ゲルハルト・リヒター展が東京国立近代美術館で開幕。『ビルケナウ』など日本初公開作も多数

メイン画像:ゲルハルト・リヒター『ビルケナウ』2014、油彩、キャンバス ©Gerhard Richter 2022 (07062022)

今年90歳、60年の画業をたどる展覧会

現代アートの巨匠、ゲルハルト・リヒターの大規模個展が、6月7日から東京・竹橋の東京国立近代美術館で開催される。

1932年にドイツ東部のドレスデンで生まれたリヒター。本展では今年90歳を迎えたアーティストの60年におよぶ画業を振り返る。

リヒターの日本の美術館での個展は16年ぶり、東京では初めて行なわれる美術館での大規模個展となり、ゲルハルト・リヒター財団のコレクションと本人所蔵作品から122点が一堂に会する。『フォト・ペインティング』や『アブストラクト・ペインティング』といった作品シリーズをはじめ、油彩画、写真、デジタルプリント、ガラス、鏡など多様な素材を用いて取り組んできた作品群を通して、リヒターのキャリアをたどる展覧会だ。

ここではオープニングに先駆けて行なわれた内覧会の模様をレポートする。

鑑賞者や周囲の風景が映り込むガラスや鏡の作品群、1970年代から取り組む『アブストラクト・ペインティング』

入口を抜けると、まず大きなガラスのインスタレーションが出迎える。壁面にはガラスの作品を取り囲むようにして『アブストラクト・ペインティング』の作品群が並ぶ。

展示室の中央に配置された『8枚のガラス』には、作品を見ている自分自身やほかの鑑賞者の姿、そして周りの作品などが映り込んで見える。横から見てみると、それぞれのガラスは異なる角度がついて立っていることがわかる。置かれた場所やその時々でさまざまなイメージを映し出すガラスや鏡を用いた作品は、「見るということはどういうことか」という根源的な認識を問うてきたリヒターの姿勢が表れている作品群だ。会場には本作のほかにも鏡やガラスの作品が展示されており、鑑賞者は展示室をめぐりながら「見る」ということを意識させられる。

『アブストラクト・ペインティング』は、リヒターが1970年代から40年以上にわたって描きつづけてきた抽象画のシリーズ。1980年代から導入したスキージと呼ばれる自作の大きなヘラのような道具などを用い、塗り重ねて削られた絵の具が複雑な画面をつくりだしている。

本展には大小さまざまな『アブストラクト・ペインティング』の作品が集うが、後述する『ビルケナウ』(2014年)以降の、色彩が鮮やかな『アブストラクト・ペインティング』が展示されていることも見どころのひとつ。リヒターがこの作品を描き終えたあとに「もう絵は描かない」と宣言した2017年の『アブストラクト・ペインティング』も出展されている。

ゲルハルト・リヒター『アブストラクト・ペインティング』1992 油彩、アルミニウム 作家蔵 ©Gerhard Richter 2022 (07062022)
ゲルハルト・リヒター展 会場風景 ©Gerhard Richter 2022 (07062022)
ゲルハルト・リヒター展 会場風景 ©Gerhard Richter 2022 (07062022)
ゲルハルト・リヒター展 会場風景 ©Gerhard Richter 2022 (07062022)

ホロコーストという主題に取り組んだ4枚の絵画の連作『ビルケナウ』が日本初公開

本展は大きなテーマごとに作品が展示されているものの、明確な章構成で展示室を区切ることを避け、新旧の多様な作品が混在する展示空間になっている。

会場構成や展示プランはリヒター自身が考え、美術館側とディスカッションしながら制作したという。本展のキュレーターで、東京国立近代美術館主任研究員の桝田倫広は「来場者が自由に見て周り、自発的に作品間の結びつきを発見できるような、開放的な展示構成を心がけた」とその狙いを話す。

1932年にドレスデンに生まれ、ドイツが東西に分断される直前の1961年に西ドイツへ移住したリヒター。ホロコーストの表象はキャリア初期からの課題であり、1960年以降、何度か取り組んだものの断念していた。

2014年に完成させた『ビルケナウ』(nos.64〜67)は、アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所で囚人が隠し撮りした写真を描き写したイメージのうえに、黒、白、赤、緑の絵の具で塗り重ねた4点の巨大な抽象画だ。4点の絵画は、絵画とまったく同寸の4点の複製写真と、鏡の作品『グレイの鏡』と併置される。ゲルハルト・リヒター財団はこの『ビルケナウ』を散逸させないことが設立のきっかけになったという。日本では今回が初公開となる。

