アーティスト・D[di:]と行く!『3Dヴィジョンズ』展

2010年、映画を中心として大きな盛り上がりを見せた「3D」。家庭用テレビや小型ゲーム機でも対応型が登場するなど、大きな注目を集めています。しかしこの「立体視」という技術、テレビも写真もなかった時代からあった表現方法だということは知っていますか? その起源はなんと、170年も昔に遡ります。そんな奥深い立体視の歴史を探る展示が、写真・映像分野を中心に所蔵する東京都写真美術館にて2月13日まで行われています。立体視を巡る様々な工夫や試みを多角的に紹介し、最新の技術を駆使した現代表現も併せて展示した企画展です。今回会場を一緒に回りレポートして頂くのは、作家・イラストレーターのD[di:]さん。『アリス・イン・ワンダーランド』を観て以来3D映画の大ファンだそうで、「初めて観た時は、あまりにも3Dという効果が面白くて衝撃を受けました。高級なアトラクションに2時間どっぷりひたれるって、なんて贅沢なんだろうって。去年映画館に観に行った映画のほとんどは3Dだったほど、大好きなんです」という愛着ぶり。それでは3Dの歴史と新しい表現に触れるべく、さっそく会場に入ってみましょう。

PROFILE

D[di:]
小説、漫画、イラスト、音楽など多彩なジャンルで活躍するアーティスト。多摩美術大学在学中に、『ファンタスティック・サイレント』でデビュー。宮崎駿氏が推薦文を寄せたことでも話題を呼ぶ。昨年はデビュー10周年の個展を原宿、福岡、沖縄の3ヶ所で開催。『借りぐらしのアリエッティ』公式ガイドブックにも作品提供も行った。作品集やグッズなど多数発売中。
D[di:] official web site
CINRA.NET > D[di:]のデビュー10周年締めくくり、隠れ家カフェが舞台の個展

「その場所で見ているような」100年前のステレオ写真

会場は、東京都写真美術館の地下1階展示室。立体視にまつわる品々が、さっそくズラリと並んでいます。

アーティスト・D[di:]と行く!『3Dヴィジョンズ』展

アーティスト・D[di:]と行く!『3Dヴィジョンズ』展

最初に展示されているのは、1900年前後にアンダーウッド社が販売していた「ステレオ写真」です。さっそくレンズを手に写真を覗き込むD[di:]さんからは「わぁーなにこれ! ウソみたい!」と驚きの声が。

アーティスト・D[di:]と行く!『3Dヴィジョンズ』展

撮影角度に微妙な差をつけた2枚の写真が並んでいるため、レンズで覗くと立体に見えるという初歩的な原理ですが、テレビもラジオもない時代にその手法で商品化されていたことはやはり驚き。当時は世界の状況を伝える手段として重宝されており、特に戦争写真の人気が高かったそうです。

「小さいレンズで覗く感じだから迫力はあまりないかもしれないけど、距離感や奥行きがすごくリアルですね。実際にその場所で見た感覚に近いです。旅行に行って遺跡を見たりすると興奮しますけど、2Dの写真だとそのダイナミックさとか距離感とかは伝えきれないですよね。でもこの写真を見せながらなら、お土産話に花が咲きそう! 旅行のパンフレットに使ったりしたら流行るんじゃないでしょうか!」

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展示ではこのレンズを覗いて写真を立体的に楽しみます

立体視が初めて発表されたのは1838年。当時はまだ写真もなく、イラストや図形で研究が行われていました。その翌年に、世界で初めての写真「タゲレオタイプ」が登場。すぐに立体視の研究にも使われるようになります。しだいに写真技術が発達し、安価で複製・流通が可能になったことから、アンダーウッド社がステレオ写真とスコープをセットにした訪問販売を開始。貴族階級を中心に普及していきました。

「スコープのデザインも装飾的でお洒落で、いかにもブルジョアの楽しみって感じですね。両脇にあるのはロウソクを立てるところですよね? そこまでして見たいって、すごいなぁ。昼間見ればいいのに(笑)。夜のオトナの楽しみだったんでしょうかね」

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実はステレオ写真にはエロティックなイメージが使われることもあり、男性たちの密かな楽しみだったのかも。

続いて登場するのは、巨大な2枚のスクリーンに映されたクリスタル・パレス(第1回ロンドン万博の際に建てられた建造物)。スコープで覗く立体視、という原理は昔ながらのものですが、手元にあるハンドルで視点を変えることができるのが特徴。CGで再現されたクリスタル・パレスを自由な角度で立体的に鑑賞できる作品です。

アーティスト・D[di:]と行く!『3Dヴィジョンズ』展

アーティスト・D[di:]と行く!『3Dヴィジョンズ』展

制作したのは津島岳央さん。フェルメールの絵画をCGで三次元的に変換し、作品空間の中を覗ける『Allegory of Media Art』で評価を高めた29歳の若手作家です。

「すごくリアルにできているし、昔からの原理を追求する姿勢がかっこいいですよね。こういう技術をどこで勉強したのかが気になりますね」と、熱心にスコープを覗き込むD[di:]さん。

3Dと映画界の深い関係とは?

