橋本治『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』が復刊。40年前の小説が今に贈るメッセージ

メイン画像:『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』(集英社)

1983年発売の小説が、40年近くの時を経て復刊

橋本治の『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』(集英社)が、12月15日に出版されました。1983年に出版された小説の復刊です。

物語は、東大卒のイラストレーター田原高太郎のもとに、ガールフレンドからある依頼がやってくるところからはじまります。それは「探偵」になってほしいというものでした。

依頼人は、彼女の知り合いのおばあちゃん。映画『犬神家の一族』を見ながら、自分の一家と似たところがあると胸騒ぎがしたおばあちゃんが、「探偵さん呼んでくれ」と言ったのです。それも、「『私立』探偵といっても国立大学を出た探偵がいい」と。そこで東大卒の田原に白羽の矢が立ちました。彼が探偵のふりをすることで、おばあちゃんを安心させようというのです。

田原たちはおばあちゃんの住む鬼頭家へ向かいます。そこはターミナル駅から地下鉄で一駅行ったところにある住宅地でした。田原たちが鬼頭家を訪れたあと、おばあちゃんは何者かに殺されてしまいます。はたしていったい誰が殺したのでしょうか? 田原たちは犯人をめぐって推理合戦をすることになります。

さきほども書いたように、この本が出版されたのは1983年。近年、シティポップへの国際的な注目や、1980年代の画風を取り入れたイラストの流行など、この時代への注目度は高まっています。

橋本治は1977年に小説家デビューし、1980年代の文芸を牽引したひとりです。いったい1980年代の文芸では、なにが起こっていたのでしょうか?

ほかの作家が文字にしないことを書く。橋本治の文章の特徴

橋本治は1948年に生まれました。東京大学文学部を卒業後、イラストレーターとして活動したあと、1977年に29歳で小説家デビューします。その後は少女漫画の評論や社会時評、古典の現代語訳など、さまざまな分野で筆をふるいました。

1980年代、文学はある種の機能不全とも言える状態に陥ります。純文学の新人に授与される芥川賞は「受賞作なし」がつづきました。

その裏で、橋本治は純文学とはズレた領域で活動を広げていました。とりわけ注目されたのは、その文体です。橋本治は当時の若者言葉を取り入れたくだけた文体で小説を書きました。たとえば、デビュー作である『桃尻娘』では、こんな感じです。

本当にサア、高校生なんか悲劇だよなア、父親とか兄貴なんて人はまだ惰眠を貪っててさア、末はああなるったって、今はエネルギー充満の母親に追ッ放り出されてサ、よく学校なんか行くよオ、全く。
- 橋本治『橋本治小説集成1 桃尻娘』河出書房新社、58頁

このように、話し言葉をそのまま書き起こしたかのような文体で、とりわけ語尾が特徴的です。わたしたちが話すときは、語尾の音が伸びたり発音しやすいようにしゃべったりします。橋本治はそれを文字にします。ほかの作家が文字にしないようなことを、かれは書いたのです。

「ほかの作家が文字にしないようなことを書く」。これは橋本治の特徴です。

『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』は主人公の田原が書いた手記というかたちになっています。語り手である田原が推理小説のお約束に茶々を入れ、かと思えば都市論を展開し、家族論や昭和史にも話は広がっていきます。

語り手のプロフィールは作者の橋本治自身を思わせますが、これにも「僕の名前は"橋本治"じゃありません」とツッコミを入れ、読者を翻弄します。遊び心と才知が詰まった作品です。

橋本治のくだけた文体は、家父長制的な権威にあらがうため?

橋本治は小説だけではなく、硬派な評論もくだけた文体で書きました。自分の文体を「幼児語」とも称しています。いったいなぜこのような文体で書いたのでしょうか?

それは筆者が読みとったかぎりでは、文学にも象徴される家父長制的な権威と戦うためです。1980年代、高度経済成長の果てで、音楽やイラストといった新たなカルチャーが開花するなか、このような戦いが繰り広げられていたのです。

わたしたちが生きる現代は、インターネットの発展などによって、誰もが文章を発信できる社会になっています。LINEで友達とやりとりしているときは、「文章を書いている」と意識することすらありません。いまわたしたちが文体を気にせずに文章を書けるのは、橋本治がいたおかげとさえ言えるかもしれません。うーん、ちょっと言いすぎでしょうか。

あ、誰かがこの文章に割り込んできました。

あのサア、いまって2022年なわけ。『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』の出版から40年近く経っているわけだけどサ、いまさらこんなものを読むわけェ? ちょっと古臭くなァい? そもそもこのコラムってなんなのよ、いったい。「文学はある種の機能不全とも言える状態」とか「家父長制的な権威と戦う」なんて、そんなこと言い切っちゃっていいわけェ? アーア、いい加減なこと書くよなァ。話し言葉っぽい文体ってサ、橋本治以外にもあるじゃない? 昭和軽薄体とかポパイ文体とかさァ。なんなんだよ、菊池良ってやつはよォ。

『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』ってタイトルがまたふざけちゃっててサ。もうそういうケーハクなものが受ける時代じゃないワケ。たいへんな時代なんだからさァ。いま自分がなにしなきゃいけないかぐらい、自分でわかるもんね。そんでいまの時代のぼくらってさァ、いったいなにをすればいいんだっけ……。

そのヒントが、橋本治の『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』には書かれています。

書籍情報
『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』

2022年12月15日発売
著者:橋本治
価格:2,970円(税込)
発行:集英社


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