脚本家・野木亜紀子は600年前の「失われた物語」に何を見出したのか? 映画『犬王』を語る

忘れられた人々の「声」を拾い集め、それを「物語」として大衆の前で「演じる」こと。アニメ界の鬼才・湯浅政明監督の新作映画『犬王』は、室町時代に活躍した異形の能楽師・犬王(アヴちゃん(女王蜂))と、盲目の琵琶法師・友魚(森山未來)の運命的な出会いを描いた、スペクタクルな音楽活劇となっている。

古川日出男の小説『平家物語 犬王の巻』を原作に、その脚本を野木亜紀子が担当していることも大きな注目を集めている本作。野木亜紀子といえば、『アンナチュラル』、『MIU404』といったテレビドラマのオリジナル作品、さらには映画『罪の声』の脚本などで、「声なき者たちの物語」あるいは「忘れ去られた人々の声」を拾い上げてきた人気脚本家だ。

本作も、「奪われて失われた」者たちを描く。異形の子として生まれて蔑まれた犬王と、幼い頃に父と自らの視力を失った友魚。二人はバディとなって埋もれた平家の物語を大衆に語ることで室町時代のポップスターとなるが、ともに「しいたげられた者」という共通点を持つ。野木が、この『犬王』の物語から抽出したものとは、果たして何だったのか。完成した映画への想いとあわせて話を訊いた。

※本記事には一部本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

『犬王』が描く「奪われて失われた物語」に、これまでつくってきた作品との親和性を感じた

―本作の制作が発表された時点で、「監督・湯浅政明、脚本・野木亜紀子、キャラクター原案・松本大洋、音楽・大友良英」という並びに、とても興奮しました。しかも、原作は『平家物語』のアニメ化も話題となった、古川日出男さんの『平家物語 犬王の巻』であるという。

野木:ちょっと情報量が多いですよね(笑)。

―アニメーション映画であること、時代物であることなど、野木さんにとっても、新しい要素の多い作品だったように思いますが、本作のオファーがきたとき、野木さん自身は、まずどんなことを考えたのでしょう?

野木:いちばん最初、本作のプロデューサーの竹内(文恵)さんから連絡をいただいた時点では、まだ大友さんの名前はなかったんですけど、湯浅監督の新しいアニメーション映画で、キャラクターデザインは松本大洋さん、そして古川さんの小説が原作であるという話を聞きました。

もともと、湯浅監督のアニメ『四畳半神話大系』(2010年)や『マインド・ゲーム』(2004年)のファンで、とんでもなく面白いと思っていたんです。「アニメパワー」が尋常じゃないなと。その湯浅監督と仕事ができるのなら、やってみたいなと思いました。

野木:しかも、松本大洋さんがキャラクター原案を描かれるという。松本大洋さんも、じつはいちばん初期の『STRAIGHT』(1988年)からコミックスを持っているくらいで……。特に松本さんの『ZERO』 (1990年)という漫画が大好きで、私のなかでは殿堂入りしています。何度読んでも、最後は必ず泣いてしてしまう(笑)。だから『犬王』のお話を聞いたときは、「なんだ、この夢の取り合わせは!」と思いました。

―そうだったんですね。

野木:とにかく原作を読んでみようと思って、古川さんの『平家物語 犬王の巻』を読んだら、すごく面白い小説で。この作品を湯浅さんがアニメにするなら見てみたいし、もし仮にこの話を自分が断って、他の人の脚本でつくられたとしたら、絶対に悔しいだろうと思ったんです。

お話をいただいたときはテレビドラマで忙しい時期で、スケジュール的にはかなり厳しかったんですけど、もう「やるしかない」と引き受けました。

『犬王』予告編

―当初、湯浅監督と野木さんというのは意外性のある組み合わせだなと思ったのですが、原作小説を読んでみたところ、今回の映画の冒頭で「奪われて失われた私たちの物語」と語られるように、これまで野木さんがドラマなどで描いてきたテーマと、かなり通じるところがある話だと思いました。

野木:そうですね。私も原作を読んでいて思いました。これまで自分がつくってきた作品と、親和性の高い物語だなって。

―といっても、原作自体は、いわゆる「時代物」というか『平家物語』のスピンオフ的な話であること、古川さんならではの独特な語り口で書かれていることなど、なかなか脚本化しにくいところもあったのではないですか?

