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高橋昂也インタビュー
「人間を超えるものとの対話」をテーマに制作に取り組む高橋昂也。無名の学生作家だが、その力量は侮れない。計算された構成とマチエルの美しさには、誰もが見惚れるはずだ。そして、その根幹にある思想も高橋作品の魅力である。自然、都市、人間・・・。そこにあるものから、どう感じ何を見出すのか。壮大な世界を求め進化を続ける、若き映像作家にお話をうかがった。
(インタビュー&テキスト:川瀬いつか)
1985年、愛知県生まれ。高校時代から音楽担当の岡義将とともに映像制作を始める。現在の制作テーマは「人間を超えるものとの対話」。宗教的、原始的なものを多く作品のモチーフに取り入れ、人間以外のものに敬意を持って対話することの価値を探る。
高橋昂也
アーティストファイル > 高橋昂也
現代社会の象徴である都市は、僕のかかえる矛盾そのものなのかもしれません
─まず、ご自身のことを聞かせてください。現役の大学生ということですが、何を専攻されているのですか?
高橋:大学ではデザインを専攻しています。とはいえ、ほとんどが自分の時間にあてられる環境なので、個人の制作を中心に活動しています。
─映像を制作し始めたのはいつ頃からですか? また、きっかけはどんなことでしょう?

高橋:小学生の頃からビデオカメラで遊んでいて、徐々に目覚めていったと思います。中学の頃、家庭用のビデオデッキで無理やりビデオ編集ができることを教わり、撮った映像に初めて音楽が乗せられた時の感動は忘れられません。本格的に作品を制作し始めたのは高校の頃です。仲間と一緒に映画を撮ったのが本格的な制作のきっかけでした。
─制作し始めた時と、現在で何か変化したことはありますか? もし、変化したことがあれば、そのきっかけも教えてください。逆に、一貫して表現しているテーマや、制作の目的などはありますか?
高橋:昔の作品と今の作品を比べると、「落ちついたな自分」って思います。古い作品ほど派手で、時を経るにつれてだんだん地味になってるんですよね。昔は漫画やゲームの世界に生きていて、内容よりも見た目のかっこよさを求めていました。そんななかでも、古代エジプトやアメリカ先住民などの民族的な世界はずっと好きでした。しかし、そういった民族的なものを調べるうちに、彼らの精神性がいかに重要かを知りました。その精神性を自分の作品に取り入れたいと思い、見た目のかっこよさ重視から、中身、精神性を重視した作品に変化していきました。
そして最近の作品は一貫して、「人間を超えるものとの対話」をテーマにしていたことに気がつきました。人間対人間だけではなく、人間以外のものにも敬意を持って接することに何か価値があるような気がしたのです。また、そんな考え方を信じることが、僕に安心感を与えてくれました。それでも、やはり僕は(物心ついた頃から)常に「かっこいいもの」を求めて制作しています。僕にとっての「かっこいいもの」が何なのかは日々変化していますが、それは最低条件かもしれません。
─今回掲載させていただく『the vision quest』を拝見した時、本当の自然の中でそこにある(いる)ものを見つめている作者の姿が思い浮かびました。私は、公園や街路樹など都会で見かける造られた自然ではなく、本当の、昔からそこに息づいている自然が支配しているような山や海を目の前にした時、自分の中が空っぽになるように感じます。言葉や思考は邪魔になり、ただ、目の前の自然と見つめ合うことが私に出来る唯一のことになるのです。前置きが長くなりましたが、この作品を拝見した時、高橋さんも本当の自然に触れ、何かを感じた経験があるのではないだろうかと思ったのですがいかがでしょうか?

高橋:自然というものがいったい何なのか、僕には断言できませんが、やはり街の喧騒は苦手です。わかった方もいるかもしれませんが、『the vision quest』の冒頭に出てくる樹は、屋久島の縄文杉です。これは実際に屋久島に行って撮影したものなんですが、屋久島の原生林に身を置いたとき、まず清潔感を感じました。うまく表現できないのですが、この土に身をゆだねて一体化してもいいという感じでした。 自分や人間の暮らす時間や空間の外の世界の事を思うと、自分や人間がいかに小さく、無力なのかを突きつけられるのですが、僕はその事実が何とも心地よいのです。人間がいかに森を大切にしても、また、破壊しても、自然はただただ無表情にあり続けるんだろうなあ、と思いました。そんな自然の姿が、「かっこいい」と思うので、無力ながら、表現したくなりました。
─なるほど。やはりご自身の体験から生まれた世界だったのですね。だからこそ、この作品には力があるのだと思います。『擬態都市 THE NATURAL HERITAGE』では、人工物である都市と自然との関係を高橋さん独自の視点から描いていますが、都市、また、それを造り出している人間に対してはどのように感じていますか?
高橋:僕はどちらかというと人と接することが苦手で、それをコンプレックスに感じていると思います。だからなのか、よくないこととは分かっているのですが、現代人や現代社会というものを否定したくなる癖があります。でも、この現代社会だからこそ、今自分は自由で幸せに生きていけるのだと思います。現代社会を嫌う自分と、現代社会にすがって生きる自分。現代社会の象徴である都市は、僕のかかえる矛盾そのものなのかもしれません。
そんな葛藤のなか、自分の中でなんとか都市を正当化しなければいけなくて、その方法として、都市も自然のひとつの姿なんだという捉え方をしてみました。なんとも無責任ではありますが、これまでも、これからも、僕は常に後ろめたさを感じながら生きていくことは確かな気がします。




