インドの多文化社会が生んだアート トゥクラール&タグラの世界

インドのアート界で現在最も注目されているアーティスト・デュオ、それがトゥクラール&タグラだ。1991年のインド経済自由化以降、グローバル化の真っただ中で思春期を過ごした2人は、絵画や彫刻、インスタレーションに至るまであらゆるメディアを通じて作品を発表し続けている。そんなトゥクラール&タグラの日本で初めての単独展『Science, Mystery & Magic』が、9月3日より東京画廊+BTAPにて開催中だ。当初は3月に企画されていた本展覧会は一度震災の影響で延期となったものの、半年越しの展覧会の実現に、トゥクラール&タグラは喜びと期待を隠せない様子。今回の新作で、スーパーマンなどアメリカンヒーローを登場させて注目を浴びる彼らの作品に込められた意図とはなにか? 近年のインドにおける文化事情なども絡めて、おおいに語ってもらった。

―はじめまして。ところで、素敵な靴を履いていらっしゃいますね!

タグラ:ありがとう! 前回日本に来たときにコム・デ・ギャルソンで買ったんです。インドには店舗がないので…。

―ということは、これまでにも日本にいらしているんですね。

トゥクラール:そう、何度か来日しています。日本は大好きな国なんです。

―今回は日本で初めての単独での展覧会開催ということですが、おふたりにとってどんな思いがありますか。

インドの多文化社会が生んだアート トゥクラール&タグラの世界
スミール・タグラ

タグラ:まず話しておきたいことは、私たちの活動はいわゆるリサーチ・プロジェクトという位置づけで、2004年からずっと続けてきているんです。今回の日本での展覧会も、その延長線上にあるととらえています。そもそもプロジェクトを始めようとしたのは、僕たちの祖国インドはアフリカに次いで世界で最もHIV感染者の多い国で、今でも深刻な問題なんですが、僕たちのデザインや作品を通して少しでも若い世代にHIVへの関心と予防意識を高めてもらえないかという思いからです。つまりこのプロジェクトは、あらゆる社会問題をデザインや作品によってどのように人々とアクセスさせるか、どんなメディアで正しくメッセージを伝えられるかという、コミュニケーション・デザインの実験でもあります。当初は小さな実験のようなものでしたが、今では現代美術の力を借りてあらゆる方向に進化しています。

―なるほど。そして、ここにある本『Thukral & Tagra』は、そのプロジェクトや作品について網羅したものですね?

タグラ:はい。これは2007年に僕らが出版した作品集で、これまで制作してきた作品の流れやプロジェクトの内容が全て分かってもらえると思います。ここにある作品はニューヨークで展示して、最終的にはデリーでも展覧会を行いました。先ほども言ったように、リサーチ・プロジェクトを始めた当初から、ヴィジュアルアートとして進化してきていると思います。たとえば、コンドームのメタファーとして「スーパーマン」を使うとか。来年にもまた新しく本を出すんですが、この本の3倍くらいのボリュームになる予定で、現在デザイン作業中です。

インドの多文化社会が生んだアート トゥクラール&タグラの世界

―ものすごい量ですね…! 楽しみにしています。おふたりが2003年にスタートしたデザインスタジオ「Bosdek Design」とは?

トゥクラール:じつは、Bosedk Designはスタジオというよりも、これがプロジェクトそのものなんです。もともとギャラリーでの展覧会としてスタートして、インドの偶像をモチーフにした僕たちのオリジナルデザインTシャツからあらゆる日用品のパッケージまで、お店のように「商品」を展示しました。ちなみにBosedkっていうのはヒンディー語のスラングなんですが、ちょっと野蛮な言葉で…。

―どういう意味なんでしょうか?

タグラ:えーと、「Fuck You」みたいな感じ(笑)。インドには20以上の異なる言語があり、実際には地域ごとにそれぞれちょっとずつ意味も違うんですけどね。とりあえず、よく使われるスラングなんですよ(笑)。

―まさかそんな意味だとは想像もつかなかったです(笑)。

タグラ:意味を知らないと、なんだかオシャレなフランス語の単語みたいに見えるかも(笑)。2回目の展覧会は、デパートのような内装をして商品をずらりと陳列して、オーディエンスには実際にそのパッケージを触ってもらったり、味を見て匂いをかいでもらったり、とにかく実際に体験してもらえるものでした。それら全てを僕たちが「Bosedk Design」としてデザインしたんです。僕たちが住んでいる地域には26のショッピングモールがあって、だれもがそこに買い物に行きます。このプロジェクトには人間の消費生活のメタファーが込められているとも言えます。

2/4ページ:スーパーヒーロー達がラテックス(=コンドーム)を身につけるのは、世界を救うため

スーパーヒーロー達がラテックス(=コンドーム)を身につけるのは、世界を救うため

―今回の展覧会『Science, Mystery & Magic』のコンセプトとは何でしょうか?

