現代アートを学びながら工芸との関係を考えるAITトークレポート

19世紀のアーツ・アンド・クラフツ運動に、現代のアートの「別のあり方」を探る

現代アートを巡る多様な場作りをミッションとして掲げるNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト](以下、AIT)。その活動に、第一線で活躍するアーティストやキュレーター、美術館関係者らを講師として迎える教育プログラムMAD(Making Art Different)や、アーティストやキュレーターを日本に招聘、または海外に派遣し、その滞在期間中、ネットワークの形成を行いながら、作品の制作やリサーチ、アーティストトーク、展覧会などを行うレジデンスプログラムがある。

メインビジュアル(デザイン:古平正義)
メインビジュアル(デザイン:古平正義)

そんなMADの2017年のテーマは「ホリスティック(Holistic)」。一言で表すと「全体性」を意味するが、MADでは「健やかに生きること、ものごとを癒すこと」と広く捉え、現代アートを軸に、生活や工芸、新たな共同体づくり、同時代の社会に生きる様々な人との関わりなど、あらゆる視点から日々の疑問や気づきを拡張させるプログラムとなっている。一方で、レジデンスプログラムにおいても、このテーマに通底する活動を行う二人のアーティストがロンドンの歴史あるアートセンター、カムデン・アーツ・センターとの恊働により来日した。

ロンドンを拠点に活動するジャクソン・スプラーグとエヴァ・マスターマン。東京でレジデンス滞在中の二人をAITの副ディレクター、ロジャー・マクドナルドが迎え、2月17日に代官山AITルームで『Unknown Arts & Crafts ― 無銘のアートと工芸』と題されたアーティストトークとディスカッションが開催された。

イベント会場風景 撮影:浅井孝秋
イベント会場風景 撮影:浅井孝秋

「なぜいま工芸なのか?」と、イベント名を疑問に思う方も多くいるだろう。工芸というテーマを考えるにあたって、19世紀にアーツ・アンド・クラフツ運動を率いたイギリス人、ウィリアム・モリスの存在を欠くことはできない。産業革命の中心地イギリスにおいて、急速に失われつつあった手仕事の重要性を説くことでアートと生活の融合を目指したモリスの思想は、日本にも柳宗悦による「民藝運動」という形で深い影響をもたらした。

この民藝運動をきっかけに工芸を介した結びつきを強めていった日本とイギリス。その当時の状況に、現代のアートの「別のあり方」が示唆されているのかもしれない。そして、その可能性はアートの文脈で未だ十分には語られていないのではないか。こうした問いが本イベントを開催する動機になったとマクドナルドは語る。

AITの副ディレクター、ロジャー・マクドナルド 撮影:浅井孝秋
AITの副ディレクター、ロジャー・マクドナルド 撮影:浅井孝秋

スプラーグとマスターマン、彼らは何に着目し、どのような作品を作っているのか?

イングランド南西部・デヴォン州出身のスプラーグが育った田舎町には小さな図書館があり、彼は幼いころからそこに通い詰めていた。本に囲まれた毎日を送る中で、その後の活動に決定的な影響をおよぼすことになったモチーフ、「エンドペーパー」と出会ったことについて話してくれた。

左から:エヴァ・マスターマン、ジャクソン・スプラーグ 撮影:浅井孝秋
左から:エヴァ・マスターマン、ジャクソン・スプラーグ 撮影:浅井孝秋

エンドペーパーは日本では聞き慣れない名前だが、本の始まりと終わりに挟み込まれる独特の幾何学模様で彩られたページのことを指している。日本の書籍でも、古い時代の単行本に使われているのを見たことがある人がいるかもしれない。

『Decorative endpaper, Atelier Luc-Antoine Boyet,』(1693) スプラーグは、エンドペーパーについての論文『To be Beautiful and to Die' - Distraction and the Decorative Endpaper』も書いている
『Decorative endpaper, Atelier Luc-Antoine Boyet,』(1693) スプラーグは、エンドペーパーについての論文『To be Beautiful and to Die' - Distraction and the Decorative Endpaper』も書いている

一見、何の意味もなさないこのページだが、見る者に何らかの精神的な効果を与えているのか、どんな役割を備えているのかに関心を持った彼は、モノの持つこうした力を「パフォーマティヴエレメント(異なる作用をもつ要素)」と呼び、制作に取り入れるようになったという。

彼が手掛ける作品は、ギャラリーにキュレーターを作品と一緒に住まわせ、その記録写真を展示したものや、ギャラリー内に想像上のキャラクターが住んでいる設定で、オブジェをキャラクターに見立てて周囲との関係を構築していくといったような、人間と空間、生活がそれぞれに作用しあう実験室の一部のようにも見える。

