クリエイターの制作現場

現代美術作家・加賀美健のはたらき方、「手書きの日本語」がスタイルになるまで。制作場所も紹介

さまざまなジャンルで活躍する表現者、アーティストの発想の根源に迫るべく、その制作現場やワークスタイルを紹介する連載「クリエイターの制作現場」。

第一回目は、現代美術作家の加賀美健さん。スタイリストのアシスタントを経て、現代美術作家として20年以上活動し続ける加賀美さんの、「手書きの日本語」をはじめとした作品スタイルはどのように確立されたのでしょうか? 加賀美さんのスタジオにお邪魔して、制作現場や具体的なスケジュールなどのワークスタイルに迫ります。

スタイリストのアシスタントを経て、アートの道に進むまで

―子どもの頃から、アートの道にいこうと考えていたんですか?

加賀美:いや、小学生の頃は野球少年で、釣りとかも好きで、いつも外で遊んでは膝から血を出しているような子どもでした。勉強はできないし、いまと変わらず坊主でモテないけど、クラスではいつもふざけてて、運動ができるみたいなキャラでしたね。いまは苦手だけど、蛇とか爬虫類が好きだったんで、将来はアマゾン探検隊になりたいって言ってました。

―アートやファッションはいつから興味を持ったんですか?

加賀美:洋服は小学生のときから好きだったんですよ。お小遣いをもらって近所のイトーヨーカドーに行って、自分で洋服を選んでて。半ズボンとか買ってました。

ー男の子で珍しいですね。

加賀美:珍しいでしょ? 昔から洋服は好きだったから、自分が着たいものじゃなきゃ嫌だったんだよね。それで中学生のときに『抱きしめたい!』(1988年)っていうドラマがはじまったんだけど、浅野温子がスタイリストの役で、もっくん(本木雅弘)がヘアメイクの役だったの。もうバブル全盛期ですよ。それがめちゃくちゃおしゃれで、「なにこの仕事!」って衝撃を受けたんです。

それからスタイリストについて調べていったら、馬場圭介さんのことを知って。ぼくの師匠なんですけど、当時からもっくんの衣装を担当してたの。もっくんが『紅白』に出たときに、お尻が少し見えたスーツにコンドームをネックレスみたいに首に巻いてたりしていて、そのスタイリングを見て「おもしろい!」と思って、将来スタイリストになるために文化服装学院に行きました。

卒業間近に馬場さんにお手紙を出して、アシスタントにつかせてもらうようになった。19歳から25歳まで、6年間くらいついてましたね。

―そのままスタイリストの道には進まなかったんですか?

加賀美:馬場さんの仕事はすごくおもしろくて楽しかったけど、とにかく忙しくて。途中から「もしかしたら自分にスタイリストは向いてないんじゃないか?」って思いはじめたんです。スタイリストの仕事って、ヘアメイクやカメラマンや編集者がいるなかでの仕事が多いし、広告だったら広告主がいる。自分のやりたいことを100%出せるかといったら難しいじゃない。まぁどの職業もそうだと思うけど。

ーそうですね。

加賀美:スタイリストでは自分が思い描いている仕事があまりできないんじゃないかって考えはじめて、もともとアートは好きだったのでアートだったら自分の頭の中を100%表現できるかもしれないと思ったんです。やりたいことが洋服だけじゃ収まらなくなってしまい、アートならそこを払拭できると思い、アートをはじめました。

いまの仕事につながる、サンフランシスコでの中古品収集

ーアメリカに留学されたこともあるんですよね?

加賀美:馬場さんのアシスタントを辞めてから、1年半くらいサンフランシスコに行きました。一応語学留学だけど、あまり学校には行っていませんでした。

だから毎日、スリフトストアばかり行ってました。中古のリサイクルショップみたいなところに毎日通ってて、それがいまの仕事につながってます。スタジオにいっぱいヘンテコリンなものがあるのも、ルーツはサンフランシスコ。安いし、変なのばっかりたくさん集めてました。道に落ちてるものもよく拾ったりして、集めたものと組み合わせて作品をつくったりもしていましたね。

ーアーティストとして活動されて、どれくらい経ちますか?

加賀美:最初なんてもちろん仕事はないけど、シスコから帰ってきて一応アーティストとして活動してるから、22年。ストレンジストアをはじめて12年です。帰国してからの最初の10年は、ずっとアルバイトしながらやってましたよ。

作品として12年営業し続ける、ストレンジストア

ーストレンジストアはどんなきっかけではじめたんですか?

加賀美:あれはね、高円寺に狭い部屋でやってる古着屋さんがあって。地方から出てきた若い男の子がやってるんだけど、それがすごいかっこよくて。聞いたら、たまにお店を開けて、自分の好きなものを売って、みたいなゆるい感じのお店だったの。それがいいなと思ったんですよね。それでぼくもやってみようと思ってはじめたんです。ぼくの場合は、店が作品なんだけど。

ーお店自体が作品なんですね!

加賀美:そう。だからストレンジストアは買えるんですよ。おもしろいでしょ。

ーおもしろいです。買われたらお店はどうなるんですか……?

加賀美:終わり。それがコレクターの人のものになるから。いまのいちばんの夢は、ストレンジストアが売れて終わることですね。

ーめちゃくちゃかっこいい終わり方です。

加賀美:売れたから終わりって言っても、あの空間は作品として残るからね。作品としてコレクションされて終わり。そのためには、ぼくが頑張らないといけないんだけど。それが夢ですね。

加賀美健の制作場所・ワークスタイル

スタジオ内の制作場所
加賀美の心臓部だと言う、アイデアが書かれた「VERY SECRET NOTE」
本棚には海外作家のアート本や、立川談志、ビートたけしの本、野村沙知代の写真集などさまざま。多くは古本屋やメルカリで購入。「だけど買ってもあんまり読まないの。買って満足しちゃう」(加賀美)
制作中はBGMとしてカセットテープを流したり、Spotifyで落語やジャズを流している

―制作場所のこだわりはありますか?

