いまだ旅することが叶わない人々へ。いつかやってくる旅を豊かにする10の対話

旅することはまだ難しくとも。旅から得られる経験や知識、人生の新しい視界に触れる10の番組

新型コロナウイルスによる地球規模のパンデミックが始まったのが、2019年末のこと。ステイホーム、ソーシャルディスタンス、ニューノーマル……。そんな数々の新語が象徴するように人々の生活のあり方は大きく変わり、とくに国境を越えて行き交う長い移動をほとんどの人が経験しなくなってすでに3年目だ。

だからこそとも言えるが、旅に出たい気持ちは日に日に高まっている。SNSでも「はやく海外旅行に行きたい!」といったつぶやきをよく目にする。かくいう私もその一人なのだけれど。嗚呼、タイに行きたい! ベトナムにも行ってみたい!

そんな私(たち)におすすめのコンテンツがYouTubeで配信中だ。『アジアセンター クロストーク ~ポスト・コロナに向けて旅する文化~』は、国際交流基金が企画・配信する全10本のオンライン対談シリーズで、日本と東南アジア各国の識者がさまざまなトピックで語り合っている。10のジャンルは本当に幅広い。

パフォーマンス編、コンテンポラリーダンス編、サステナブルデザイン編、工芸編、現代アート編、伝統芸能編1、伝統芸能編2、祭りとコミュニティ編、オーケストラ編、建築編。個人的にはここに「食」のテーマが入っていたらなお最高ではあったのだが、それがなくとも、水に浮かんだ人形が可愛らしいベトナムの水上人形劇や、カンボジアに古くから伝わる牛の皮を彫って扇状にしつらえた影絵芝居などについて知れるのは「へぇ!」と驚くことの連続だし、ベトナムに移住して現地で活躍する日本人建築家の話などからは、コミュニティの外からやって来た人がその土地固有の文化や暮らしとうまくつき合っていくためのヒントが得られたりもする。

あるいは、日本側の登壇者から得られる気づきも多く、石川県の人口わずか12名足らずの集落で伝わってきた貴重な人形浄瑠璃からは、表現することの「本質」みたいなものを教えられた気もする。

実際に旅することはまだ難しくとも、旅を通して得ることのできた経験や知識、そしてそれらを通じてひらかれていく人生の新しい視界に部分的にでも触れられるものとして、このオンライン対談は機能している。ここでは筆者が気になったものを紹介しながら、コロナ時代を超えた先の旅について考えていきたいと思っている。

日本の『橋の下世界音楽祭』とカンボジアの『ボンプン』。共通する「移動するお祭り」

まず鮮烈な印象を持ったのが「祭りとコミュニティ編」だ。日本側の登壇者は、愛知県豊田市で2012年から続く『橋の下世界音楽祭』を企画運営してきたプロデューサー、根木龍一。そしてカンボジアからは、2014年より『ボンプン(Bonn Phum)』というフェスティバルを開催してきたプロデューサーのリッティー・ロムオーピッチ(ニックネームはユキ)。それぞれ地域性を意識したきわめて個性的な催しをつくり出してきた2人の対話に、何事につけ斜めから世間を見がちなひねくれた筆者は、柄にもなくド直球で心を打たれた。

「祭りとコミュニティ編」

文字どおり豊田大橋の「橋の下」で始まった『橋の下世界音楽祭』は、沖縄民謡や朝鮮半島の伝統芸能をルーツに持つアーティストたちを紹介し「伝統とアジア」をテーマに掲げるフェスティバルで、そのスタートのきっかけには2011年の東日本大震災があったそうだ。ともに音楽祭を始めた「TURTLE ISLAND」の永山愛樹を紹介しつつ、根木はこう語る。

「(3.11で)いろんなことがひっくり返って、これから何をやっていこうかなと考えたときに、やはり楽しむことというか、エネルギーをどこに向けるかと考えたときに、ひとつ、祭りをつくろうというのが生まれたんですよね。橋の下自体はもともと文化的に自由な場所だったというか、河原で歌舞伎をやっていたりとか、本当に何もない。ゼロのところから祭りをつくって、一個祭りを立ち上げて、新たな方向に向かっていきたいねという」
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いっぽう、『ボンプン』のユキはこう振り返る。

「(最初に)思いついたのは、10代の若者たちとみんなで一晩過ごして、ルカオンという伝統的な劇を見ようというアイデアだけだったんです。私たちが若かったころ、3月から4月にかけてクメール正月の前になると、町のあちこちで伝統芸能が行われていたのを覚えています。

しかし私たちが年を重ね、社会が近代化すればするほどこのようなものが消えてしまったということが明らかになります」
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そして生まれたのが、昔からの伝統芸能と、現代的なポップカルチャーが織り混ざったフェスティバルだった。別の対談でもフォーカスされている影絵芝居「スバエク・トム」や、激しい殺陣が魅力の仮面劇「ルカオン・カオル」はカンボジア国内でも見る機会の稀な伝統芸能だが、それらと現代のラップなどをプログラムに合流させているのが『ボンプン』の特徴で、3日間で14万人の若者が集まる年もあったというのだから驚く。