タグラ:まさに「スーパーマン」です。こんなストーリーを想定してもらえれば良いでしょうか。「世界を救う」存在として、スーパーマンがやってきます。そこで、スーパーマンが、ロイス・レーン(スーパーマンに登場するヒロインで、ワンダーウーマンに変身する)に恋をし、ラブメイキングする。あるボタンを押すと、スーパーマン以外のスーパーヒーロー一団も皆やってきます。バットマンに、ワンダーウーマンに、ロビンまで、世界を救うために…。こんなふうに物語が始まり、それをひたすら繰り返すわけです。

―本当にスーパーヒーローが勢ぞろいですね(笑)。

インドの多文化社会が生んだアート トゥクラール&タグラの世界
ジテーン・トゥクラール

トゥクラール:彼らスーパーヒーロー達は、普段の姿から変身すると決まってコスチュームを身にまといます。そして世界を救う。彼らが身につけるコスチュームの素材であるラテックスはコンドームの素材と同じですよね。ラテックス(=コンドーム)を身につけるのは世界を救うため。つまり、世界を救う存在である彼等はセーフセックスの実践者というか、そういうメタファーになっています。

トゥクラール&タグラ Thukral & Tagra『SCIENCE, MYSTERY AND MAGIC III (BATMAN+WONDERWOMEN+ROBIN+SUPERMAN)』 2011 Oil on canvas 67
トゥクラール&タグラ Thukral & Tagra『SCIENCE, MYSTERY AND MAGIC III (BATMAN+WONDERWOMEN+ROBIN+SUPERMAN)』 2011 Oil on canvas 67" x 72" x 3" (183 x 183x 7.5cm) ※クリックで拡大

―こちらの作品も、上半身は花で隠されていますが、足の部分を見るとスーパーマンだと分かりますね。

タグラ:そう、アメリカのスーパーヒーローもラブメイキングをしている。そこに、仏教の寺院やスパイスがたくさんあるインドのカルチャーや、僕たちの日常にあるものとを照らし合わせてみるんです。例えば、インドで有名なカジュラーホーの寺院には、ミトゥナ像という男女が交わる官能的な仏像があります。展覧会ではそれらの像の作品を同じ部屋に並べてみています。つまり、スーパーマンは「ハリウッドのアイコン(像)」で、それをインドのボリウッド(ボンベイ(現ムンバイ)+ハリウッドをもじった言葉で、インドの巨大な映画産業を象徴する名称)のアイコンと絡み合わせてみる。ちなみに、ハリウッドと違って、ボリウッドでは昔はキスシーンすら上映禁止だったんですよ。今ではすこしゆるくなったんですが。

トゥクラール&タグラ Thukral & Tagra『Fiction Love # II』 Oil on canvas 48
トゥクラール&タグラ Thukral & Tagra『Fiction Love # II』 Oil on canvas 48" x 36" each(122 x 92cm) ※クリックで拡大

トゥクラール:今回の展覧会では、ボリウッドのアイコンである花を壁紙や作品にもモチーフとして使っています。ボリウッド映画では、ラブシーンが登場すると必ず花の絵が出てきて、肝心の描写を花で覆い隠すというお決まりのオチがあるんですが、そこからヒントを得ています。そしてその花に隠れてスーパーマンが「カーマ・スートラ」ポーズでラブメイキングしている(笑)。

―「カーマ・スートラ」ポーズって?

