横山秀夫の警察小説『64』がイギリスでリメイク。『64<シックス・フォー>~陰謀のコード~』を解説

一大ブームを巻き起こした横山秀夫の警察小説『64(ロクヨン)』をおさらい

イギリスはBBCが制作した話題のドラマ『64<シックス・フォー>~陰謀のコード~』(全4話)が、ついに日本で初放送される。その制作が発表された時点で日本でも話題になったように、本作『64<シックス・フォー>』は、横山秀夫の警察小説『64(ロクヨン)』を原案としたイギリスの連続ドラマである。

いまからもう10年以上も前の2012年に刊行され、『2012年週刊文春ミステリーベスト10』や『このミステリーがすごい!2013年版』で第1位を獲得するなど、国内のミステリー賞を総なめにした本作。2015年にはNHKでドラマ化(主演・ピエール瀧)、2016年には前・後編の二部作として映画化(主演・佐藤浩市)されたので、そちらのほうで記憶に残っているという人も、きっと多いことだろう。とにかく、それぐらい一大ブームを巻き起こした小説なのだ。

原作小説はもとより、ドラマ版、映画版を見た人ならばご存知のように、本作のタイトル「64」とは、昭和天皇の崩御により、たった7日間しかなかった「昭和64年」を意味している。元号の変わり目という国家規模の大きな変化の中で、いつのまにか忘れ去られていった、ある少女誘拐殺人事件。

犯人未逮捕のまま終わったその事件が、そろそろ時効(身代金目的の誘拐事件の場合は15年)を迎えようとしている頃、同地区で新たな少女誘拐事件が発生する。身代金の受け渡し場所や手口など、かつての事件を彷彿とさせるこの事件の犯人の目的は、はたして何なのか。その犯人は、多くの人に忘れ去られようとしている「昭和64年」の亡霊なのだろうか。それが小説『64(ロクヨン)』の梗概だった。

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「昭和64年」を知らないはずのイギリスで、なぜリメイクされたのか?

翻って、今回日本で初放送される本作『64<シックス・フォー>』である。その主な舞台となるのは、イギリスはスコットランドの最大都市、グラスゴーだ。当然ながら、そこで暮らす人々は日本の「元号」など用いるはずもなく、昭和64年がたった7日間で終わったことも、ほとんどの人が知らないだろう。「64」というのは、原作においては、その表題になるほど重要な意味を持ち、なおかつ物語全体のテーマを象徴するようなワードだったにもかかわらずだ。

そう、本作は「64」を敢えて「シックス・フォー」と表記しているように、小説『64(ロクヨン)』をドラマ化したものではなく、それをイギリス流に翻案したドラマと捉えたほうがいいだろう。「娘を失った親の悲しみ」、「複数の少女失踪事件」、「組織による隠蔽」など、原作小説の要素をある程度踏襲しつつも、それとは違う場所、違う人間関係、違う時間軸で描き出される人間ドラマなのだ。『64<シックス・フォー>』は、言わば『64(ロクヨン)』を文字通り「換骨奪胎」した、まったく新しいドラマ作品なのだ。

しかし、いくら日本では各ミステリー賞を総なめにし、ドラマ化、映画化もされた人気小説だったとはいえ、イギリスの人々は、なぜこの小説を原案として、このタイミングで連続ドラマを作ろうと思ったのだろうか。今回のドラマには、出演者や監督・脚本などのスタッフ、さらにはその資本も含めて、日本の人材および会社はいっさい見当たらない。

以下推測ではあるけれど、そうなるとやはりこれは、イギリス側の積極的な働きかけによって実現した企画だったのではないだろうか。そこで思い起こされるのが、横山秀夫の小説『64(ロクヨン)』が英語で翻訳出版され(著者にとっても、初めてのことだったようだ)、なおかつその英語版が2016年、「ダガー賞(イギリス推理作家協会が、その年に出版された優れた推理小説を選出する賞)」の翻訳部門、最終候補5作品にノミネートされたという出来事だ。

「昭和」はもちろん「警察の広報官と記者クラブとの対立」など、一見すると非常にドメスティックであるように思えるこの物語の内実には、日本人の預かり知らぬところでイギリスの人々に訴えかける「何か」が――国や文化を超えて響き合う、普遍的なテーマや問題意識があったのだろうか。その理由を探るべく、まずは本作『64<シックス・フォー>』のあらすじを、簡単に追ってみることにしよう。

オリジナル版の『64(ロクヨン)』とは、まったく異なる展開と人間模様を描き出していく

本作『64<シックス・フォー>』の物語は、ある夫婦がスコットランドの首都・エディンバラの遺体安置所を訪れるところからスタートする。現役の警察官である夫・クリス(ケヴィン・マクキッド)と元警察官である妻・ミシェル(ヴィネット・ロビンソン)は、3週間前に家を出たきり行方不明になっている10代のひとり娘を探しているのだ。

身元不明の遺体は娘ではなかった。その帰り道、意を決したミシェルは、クリスを振り切るようにして、ロンドンへと旅立ってしまう。呆然としながらもひとりグラスゴーに戻り、スコットランド警察での職務に復帰するクリス。そんな彼のもとに、旧知の女性ジャーナリスト(どうやらクリスとは、過去に関係があったようだ)から「至急会いたい」と連絡が入る。16年前に起こった「少女失踪事件」について、聞きたいことがあるのだという。「何も話せることはない」と彼女の申し出を突っぱねるクリスだが、じきに彼は自身の兄である警察官・フィリップ(アンドリュー・ウィップ)が、その事件を担当していたことに思い至る。

