加賀美健×とんだ林蘭の創作対談

幸せの基準はどう決める? 加賀美健×とんだ林蘭が「半径1mのしあわせ」をテーマに創作&対談

「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」とかつてレフ・トルストイは小説『アンナ・カレーニナ』に書いたけれど、それから150年近く経ったいまでは、幸福にも家庭にもさまざまなかたちがある。

アーティストの加賀美健と、とんだ林蘭による創作対談の第3弾。今回は、1964年の発売から半世紀以上経つミツカン「味ぽん」とBEAMS Tがタッグを組み、「半径1mのしあわせ」をテーマにアートの側面から光を当てる企画「味ぽん ART PROJECT Produced by BEAMS T」とのコラボレーション。

「半径1mのしあわせ」をテーマに、加賀美のスタジオにある素材を用いて二人が作品制作を行なった。制作を通じてそれぞれが考えた「半径1mのしあわせ」、そして自分らしい幸せの見つけ方とは。

膨大な量の雑貨やおもちゃ。加賀美健のスタジオで物色を開始

第1弾の取材(記事:加賀美健ととんだ林蘭による創作企画。2人に学ぶ「ひらめき方」)からおよそ1年半ぶりに訪れた加賀美のスタジオ。以前と変わらず、リサイクルショップやメルカリ、アメリカのスリフトショップなどで買い集められたさまざまなおもちゃや雑貨、自身の作品で満載だった。

自身のスタジオに撮影で使った小道具などを置いているというとんだ林も「さすがにここまでの量はないですね……(笑)」と驚くほどの膨大なアイテムたちは、すでにどこに何があるか、加賀美にも把握できていないそう。飾られているものや、そのレイアウトは「飽き性だから」と気分によって頻繁に変えているのだという。

「とんださんはこのスタジオに来て何があるか探すところから始めなきゃいけないから、ぼくも同じタイミングで考え始めようと思って。何をつくるか考えずにいたんです」と、加賀美。身近な幸せを表す「半径1mのしあわせ」という今回のお題に、しばし頭を悩ませていた二人だったが、まずはお互いにスタジオを物色し始める。

ついに掘り出したアイテム。「半径1mのしあわせ」をイメージして創作した作品を発表

偶然、冷蔵庫にあった「味ぽん」を取り出した加賀美は、しばらく「味ぽん」を見つめたのち、迷いのない動作で制作に取りかかる。

加賀美のスタジオを探索しながらアイデアを練っていたとんだ林も、めぼしいアイテムを見つけた様子。「アルミホイルありますか?」と加賀美に尋ね、一通り材料を揃えると黙々と手を動かし、制作を終えた。

「半径1m」って結構近い。とんだ林が感じる幸せの距離感

―今回のお題は、お二人とも少し悩まれた様子でしたね。

加賀美:最初は、結構難しいなと思いました。

―いろいろな捉え方ができるテーマですよね。では、最初にとんだ林さんがつくった作品『こたつ』について、解説をお願いしていいですか?

とんだ林:「半径1m」って結構近いじゃないですか。好きなものしか置きたくないし、好きな人としかいたくない距離感だなと思って。満員電車とか乗ると嫌だなと思いますし。

加賀美:たしかにそうだね。

とんだ林:うちには和室があって、冬はこたつを置いているんです。それで、こたつってちょうど1mくらいの距離感かもしれないと思って、「こたつ」をテーマにつくりました。全員人間だとつまらないから、ポチャッコとE.T.も一緒に並べて。家族というよりは同世代の飲み友達のイメージですね。

加賀美:友達なんだ。E.T.だけ同世代には見えない気がする(笑)。

とんだ林:ポチャッコが一番年下なので、目の前にジュースを置いてあるんです。たぶん、このメンバーのLINEグループがあったりするんでしょうね。

―誰の家なんでしょうね?

加賀美:スペイシーな感じだからE.T.じゃない? こたつ布団がアルミホイルだからこたつの上で直接料理できそうだよね。全部ホイル焼きになっちゃうけど。

とんだ林:火事になりそう……(笑)。なんだかんだ、こういう時間が一番楽しいんですよね。かなり好きな人とじゃないと家では遊ばないですし。

加賀美:こたつみたいに温かい場所に一緒に足を入れるなんて、わりと仲良くないと嫌だもんね。

加賀美健が想像した「幸せな団らん」とは? 「味ぽん」を起用した狙い

―加賀美さんの作品『味ぽんひねって』も解説をお願いしてもいいですか?