色鮮やかな『カラー・チャート』の作品は、1966年に初めて制作されたシリーズ。展示作品『4900の色彩』は、約50cm四方の25色のカラーチップ、全196枚から構成される。『カラー・チャート』は空間にあわせて異なる展示方法がとられ、今回は2つの壁面にわたって並ぶ。

鮮烈な色彩が目を引く『カラー・チャート』と対照的に、グレーの色彩が画面を覆う『グレイ・ペインティング』は、『カラーチャート』と対面するかたちで展示されている。リヒターにとって、グレーの色彩は「なんの感情も、連想も生み出さない」「『無』を明示するのに最適な」色なのだという。

妻や子など身近な存在をモデルにした作品群も

本展の展示作品は、作品の完成からリヒターが手元に置きつづけた作品が中心となっている。家族の肖像や、身近な風景を描いた作品もあり、妻のザビーネを撮影した写真にもとづく作品『水浴者(小)』『トルソ』や、自身の子どもたちを描いた作品『モーリッツ』『エラ』も見ることができる。さらに花や髄骸骨といった、西洋絵画の古典的なモチーフを取り上げた作品も並ぶ。

絵画と写真、2つのメディアを行き来する

2011年からスタートしたデジタルプリントのシリーズ『ストリップ』の大きな横長の作品と向かい合うように展示されているのは、新聞や雑誌の写真、家族の写真などをキャンバスに描いた『フォト・ペインティング』シリーズの作品『モーターボート』。遠くから見るとピンボケした写真のようにも見えるが、実際は広告写真をキャンバスに投影して描いたもので、近づいてみると刷毛目が見え、絵画だと認識することができる。

絵画と写真という2つのメディアを行き来してきたリヒター。『ルディ叔父さん』は同名の絵画をあえて焦点をぼかして撮影した写真作品だ。同様に写真をもとに描いた絵画を、写真パネルとして再制作した『8人の女性見習看護師』は、アメリカ・シカゴで起こった殺人事件の被害者をモチーフにしている。

リヒター唯一のフィルム作品や、昨年に描かれたドローイングも公開

本展には85点を超える日本初公開作が展示されているが、リヒター唯一のフィルム作品『フィルム:フォルカー・ブラトケ』(1966年)もその一つ。作家仲間には知られた美術愛好家だったものの一般的には無名の人物だったフォルカー・ブラトケという人物を映し続けた作品で、焦点がぼけた抽象的な映像からは同時代のフォトペインティングとのつながりも感じさせる。

展示会場の出口に向かう最後のセクションでは、向かい合うように『オイル・オン・フォト』と『アラジン』の作品群がずらりと並ぶ。日付が作品タイトルになっている『オイル・オン・フォト』は、その名のとおり写真に油絵具を塗りつけた作品群。写真は人物が写ったものから風景までさまざまで、抽象的な絵の具の混ざり合いが被写体を覆う。

ゲルハルト・リヒター『オイル・オン・フォト』の作品 ©Gerhard Richter 2022 (07062022)
ゲルハルト・リヒター『オイル・オン・フォト』の作品 ©Gerhard Richter 2022 (07062022)

そして展覧会を締めくくるのが近年のドローイング作品だ。2017年以降リヒターは絵画をこれ以上制作しないと宣言しているが、ドローイングの制作はつづけている。定規で引かれた線やフリーハンドの線、ぼかして描かれた陰影など多様な描画法が用いられており、抽象的だが風景画のようにも見える。今回は2021年に描かれた25点を見ることができる。

本展は多様な作品群から「見る」ということを問いつづけてきたリヒターの創作の軌跡をたどることのできる貴重な機会。東京国立近代美術館での開催後は、10月15日から愛知・豊田市美術館に巡回する。

イベント情報
東京会場
2022年6月7日(火)~10月2日(日)
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館
時間:10:00〜17:00(金・土曜は10:00〜20:00、入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜(ただし7月18日、9月19日は開館)、7月19日、9月20日

愛知会場
2022年10月15日(土)~2023年1月29日(日)
会場:愛知県 豊田市美術館


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