だが動員力では『橋の下世界音楽祭』もまったく負けていない。番組内で紹介される映像(コロナ時代のいまからするとあまりにも懐かしい景色!)からも察せられるが、2018年あたりから、数万人規模の来場者の数に対して会場のキャパが追いつかなくなり、新しい開催のあり方を根木たちは模索しはじめる。それが、移動型の祭りである。

「台湾に来るんだったら受け入れるよという話がきたりとか、船で港に着いて船が開いたら阿波踊りの連が降りてくるとか、タイヤが付いてそのまま櫓(やぐら)が降りてきて祭りがその港で始まる、というのが出来たら本当に面白いんじゃないかな」
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この「移動」の性格は『ボンプン』にも共通する。『ボンプン』は開催地を選ぶ条件を「大都市から離れた場所」「毎年ロケーションを変える」とし、都市部で暮らす人々を地方に導くと同時に、それぞれの地方の人が参加しやすくすることを目指していた。パンデミック以前には、小規模でさらに移動しやすい『ボンプン』も企画していたそうで、2018年の東京で上演形式の『ボンプン・イン・トーキョー』も開催している。

『橋の下世界音楽祭』について言えば、既存の「音楽フェス」の商業性を批評するような工夫……例えば来場した子どもたちが会場の掃除をし、ゴミをセンター(こどものひろば)に持ち込むことで独自の「子ども通貨」に交換してお菓子や飲み物を買えたりするのは、この空間に関わる当事者を広げることでもあるし、経済の実験(あるいは、先祖返りした小商い?)でもあるだろう。

対談から感じる「手触り」は、コロナ以前にアジア各地を旅し、得てきたものに近い

『橋の下世界音楽祭』と『ボンプン』が示す「移動」の構想は、個人的に筆者の胸を打つものでもある。

5年前に東京を離れ、京都に暮らしてきた私は、2021年6月から大分県別府市にもう一つの生活拠点を持つことにした。とあるアーティスト・イン・レジデンスに、地域のリサーチを名目に潜入したようなかたちなのだが、そうやって手にした多拠点生活の醍醐味もまた「移動」にある。大阪から九州を結ぶフェリーで海伝いに移動していると、一瞬で移動してしまったような疑似的感覚がともなう飛行機や高速バスでは知ることのない風土や文化のゆるやかな変化を感じられる。

また、それぞれの土地に短期滞在するのではなく「住む」というマインドで関わると、より深い歴史の古層に触れる機会を得るばかりではなく、自分と異なる価値観や社会背景を持つ多様な人々と「どのように心地よく一緒にいられるか?」を実際的に考えて、振る舞うようになったりする。

何事につけ物事の白黒をはっきりさせてきたのが近代以降の社会や都市であったとすれば、移動による自分の居場所の複数化は、あちらではこの顔、こちらではこの顔、といったアイデンティティーの複数化を、打算的にではなくごく自然なものとして自分に促すところがある。さらに別府での毎日・温泉・生活も、これまでのガチガチ頭の自分を蕩けさせていくことを加速させてくれる。

このような「ゆるゆる」で「とろとろ」な自分への変化を、唐突に「アジア的変化」と言ってしまってはすこぶる乱暴だが、コロナ以前に旅してきたアジア各地で自分が魅せられたのは、まさにそのような人々や文化であったし、このオンライン対談シリーズからもその手触りを感じることができる。

互いの見方 / 見え方が重なりつつも異なるのもまた、旅と、そこで生じる交流の醍醐味

「オーケストラ編」で登壇する、クラリネット奏者・東邦音楽大学特任教授の磯部周平は、ベトナムのホーチミン市バレエ交響楽団&オペラでの滞在経験を振り返ってこう語る。

「よく考えれば当たり前のことなんですが、音楽は情熱が一番最初にあるべきものなので。日本人は長所である細かいということで、それが見えなくなってきてしまっている部分もあったなという反省を、ベトナム滞在で学びました」
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このコメントに対して、ホーチミン市バレエ交響楽団&オペラのグエン・マイン・ズイ・リンは「世界に通用する演奏スキルを身につけるためには、日本人の真面目さを学ぶべきだと思います。そうすれば長所である情熱もより表現できます」と応答する。互いの見方 / 見え方が重なりつつも異なるのもまた、旅と、そこで生じる交流の醍醐味であるのは言うまでもない。

「オーケストラ編」

多角的な記録・記憶によって約150年の日本像がかたどられることは、日本人と歴史の交流でもある

「現代アート編」では、フィリピンのアイサ・ホクソン、シンガポールのホー・ルイアン、日本の加藤翼という3人のアーティストが、それぞれの作品に生じる身体性を、各国の経済性や民族性、そして歴史と関連づけて議論しあう。