加賀美:これは……媚びました(笑)。「味ぽん」のCM来ないかなと思って。やっぱり作品のタイトルを『媚びぽん』にしようかな?

―(笑)。この「味ぽん」は本当にたまたま冷蔵庫にありましたよね。じつはこの取材のために買っておいてくださった……というわけではないですよね?

加賀美:まさか違いますよ(笑)。うちでは鍋をするときによく「味ぽん」を使ってるので、蛇口がついていたら団らんのときに便利かなと思ったんです。イメージはウォーターサーバー。鍋のときにあったら盛り上がりそうじゃない? 子どもたちが「俺が回す!」とか言って取り合ったりして。

とんだ林:みんなに配りやすいかも。

加賀美:「ちょっと『味ぽん』取って」ってお皿に注いでもらったりしてね。途中から面倒くさくなって、結局ふたを開けて注いじゃうかもしれないけど(笑)。

―とんだ林さんは「半径1m」を、一緒にこたつに入れるぐらいの距離感と解釈されていましたが、加賀美さんは「半径1m」についてどんなふうに考えましたか?

加賀美:ぼくはでかいものが好きなので、「メートル」って言われると、距離感というよりまずサイズ感で考えちゃって。

―1mって人と人との距離感で考えると近いけど、ものの大きさで考えると結構大きく感じますよね。

加賀美:ただ、普段からでかいものばかり集めているから、1mが10cmくらいの感覚になってきちゃって、いまや10mくらいないと面白くないと感じるようになってきました。

加賀美:ただ、「半径1mのしあわせ」という言葉について詳しく説明を聞いて、身近にある幸せのことなんだと理解したので、家族や友達のように、一緒に鍋をつつくくらい親しい関係をイメージして作品をつくりました。

個人的には鍋ってお店というより家で食べるものという印象があるから、「幸せな団らん」な感じがする。逆にいうと、「この人、感じ悪いな」っていう人と家で鍋をつつくのはちょっと嫌だしね(笑)。

二人が身近な幸せを感じる瞬間は? コロナ禍であらためて気づいた大切な存在

―「味ぽん」にまつわるプロジェクトとのコラボレーションということもあって、二人とも食事の場にまつわる作品になりました。今回のテーマである「半径1mのしあわせ」に関連して、お二人が身近な幸せを感じるのは、それぞれどんなときですか?

とんだ林:コロナ禍になってからは、人と会えるだけですごく嬉しくて。特別仲の良い人とは連絡を取りあえていたけれど、以前からイベントや展示に行ったときにばったり遭遇していたような人たちとはなかなか会えていなかったので、そういう人たちと久しぶりに会えた瞬間が最近は嬉しいですね。

加賀美:それ、すごくわかる。展覧会のオープニングパーティーとかもしばらくなかったし。コロナ禍になる前はイベントが年に何回かあったら、ちょくちょくいろんな人に会えてたよね。とんださんともいつもイベントで会ってた。

とんだ林:最近はイベントもようやく増えてきました。

加賀美:いろんなお店や飲食店にも結構、人が入っているよね。

―加賀美さんもお店をやられていますけど、最近はどんな状況ですか?

加賀美:コロナ禍に入ってから1年半くらいの間は、打ち合わせや取材のために開けるくらいで、オンラインストアしかやっていなかったんです。この前久しぶりにお店を開けたらお客さんがたくさん来てくれて、やっぱりすごく嬉しかった。

コロナ前のことが一気にフラッシュバックしたな。「やっと来れた」って言ってくれる人とか、ぼくが店番していることにびっくりする人もいて、そういう人たちと話すのも面白いしね。

加賀美が運営する「STRANGE STORE」(Instagramで見る

―すごく近しい関係ではなくても、会って何気ない会話をすることが嬉しい瞬間ってありますよね。加賀美さんが身近な幸せを感じるのはどんなときですか?

