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音楽を巡る環境はどう変わる? 建築する音楽家・小野寺唯に学ぶ

音楽を巡る環境はどう変わる? 建築する音楽家・小野寺唯に学ぶ

インタビュー・テキスト
杉原環樹
撮影:中村ナリコ
2015/04/22
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ブライアン・イーノの考え方に刺激を受け、自己表現としての音以外の可能性を考えるようになりました。(小野寺)

―小野寺さんが、空間における音楽のあり方に興味を持ったきっかけは何だったのでしょう?

小野寺:もとはNirvanaが好きなロック少年で、音楽専門学校でギターを学んでいました。ところが、日本の中流家庭に育った自分の中には、ロックの源流にあるような反体制的なスピリット、音楽や言葉を通じて強烈に伝えたいメッセージのようなものがまったくないことに気がついて、そんな自分がロックを続けることに違和感を持ちはじめました。そんな折、音楽史の授業でブライアン・イーノのアンビエントミュージック(一般に「環境音楽」と呼ばれる、イーノの提唱した新しい音楽形態)を聴いたんです。イーノは、音楽には作曲者のメッセージを一方的に発信するためだけではなく、たとえば空港で鳴らすことを前提とした『Music For Airports』のように、照明や家具に近い、環境を補完するデザイン要素としての機能や存在意義もある、というコンセプトを打ち立てた。そういった、娯楽以外での音のあり方に刺激を受け、自分でもエモーショナルな自己表現としての音以外の可能性を考えるようになりました。

小野寺唯

荏開津:「音楽と空間」と言っても、普通の音楽家は、自分の作った曲がコンサートホールやライブ会場でいかなる音質で演奏されるか、という点への関心が強いでしょう。そこを飛び越えて、建築そのものにも関与しようとするところが、小野寺さんの特徴的な所だと思います。サウンドアートの領域というのは以前からありますが、小野寺さんの関心や活動はもっと広い可能性へと向かっているような気がします。

小野寺:単純に音だけのことを考えるとなると、どうしてもアウトプットに限界があると思います。僕は、評価の基準が特定の感情や感覚に回収されないような音のあり方に興味があって、細かいところまで隠喩で埋め尽くされた作品のほうが好感が持てるんです。さきほどの荏開津さんの発言に関してですが、たまにライブをやると、僕たち音を発する側と、その音を受け取る側とのコミュニケーションの密度が気になってしまうのですが、そこには常にライブ空間そのものへの懐疑がありました。極端な言い方をすれば最近ではアルバムというフレームにも疑問があって、できれば音楽と一緒にそれが適切に受け取られる空間そのものも提供したいと思っているんです。たとえばサウンドシステムとソフトが組み込まれた部屋をオートクチュールで作る。実はそういった志向の商品は、大手メーカーからすでに商品化されています。たとえばパイオニアさんは、ACCOというサウンドシステムと長い年月をかけてアーカイブ化された環境音を使用して、家中のあらゆる音を1か所で操作可能なシステムも販売しています。

荏開津:音響建築、いや、建築の姿をしたスピーカーを作りたいのかな? と思うだけでも痛快ですが、とはいえ小野寺さんは、いわゆるオーディオマニア的な、高音質へのこだわりが強い人というわけでもない。オーディオマニア的志向がいわば「コントローラブル」な音を追求するものだとすれば、小野寺さんは音が「アンコントローラブル」な都市空間への関心も持っていますよね。

小野寺:はい。実は僕も、荏開津さんと同じようにグラフィティが好きなんです。街並の中に突然現れるゲリラ性が好きなんですが、それは、都市空間の生成のされ方にも非常に似ているからだと思います。現代の都市計画って時間がかかりすぎる故に決定時点では時代遅れになっている可能性が高いので、マスタープランが描かれることが少ないんです。つまり、企業や個人各々の意思が、それぞれ細胞のように育ちながら形になることで現代都市は出来ている。そのプロセスは、ある個人の意思が街の景観に介入していくことで変化が起きる、グラフィティとも通じていると思うんです。一方の音楽は、まだまだアルバムといったパッケージや、演奏会場のような閉じた場で発表することをもって完成である、という考え方が一般的です。でもそれを、路上や駅のようなより日常に近い場所でゲリラ的に流すことがあってもいいんじゃないかなと。ごく日常的に耳に入ってくる情報にもう少し気を使うだけで、日々の暮らしが楽しく豊かになるんじゃないかと思うんです。

小野寺唯

荏開津:グラフィティが意図せずとも日常生活で視界に入ってきてしまう、それと同じような受容の形を、音楽の分野でも広げたいということですか?