ここからは立体視の技術進歩や、その盛衰の歴史をテーマとした展示スペースへ。まず最初に目に入るのは、角度を付けて設置された2枚の鏡と、その両脇に絵が設置されたホイートストーン型ステレオビューワーという装置です。どのようにして使うのか想像しづらいですが、鏡の真ん中に顔を近づけてみると…。

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「うわー、すごく立体に見えるし、眼鏡と違って視野が広くて気持ちいい! 映画や写真が立体に見えるのは見慣れているけど、これは手法がシンプルなだけに新鮮ですね。これって、微妙にずらした2枚の絵を描ければすぐに作れるんですか? 3D大好きっ子としては、いつか自分のイラストでこの作品を作りたいかも! もっと視差とか鏡の角度とか、いろいろ勉強みようかなって気になってきました」

D[di:]さんがいちばん気に入ったというこの装置ですが、鏡と絵のパーツが別々で持ち運びに不便なため販売に適さず、すぐに廃れてしまいました。そこで次に登場したのが、パーツが全て一体となった形。それが商業的にも成功し、ステレオビューワーは広く普及していきます。最盛期には大型ビューワーを円形に25台ほどもならべたカイザーパノラマという装置を使って、大勢で同時に鑑賞していたそうです。

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当時の大型ビューワーのひとつ

ですが、このステレオ写真ブームも、映画の登場によりあっという間に消滅してしまいます。ここから映画と立体視の長きに渡る関係が始まるのです。

1920年頃、ラジオの普及により映画ブームが下火になった時、初めて立体映画が制作されます。これにより活況を取り戻した映画業界でしたが、当時はまだモノクロのサイレント映画。トーキー映画(通常の発声映画)の登場により、赤青メガネをかける立体映画はすぐに制作されなくなりました。

次に3D映画が注目を浴びるのは、テレビが庶民層にも普及した1950年代。『ジョーズ』やアルフレッド・ヒッチコックの『ダイアルMを廻せ』など数多くの大作が公開されました。今企画展では、それら3D映画のポスターも展示されています。

アーティスト・D[di:]と行く!『3Dヴィジョンズ』展

「3Dって、映画業界が落ち込んでいる時に現れる救世主みたいな存在だったんですね。『アバター』の公開もDVDやネットの普及への対処っていう要素がある気もするし、またすぐブームが終っちゃうのかな? だとしたら寂しいけど…」

続いては偏光フィルター方式のメガネをかけて鑑賞する、映像作家・五島一浩さんの作品『時間双眼鏡』。

アーティスト・D[di:]と行く!『3Dヴィジョンズ』展

最初は平面に見える普通の映像ですが、手元のハンドルを回すと、徐々に立体感が増していきます。

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数種類用意されている映像の中から、D[di:]さんが特に気に入り「すごく飛び出して来た!」と興奮しながらハンドルを回していたのは、マチ針が刺さった剣山。シンプルな映像だけに立体感を味わうには最適のよう。さらにこの装置、ハンドルを反対に回すと奥にあるものが手前に、手前にあるものが奥に見えるという珍しい仕掛けも。

「なんというか…、奥のものが飛び出して見えるっていうのは現実とは真反対のありえない立体感で、脳みそがうまく理解できない感じですね。すごいヘンな感覚で、ちょっと気持ち悪いけど面白い。ただ、ろくろを模したというこのハンドル、女子的にはもうちょっと軽くして頂けると嬉しいです。なかなか回すのが難しくて(笑)」

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赤青メガネで見るイリュージョン!