加賀美:娘がふざけているのを見て、奥さんと笑っているときかな。ふと目が合って「いまのやばいね」ってなる瞬間が、一番面白いです。

とんだ林:すごく幸せな光景。

―「かわいい」じゃなく「面白い」が先に来るんですね。

加賀美:だって本当に面白いの。だから娘が言ったことを忘れないようにメモしてる。でも、もう年頃になってきたし、中学生や高校生になったらそういう感じじゃなくなっちゃうんでしょうね。こっちはつい、いつまでも子どものままだと思っちゃうけど、どんどん成長していくから、その変化にちゃんと追いついていけるか少しだけ心配です。

浜崎あゆみと立川談志も言っていた「幸せの基準」

―幸せを感じる瞬間って、年齢とともに変化があったりしますか?

加賀美:若いときって「幸せだな」と思わなくなかった?

とんだ林:「楽しい」とは感じていたけど、とにかくお金も何にもなくて。不幸とは思っていなかったけど、幸せと感じるには不安定すぎましたね。

加賀美:幸せって、ある程度年齢がいかないとわからないような気がするね。必ずしもそのときに「ああ、幸せだな」って感じているわけじゃなくて、振り返って感じるもののような気がする。

ぼく、立川談志が好きなんですけど、談志が「幸せの基準は自分で決めろ」というようなことを言っていたんです。お金を稼いで、良い車に乗って、有名になって……みたいなことが、つい幸せだと思っちゃうけど、そうじゃないんだ、って。

とんだ林:浜崎あゆみの歌に「幸せの基準はいつも自分のものさしで決めてきたから」っていう歌詞があるんですよ。談志もあゆと同じことを言ってるんだと思いました。

浜崎あゆみ“Trauma”を聴く(Apple Musicはこちら

―いまはお二人ともそれぞれに自分独自の価値観があると思うんですけど、立川談志と浜崎あゆみが言うところの「幸せの基準」が確立されていない時期ってありましたか?

加賀美:ぼくは子どもの頃からあまのじゃくだったんですよね。

とんだ林:みんながやっていると、途端に興味をなくしちゃう感じですか?

加賀美:そうかもしれない。だからつねに自分しか楽しくないことを考えるのが好きなの。いまだったら、でかいものを買ったり拾ったりね。そういう部分は変わってない。

子どもの頃から、学校で貼り出されているうまい絵に「うまいだけじゃねえか。こんなの見たままを描けばいいんだろう!」って、いつも文句を言ってた。自分はうまく描けないのにね(笑)。

―学校って「うまさ」のような、ある特定の基準に沿うことを求められる場という感じがあって。そういうなかで加賀美さんが「うまいだけ」と思えたのはどうしてですか?

加賀美:貼り出されるようなうまい絵を描いた子からしたら、ぼくの言ってることは負け惜しみかもしれないよね。実際そのとおりかもしれない。でも、ぼくはそういうジャンルだからそれでもいいかなって。うまくつくろうとしてもつくれないし、それだったらうまく描こうとするんじゃなくて、違うアプローチで勝負する。

とんだ林:そういうことに気づくのが、すごく早かったんですね。

加賀美:負けず嫌いだからできないと悔しいんだけど、めんどくさがり屋だから正攻法でものすごく努力して、追い抜こうという感じではないんだよね。それは遊びでもスポーツでも変わらなくて。だから、まったく理解もされないし評価もされない。はぐれものだよね。

とんだ林蘭がギャル時代に培った、自分が良いと思うものを貫く感覚

とんだ林:私は加賀美さんと真逆で、小学校くらいまでは学校で教わることが正しさの基準になっている子どもでした。絵や作文も「こう書けば賞が取れるんだろうな」というのがなんとなくわかっちゃうほうだったから、賞を取れそうな感じで書いたりしていましたね。

ものすごくルールに支配されていたタイプだったんです。目立ちたくないし、先生に注意されるのも嫌で、遅刻とかもしたことがなくて。

加賀美:へえー。なるべく存在感を消していたんだね。

とんだ林:だから子どもの頃、同級生に加賀美さんみたいな感覚の子がいても、その良さに気づけていなかったと思います。

―いまのとんだ林さんを見ていると意外な感じがしますが、いつ頃から変化があったんですか?