小野寺:そうです。先ほどの住居の例も家の中で「高音質で音を聴いてほしい」ということではなくて、たとえばキッチンで料理をする人が、流れる水の音と混ざった状態で聴くための音楽があってもいいんじゃないか。そういった、日常空間での居心地の良さにつながるような音の機能について、空間単位で考えたいということなんです。面白いことに、先ほど例に挙げた音響システムを備えた住宅への関心は、男性よりも女性の方が高いそうです。男性は一般的に技術的に突き詰めるような「高音質」を追求する傾向にある。対して女性は、カーテンや照明を選ぶように、空間のデザイン要素の1つとして音を求める。そういう意味では女性の方が、より日常生活での居心地の良し悪しに敏感なのかもしれません。

小野寺さんの考え方には、音楽を「個人のもので終わらせない」という意識がある。僕はそこにすごく共感しています。(荏開津)

荏開津:少し話はズレますが、ウォークマンの普及以降、僕らは音楽を携帯して聴くことに慣れていますよね。そこには個人で聴いて、個人の中で終わる音楽が一定数存在している。でも、小野寺さんの考え方には、音楽を「個人のもので終わらせない」という意識が一貫してある。僕はそこにすごく共感しています。何度か話題に上がっているグラフィティは、もともとはニューヨークの貧困街から生まれた文化で、その初期の担い手は、公立高校に通う若者たちでした。不景気の煽りで市の財政状況が悪くなると、日本でいうクラブ活動のような放課後の学校のプログラムから切り捨てられます。そこで、家庭にも学校にも居場所を失った子たちが街中にたむろし、壁にグラフィティを描き始めた。やむにやまれぬ状況から生まれた表現だったわけですが、結果的にそれは、世界中に離散したのです。

右:荏開津広

―都市に住む若者の、社会的なコミュニケーションツールの1つとしてグラフィティが存在しているわけですね。音のゲリラ性といえば、若年層にしか聞こえない周波数の不快な音を流し、その場所からの若者の撤退を促す「モスキート音」のような例もありますが、街中での音のそうした使われ方についてはどう考えますか?

小野寺:そうした使い方も、当然ありうると思います。

荏開津:誰だって、手段があれば使いますよ。

小野寺:音によって見えない柵を立てるようなものですしね。それに、音楽を物理的、心理的に作用させるような方法で、権力者が政治的に利用したケースは歴史的にもあるわけで。むしろ問題なのは、ポジティブな意味もネガティブな意味も含めて、そうした日常をとりまく音環境に対する意識がいまだに希薄であることだと思います。最近、プロジェクションマッピングに代表されるような「見えるデザイン」は飛躍的な進化を遂げて、飽和状態にすらなっていますよね。ところが、音や匂いのような「見えないデザイン」については、いまだにあまり意識されていない。それはなぜなのかと疑問に思うんです。また、時代と共に音楽を巡る環境は目まぐるしく変化していますし、これからの音楽家にはアルバムを作りライブをやるという従来のスタイルだけでなく、より積極的に社会に関与していくことが求められ始めていると思います。表現としてだけでなく、デザイン要素としての音楽の側面も重要になっているということです。

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リリース情報

Yui Onodera『Sinkai』(CD)
Yui Onodera
『Sinkai』(CD)

2015年4月16日(木)発売
価格:1,836円(税込)
Arctic Tone / AT-02

1. Sigure
2. Syakkei
3. Mon
4. Matou
5. Akatsuki
6. Sinkai
7. Kasumi
8. Kaori

イベント情報

『オール・ピスト京都』

2015年6月17日(水)~6月21日(日)
会場:京都府 アンスティチュ・フランセ関西、京都シネマ、同志社寒梅館ほか
パフォーマンス:
河合政之+浜崎亮太
ほか
映像作品上映:
『ガンジスの女』(監督:マルグリット・デュラス)
『マルグリット・デュラス、あるがままの彼女』(監督:ドミニク・オーヴレイ)
アジア・セレクション
パリ・セレクション
ほか
トーク:
ドミニック・オーヴレイ
シャーリーン・ンデュア(ポンピドゥー・センター・キュレーター)
※料金はプログラムにより異なります

プロフィール

小野寺唯(おのでら ゆい)

音楽家。音楽と建築を学び建築音響設計に従事の後、TV/WEBなどの音楽制作、プロダクト/インターフェイスのサウンド・デザイン、建築空間のためのサウンド・スペース・デザインなど手掛ける。2007年にソロアルバム『sinkai』をリリースの後、ダンサー、彫刻家、建築家など他分野のアーティストとのコラボレーションや、海外のサウンドスケープ研究プロジェクトに携わるなど、従来の音楽家の枠にとらわれない建築/空間/環境と音(楽)の関係性を追求している。2015年4月16日、「AN/AY」傘下のDub・Ambientレーベル「ARCTIC TONE」より約8年振りとなるソロアルバム『Sinkai』をリリース。

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆家、DJ、『オール・ピスト京都』プログラム・ディレクター。京都精華大学/東京藝術大学非常勤講師。90年代初頭より、執筆、翻訳、選曲などを生業とし、クラブ、ストリートカルチャーの領域において国内外で活動。近年はより批評的なアプローチをとり、展覧会、映像祭のディレクションなどを手がける。翻訳書に木幡和枝、西原尚との共訳『サウンドアート ──音楽の向こう側、耳と目の間』日本語訳(2010年)など。

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Suchmos“PINKVIBES”

Suchmosがアルバム『THE KIDS』より“PINKVIBES”のPVを公開。山田健人(dutch_tokyo)との久々のタッグとなるこの映像。余裕すら感じるシュアな演奏シーンやふとした表情が絶妙なバランスで映し出される。燃え盛るピンクの炎と、それに向けるメンバーの強い眼差しを見ると、Suchmosがこれからどんな風景を見せてくれるのか期待が高まる。(飯嶋)