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表現とは罪を犯すこと 瀬々敬久×中原昌也対談
複数の殺人事件をきっかけとし、加害者・被害者たちの絡み合う人生と復讐劇を描いた『ヘヴンズ ストーリー』。「罪と罰」「少年犯罪」「復讐の先にあるもの」など、現代の社会では目を背けることのできないテーマに正面から取り組んだ濃密な傑作だ。監督は『ドキュメンタリー 頭脳警察』(09年)、『感染列島』(09年)、『ユダ』(04年)などで知られる瀬々敬久。ピンク映画界からキャリアをスタートさせ「ピンク映画四天王」の1人として名を馳せた同監督は、現在ではジャンルを越境しさまざまな作品を発表している。そして本作では、あえて「自主制作映画」の手法を用いて4時間半に及ぶ大作を撮り上げた。今回、その魅力を深く知るために、映画の公式サイトに感動的なレビューを寄せている中原昌也氏をお呼びして対談を行った。冗談を交えつつも、話題は『ヘヴンズ ストーリー』の背景から日本映画界の未来にまで大きく広がり、旧知の仲である2人の息がぴたりと合った刺激的な映画論が展開された。
(インタビュー・テキスト:田島太陽 撮影:小林宏彰)
瀬々敬久
1960年生まれの映画監督。京都大学在学中に『ギャングよ 向こうは晴れているか』を自主制作し注目を浴びる。その後「ピンク映画四天王」として日本映画界で独特の存在感を放つ。以後、大規模なメジャー作から社会性を取り入れた作家性溢れるものまで幅広く手がけ、国内外で高く評価されている。代表作に『雷魚』(1997)、『HYSTERIC』(2000)、『RUSH!』(2001)、『トーキョー×エロチカ』(2001)、『MOON CHILD』(2003)、『ユダ』(2004)、『サンクチュアリ』(2006)、『刺青 堕ちた女郎蜘蛛』(2007)、『フライング☆ラビッツ』(2008)、『感染列島』(2009)、『ドキュメンタリー頭脳警察』(2009)など。
中原昌也
1970年生まれ。90年代から暴力温泉芸者(Violent Onsen Geisha)名義で音楽活動を開始、現在はHAIR STYLISTICS名義で活動中。映画評論家、小説家としても活躍。『あらゆる場所に花束が・・・』(2001)で三島由紀夫賞、『名もなき孤児たちの墓』(2006)で野間文芸新人賞、『中原昌也 作業日誌 2004→2007』(2008)でBunkamura ドゥ マゴ文学賞を受賞。9月には初の絵本『IQ84以下!』が発売となった。
映画は「物語」ではなく「体験」
―ではまず最初にお話しをお伺いしたいのは…。
中原:あ、すいません。まず先にひとつだけ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?
―どうぞ!
中原:この映画って、4時間半ありましたよね? 長い作品ってやっぱり作るのも大変なんでしょうか。

中原昌也
瀬々:制作時間はもちろん長かったですよ。企画が始まったのが2006年、撮影を始めたのが2008年で、そこから撮影だけで1年半かかりました。
中原:普通の作品と比べると、観ているうちに起承転結がどうでもよくなってくる気がしたんです。それはある意味、観る側としてはラクなのかなと思ったんですよ。
瀬々:尺が長いと、物語の枠にはめなくてもいい感じがしてきますよね。ただ、ラストはまとめないといけないのでしんどかったですね。
―中原さんが作品に寄せたレビューがとても感動的でした。それがきっかけで、この対談をお願いしたわけなのですが
中原:思ったことを書いただけなんですけどね。

瀬々敬久
瀬々:すごく周りの評判もいいですよ。本人を前にして言うのは気持ち悪いけど、僕も感動しました。知り合いには「中原君らしくない真面目な素晴らしい文章だ」って言いまくりました(笑)。
中原:たまに書いてるんですよああいうのも(笑)。長いって聞いていたから覚悟して観たんですけど、久々に物語から解放された作品を味わった気がしたんですよ。「映画は物語だ」という信仰があるけど、本当は映画って「体験」なんですよね。何時間も映画館に拘束されるということにも映画の良さがあるはずで、この強制的な拘束ってテレビには絶対にないものだから。でもどうしても物語に依存してしまう人が多くて、なんとかならないか、という思いはここ何年か特に持っていました。だから、瀬々さんがすごく力強い作品を作って下さったなぁと、とても嬉しかったんです。
救われるラストを描くしかない時代
中原:瀬々さんの今までの作品は観客を突き放すようなものが多かったですよね。今回はその点がかなり変わったなと思ったんですけど、心境の変化があったんですか?
瀬々:やっぱりいろんな事件があって、最近急に社会の状況が見えづらくなったな、と思うんです。「この時代に生きているのはどういうことか」という問題を考えたくて、それを表現するために群像劇っぽく、重層的な構造で作ってみようと思ったんです。

©2010ヘヴンズ プロジェクト
―「今の社会」について、中原さんはコメントの中で「ノストラダムス以降」と書かれていますよね。
瀬々:その表現、僕もとても良く分かるんです。阪神大震災やオウムの頃は世紀末だと騒いでいたけど、2000年になったら何事もなかったかのようにコンピューター問題ばかりになって。
中原:確かに(笑)。
瀬々:あの頃の混沌とした空気とは全然関係がないかのように今の時間が流れてる気がして、僕はそのへんにいつも違和感を感じてしまうんです。そういうことも含めて何か決着をつけたいっていう気持ちはあったんですね。だから作りながら考えたというか。見てくれる人もたぶん一緒に考えてもらえると思うんですよ。そこが、中原さんが変わったって思うあたりなのかも知れませんが。
中原:これまでの瀬々作品には救いがない気がしていたんですが、今回はそうではなかったので、もう瀬々さんでも救われるラストを描くしかない時代なんだなぁと思いました。


































