
![]()
自分たちで「営業」もする、DIYなバンド「空中ループ」後編
インタビュー・テキスト:金子厚武 撮影:柏井万作(2012/01/05)
完全自主で活動していた空中ループが、その名を全国区に広めるまでの軌跡を追ったこの連載、大阪HOOK UP RECORDS編に続く後編は、タワーレコード新宿編。前編にもその名がちらっと出ていたタワレコ新宿店の柴田拓也氏との対談をお届けする。前回登場のHOOK UP RECORDS吉見氏が、空中ループにバンド運営を基礎から教え込んだ親代わりなら、柴田氏は同じ目線に立って成長を後押しした先生といったところ。2009年には非常に珍しいバンドとお店のコラボによる年4回のインストアイベント『オンガクノ光』を成功させるなど、その関係性は切っても切り離せないものだ。そんな両者の対談から改めて浮かび上がってきたのは、立場を超えた人と人とのつながりの重要性。どれだけ音楽を取り巻く環境が変わろうとも、人を動かすのが人の情熱であることには変わりがない。空中ループはそれを忘れることなく、誰かの喜ぶ顔を見るために、今も全国を飛び回っている。
CINRA.NET > 自分たちで「営業」もする、DIYなバンド「空中ループ」前編
空中ループ
2005年結成。メンバーは松井省悟(vo、g)、和田直樹(g)、森勇太(b)、さとうかおり(ds)の4人。2008年、ファースト・ミニ・アルバム『LOOP ON LIFE』でデビューし、その伸びやかで心地よいメロディ、ギター・ポップ・サウンドが注目を集める。2011年からは大谷友介、益子樹とタッグを組み、新プロジェクト「Walk across the universe」を始動させた。
‖空中ループ Official web
京都のバンドが東京でプッシュされ続けた理由
―まずは、両者の出会いから教えてください。
柴田:うちのスタッフが流通会社のお花見でたまたま松井くんと出会って、「うちで何かやろうよ」って話になり、その後に紹介してもらいました。バンドの人で直接お店とやり取りをしてる人っていなかったので、熱い人だなって思いましたね(笑)。
松井:僕が柴田さんと初めて会ったとき、好きなアーティストの名前が書いてあるバッヂをつけていたんですけど、そこに「the band apart」「SPECIAL OTHERS」って書いてて、「ちょっと空中ループは違うかな?」って思ったのをよく覚えてます(笑)。

左から:柴田拓也、松井省悟
―でもその心配は杞憂に終わって、『LOOP ON LIFE』を新宿と京都限定でリリースするに至るわけですよね。僕が個人的に面白いなって思うのが、普通京都のバンドだったら、地元で地盤を固めた上で東京に出てくるっていうイメージがあるんですね。でも、空中は最初から東京にアプローチしてたわけじゃないですか? それって考えがあってのことだったんですか?
松井:京都は言っても地方だし、そこだけだったら絶対広がらないから、東京も並行して捉えるっていうのはずっと意識してました。フットワークが軽くないとやっていけないなって。
柴田:確かに関西のバンドは大阪を経由して東京に来るっていうのが普通で、関西の店舗限定っていうアイテムはあったけど、関東と関西で1店舗ずつっていうのは初めてでしたね。でもそれがよくて、関東ではうちしか扱ってない分、「このバンド、どこのバンド?」っていろんな方に声をかけられました。
―それこそ、京都以上に新宿でめっちゃ売れたんですもんね。
松井:平台の展開を2ヶ所もやってくれたんですよ。普通のJ-INDIEのところに平台があった時点でびっくりしたんですけど、もうひとつ「新宿PUSH」っていうコーナーがあって、洋楽と邦楽が背中合わせになってて、たぶん裏はRADIOHEADでしたからね(笑)。本当にあり難かったです。
憩いの場としてのタワーレコード新宿店
―さっき少し話に出ましたが、やっぱりアーティストと直接やり取りをするっていうのは珍しかったわけですよね?

柴田:お店で働き始めてからもう何年か経ってましたけど、そういうモデルはなかったですね。レコード屋にいると、流通会社さんやレーベルがいて、事務所さんがいて、その奥にアーティストさんがいるっていうのが基本なんです。その間を飛ばして直接アーティストさんと話ができるっていうのはすごく密な感じがしたし、間を介してない分素直な意見が聞けたっていう印象はあります。
―やっぱり、そうなんですね。
柴田:今でこそ自分たちでプロモーションができる媒体さんがあったり、TwitterとかFacebookで宣伝もできるけど、当時は自分の足を使って営業までしてる人はいなかったし、ましてや地方のバンドが東京で営業するってホントに大変だったと思うんです。そういうこともあって、応援して行こうと思いましたね。
松井:初め自分らで周ってたときは、そんなに珍しいことだっていうのもわかってなかったんですよ。でも、そういう中でも新宿店はやっぱり特別で、いろんなとこ回って心が折れたら新宿店行って、「柴田さん、世の中厳しいですね」って(笑)。
―憩いの場になってたわけですね(笑)。
松井:ただ、やっぱり柴田さんにしても他のスタッフさんにしても忙しいので、店頭にいないことが多かったんですけど、そういうときは「バックラインにいるから、そっちに来て」って。初めは「入っていいんですか?」って感じだったんですけど…
柴田:アーティストさんがお店に来ること自体なかなかないけど、バックラインに「どうも」って入ってくるのは本当にないですね(笑)。でも、それも段々当たり前になっていって、他のスタッフも「松井くん来てるよ」って(笑)。
松井:新曲のデモができたら「新曲できたんすよ」ってCD-Rで持って行って、そこにあるCDプレーヤーでかけて、「どうすか?」って(笑)。
―アーティストとバイヤーという関係でもありながら、それを超えた密な関係性を作っていってたんですね。
柴田:「一緒にやっていこう」っていう感じがすごく新鮮でしたね。
松井:お店の記憶もありますけど、アルプス(バンドマンの打ち上げではおなじみの新宿にある居酒屋)にいるときの記憶が…
柴田:お店のときは音楽の話をして、アルプスには羽を伸ばしに(笑)。
松井:柴田さんの女の子の話を僕が勉強させてもらうっていう(笑)。
柴田:まあ、でもそんな話ばっかりじゃなくて(笑)、そこで「何かやろうよ」って色々話した中で出てきたのが、インストアのイベントの話で。イベントを単発でやることはよくあるんですけど、企画性を持ってやろうよって話をしたのはアルプスだったと思うんですよね。


