ジェシー・ワイン(2015年AITに滞在)との2人展『Real Texture』 スプラーグとワインによる機能性や装飾を備えた陶芸作品は、自由に配置を変えることやアレンジを加えることも可能とした
ジェシー・ワイン(2015年AITに滞在)との2人展『Real Texture』 スプラーグとワインによる機能性や装飾を備えた陶芸作品は、自由に配置を変えることやアレンジを加えることも可能とした

一方、大学でファインアートを専攻したマスターマンは、あるとき、アートの世界で「粘土」という素材が復活してきている傾向に気が付いたという。

撮影:浅井孝秋
撮影:浅井孝秋

粘土は日常の中にありふれた素材でありながら、アートの文脈で用いられることも多い。生活とアートの横断を、粘土を通して模索することができるのではないかと考えたのだ。

彼女が作る粘土を用いた作品は、私たちが普段の生活の中で目にする器や道具に一見すると似ているが、よく見るとそれとは異なる、用途が宙に浮いたモノだ。この彼女の手法の意図は「日常に身近なモノを本来の文脈からずらし、別の魅力を与えること」にある。作品を通して、あるひとつのモノが異なるモノに変化していく過程を提示し、「作者・作品(モノ)・鑑賞者」の関係に問いを投げかけているのだ。

『Used』(2016)
『Used』(2016)

『Used Jugs』(2016) マスターマンは、釉薬を使って制作過程を捉えながら、作り手や工房の環境、作品が持つ共犯関係を表している
『Used Jugs』(2016) マスターマンは、釉薬を使って制作過程を捉えながら、作り手や工房の環境、作品が持つ共犯関係を表している

また、彼女は都内の骨董市を訪れた際に見つけた伝統的な工具の使い方や、工事現場で見つけた器具が一見して分からなかったことで、逆にその形態から魅力と可能性を見出した、というエピソードも滞在中の経験として語ってくれた。これは、スプラーグが話した「エンドペーパー」にも通じるモノの見方だろう。

撮影:浅井孝秋
撮影:浅井孝秋

身近なモノに宿る表現の可能性。そこから見出される、「ホリスティック=全体性」というキーワード

言語的な慣習から自由になることによって出会える、あらゆるモノに内在する可能性と、本来とは異なる作用を再発見すること。その実践とも言える二人のエピソードは、「表現の持つ力はまだまだ身近なモノに潜んでいるのではないか?」という問題提起でもあるのではないだろうか。

工事現場などで見られる安全柵のおもりの写真を見せるマスターマン 撮影:浅井孝秋
工事現場などで見られる安全柵のおもりの写真を見せるマスターマン 撮影:浅井孝秋

後半のディスカッションでは、日本とイギリスの陶芸の歴史にも触れた。スプラーグとマスターマンは、歴史の中で紡ぎ出された参照点を自由に取り入れ、心地よく伝統と今を行き交いながら創作している。

日本語で「全体性」と訳される「ホリスティック」は、「生活」と「アート」というバラバラに捉えられがちな事柄同士をイコールの関係で結びつけ、それぞれのあり方を見つめ直す契機になるものだ。その息吹が今こうして再び日本に届けられた。来日した二人のアーティストからのバトンを受け、今度は私たちが身近なモノからそうした視点を発見し、生活をより豊かにしていく番である。

イベント情報
1回から学べる現代アートの学校「MAD」
オンラインで学べる無料レクチャー「FREE MAD」
AITのレジデンス(アーティスト/キュレーター滞在制作およびリサーチ研究)プログラムについて
AIT ARTIST TALK #69『Unknown Arts & Crafts ― 無銘のアートと工芸』

2017年2月17日(金)
会場:東京都 代官山 AITルーム

AIT ARTIST TALK #70 『FUTURE BODY TALK ― 未来の身体を想像すること』

2017年3月17日(金)
会場:東京都 代官山 AITルーム
時間:19:00~21:00
※要予約

MAD無料体験レクチャー『London Night ― 現在のロンドンアート事情』

2017年3月28日(火)19:00-20:30
会場:東京都 代官山 AITルーム
時間:19:00~20:30
※要予約

プロフィール
エヴァ・マスターマン

領域横断的なワークショップやセミナー、執筆を通して、素材とプロセスを深く調査し、作品に投影している。制作と視覚芸術の境界、および先入観に焦点を当てたアプローチは、多くの学問領域をまたぐ「拡張領域」の中心にありながら、素材の特性を捉えた芸術彫刻でもある自身の彫刻的領域にまつわる批評的な言語を生みだしている。

ジャクソン・スプラーグ

スプラーグの作品は、美学と機能性、彫刻と絵画、あるいは永続的なものと短命的なものの緊張関係を扱っている。それは時として、家の間仕切りが絵画になり、壁に掛けられた絵画が同時に石膏で象られた彫刻となり、色が塗られたボール紙が陶芸作品であるといった方法で表現される。物理的かつ心理的な関係性のこうした曖昧性が、スプラーグの表現の特徴である。



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