次は昔ながらの赤青メガネをつけて、怪しげに光る部屋の中へ。こちらも同じく五島一浩さんの『STEREO SHADOW』という作品です。部屋の中心で赤と青のランプが光っているだけのようですが…実は、壁に映る自分の影が浮き上がって見えるのです。

「自分の影にさわれるなんて夢みたい! 壁はまだ遠くなのに、影がすぐ近くにあるように見えますね。肩に手を置いたりできそうなのに、さわれないのがもどかしくって面白いですね」

アーティスト・D[di:]と行く!『3Dヴィジョンズ』展

さらに反対側の壁に移動すると、今度は自分の影が遠くに見えるように。壁についた四角い印は、もっと遠くにあると錯覚して突き指する人が多いために設置したのだとか。それほどはっきりとした錯覚を体験することができます。

アーティスト・D[di:]と行く!『3Dヴィジョンズ』展

「ストーリーのある3D映画も『違う世界に連れて行ってくれる』という感じがするけど、この展示はその感覚がより濃く感じられますね。しかもシンプルで分かりやすいし、自分の影と遊べるのも嬉しい。作られた映像を見るよりも、より、異世界に入り込んだ感覚がして不思議で、幻想的。イリュージョン感がありますね。自分の家に設置して、来る人全員に体験させたいです(笑)」

立体視の魅力は「憑依できる」っていうこと

展示の最後では、藤幡正樹さんの『Field-works』シリーズを紹介しています。その中から今回展示している『故郷とは?ジュネーヴにて/Landing Home in Geneva』は、全方位カメラを持ってジュネーヴに住む人々を取材しながら街を歩いた映像と、その時のGPSの位置情報をCGで合成した新しいビデオアーカイブです。さらに閲覧方法を3D映像にすることで、ビデオアーカイブの中に入り込み、取材時の様子を追体験ができるビデオインスタレーションとなっています。3D映像という技術のさらに先にある「表現としての3D」にアプローチしている作品といえるでしょう。

アーティスト・D[di:]と行く!『3Dヴィジョンズ』展

アーティスト・D[di:]と行く!『3Dヴィジョンズ』展

「うわー、切ない!すごいですね、本当に撮影者と一緒に旅をしているような感覚です。まさに追体験。それが、すごく切ない。制作者ご本人は全くの知らない方なので、その全く自分と関係ない人の記憶というか、死の直前に見る走馬灯を見ているような感じがする。日常の風景なのに、ちょっと違和感があって。うまく説明できないんですが、近いのに遠い感覚っていうか」

10分ほどスクリーンをじっと見つめ、部屋を出たD[di:]さんでした。

最後に、展示の感想を伺うと?

「藤幡さんの映像を見て、自分が3D映画が好きな理由が分かった気がしたんです。それはきっと、誰かに『憑依して動いている』感覚が楽しかったからなんですね。でも、人の記憶に入ることって、ちょっと切ないんです。直接話をできるわけでもないし、触れるわけでもない。映画の『ゴースト』のように、自分は傍観者でしかない。

例えば、最初のステレオ写真に映っていた人たちは、あたかもすぐそこにいるように見えるのに、実際はもう誰もこの世にいない人たちだったりするわけですよね。立体視にはアトラクションとしての楽しみだけじゃなくて、そういう切なさもある。切なさって心に残りやすい感情だし、私はそういう感情がすごく好きなんだ、ということにもあらためて気付かされました」

映画だけでなく医療や家電にも利用されるなど、3Dは様々な分野で発展が期待されています。その技術をさらに身近に感じるために、その100年以上続く歴史や最新のアート作品に触れ、アトラクションとしてだけではない3Dの魅力を覗いてみてはいかがでしょうか。レポートでは紹介しきれないほどのステレオ写真やステレオカメラが展示され、『Field-works』のメイキング映像も視聴できるなど見どころは充分。立体視の驚きや発見は、ご自身の目でしか体験できません。ぜひ、足を運んでみて下さい。

アーティスト・D[di:]と行く!『3Dヴィジョンズ』展


『映像をめぐる冒険vol.3 3Dヴィジョンズ ―新たな表現を求めて―』

2010年12月21日(火)〜2011年2月13日(日)

 会場:東京都 恵比寿 東京都写真美術館
時間:10:00〜18:00(木・金は20:00まで、入館は閉館の30分前)
休館日:月曜(月曜が祝日の場合は翌火曜日)
料金:一般500円 学生400円 中高生・65歳以上250円

関連イベント
『アーティスト・トーク(作家による作品解説)』

会場:東京都 恵比寿 東京都写真美術館地下1階展示室
2011年1月20日(木)18:30〜
出演:津島岳央
ゲスト:原田大三郎(多摩美術大学教授)
2011年1月28日(金)18:30〜
出演:藤幡正樹

『担当学芸員によるフロアレクチャー』

2011年1月14日(金)16:00〜
2011年1月28日(金)16:00〜
2011年2月11日(金・祝)16:00〜

東京都写真美術館 展覧会詳細ページ



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