視点を集中することで、見えない地図が浮かび上がってくるようなところがある。

坂本:たとえば『water state 1』では、展示室全体をカバーするくらいの巨大プールにすることもできたと思います。でもあの箱庭的なサイズだからこそ、宇宙に開いた窓から地球を見ているような体験が生まれるんですよ。プールというグリッドの中に収まっているのは東アジアの一部分で、偏西風の動きや赤道周辺で起きる台風の発生など、天候の変化もわかります。最初は水滴がぴちゃぴちゃしているようにしか見えないけれど、だんだん観る側の意識が変わることで本当にそこに地球の一部があるように見えてくる。

坂本龍一+高谷史郎『water state 1』
坂本龍一+高谷史郎『water state 1』

―これまでのお話を伺っていると、庭や窓という要素が坂本さんにとって重要なんですね。インスタレーションを作ることは、庭師の仕事に似ているとも言えるのではないでしょうか?

坂本:『Forest Symphony』を例にとると、音のデータは本当に生の木が発しているものなので、作曲しているのは木自体なんです。そういう意味では僕はアレンジャー的な存在と言える。ですから、僕自身も庭師のようでありたいと思っています。苦悩しながら何週間もかけて1音ずつ書いていくような19世紀型の音楽家や芸術家のイメージっていまだにあるじゃないですか。そういうものから僕はなるべく離れようしてきた。ですから、「主役は自然だ」って言っちゃった方が僕にとっては自然なことなんです。

21世紀は、単に既成概念を壊すだけでは、アートが機能しない局面になりつつあるなと感じています。

―広い質問になってしまいますが、坂本さんは「アート」というものをどのように定義していますか?

坂本:うーん。僕にとってのアートというのは、20世紀の初頭から始まった考え方に沿っています。単に美を追求するのではなく、マルセル・デュシャンやジョン・ケージが始めたように既成概念を破壊すること。今風に言えば「脱構築する」ことが20世紀以降のアートの特徴だと思っています。ただ21世紀に入って、19世紀芸術のアンチとして生まれたデュシャン的なパラダイムがそろそろ終わりつつあるという感じもしています。「では、次に来るのは何か?」と問われると僕自身もはっきりは言えないんですけど……。1つは「nature(自然)」。広い意味で言えば「環境意識」と言えるでしょうか。単なる環境運動ではなく、環境とアートをつなげるということでもなく。ひょっとするとアートという概念が変わっていくのかもしれません。もちろん、これまでも芸術やアートという言葉自体が定義し直されてきたわけで、それは今後も続いていくでしょう。しかし、確実に21世紀に適応したアートが生まれつつあると思います。

坂本龍一

―それは、アート自体がより環境化されていくというイメージでしょうか? アートとそれ以外の文化を分ける境界線が溶けていって、アートの因子があらゆるところに遍在しているような。

坂本:漠然としたイメージはあるんです。地球意識っていうのかな……つまり意識の拡張だと思うんです。18世紀まではルネサンスに代表されるギリシアやローマなどへの古典回帰が目指される中で形式化されたものが、すなわち芸術だった。それが19世紀になって、次第にミクロな個の意識、主観へと向かっていく。それは革命的な出来事だったんですけど、あまりにドロドロとした情念に満ちたロマン的なものにもなってしまいました。そこで20世紀になると、アンチ19世紀ってことで「新即物主義」みたいに、個人の主観や内面を否定するような表現が現れた。デュシャンがやっていたこともその1つですよね。

―つまり、先行する歴史への反動としてアートがあった。

坂本:そのようにしてアートの歴史は移り変わってきました。しかし、今は単に既成概念を壊すだけでは、アートが機能しない局面になりつつあるなと感じています。

―それは単純に自然回帰するということではなく?

坂本:そうです。実在する自然を見ながら、同時にその内にあるデータも見ることのできる意識のありようというか。あくまでも比喩ですが、たとえばGoogle Glassを使うことで、木々に内在する情報を見ることができたりだとか。それも、ある種の意識の拡張と言える。

―その拡張には、テクノロジーは必須でしょうか?

坂本:それはもう、絶対に必須ですね。

―テクノロジー、アート、自然。これらの関わりは、まさにメディアアートが取り組んできた大きな課題でもあります。自然に内在している知覚できないものを翻訳するためにテクノロジーやアートが機能すると言えば聞こえはいいですが、そこには常に「このように自然を見たい」という人間の意図が発生してしまう。つまり私たちの都合に合わせて、自然をあえて誤読していると言えなくもない。

坂本:そうですね。そこには慎重な姿勢が求められると思います。

―とはいえ、僕たちが土や木の意識を直接に感知することができないのも事実です。そのための拡張装置や補助具として、テクノロジーやアートを実践的に使っていく方向性は、情報技術が発達し、社会全体に普及した今こそ求められていると思います。

坂本:1990年代くらいからポリティカル・コレクトネス(人種、性別などによる偏見や差別を含まない中立的な表現や用語を用いる態度)ということが、アートの世界でも言われるようになりましたが、現在それがSNSと結び付いて一種の覚醒作用を社会に与えているみたいにね。これもやはり意識の拡張だと思いますし、それをネットワークで共有する新しい方向性も起こってきている。意識の拡張にとって、ネットワークはポジティブに働くはずです。

坂本龍一

―2010年代は日本でも世界でも不穏さが一気に噴き出してきた印象がありますが、坂本さんは悲観主義者ではないんですね。人間の歴史はこれから先もずっと続いていく、という希望を持っている。

坂本:「think pessimistically act optimistically(悲観的に考えて、楽観的に行動せよ)」っていう言葉がありますけども、まあそうですね。後は「グローバルに考えてローカルに行動せよ」っていうことも非常に正しい気がします。よく例に出すんですけど、アメリカですら100年前には女性の参政権がなかったんですよ。でも、今や女性に参政権があることが当たり前と思っている人々がほとんどになりましたよね。

―ええ。

坂本:人類の歴史で考えれば100年なんて一瞬の出来事ですが、一方で僕たち個人のレベルでは、意識が変革するのにどれだけの時間がかかるのかっていうのも見えてきます。

―個人の人生は長く、人類の歴史もまた長いというか。その前提に立ってアートや社会が育っていくというのは、ごく自然なことだなと思います。

坂本:ピナ・バウシュが遺した言葉「Dance, dance, otherwise we are lost(踊りなさい。そうしなければ私たちは自らを失う)」みたいなね。それは「Art, art……」でもいいし「Music, music……」でもいい。そういうものが人間には必要だ、そういうものを頼りに生きてきた、と言ってもいいわけですよね。

イベント情報
『坂本龍一「ART-ENVIRONMENT-LIFE」』

2013年11月1日(金)〜2014年3月2日(日)
会場:山口県 山口情報芸術センター[YCAM]スタジオB
時間:10:00〜19:00
休館日:火曜(祝日の場合は翌日)、12月29日〜1月3日
料金:無料

プロフィール
坂本龍一(さかもと りゅういち)

音楽家。1952年生まれ、米国ニューヨーク州在住。YMO散開後、数々の映画音楽を手がけ、作曲家として世界的な評価を得つつ、常に革新的なサウンドを追求している。オペラ『LIFE』以降、環境・平和・社会問題への言及も多く、2007年には「moretrees」を設立。2011年東日本大震災復興支援プロジェクトとして「こどもの音楽再生基金」「www.kizunaworld.org」など、さまざまな活動を続ける。



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