「業」と「欲」の深い人なら夢を叶えられる 黒沢美香×井手茂太

みんな誰しもが、やりたい仕事があるはずなのに、そのゴールに辿り着けて、食べていける人は、なぜかほとんどいない。それはどこかで夢や目標を諦めてしまうからで、その分かれ目にある大事なポイントが、おそらく「業」や「欲」の深さではないだろうか。

プロのダンサー・振付家としての活動を志す人を対象とする養成プログラム『国内ダンス留学@神戸』は、数あるダンスのワークショップの中でも有数のハードルの高さを誇るプロジェクト。1日8時間、週5日、8か月におよぶプログラムに参加するためには、そもそもほとんどの人が関西圏に「留学」しなければならず、いま住んでいる街や環境、仕事を8か月リセットして向い合う必要がある。

では、それでもそこに集まろうとする参加者とは、一体どういう人たちなんだろうか? 「悪いことは言わないからやめておいたほうがいい」とまで言わしめるダンサーへの道とは? 同プロジェクトで振付家を務める黒沢美香、そしてイデビアン・クルーの井手茂太に話を聞いた。ダンサー・振付家として、夢を実現した二人にとって「ダンス」とは何なのか? 二人が口をそろえて「戦場」と語るダンスの現場をのぞき見てみよう。

「ダンスで得られる、原始的で動物的な喜びは、社会では見つけにくいもの」(黒沢)

―お二人は「振付家 / ダンサー」として活躍されていますが、まずは2つの仕事の違いについて、教えていただけますでしょうか。

黒沢:私は作品も作るし、ダンスも踊るので、以前は「舞踊家」と名乗っていたのですが、いつの間にか2つに分けて名乗るのが一般的になっていったんですよね。

左から:井手茂太、黒沢美香
左から:井手茂太、黒沢美香

井手:イデビアン・クルーを1991年に結成してから10年くらい、ほとんど自分は出演していなかったし、意識的に「振付家」を名乗っていました。基本的にダンス作品を創作するのが好きなので、「こういう動きをあのダンサーがしたら面白いな」とか、「この人とこの人がデュエットしたら面白いんじゃないか」とか、「あそこに照明を当てたらどうなるか?」とか、そんな目線が振付家とダンサーの違いのような気がしますね。

―コンテンポラリーダンスでは、振付家による作品の一部としてダンサーが関わることが多いですよね。作品も振付家の名前で残っていくことが多いですし。

黒沢:たぶんこういった肩書きが一般的になった根底には、ヒエラルキーの意識があるんじゃないかと思うんです。特にアメリカでは、振付家の肩書きはすごく重要で、比べてダンサーの地位は低いんです。それは日本でも同じような状況だと思います。

―やっぱりそうなんですね。じつは何となくそんな印象があって、不思議に感じていたんです。

黒沢:ダンサーあっての振付だし、身体があっての振付。振付家とダンサーに上下関係はあり得ないはずなんです。だけど一応、ダンスの世界では「振付家は誰か?」が重要になっている。私も最近は世間のルールに倣って「振付家 / ダンサー」と名乗っています(笑)。

―実際、振付からダンス作品を作っていくときは、どのようなことを意識しているのでしょうか。

井手:ぼくの場合は、劇場空間を眺めながら、ダンサーに「動きの提案」をしていくんです。ダンサーがどう動くかだけでなく、どう見せるかも重要で、「ここに柱があったら面白いんじゃないか」といった美術や照明のアイデアも一緒に立ち上がっていくので、常にダンサーの見せ方を研究しながら創作させてもらっていますね。

黒沢:私が振付をするときは、まずダンサーに隠された起爆スイッチを探すところから始めます。そのスイッチを見つけて押すことで、「私には、まだこんな世界があったんだ!」と、新しい発見ができるようにしたいんです。また、これまで蓄積してきた経験やスタイルをあえて捨ててもらうこともあります。

―ダンサーに実力以上のモノを出してもらうために、プレッシャーを与えるということでしょうか?