とんだ林:高校に入ってからギャルファッションに目覚めたことが大きかったです。日サロに行って、めちゃくちゃ真っ黒に焼いて、髪の毛も盛っていて。

加賀美:きっと目立っただろうね。

とんだ林:だいたい集団で練り歩いてたので、そうかもしれないです。文化祭でラジカセを肩に乗せてユーロビートを流しながらパラパラ踊ったり(笑)。

しかも進学校だったから、ギャルが私たちしかいなくて。ほかの人たちからかわいいと思われる見た目ではなかったかもしれないけど、仲間もいたし、「自分が良いと思っているものを貫いていこう」というマインドがその頃から生まれていきましたね。

その頃に、自分が良いと思うものを貫く感覚を知って良かったといまになって思います。そうじゃなかったら全然違う道を行っていたでしょうね。

「自分らしい幸せ」を見つけるには? その物差しの幅を広げる方法

―別の道に行ったとしても、現在とはまた違う幸せがあったかもしれませんが、いずれにせよ、自分らしいと感じる幸せのあり方を見つけるにはどうしたらいいと思いますか?

加賀美:難しいよね。人ってやっぱり比べちゃうし、遠くを見てしまいがちだから。本当は幸せって意外とすごく近くにあるものかもしれないのにね。

とんだ林:知り合いにすごく面白い人がいて、その人はお金を稼ぐことに興味がないから、自分のなかで「これくらいまで稼げたら大丈夫」っていう最低限のラインをはっきりと決めているんです。

そういう話を聞くと、人によって望んでいる生活って全然違うんだなと思うし、それって話してみないとわからないですよね。いろんな人の物事に対する価値観を聞くことによって、「幸せ」を測る物差しの幅は広がっていく気がします。

プロジェクト情報
味ぽん ART PROJECT Produced by BEAMS T

1964年の発売から半世紀以上、毎日の食卓のしあわせを見守ってきたミツカン「味ぽん」。当たり前すぎて見失いがちな「半径1mのしあわせ」にアートの力で光を当てる「味ぽんアートプロジェクト」を開始。「ART FOR EVERY DAY」を掲げるBEAMS Tとコラボレーションしたシリーズ 「TACOMA FUJI RECORDS THE ART OF CSSS / 橙藝術」を、2022年5月30日(月)より対象店舗およびオンラインショップにて発売。「味ぽん」からのファッションアイテムの発売は、今回が初の試み。デザイン制作を担当したのは、国内外で支持を集めるTACOMA FUJI RECORDSが推薦する3名のアーティスト。「味ぽん」を三者三様に再解釈したアーティスティックなデザインに仕上がった。
商品情報
味ぽん

家族が揃って食卓を囲む「家族だんらん」の時間をお手伝いする商品として、長年日本の食卓を見守ってきた「味ぽん」。しかし近年、食生活や働き方、価値観の多様化を背景に、「だんらん」のかたちも変化しつつある。そこで「味ぽん」は「幸せの再定義」を図り、新しい「だんらん」のきっかけを提供する取り組み「しあわせ、ぽん!」を実施中。家族や気の合う友人など誰かと一緒にご飯を食べる時間を通じて、素の自分に戻れる。そんな小さな当たり前の幸せを味わう、さまざまな施策を展開。今回のコラボ「味ぽん ART PROJECT Produced by BEAMS T」も「しあわせ、ぽん!」の一環として発売中。
(※「味ぽん」は株式会社Mizkan Holdingsの登録商標です)
プロフィール
加賀美健 (かがみ けん)

1974年東京都生まれ。現代美術作家。東京を拠点に制作活動を行う。国内外の数々の個展・グループ展に参加。ドローイング、スカルプチャー、パフォーマンスまで表現形態は幅広い。アパレルブランドとのコラボレーションも多数手がける他、自身の「STRANGE STORE(ストレンジストア)」を構え、店内では自身のコレクションや若手アーティストの展示なども行っている。

とんだ林蘭 (とんだばやし らん)

1987年生まれ、東京を拠点に活動。コラージュ、イラスト、ぺインティング、立体、映像など、幅広い手法を用いて作品を制作する。猟奇的でいて可愛らしく、刺激的な表現を得意とし、名付け親である池田貴史(レキシ)をはじめ、幅広い世代のさまざまな分野から支持を得ている。



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