芥川賞・高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』はどんな作品?身近な人間関係の難しさ描く

メイン画像:高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』

7月20日、第167回『芥川龍之介賞(以下、芥川賞)』の受賞作が、高瀬隼子氏の『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)に決定した。

日本文学振興会が主催し、同日に発表される『直木三十五賞(以下、直木賞)』とともに毎回話題となる『芥川賞』だが、そもそもどんな特徴を持つ文学賞なのか? 『タイム・スリップ芥川賞』(ダイヤモンド社)、『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)などの著者として知られ、過去の受賞作をすべて読んだ菊池良氏が解説する。

第167回『芥川賞』受賞作が『おいしいごはんが食べられますように』に決定

第167回『芥川賞』が高瀬隼子(たかせ・じゅんこ)さんの『おいしいごはんが食べられますように』に決まりました。

今回は候補作の作者がすべて女性ということも話題になりました。約90年近い歴史がある『芥川賞』のなかで、これは初めてのことです。また、候補作5作のうち4作の作者が初候補。そのうち2作が、文芸誌の主催する公募新人賞の受賞作という回でもありました。

『芥川賞』ってどんな賞? 選考委員の全員が「現役作家」

『芥川賞』は文豪・菊池寛が創設した、純文学を対象とする文学賞です。1935年からはじまり、途中で数年の中断をはさんでいますが、約90年近い歴史があります。

純文学の定義は難しいですが、純粋な芸術性を目的に書かれた小説作品を指します。『芥川賞』と同日に発表される『直木賞』はエンターテインメント作品が対象です。

『芥川賞』は毎年、上半期と下半期の2回行われます。上半期は12月~5月、下半期は6月~11月、その半年間のうちに雑誌掲載された新進作家の中短編作品のなかから候補作が選ばれます。候補作が発表されるとその翌月に選考会が行われ、選考委員の議論を経て受賞作が決まります。

特徴的なのは選考委員の全員が実作者で、評論家はいないことです。実作を繰り返してきた作家が、その審美眼で受賞作を選びます。

受賞作が発表されると、その日のうちに作者の記者会見が開かれ、その日の夜や翌日のニュースで放映されます。書店でも『芥川賞』の受賞作としてプッシュされ、作品はたちまちベストセラーになります。

さきほども書いたとおり、候補の対象は半年間のうちに発表された新進作家の作品で、今回でも候補にあがったとおり、公募新人賞を受賞したデビュー作も候補の対象になります。

つまり、デビューしたばかりの作家がわずか数か月で時代の寵児になる可能性があり得る賞という側面もあります。

余談ですが、今回は受賞作を発表する前の時点で、すべての候補作が単行本化、電子書籍化されていました。『芥川賞』は雑誌掲載された作品が候補の対象なので、まだ単行本化されていない作品が候補作の多くを占めます。発表日のあとに単行本化、電子書籍化ということも珍しくありません(前回受賞した砂川文次さんの『ブラックボックス』も発表日のあとに発売です)。

今回のように、受賞作の発表より前に単行本化する傾向が今後もつづけば、興味を持った人がすぐに書店で単行本を購入でき、『芥川賞』はますます盛り上がることでしょう。

『おいしいごはんが食べられますように』はどんな作品か

『おいしいごはんが食べられますように』の舞台は、全国に支社があるラベル・パッケージの会社の埼玉支店。そこで働く二谷と芦川、押尾の三角関係を描いています。

芦川は体調を崩しやすくて早退や欠勤が多く、その穴埋めをまわりがしています。同じ給料なのに「できない人」のフォローをまわりがすることに、二谷と押尾は「ちょっといらっとする」と意気投合します。しかし、二谷が仕事で失敗した芦川をなぐさめたことがきっかけで、ふたりは恋人関係になるのです。

芦川はお菓子づくりが趣味で、つくったお菓子を会社に持ってきて同僚たちに振る舞います。しかし、だれかがそのお菓子を食べずに捨てている……。いったいだれが?

食べものの描写もさることながら、本作は多様性の話でもあります。

さまざまなタイプの人間がひとつの職場で働く会社という場所で、いらつきや理不尽を感じながらも関係を構築しなければならないひとびとを描いています。現代人が日常的に感じる人間関係の難しさ、割り切れなさを書いた作品なのです。

作者の高瀬さんは1988年生まれ。大学時代から文芸サークルなどで活動をはじめ、卒業後は会社員として働きながら年に一作のペースで公募新人賞に投稿していたそうです。2019年に『犬のかたちをしているもの』で、集英社の文芸誌『すばる』が主催する公募賞『すばる文学賞』を受賞してデビュー。2021年の『水たまりで息をする』が『芥川賞』の候補に。『おいしいごはんが食べられますように』で2回目の候補になり受賞しました。

ほかの候補作『家庭用安心坑夫』『ギフテッド』『N/A』『あくてえ』

ほかの候補作も、ちょっと乱暴ですが、あらましを紹介します(並びは作者名の五十音順です)。

小砂川チト『家庭用安心坑夫』(講談社)。主人公が日本橋の三越で実家のタンスに貼られてあるはずのシールを見つけるところからはじまる、不条理的な味のある小説。『群像新人文学賞』を受賞したデビュー作で、初候補です。

鈴木涼美『ギフテッド』(文藝春秋)。親元を離れて歓楽街で働くホステスが、母親の入院を期に家族や死と向き合います。鈴木さんは社会学系の本やエッセイも書く著述家で、本作はデビュー中編小説であり、初候補です。

年森瑛『N/A』(文藝春秋)。女子校に通う主人公が「かけがえのない他人」を求めながら定型的な押しつけにもがきます。『文學界新人賞』を受賞したデビュー作で、初候補です。

山下紘加『あくてえ』(河出書房新社)。母親と父方の祖母と3人で暮らす小説家志望の主人公が、「本当の人生はこれから始まる」と思いながら周囲の心ない言葉に反発を覚えます。山下さんは2015年に『文藝賞』を受賞してデビュー。本作で初候補です。

このように紹介しましたが、純文学は一行で要約できるものではありません。なにか引っかかるものがあれば、ぜひ手にとってみてください。

難解な作品が多くの人に読まれるきっかけをつくってきた『芥川賞』の功績

1935年に創設された『芥川賞』はもうすぐ90年目を迎えます。半年に一回、新進作家の優れた作品に授与されるというルールはずっと変わりません。新進作家が書く最新の純文学ということもあり、その作品は時代とともに併走してきました。

今回、候補になった作品にも介護やヤングケアラー、定型句による抑圧、SNSの暴力性、新型コロナといった現代的な問題が散見されます(もちろんそれがすべてではありません)。

そもそもが純文学とは芸術作品であり、その優秀作を現役作家である選考委員が選ぶので、必然的にとても鋭利な作品が選ばれます。

ときには一般受けしない、読者から難解とも受け取られる作品が受賞することもあります。しかし、そんな難解な芸術作品が、たくさんの読者に読まれるという状況ができあがっています。

これからも『芥川賞』では、アクチュアルでエッジの効いた作品が選ばれつづけることでしょう。それをリアルタイムで読むことができ、また過去をいつでも参照できることは、とても豊かなことだとわたしは思います。



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