黒沢:私にとって、何を「ダンス」とするかの線引きはそこにあります。ダンサーは舞台上で精神的な「際」に立たなければならず、安全でいることはできません。それをダンサーに嫌々ではなく心地よくやってもらいながら、「こんなところに行ったことない!」という体験をしてもらいたいんです。

―そんな「際」からの表現を成り立たせるには、振付家とダンサーが密に意見を交換し、衝突もいとわない濃密なコミュニケーションが取れないとなかなかできなさそうです。

黒沢:そう、簡単にできることではありません。けれども、そんな感覚を一度でも共有することができれば、忘れられないほどの幸福な経験になるんです。頭で理解するのではない、原始的で動物的な喜びは、社会の中ではなかなか見つけにくいもの。一度踊った人がダンスから離れられないのは、そんな喜びを知っているからなんです。

ダンサーから見た、振付家との「あやふや」で「スリリング」な駆け引き

―逆に一人のダンサーとして、他の振付家の作品に参加するときは、どんな意識で作られているのでしょうか?

黒沢:振付家が欲しがっている動きを自分の身体で実現したいし、相手が想像している以上のことをやりたいと思っています。「ざまあみろ!」って裏切りたくなるんです(笑)。

黒沢美香

―ご自身が振付するときとは、裏表の関係みたいな(笑)。

黒沢:振付家とダンサーの間には、ゲームのような駆け引きがあるんです。振付家の言うとおりにやってもダンサーは面白くないし、振付家もダンサーが指示通りに踊るだけでは面白くない。だけど、あまりに違うことをやりすぎたら作品として成立しませんよね。お互いに挑発し合いながら、より一緒に高く飛ぶための共同作業を積み重ねているんです。

―振付家だけに主導権があるわけじゃないんですね。どちらかがコントロールしているようでしきれてないような、そんなあやふやでスリリングな関係性もある。

黒沢:そうですね。そしていざ上演が始まれば、振付家は舞台に立つわけにはいかないから、作品を台無しにするのも、神懸かったものにするのも、すべてはダンサー次第。振付家は客席でアワアワするしかない(笑)。

井手:そうそう(笑)。

黒沢:でも、一緒に猛スピードで高速道路を運転している仲間というか、特に自分がダンサーとして踊っているときはそんな感覚があります。なにせダンスは「生もの」だから、今日良くても明日はわからないじゃないですか。

井手:舞台に立つ美香さんを観ていると、まったく動かずに立ち尽くしているだけでも高速道路を走っているように感じて、鳥肌が立つんです。「その車にぼくも乗せてよ」って思うくらい(笑)、身体からオーラというか、刻まれた歴史を感じます。

井手茂太

黒沢:ありがとうございます。それはもともと、ダンスへの疑問というか、立っていてもダンス、寝ていてもダンス、というところからスタートしているので。

―「立っていてもダンス、寝ていてもダンス」というのは?

黒沢:もともと、技術的に洗練された人の踊りしかダンスと呼んではいけないのか? という疑問があったんです。むしろ、いま初めて踊ろうとしている人の身体にこそ、溢れそうなダンスがあるんじゃないか? そんなことを提示したかった。足を高く上げたり、美しく回ったりすることは、あくまでもダンスの一部でしかありません。伸びきらない手の美しさとか、そういう曖昧な部分にも「ダンス」を感じて惹かれるんです。

―いわゆる「ダンス」というと、伸びやかでコントロールされた身体の美しさを求めてしまいがちですね。

黒沢:私は身体が小さいこともあって、いわゆるダンサーらしさがないんです。既存の「ダンスの美しさ」の基準では、どうやってもダンサー体型の人に負けてしまう。だからその個性を強みにして、「凄み」で勝負しなければいけない。それが私のエネルギーになってきたと思います。

身体が柔らかいダンサーの踊りがいいかというと、必ずしもそうでもない。(井手)

―その意味では、井手さんも「既存のダンス」とは違った、独自のスタイルを確立されていらっしゃいます。ただ、イデビアン・クルーで踊ることはあっても、他の振付家の作品で踊ることはあまりありませんね。

井手:学生時代はありましたが、人の要望通りに踊れないので、他の方の作品に出演することはほとんどありません(笑)。単純に創作する側でいたいというのも大きいですし、ぼくも美香さんと同じようにダンサー体型ではないというコンプレックスがあるんです。

左から:井手茂太、黒沢美香

―「体型」の問題でいうと、手足の長い欧米人と比較して、日本人の体型はダンスに不利な点が多いですよね。

黒沢:だけど、ようやく体型がどうのこうのっていう時代は終わったと思いますよ。もちろん、昔からの「美しさ」の基準で見る人も少なくありませんが、そんな基準にとらわれずにダンスを楽しめる人も明らかに増えました。身体の柔らかさにしても、私は固い人の踊りのほうが、清潔感があって好きなんです。乾いていてカチッと直角があるような硬さには、律儀な美しさがあります。