トゥクラール:古代インドには「カーマ・スートラ」という性交のときの体位を描いた愛の経典があって、全部で64ポーズあると言われています。この作品のシリーズを「フィクション・ラブ」って呼んでいるんです。フィクションでありながら、純粋な愛を表現していたり、二重の意味を持たせています。

―あと、こちらの『ESSENTIALS』シリーズも大変気になっているのですが…。

トゥクラール:この『ESSENTIALS』シリーズは今回の展覧会のカギとなる作品です。スーパーヒーローシリーズでおなじみのクラーク・ケント(スーパーマン)とロイス・レーン(スーパーマン)、そしてブルース・ウェイン(バットマン)とロビン(バットマン)が、それぞれカップルで横たわっているという作品です。

トゥクラール&タグラ Thukral & Tagra『ESSENTIALS (CLARK KENT & LOIS LANE 2)』 2011 Oil on canvas 48 トゥクラール&タグラ Thukral & Tagra『ESSENTIALS(CLARK KENT & LOIS LANE 2)』 2011 Oil on canvas 48
画像左:トゥクラール&タグラ Thukral & Tagra『ESSENTIALS (CLARK KENT & LOIS LANE 2)』 2011 Oil on canvas 48" x 36" x 3" (123 x 91.5x 7.5cm) 2 piece set
画像右:トゥクラール&タグラ Thukral & Tagra『ESSENTIALS(CLARK KENT & LOIS LANE 2)』 2011 Oil on canvas 48" x 36" x 3"(123 x 91.5x 7.5cm) 2 piece set ※クリックで拡大

―カワイイし、ポップな作品ですね。

トゥクラール:セーフセックスへの責任感をアピールするだけでなく、セクシーで、等身大に感じてもらえる作品にしたかったんです。例えば、バットマンであるブルース・ウェインのコスチュームは皆見たことがあるにしても、下着姿は見たことがないでしょう? とにかく楽しんでもらいたいと思って作った作品なんです。

3/4ページ:日本の若い世代の人たちにも、もっと積極的にお互いを魅了するっていう意識を持ってもらえたらいいな、と思っています

日本の若い世代の人たちにも、もっと積極的にお互いを魅了するっていう意識を持ってもらえたらいいな、と思っています

―1991年以降インドの経済が自由化したとのことですが、それもあなた方の作風に影響を与えているのでしょうか?

トゥクラール:見てもらえば分かるとおり、僕たちは英語も話すし、服装だって日本人と変わらないでしょう? もちろん、ヒンドゥー文化が嫌いなんてことはないんですが、僕たちが学生のころから、そういう多文化社会だったんです。実際、ヒンドゥー文化のみの生活をした記憶も全く無いくらいで。

インドの多文化社会が生んだアート トゥクラール&タグラの世界

―多文化的な環境だったんですね。

タグラ:インドには常に新しい文化が入ってきているし、僕たちは必ずしもアメリカンカルチャーだけを追い続けてきたわけではないんです。スパイダーマンやバットマン、スーパーマンに囲まれて育ったけど、決してアメリカンカルチャーのアイコンとして影響を受けているというわけではないんですね。僕たちは、ミックスされた文化の中で生きている。

―なるほど。

タグラ:スーパーマンは今や非常にグローバルなアイコンでしょう。ボリウッドやハリウッドに限定せず、僕たちのメッセージを伝えるメタファー(比喩)としてピッタリでした。さらには、オーディエンスからの反応も良かったし。インドの若者はポップカルチャーが大好きで、特にハリウッドとボリウッドの融合というコンセプトは非常に喜ばれました。

トゥクラール&タグラ Thukral & Tagra Science, Mystery, Magic, Myth 1, 2011 Oil on canvas 84
トゥクラール&タグラ Thukral & Tagra Science, Mystery, Magic, Myth 1, 2011 Oil on canvas 84" x 110"(213 x 280 cms) ※クリックで拡大

―実際にインドの若いオーディエンスからはどのようなリアクションを感じていますか?

トゥクラール:メッセージを伝えるためのコンテンポラリーな表現として、僕たちのアプローチを受け入れてくれている、ということは実感しています。アートって、ただ壁に掛かっているだけのものではなく、オーディエンスと相互作用するゲームのようなもの。展覧会に来てくれた人たちが、実際に作品に触って、感じて、さらには一部を持って帰ってもらえるようにもしたいと思っているんです。

―というと…?

