気の遠くなるほど手間がかかるアートプロジェクト、「こだわる人」に愛されるハートランドの哲学

とにかく手間がかかっている、説明もナレーションもない1本の動画

ビールブランド、ハートランドが展開するアートプロジェクト『SLICE OF HEARTLAND』。これが何やらすごいことになっている。その動画をチェックしてみれば一目瞭然だが、とにかく大変な手間がかかっているであろうことは、素人目にも分かる。


しかし、冒頭に『SLICE OF HEARTLAND』というタイトルが表示されるだけで、説明やナレーションが一切つけられていないこの動画が、果たしてどんな意図のもと、何を表現しているのかは分からない。否、まったく分からないわけではない。ハートランドのマークは、ラジャー・ネルソンが描いたイリノイ州の穀倉地帯の風景画をヒントに、マツダやコクヨなど数多くのシンボルマークを手がけるデザイナーのレイ吉村がデザインしたもの。動画では、そのハートランドのマークを模した寄木細工がスライスされ、断面のラフスケッチが現れた後、それを人の手で細密画のように描き起こす様子が表現されている。

『SLICE OF HEARTLAND』制作過程

『SLICE OF HEARTLAND』制作過程

『SLICE OF HEARTLAND』制作過程
『SLICE OF HEARTLAND』制作過程

その細密画をもとにデザインを仕上げ、ポスターを作り、それを飲食店に寄贈し、写真を撮る。そして、最後にその一枚いちまいのポスターをコマ撮りして1本の動画に繋げると、1本のハートランドの木が完成する……。アートたるもの、ただ見たまま、感じたままで、いいのかもしれない。しかし、気になることは気になる。なので、今回のプロジェクトのアートディレクター窪田新のもとを訪れ、直接聞いてみた。このアートプロジェクトの意味するところは、何ですか?

ハートランドというビールによって繋がるコミュニケーションをデザインしてほしい――それが最初の依頼でした。そこには、ふたつのレイヤーがあって。ひとつはハートランドを置いているレストランやバー、カフェとのコミュニケーション。そして、もうひとつは、そのお店を訪れるお客さんとのコミュニケーションです。それを留意しながら、今回の企画を考えました。

「すごく効率が悪いけど、誰もやろうとしないこと」にチャレンジすべき必然性とは?

それだけ聞くと、コミュニケーションデザインにおける当たり前の考え方を話しているようにも思えるが、窪田があえてその話をしたのには、ハートランドというビールが持つ、ユニークな特性も関係しているようだ。1986年に誕生して以来、その味はもちろん、緑色のボトルやデザインも、すべて変えていないというハートランド。しかも、このビールを置いている飲食店は、いわゆる「こだわりの店」が多いようだ。逆に言うと、こだわりを持つ人に認知され、愛されている商品であり、あまり派手な広告展開は、必ずしも求められていない。というか、むしろ嫌われる傾向にあるようだ。知る人ぞ知る、こだわりの逸品。そんなハートランドの特性に応える表現として、チームが考えたのは、100種類のポスターを作って、それを飲食店に寄贈するというアイデアだった。

100種類作るというのはすごく大変だし、効率の悪いことだと分かっていたのですが、そういう誰もやろうとしないことにチャレンジすることが、クラフトマンシップ溢れるハートランドというブランドには、合っているのかなって思ったんです。それで今回、お店ごとに異なる100種類のポスターを作らせてもらいました。

『SLICE OF HEARTLAND』ポスター
『SLICE OF HEARTLAND』ポスター

デジタル技術とアナログ表現が生んだエモーショナルな仕事

企画からローンチまで、実に1年半の歳月をかけたという今回のアートプロジェクト。飲食店の名前が印刷された、一点もののポスター100種類には木の断面が描かれている。その理由とは?

ロゴマークの大樹を全国のお店に切り分けていくという考え方にもとづいています。100種類のポスターを繋げると1本の大樹になるので、ポスターを通して全国のお店が繋がるムービーが作れると考えました。そもそもハートランドのロゴの大樹は『止まり木』を表しているので、全国のお店を止まり木に見立てることもできる。そこへお客さまが羽を休めに行くという発売当初からのコンセプトを引き継いだコミュニケーションになっています。

ただし、本当に大変だったのは、そこからだった。ロゴマークをもとに、木の根の張り方から枝ぶり、葉っぱのつき方を研究し、それをCGに起こすことから始まったという今回の作業。

左:ハートランドのロゴマークをもとにCGで作られた木の断面、右:CGに手描きで動きと年輪を加えたスケッチ
左:ハートランドのロゴマークをもとにCGで作られた木の断面、右:CGに手描きで動きと年輪を加えたスケッチ

そして、その断面を解析しようにも、年輪のつき方が分からない。しかも、アニメーション化した際の効果的な動きも念頭に置かなくてはならない。こうして、さまざまなスタッフの協力のもと組み上がった原画を、細密画を得意とするイラストレーター17人が手で描き起こす。すべてのポスターがオンリーワンになるように文字のレイアウトも含めこだわった。本当に気が遠くなる作業の繰り返しだったそうだ。

『SLICE OF HEARTLAND』ポスター
『SLICE OF HEARTLAND』ポスター

しかし、作業はまだまだ終わらない。こうして完成したポスターを、今度はハートランドを置いている東阪100の飲食店に寄贈し、撮影させてもらう。

ポスター展示風景
ポスター展示風景

その過程を一気に見せるのが、今回の動画というわけだ。

今回のプロジェクトは、発売当時からクラフトにこだわってきたハートランドだからできた。CGなどのデジタル技術と手描きやコマ撮りなどのアナログ表現が境目無く融合して、2015年版ハートランドの大樹が作れたと思います。試行錯誤しながらの進行でしたが、時間をかけて様々な方の技術を借りてエモーショナルな表現になったと思います。仕事のサイクルが早い昨今では、すごく幸福な環境でした。

かつて六本木にあった伝説のビアホール「つた館」。もともとは、そこのハウスビールとして誕生したというハートランド。手作りのビアジョッキや手書きのポスターなど、個性的なビアホールとして知られた「つた館」は、やがて数々のアーティストの作品を展示する、ギャラリーの役割を果たすようになる。その中心にあるのは、そこに集う人々であり、彼らが交わし合うコミュニケーションであった。

つた館
つた館

そもそも「ハートランド」のネーミングには、「心のふるさとであり、ほっとしたときに戻るところ」という想いが込められているそうだ。そんなハートランドの哲学を受け継いだ作品とも言える、今回のアートプロジェクト。けっして多くを説明することはしないけれど、その意味するところが分かったときに、ブワーッと数珠つなぎで、より大きな意味と、背後に存在する人々の姿が浮かび上がってくるようなアート作品。それが、この『SLICE OF HEARTLAND』なのだ。

作品情報
『SLICE OF HEARTLAND』

HEARTLANDの新たなアートプロジェクト、SLICE OF HEARTLAND。一枚一枚手描きしたすべてデザインの異なる世界に100枚しかないポスター。100枚のポスターが、このビールを愛する100の飲食店の壁を彩っていく。

ウェブデザイン

Art Direction, Planing:イムジョンホ(mount inc.)
Technical Direction 梅津岳城(mount inc.)
Design:長谷川弘佳(mount inc.)
Project:Management 吉田耕(mount inc.)
Development:梅津岳城(mount inc.)、まぼろし



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