加賀美:なんだろう。物は多いけど、意外と整理整頓されてるでしょ? どこになにがあるか自分で理解してないと嫌だから、整理整頓していますね。あと自分の目に映るものは大切なんで、目に入れておきたいものをつねに表に出している感じかな。模様替えもよくします。

■1週間のスケジュール

月:午前中は制作、午後はクリエイティブディレクターを務めるブランドの定例
火〜金:午前中は制作、午後は打ち合わせで外出することも
土日:天気がよければ、ストレンジストアを開ける

■1日のスケジュール

加賀美:娘が朝8時に登校するんで、ぼくも一緒に出て1時間ぐらい散歩するんですよ。それで毎朝7,000歩ぐらい歩くの。帰ってきたらシャワー浴びてスッキリして、スタジオに行って仕事します。お昼になったら家に戻ってきて、奥さんと一緒にお昼ご飯食べたりとかして、で、昼寝しちゃったりね(笑)。打ち合わせがあったら夕方から外に出たりとか、そんな感じ。あんまり決まってないです。

ー散歩は毎日のルーティーンなんですね。

加賀美:そうですね。道に落ちてるものとか拾ったり、おもしろい人とか風景があったら撮影したりしながら、散歩の時間はいろいろ考えてます。ぼくは外を歩いたり、こうやって誰かと話すことが刺激になりますね。

テレビも、バラエティとかよりニュースを見てるほうがよっぽどアイデアにつながります。誰かがつくったものからはあんまりインスピレーションを受けなくて、娘の言動とかのほうがおもしろい。そういう瞬間を逃がさないようにしてます。

ースケジュールを拝見すると、わりと早くから活動されているんですね。

加賀美:そう。夕方になったらお酒を飲むので、そしたらもう面倒くさくなるでしょう。夜はもう、極力仕事はしないですね。それにぼく、そんなにやることないもん。

ーそうなんですか?(笑)

加賀美:いや本当に。(筆が)早いっていうのもあるけど、夜まで忙しいなんてことはないですよ。仕事は午前中に終わっちゃうから。盛ってこんなもんですよ。

だから依頼もらうときに「すいません、締め切り2週間後です」とか言われるけど「2週間もあんの?」みたいな。

―すごいです……。

加賀美:依頼もらったらすぐにつくっちゃいますね。悩むこともない。なんパターンかつくって、床に並べて置いておくんです。締め切りまでに見直して、どれにするか選ぶ。その置いておく時間がすごく大事なんですよ。

「手書きの日本語」が加賀美のスタイルになるまで

ー以前、ご自身でせっかちだと話されていましたよね。筆が早いことにも関係あるんでしょうか?

加賀美:ぼくはすごくせっかちです。もうね、つくってるときに飽きちゃうのよ。だからつくるのが早いんだと思います。自分の頭のなかにできあがっている絵を、早く見たいんですよね。だからああいう作品なのよ、全部。

だけど側から見たら、ぼくの作品はすっげえ適当だと思われているだろうし。それはその通りなんですけど(笑)。そういうことを作品としてやってる人があんまりいないわけですよね。それでもぼくは続けてきたから、スタイルになったんだろうね。ただマジックで書いた字とか、あんなの多分いなかったでしょ?

ーそうですね、いないと思います。

加賀美:日本語を使うのも、ぼくがはじめたときは誰もやってなかった。日本人だし、日本語で書いたほうがおもしろいじゃない? Tシャツとか見て「なんか書いてあんなぁ、日本語」みたいな。手書きの日本語がプリントされたものっていまはよくあるし着る人も抵抗ないけど、ぼくがはじめたころはこのスタイルをやってる人はあんまりいなかった。手書きっていうのが多分ポイントね。汚ねぇ字の。

ー「実家帰れ」をはじめて見たときは、驚きました。

加賀美:そうそう。いまだに「なにこれ?」って言われますよ(笑)。Twitterとか見てると、「こんなの俺でも書ける」とかよく書かれてますね。ぼくのこと知ってる人は「加賀美フォントのやつほしい」とか書いてるんだけど、それに対して友達が「お前こんなの欲しいのか!?」とかやりとりしてて、そういうのが最高ですね。そりゃそうだよ、ぼくだってそう思うもん(笑)。そういうやりとりを見て、また作品にしちゃったりしてね。

ー見逃さないんですね(笑)。

加賀美:そういうやりとりが起きるっていうことが大切じゃない? だって本当におもしろくなかったらスルーされちゃうから。

そこで、「なんだこれ? 俺でも書ける」って思わせて15秒でもその人に考える時間を与えたってことが大切だなと思いますよ。引っかかってくれたってことだから。ぼくみたいな仕事をしている人は、なにも思ってもらえずスルーされちゃうのが一番悲しいわけですよね。よくても悪くても、とにかく引っかかるっていうことが大切だと思いますよ。だって、みんながみんな「いい」って言うものなんて絶対ないですからね。

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プロフィール
加賀美健 (かがみ けん)

1974年東京都生まれ。現代美術作家。東京を拠点に制作活動を行う。社会現象や時事問題、カルチャーなどをジョーク的発想に変換し、彫刻、絵画、ドローイング、映像、パフォーマンスなど、メディアを横断して発表している。2010年に代官山にオリジナル商品などを扱う自身のお店(それ自体が作品)ストレンジストアをオープン。



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