井手:そうそう、身体が柔らかいダンサーの踊りがいいかというと、必ずしもそうでもないんですよね。ダンサーになるには、踊りや身体を動かすことが好きであればいい。技術は自然に身につくものだし、興味があればそれなりの身体になっていきます。体型も身体の柔らかさも関係ないんです。

―「身体」には、いろんな側面から感じられる魅力、可能性があるんですね。

黒沢:身体って不思議な生き物で、とても不器用なんです。頭で理解しようとすればするほど、右も左もわからなくなる。身体を使えば、パソコンでも携帯でも、ありとあらゆることができるじゃないですか。でも、身体そのものはとても素朴で、記録も保存もできないし、刻んでは消えていくことを繰り返しながら、ともに過ごしていくしかない。

―たしかに身体とは、一生付き合っていくしかありません。

黒沢:その代わり、手間暇をかけて可愛がってやると、さまざまな部分が磨かれていきます。でもそれは勉強して蓄積することともまた違うんですね。身体に向き合っていると、生きることの「地味さ」というか「太さ」が実感できるんです。どれだけテクノロジーが発達しても、稽古や公演は、その時間、場所を身体同士で共有しないと成り立たない。そんな身体の面倒くささも、優れた部分も、ダンスを通して理解することができるんですよ。

「ダンサーを目指すなら、とにかく『変な人』になってほしい」(黒沢)

―今年8月より、神戸のDANCE BOXにて、5年目となる『国内ダンス留学@神戸』が開催されます。お二人は振付家として関わりますが、そもそも『国内ダンス留学@神戸』とは何なのか、教えていただけますでしょうか?

横堀(NPO法人DANCE BOXプログラムディレクター):これまでDANCE BOXでは、ダンサー向けの短期ワークショップを行っていたんですが、どうしても趣味的で一過性のものになってしまう。本気でダンスをやりたい人と継続的に付き合っていきたいという思いから、この留学プログラムを始めました。

『国内ダンス留学@神戸』メインビジュアル
『国内ダンス留学@神戸』メインビジュアル

―「本気でダンサーと向き合いたい」からこそ、8か月も神戸で暮らしながら、週5日、1日8時間ダンス漬け、というハードな内容になっているわけですね。

黒沢:仕事も家庭も都合をつけて引っ越さなければいけない人も多いだろうし、とてもハードルが高いですよね。でも、その決断ができる人はすごいと思う。もし自分が20、30代だったらぜひ参加したかった。ダンスについてじっくり考えられる場所だと思います。

―参加者にはどんなことを教える予定でしょうか?

黒沢:教えようとは思っていないです。もともとダンスは習うものじゃないと考えていますから。ダンスというジャングルの中に入って、自分で獲物を仕留めてこそ面白いんです。だから私たちの役割は、ジャングルにはこういう武器があると便利ということや、テントの張り方を教えることで、もう一つ奥まで行けるという知恵を授けるだけ。でも、実際にジャングルに行くのはその人でなければなりません。

DANCE BOX主催『留学NEXT』 『花道ジャンクション』(振付:井手茂太)
DANCE BOX主催『留学NEXT』 『花道ジャンクション』(振付:井手茂太)

『国内ダンス留学@神戸』4期生成果上演
『国内ダンス留学@神戸』4期生成果上演

井手:誘い込むというか、誘導するような関わり方になると思いますね。こういう方法もありますが、選ぶのはあなた自身ですよっていう具合に。振付を創作する際も、洋服屋さんみたいに「こういう服はどう? 決めるのはあなたです」という感覚がある。まずはその人の動き、個性を見せてもらいながら、いいところを引き出していきたいと思います。

―表層的なテクニックよりも、深い学びを得ることができそうですね。

黒沢:私は、まず自分がどんなにカッコ悪いかをさらけ出すことだと思っています。それを見せてもらって「身体のどうにもならなさ」を参加者たちと共有したい。特にこのプロジェクトは、ダンスのテクニック以上に「ダンスで生きるとは何か?」を求めている人が多いはず。これまでの生活に区切りをつけて8か月間も通うわけですから、その貪欲さ加減は深いんですよ。

井手:覚悟を決めてきていますからね。

黒沢:「お前もやっちまったのか……」同士というか(笑)、一先輩として「これは大変な間違いだよ、罪深いことだよ」って思うし、「あなたの人生にとって、この決断は良かった」という祝福もある。とにかくここに来る人たちは半端ないんです。

