ロックなら「男らしく」あるべき? おとぎ話・有馬が「男の子の涙」を歌い続けた裏にあった苦しみ

愛とは何か? 恋とは何か? 2022年現在、未だその問いにひとつの明確な答えは存在しないけれど、ソーシャルメディアを開けば「恋せよ」「恋人をつくりなさい」と迫り来るようにマッチングアプリの広告が目に飛び込んできたりする。そして、ときどきぼくは思う。愛って何だろう? 恋って何? と。

「好きな人と空とか景色を並んで見ること。それこそが愛の根源なんじゃないのかな」。

ロックバンド、おとぎ話の有馬和樹はこう語る。おとぎ話にはラブソングも多いが、あるときから有馬は自覚的にセクシュアルな描写や性別を限定する描写を避けてきたのだという。そしてその背景には、自分自身のなかにある「男らしさ」への嫌悪感を少しずつ理解していった、決して短くはない時間が存在しているのだと。

そもそもロックンロールという言葉が「性交」を意味する黒人のスラングであったわけで、ロックバンドの世界と男性性というものには浅からぬ関係がある(もちろん、すべてのバンドがというわけではない)。だからこそバンド活動を通じて、あるいは私生活においても、その有害さに悩み、葛藤し、ありのままの自分でいれないことに苦しむことがあったと有馬は明かしている。でも、ロックバンドに「男らしさ」は必要なのだろうか?

このインタビューを読むと、おとぎ話の歌の聞こえ方はガラリと変わってしまうかもしれない。そして日比谷野外大音楽堂ワンマンを前に、あなたはもう一度おとぎ話に出会いなおすことになるだろう。

紆余曲折の20年、おとぎ話は一体どんなことを歌ってきたのだろうか?

おとぎ話はなぜ、男の子の涙を歌い続けてきたのか?

ーおとぎ話はキャリアの初期においては、若い男の子たちによるグループ特有のハツラツさやひたむきさ、つまり「少年性」が魅力のバンドでもありましたよね。

有馬:それしか表現できなかったんだよね。でも、当時からインタビューの原稿で「俺」って言っている箇所を「ぼく」に直してもらったりはしていた。マッチョに見えるのはイヤだったんだろうね。

その時期は、「バンドにいる自分」を冒険の真っ最中にいるキャラクターというか、『少年ジャンプ』の漫画の主人公的にとらえていて、それを歌っていた。聴く人にとっても男の子が恋愛して滑ったり転んだりしているような歌詞が、絶対にいいんだろうなと思っていたから、そういう歌詞を書くことに何の疑問もなくて。

おとぎ話『理由なき反抗』(2008年)収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

ー有馬和樹とおとぎ話の周りで起きたことだけを歌っていればよかった時代だった。

有馬:そういうこと。自分の世界はそれだけだった。

ーそこにリスナーも魅力を感じていたわけだから、それはまったく悪いことではなかっただろうし。

有馬:それはね、俺も完全にいいことだと思ってる。当時から「俺の背中を見てろよ」みたいなものより、「かっこいい人の背中をぼんやり眺めてる」って歌詞が多いんだよね。男の子であることを意識して書いてはいたんだけど、切なさや寂しさを切り取ったようなものというか。

おとぎ話『SALE!』(2007年)収録曲。2017年に渋谷クラブクアトロで行なわれたライブ映像

有馬:初期に前野くん(※)から「有馬くんの歌詞はとにかく涙って言葉が多いよね。そんなに泣いてんの?」って話をされたことがあってさ。いまも泣くことを歌った歌詞が多いから、その点では変化がないと思う。

※シンガーソングライターの前野健太。両者の1stアルバムのリリース日は同じで、デビュー以前から交流があり、「前野健太 with おとぎ話」という名義でたびたびライブを行なうほど縁は深い

<下心なんて汚らわしくて>と歌ったのは。「男らしく」あれないことへの悩み、葛藤も

ー実際、有馬くんの歌詞は誰かが泣いている姿をただ見つめているという情景描写が多い。インタビューの最初に、自分は「少年性」という言葉を使いましたけど、少年性と男性性は異なるし、おとぎ話の音楽は男性性が希薄だと思います。男子校的なホモソーシャルな匂いがないし、そもそも有馬くんはセックスや性欲を歌わないでしょう?

有馬:そうだね。俺はそれを徹底的に描かないようにしている。そういうことを赤裸々に歌った表現も好きだと無理に思い込んでた時期もあったけど、最近になって苦手だとはっきりわかった。

“カルチャークラブ”って曲で<恋人が出来ない理由は / 今欲しくなんてないから / 下心なんて汚らわしくて / ゴミ箱に捨てたんだよ>とか書いてるし、たぶんよっぽど嫌悪してるんだと思う。それはどうしてなのかな。

おとぎ話『CULTURE CLUB』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

ーそこは気になるところですよね。

有馬:たぶん潔癖なんだよね。だから誰かと付き合ってもセックスできなかったしね。女の人から求められている男性感みたいなものに応えられない人間ではある。

ーちょっとプライベートな領域への質問になっちゃいますが、応えられないことに対して悩むこともあった?