インドの多文化社会が生んだアート トゥクラール&タグラの世界

タグラ:オリジナルのビーチサンダルも、持ち帰ることができる作品です。これは今回の東京での展覧会でも販売します。ビーチサンダル以外にも、いろいろな媒介を通じて表現することで、もっとオーディエンスとインタラクティブな関係を築きたいんです。さらに、僕たちのプロジェクトは決してギャラリーというスペースだけを意識したものではありません。時には路上であったり、クラブであったり、パブだったり、あらゆるシーンを想定した「動くプロジェクト」なんです。例えば以前の展覧会では、実際にベッドを用意して、さらには下着から、ランプ、靴下、ステッカー、そしてさっきのビーチサンダルまで、実際のプロダクツに至るまでデザインを施しました。

―ビーチサンダルの柄も、コンドームの装着方法の図がモチーフになっていますね。

タグラ:そうなんです。でも、日本はインドに比べるとHIVの感染者ははるかに少ないと思いますが、セーフセックスに限らず、別のメッセージもあると言えます。前回日本に来たときに、日本の若い人たちが結婚していてもあまりラブメイキングに夢中になれないケースが増えていると聞いたんです。そこで、今回こういったものを展示することで、日本の若い世代の人たちにも、もっと積極的にお互いを魅了するっていう意識を持ってもらえたらいいな、と思ったんですね(笑)。

4/4ページ:メッセージをオープンに感じてもらうための、僕たちなりのアイデアや方法がある

メッセージをオープンに感じてもらうための、僕たちなりのアイデアや方法がある

―では逆に、年齢層が高いオーディエンスからはどのような反応があったのでしょうか?

タグラ:今のところ、年齢に関係なく楽しんでもらえていると実感しています。僕たち自身は、インドの中流家庭に生まれて、それぞれ結婚して自立しているし、社会的な責任もある。そういう意味でも、僕たちがこのようなプロジェクトを単なる悪ふざけでやっているわけではないと理解されたとたん、どんな世代の人も僕たちの作品やプロジェクトを好きになってくれるんです。 ちなみに僕たちの国には性教育というものがないので、セックスをタブー視して、その話題に触れないようにしてしまいがちなんです。親の世代もどうすればいいか分からないし、結局何もしない。でも若い世代はすごく興味があるし、話を聞きたい。まさに「セーフセックス」のメタファーとしての「スーパーマン」の意味を捉えてもらえれば理解を得やすいし、まずは少しでもオープンに感じてもらうことが重要だと思っています。

―ところで、何度も日本に訪れているということですが、おふたりの好きな日本のアーティストはいますか?

タグラ:好きなデザイナーやアーティストはたくさんいます。日本のデザインや漫画が大好きで、漫画ならガンダムや『あしたのジョー』がお気に入りなんです(笑)。

―詳しいですね! それ以外にあなたの創造性をインパイアする存在といえば、何でしょうか?

タグラ:(即答で)日本! 日本は食事から文化まで、本当にあらゆる面でインスパイアされます。僕たちはいろいろなものに影響されるというか、自分たちの個性としてどんどん取り入れます。

―ありがとうございます。ここで、おふたりの視線から見た、インドのクリエイティブ界の魅力的な部分についても教えていただけますか?

タグラ:まずは、ものすごいスピードで成長しているというところですね。美術館もたくさん出来ているし、現代美術は絵画や彫刻だけでなく、あらゆる新しい作品が次々に生まれています。コレクターたちも勉強熱心で、アートを求めて世界中へ旅していくというガッツがある。もちろん、アーティストは世界で起きているさまざまなことも知らなければならないし、作品には社会性や知性が重要になってくると思います。

トゥクラール:同感。今後が楽しみです。

―では最後に、今後この展覧会へ訪れる方へメッセージをお願いします。

タグラ:友達をたくさん連れてきてほしいです(笑)!

トゥクラール:セーフセックスを(笑)!

イベント情報
『トゥクラール&タグラ展「Science, Mystery & Magic」』

2011年9月3日(土)~9月24日(土)
会場:東京都 中央区 東京画廊+BTAP
時間:火~金曜は11:00~19:00、土曜は11:00~17:00
閉廊日:日、月曜、祝日

プロフィール
トゥクラール&タグラ

デリー美術大学出身のジテーン・トゥクラールとスミール・タグラによるアーティスト・デュオ。2003年に「Bosedk Design」を共同で設立し、広告やオフィスの内装、プロダクトデザインを手がけ、2005年よりトゥクラール&タグラ名義で絵画や彫刻作品、インスタレーションを発表している。近年は、HIVの問題をあつかったオリジナルデザインのコンドームや、下着、サンダルなどを制作し若い世代にアピールしている。日本では2009年に六本木・森美術館で開催された『チャロ! インディア』で、インドの地方の若者たちのポートレートを貼ったチョコシロップのパッケージがずらりと並ぶ作品などで話題を呼び、現代インドの最先端のアーティストとして紹介されている。



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