左から:井手茂太、黒沢美香

―「本気のダンサー」とは、テクニックの問題ではなく「ダンスを通じてどう生きるのか」という意味での「本気」でもあるんですね。

黒沢:ここで学べることのキーワードは「不自由」だと思います。空いている時間にダンスを習うのではなく、ダンスで日常が強制的に埋め尽くされるなんて経験は、普通の生き方をしていたら得られません。ここにいれば、日常生活からも離れていられるんですよ。

―ある意味では、出家に近そうですね。

黒沢:たとえダンサー志望じゃなくても、「8か月、こういう形で生きることに挑戦してみよう」というモチベーションからの参加があっても面白いですね。もちろん、ダンス作品を作ることは甘い作業ではありません。一つの作品を作り上げるには、協調性や協力、努力を朝から晩まで、ずーっと積み重ねなければならないんです。

井手茂太

―一方で、参加してみたい気持ちを持ちながらも、8か月間神戸に移住するというハードルの高さに踏ん切りが付かない人も多いと思います。迷った挙句に、会社員を続けてしまう人もいるでしょうね。

井手:それだったら会社員のほうがいいですよ。こんな戦場に来ないほうがいい。

黒沢:そう、戦場ですよね。

―甘い考えで入ってくるな、と。

黒沢:でも、人生において大切だと感じられる戦場は、そういくつもあるわけじゃありません。ここが「戦場」だと気づいたら、迷わずに飛び込む勇気も必要です。

―最後に、これからの時代を担う若いダンサーたちにメッセージをいただければと思います。

井手:悪いことは言わないから、やめたほうがいい。違う道もあります(笑)。

―(笑)。

井手:それでもダンスを選ぶのであれば突き進みなさい、と言いたい。

黒沢:私も両親が舞踊家だったので、「やめたほうがいい」とよく言われました。半端な道ではないので、踊りが楽しいとかそういう理由では続けられないんです。それでもやってしまうのなら、とにかく変な人になってほしい。お利口なダンサーなんてならなくていい、ゴツゴツといろんな違う種類の人がいたほうが面白いじゃないですか。それが、ダンスの世界にとっての栄養になるんです。

イベント情報
『国内ダンス留学@神戸』5期生募集

2016年8月1日(金)~2017年3月27日(日)
会場:兵庫県 新長田 ArtTheter dB Kobeほか
募集締切:2016年6月13日(月)(場合によっては二次募集の予定あり)
振付家:
井手茂太
黒沢美香
黒田育世
寺田みさこ
平原慎太郎
山崎広太
余越保子
ほか
参加費:150,000円
応募資格:ダンス経験3年以上
奨学生:若干名(参加費全額免除)

プロフィール
井手茂太 (いで しげひろ)

1991年にダンスカンパニー「イデビアン・クルー」を結成し、1995年より本格的に活動を始める。既存のダンススタイルにとらわれない自由な発想で、日常の身振りや踊り手の個性を活かしたオリジナリティー溢れる作品を発表し、国内をはじめ、ヨーロパを中心とした23都市、のべ34箇所で作品を上演。また振付はもとより、個性派ダンサーとしても注目を集める。近年では、椎名林檎、星野源等のミュージックビデオの振付や出演、ナイロン100℃『パン屋文六の思案~続・岸田國士—幕劇コレクション~』、NODA・MAP『逆鱗』(作・演出:野田秀樹)などの演劇公演の振付も手掛けている。

黒沢美香 (くろさわ みか)

横浜生まれ。5歳から舞踊家の両親(黒沢輝夫、下田栄子)のもとでモダンダンスを習う。1982から1985年までニューヨークに滞在。当時のニューヨー・ダウンタウンのダンスシーンをリードする振付家の作品を踊り、国内外の公演に参加する傍ら、ジャドソン・グループのポストモダンダンスに衝撃を受けて、帰国後日本におけるコンテンポラリーダンスのパイオニアとなってダンス界を引っ張っている。群舞の黒沢美香&ダンサーズ代表、ソロダンス「薔薇ノ人クラブ」代表の他に、「風間るり子」と「小石川道子」の別名でも踊る。最近は踊る大学教授陣「ミカヅキ会議」を発足。舞踊コンクールで1位を5度受賞の他、新人賞、優秀賞、舞踊批評家協会賞、日本ダンスフォーラム賞、ニムラ舞踊賞など受賞。海外公演と全国でワークショップ多数。



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