野木:今回はプロットや構成については、それほど悩まずにスムースにつくれたんですよね。最初の段階で、構成が浮かぶタイプの原作だったというか。そもそもこの原作って、小説としてすごく面白いじゃないですか。語り口が独特で、こんな小説、あまり読んだことがない。ただ、余白の部分、本文では語られていない部分が、結構多かったりするんですよね。

―そうですね。かなり客観的な視点で淡々と書かれていて、登場人物たちの心情描写も、ほとんどなく……そもそも「会話」自体が、それほど多くないですね。

野木:そういう意味で、この小説の面白さというのは、あくまでも「小説の面白さ」なんですよね。つまり、そのままでは映画にならない。ただ、小説を読んだときから、その余白の部分をもうちょっと前に出していけば脚本にできるなっていう感覚があったんです。

1本の映画にするために、ミステリーとしてこの物語をどう見せるかということ、「犬王」と「友魚」という2人の主人公の「バディ」を、ストーリーとしてどう見せるかということ――その2つに力点を置いて、最初のプロットをつくっていきました。

「名前」がないのは呼ぶ人がいないから。「名乗ること」や「名を呼ばれること」を物語の鍵にした理由

―今回の映画が、この原作から抽出したキーワードのひとつとして、「名前」があるように思います。友魚の名前が変わっていくなど、名乗ることや呼ばれることが重要な要素になっていますよね。そのあたりは、野木さんの意向だったのでしょうか?

野木:そうですね。最初にプロットをつくる段階で、この原作から何をピックアップするかと考えたときに、「名前」というものをキーにせざるを得なかった。

というのも、犬王自体、詳しいことがわかってないんですよね。本人が自ら「犬王」と名乗ったという話で、原作でもそれ以前の名前は明かされていない。だから実際にプロットを書こうとしたとき、幼少期の犬王のことを「犬王」とは書けないなと思ってしまって。

―なるほど。

野木:だから、最初の頃の原稿では、彼が自分のことを「犬王」と名乗るまでは、「異形の子」としていました。

名前がないと、プロットを書くうえでも不便で困るんです。そのとき、「名前がないのは、呼ぶ人がいないから」だと思い浮かんで、そこから「犬王」の名前と、「友魚」「友一」「友有」っていう、もうひとりの主人公の名前の変化を、前に出していきました。

─友魚は琵琶法師の座に入ったことで「友一」の名を与えられ、やがて「友有」と名を改めます。

野木:彼の名前がどう変わっていくのか、なぜそこで変わっていくのか……詳しくは映画を見てほしいのですが、2人が自分の「名前」をつかんでいくような物語なんだっていう大筋が、そこでひとつできていきました。

いまをどう照射していくのか。現代との地続き感を出したかった

―呼ぶ人がいることによって、初めて「名前」が必要となるというのは、耳を傾ける人がいることによって、初めて「物語」が語られるというテーマと同じくらい、本作にとっては重要なテーマになっていると思いました。映画の冒頭は、室町時代ではなく、現代からスタートしますが、これも野木さんのアイデアだったのでしょうか?

野木:そうですね。600年前って昔過ぎて、ちょっとピンとこないじゃないですか。それでも、いまとの地続き感というか、現代につながっている感じは出したいなっていうのがあって。そうじゃないと、どこか異世界の話のように感じてしまうと思ったんです。時代劇に慣れ親しんでいない、若い子には特に。

でも、この物語ってまったくの異世界の話ではないですよね。600年前の日本で、こういうことが本当にあったかもしれない……その地続き感を出すために、「現代から始めて、そこから過去にさかのぼるっていうのは、どうですか?」と湯浅さんに提案しました。

―野木さんのこれまでの脚本作にも通じますが、現代社会に対するアクチュアリティーというか、その物語がどのようにいまの現実社会とつながっているかという視点を、すごく大事にされているのですね。

野木:現代に通じるものがないと、「なぜいま、この作品をつくるのか?」という気持ちになってしまいます。いまをどう照射していくのか……もちろん、そうじゃない作品もあっていいと思いますけど。

―本作にある、権力者によって人々の「物語」が奪われていくところも、「異世界」の話ではないなと感じました。

野木:そうですね。権力者によって、犬王の「物語」自体が奪われていくというのは、ひどい話ですよね。でもそれって、まったく他人事じゃない。現代でもあり得る話だと思っていて。

権力者が「これは、けしからん」と言って、いきなり奪い取ってしまう。そういうことって、いまの社会でもあることじゃないですか。それに対する疑問や警戒心は、やっぱりありますよね。

―実際、犬王=道阿弥は、観阿弥・世阿弥の観世座と人気を二分するほど有名な能楽師だったようですが、その記録自体はほとんど残っていないそうですね。

野木:実在の人物で、世阿弥に影響を与えたことはわかっているのに、記録が残っていないどころか、作品すらも残っていない。それって、どういうことなんだろうって考えてしまいます。そこに目をつけた原作の古川さんの視点が面白いですよね。

「完成したものを見て本当にビックリしたんですよね。『もう、能ですらないじゃん』って(笑)」

―野木さんはもともと、いわゆる時代ものや古典作品に親しまれてきたほうなんですか?