ホクソン:「小さい頃からエンターテイナーに育てられるのは、この国の社会、文化なのです。お祭りやパーティーなど集まる習慣が多くて、フィリピンの文化には娯楽の要素が非常に多いと言えます。それ(娯楽業への参画)を貧困から抜け出す一つの方法として見なす人も多いです」

ルイアン:「(シンガポールでは)感情を表に出さないのが常識かもしれませんね。例えばシンガポールでの選挙を例にとってみても、感情でごまかす政治家は信頼できないとか実力がないとか思われてしまうのです。しかし私からするとシンガポールの政治的イメージの中心には、一種のテクノクラート的な構造体があって、シンガポールの政治家は『身体表現』を重視せず、合理的な考えを重視するのです」

加藤:「日本人だと、個人のアイデンティティーとグループのアイデンティティーでちょっと意味合いが変わりますよね。(関わる国によって)視点がちょっとズレるというか。そのズレと自分の作品がどのように比較・検証されるかというのは最近考えていることです」
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「現代アート編」

ちょっといじわるな見方をしてしまえば、労働力輸出を産業化するフィリピン、金融などに関わる頭脳労働に力を入れるシンガポールのアーティストが持つ自己認識の明確さに対して、日本が他者との相対的・相補的な自己の把握に留まるのは、いかにも日本人らしいとも言える。しかし、それもまた2022年時点の日本のある一つの側面と言えよう。

これも個人的な旅の思い出だが、近代化から1945年の敗戦にかけて諸外国に侵攻した日本の足跡はアジア各地のあちこちに残り、大都市の博物館や美術館に行けば、日本の近現代史が外からの視点で非常に多く語られている。

日本で生まれ育った者からすると、かなり居心地の悪い語り口もそこには含まれるのだが、しかしそういった多角的な記録・記憶によって、明治維新・近代化以降の約150年の日本像がかたどられることは、日本人と歴史の交流でもあると筆者は思う。それを知ることは、私にとっての旅の大きな意義でもある。

いまだ旅することは叶わない人々に贈られた、いつかやってくる旅をもっと豊かなものにしてくれる10の対話

30分前後のオンライン対談全10番組をマラソンするのは、動画配信サイトの海外ドラマ1シーズンをいっき見するぐらいの量ではあるけれど、満足度は間違いなく高い。

「コンテンポラリーダンス編」では舞踊家 / 振付家 / 演出家の森山開次と、マレーシアのコンテンポラリーダンスの第一人者であるマリオン・ドゥ・クルーズが登壇する。マリオンが創立メンバーの一人である「ファイブ・アーツ・センター」は、日本でもじわじわとその存在を知られつつあるが、その活動の理念に触れられるのは有意義だし、マリオンの代表作である水瓶を使った作品『Urn Piece』の記録映像もレアだ。3人の女性と水瓶だけのシンプルな作品だが、複雑化した現代だからこそ胸を打つものがある。

「コンテンポラリーダンス編」

「伝統芸能編2」に登場するのは、先述したカンボジアの伝統影絵芝居「スバエク・トム」の継承者、チアン・ソパーンと、石川県白山市東二口地区の村人たちが伝承してきた「東二口文弥(ひがしふたくちぶんや)人形浄瑠璃」の土井下悟史と山口久仁。

影絵芝居といえば、関節が駆動する「ワヤンクリ」が有名だが、演者の背後に巨大なかがり火を焚いて影をつくり出すスバエク・トムはもっと素朴で、それゆえの迫真性がある。また東二口文弥人形浄瑠璃は、30年以上女形の人形遣いを務める土井下の、人形と無心に一体化しようとするような所作に惹き込まれる。

「伝統芸能編2」

サステナビリティーの観点から、キノコの菌糸を使って人工レザーを開発しているインドネシアの企業と、同じようにサステナブルなデザインの研究に取り組んでいる日本の研究者。日本を飛び出してベトナムで活躍する日本人建築家とインドネシアを代表するインドネシア人建築家による、建築と風土や文化をめぐる対話。近年注目の高まる「民藝」を、日本とタイの両面から検証する専門家同士の対話など、見どころは尽きない。

いまだ旅することは叶わない人々に贈られた、いつかやってくる旅をもっと豊かなものにしてくれる10の対話だ。

作品情報
オンライン交流対談『アジアセンター クロストーク ~ポスト・コロナに向けて旅する文化~』

主催:国際交流基金アジアセンター
番組本数:10本(各回約30分)
対談分野:パフォーマンス、コンテンポラリーダンス、サステナブルデザイン、工芸、現代アート、伝統芸能、祭りとコミュニティ、オーケストラ、建築
字幕:日本語、英語(一部の回では該当する東南アジア諸国の言語)


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