「しかしなぜ、今になって16年前のあの事件が?」。「10代の娘が行方不明」という自身の現在の状況もあいまって、その事件の顛末に興味を持ったクリスは、行方不明の娘の父親の住所を警察のデータベースで探り出し、自らの身分を隠して父親ジム(ジェームズ・コスモ)のもとを訪れる。同じ「失踪した娘を持つ父親」として、最初は穏やかに話していた彼は、クリスが警察官だと知った途端、激高してわめき出す。

「私の娘は誘拐されたんだ。そして殺された。私がシックス・フォーのことを知っていたからだ!」と。「シックス・フォー」? 初めて耳にするその言葉が、何を意味するのかわからないクリスは、独自に捜査を開始する。

一方、ロンドンに消えたミシェルは、二度と会うまいと心に誓っていたある人物の身辺を探り始める。しかし、そんな矢先、新たな「少女失踪事件」が起こるのだった。失踪したのは、先日クリスが勤務する警察署にも視察に訪れていた、イギリスからの独立を主張していることで知られているスコットランド法務大臣の娘だった……。

16年前の少女失踪事件と、新たに起こった少女失踪事件――やがて、誘拐事件であることが判明するこの2つの事件には、どんな関係があるのだろうか。クリスの周囲にいる人物、かつての同僚、さらには彼が独自の捜査によって新たに出会った人物たちは、この2つの事件と、どのような関わりを持っているのだろうか。そして何よりも、失踪中であるクリスの娘と、彼女を探してロンドンに旅立ったクリスの妻・ミシェルは、どこで何をしているのか。

冒頭の遺体安置所のシーンこそ原作および映画版と類似しているけれど、「主人公の妻が、突如単独で行動し始める」、「どうやらこの夫婦には、娘にすら明かしていない、ある秘密がある」、「原作には存在しない主人公の兄が、どうもかつての事件と関わりを持っているようだ」などなど、かなり早い段階から本作は、オリジナル版の『64(ロクヨン)』のプロットとは、まったく異なる展開と人間模様を描き出していくのだった。

けれども、さらに目を凝らしながらその展開を追っていくと、その複雑に絡まり合う人間模様の狭間から、いくつかの共通点が浮かび上がってくる点が、本作の面白いところだ。「娘を失って以来、自ら時間を止めてしまった親たちの悲しみ」、「組織による隠蔽工作」、「届かない市民の声」、「正面から過去と向き合おうとしない大人たち」、「誘拐犯の本当の目的」など……。

「64」が意味するものをはじめ、その細部についてはオリジナル版と大きく異なりながらも、本作がやがて描き出していくものもまた、正義感を持った主人公が巨悪の正体を白日のもとにさらし、多くの人々が留飲を下げる――といった、単純な話ではないのだ。むしろ、白日のもとにさらされるのは、警察組織をはじめとする大義を掲げたシステムが、知らず知らずのうちに生み出していく「非人間性」なのだろう。

言い方を変えるならば、巨大なシステムによって、いつしか奪われてゆく人々の「人間性」のようなもの。それこそが、本作のテーマなのだろう。その結末が、「過去と向き合うことは、いま目の前にいる人と向き合うこと」であるという点も、よくよく考えればオリジナル版と共通しているのかもしれない。

国や言語、果ては歴史や文化を超えて響き合う「普遍性」

本作『64<シックス・フォー>』を最後まで観終えたあと個人的に思ったのは、自分は「普遍性」というものを、少し勘違いしていたのではないだろうかということだった。その地域や年代、あるいは文化や慣習そのものに特有であると思われるものを、すべて削ぎ落した先に生まれるものが「普遍性」ではないのだ。敢えて「置き」にいったような無味無臭なものに、誰も反応しないことは世の常だ。少なくともエンターテイメントの世界においては。むしろ、それとは逆方向のアプローチで、その地域や年代、あるいは文化や慣習に拠ると思われているものを、とことんまで突き詰めた先に浮かび上がるもの。それが人間の本質であり、それを人は「普遍性」と呼ぶのではないだろうか。

国や言語、果ては歴史や文化を超えて響き合うもの。「昭和64年」という非常にドメスティックなローカリティを持った『64(ロクヨン)』の物語が、遥か海を越えたイギリスで『64<シックス・フォー>』として新たに生まれ変わったことは、そのことの何よりの証左なのではないだろうか。

ちなみに同局では、ドラマ『64<シックス・フォー>』の放送に合わせて、瀬々敬久監督による映画『64‐ロクヨン‐』前編・後編の放送も予定しているという。この機会に両者を合わせて鑑賞し、その違いについてはもちろん、その違いを超えてなお浮かび上がってくる、ある種の普遍性を帯びたテーマについて、ひとしきり思いを馳せてみるのも一興だろう。まさしく「換骨奪胎」と形容するに相応しいドラマだった。

作品情報
『64<シックス・フォー>~陰謀のコード~』
WOWOW独占・日本初放送
64<シックス・フォー>~陰謀のコード~(全4話)
2024年1月1日(月・祝)午後0:00より全4話一挙放送
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2024年1月1日(月・祝)午後0:50より配信開始
『64-ロクヨン-前編』
2024年1月1日(月・祝)午後3:30放送
WOWOWオンデマンド
2024年1月1日(月・祝)午後5:45より配信開始
『64-ロクヨン-後編』
2024年1月1日(月・祝)午後5:45放送
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2024年1月1日(月・祝)午後7:45より配信開始
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