野木:ほとんど触れてこなかったですね。せいぜい池波正太郎さんの時代小説を読んだり、大河ドラマを見たりするくらいで。でも、今回は原作もあって、その原作自体が、時代を踏まえつつもかなりファンタジーな物語なので、時代ものであることにはそんなにとらわれなくてもいいのかなと思ってはいましたが……湯浅さんが、想像を遥かに超えて、まったくとらわれていなかった(笑)。

完成したものを見て本当にビックリしたんですよね。「もう、能ですらないじゃん」って(笑)。音楽自体がロックだし、バレエを踊っちゃっているし。もう、さすが湯浅さんというか、湯浅さんの頭のなかには最初からそういうイメージがあったのかもしれないけど、まわりの人は多分誰ひとりとして、こういうことになるとは思ってなかった(笑)。

―もう少し能に近い静かなイメージだったのでしょうか。

野木:静かとは思っていなくて、もっと「和」なのかと。テンポについては当時の猿楽が、いまの能の3倍くらい速いということは、最初から聞いていたんです。打ち合わせの段階から、「ロックフェス」とか、「ポップスター」みたいなことを湯浅さんがしきりにおっしゃっていたんですけど、それって「例え」で言っているんだと思うじゃないですか。

あくまでも、和楽器を中心とした「和」の世界のなかで、あえてそういう「例え」を出しているんだろうなと。多分、プロデューサーも、そう思っていたんじゃないかな。大友さんも最初は和楽器メインの曲をつくったらしいんですけど、「いや、ちょっと違うんですよね」みたいな話になったらしくて。「あ、例えじゃなかったんだ」っていう(笑)。

野木:それで思い出しましたけど、湯浅さんが「イカす」っていう言葉を使いたいって、台詞を上書いてこられたんです。でも、600年前に「イカす」っていう言葉はないし、現代でも使わない。ちょっと1980年代風のイメージですよね。

だから、「せめて、『様良し』くらいにしませんか?」って提案したんです。それでも「いや、『イカす』がいいんですよね」と譲らなくて、「どういう感覚なんだ?」と疑問に感じて、結構やりとりを重ねたんです。実際できあがった映画を見たら、もう、そんなのどうでもよかった(笑)。だって、覚えてないですよね? 「イカす」っていう台詞があったかどうかなんて。

―ええと……どうでしたっけ(笑)。

野木:もう、エレキギターが鳴っちゃってるし、ほかのことに驚き過ぎて、本当に些細なことを気にしていたなって思いました。アヴちゃんがすごくナチュラルに「イカす」って言っていて、自然でしたし。エピソードの時代考証については、実在した人物も登場するので、細かなところで考証の先生にもいろいろ相談しながらやってはいるんですけどね。

アニメーションの力で見る者の感情を喚起する、湯浅作品ならではの「謎パワー」

野木:今回アニメって大変だなと思ったのは、当たり前なんですけど、全部絵で描かなきゃいけないことでした。登場人物たちが着ている衣装なども全部当時のものを調べてあらゆる角度から絵に起こして、なおかつそれを動かしていく。

それも含めて、この映画は湯浅さんのアニメならではの「謎パワー」を本当に強く感じました。『マインド・ゲーム』や『四畳半神話大系』の最終回にも感じたのですが、湯浅さんの作品には、登場人物の心情や見る側の共感ではなく、アニメーションそのものの力で喚起される言い表せない感情があって。あれは何なんでしょうね? 謎なんですけど。それが「湯浅ワールド」っていうことなのかもしれないですね。

―歌や音楽もすごいですけど、湯浅アニメならではの、大胆かつ自由な絵の動きは今作でも大きな魅力ですね。

野木:音楽と絵が一体となった、あのグルーヴ感はすごい。あれはやっぱり映画館で見ないと、ちょっともったいないですよね。アヴちゃんと森山さんの歌もすごいので。こういう状況なので、なかなか難しいんですけど、応援上映をやりたいような映画だよねっていうことも、みんなで話していました。

ひとつの体験として、本当にいち観客として、あの場で犬王の舞台を見ているような気持ちになれるので、なんとしても映画館に行って、体感してもらいたいです。

作品情報
『犬王』

2022年5月28日(土)から全国公開

監督:湯浅政明
脚本:野木亜紀子
原作:古川日出男『平家物語 犬王の巻』(河出文庫刊)
キャラクター原案:松本大洋
音楽:大友良英
声の出演:
アヴちゃん(女王蜂)
森山未來
柄本佑
津田健次郎
松重豊
配給:アニプレックス、アスミック・エース
プロフィール
野木亜紀子
野木亜紀子 (のぎ あきこ)

脚本家。代表作に映画『罪の声』『アイアムアヒーロー』、ドラマのオリジナル作品に『アンナチュラル』『MIU404』『コタキ兄弟と四苦八苦』など。『獣になれない私たち』で『第37回向田邦子賞』を受賞。



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