有馬:応えられないことにずっと葛藤している。

でもロックバンドのシーンにいると、男なら風俗に行くし、女性を抱いてなんぼでしょ? みたいな空気があるわけ。そういう決めつけには嫌悪感を持っているし、距離を置いて生きているんだよね。

有馬:若い頃は、「男性のバンドマン」として求められている姿になれないことを恥ずかしいと思う時期もあった。

自分はそういう人間じゃないんです、と正直に伝えることへの怖さもあったし。活動初期を振り返ると、自分も男っぽい男であるはずだと、深く考えずに思い込んじゃっていたね。

「男らしい」自分ではなく「ありたい」自分の姿に気づかされた、2つの出来事

ー有馬くんが「自分はマッチョな男じゃない」と気づいたのには何かきっかけがあったんですか?

有馬:ふたつある。ひとつは『THE WORLD』(2013年)をつくったあとに牛尾(※)が失踪したこと。その頃のおとぎ話は男っぽいというか体育会系のノリだったんだよね。

言い合いしたり、殴り合いの喧嘩をしたり。俺もメンバーにひどいことを平気で言っていたし、そういうこと自体が普通になっていた。それがイヤで牛尾はいなくなっちゃった。

※おとぎ話のギタリスト、牛尾健太

―バンド自体がクローズドなサークルになっていて、ある種の有害な男らしさを孕んだものになっていたんでしょうね。

有馬:まさにそう。でも、牛尾がいなくなる少し前に映画『おとぎ話みたい』(2013年)を通じて山戸結希監督に出会って、そこは自分を見つめなおせるタイミングでもあった。

牛尾の失踪と山戸監督との出会いが近い時期に起きたことは大きかったと思う。山戸監督は、それまで出会った人とは違う観点で俺の歌詞をとらえてくれていたんだよね。

だって高校生の女の子が先生に「あなたのことを好きです」と告白する映画のBGMに有馬の曲を使ったんだよ。そこで自分の曲が持っていた繊細さや女性らしさに気づいたし、そういう側面こそが自分らしいんだと思った。

おとぎ話『CULTURE CLUB』収録曲。ミュージックビデオの手がけたのは山戸結希、主演は『おとぎ話みたい』と同じく趣里 / 関連記事:ポップカルチャーにしか救えないこと おとぎ話・有馬和樹×山戸結希(記事を開く

有馬:にもかかわらずバンドメンバーにはマッチョに接してしまっていたことをわかって、本当に後悔したよ。

牛尾やメンバーにいままでやってきたことや言ってきたことを謝罪したうえで、「俺はバンドをもう1回やれると嬉しいから、続けるかどうかはメンバーで決めてほしい」って話してさ。

それを言えたのは、自分自身が本来「こうありたい」と望む自分、あるべき自分をとらえなおせたからだと思う。

おとぎ話『CULTURE CLUB』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

「ただ手をつなぎたいだけ」という正直な気持ちを歌にして、おとぎ話は変わっていく

ー有馬和樹というのはこういう人間なんだと気づいたうえで、それ以降の制作に取り組まれていったと思うんですが、自分自身を正直に落とし込めた最初の楽曲は何になります?

有馬:“AURORA”かな。あの曲はそれまで思ってきたことを全部言えた気がした。付き合うとか彼女にするとかではなく、自分が求めてるのはただ手をつなぎたいだけ、と言えた曲なんだよね。

ーなるほど。「恋人」とか「夫婦」とか、ある種の役割化された関係性に自分と誰かを落とし込もうとするのではなく、その人とただ一緒にいて幸せを感じていたいということなんでしょうね。

有馬:そうだね。所有したいとかまったくなくて、ある状態でいたいっていうね。

おとぎ話『CULTURE CLUB』収録曲。2018年に名古屋 今池・得三で行なわれたライブ映像

有馬:でも、それに気づくまではすごくつらかったし、気づいたあともパートナーや結婚相手には言えなかった。男として見てもらえるように振る舞わないといけないと思い込んでいたから、めちゃくちゃ息苦しかったよ。

息苦しいからこそ曲を書いてたんだろうね。曲には、「こういう考えがあってもいいよね」と書けたから。その都度自分が思ってることを正直に書けるから、曲を書くことですごく癒されていた。

ーそこに自分の理想を託せるからでしょうね。

有馬:そうそう。2010年代の半ばぐらいからLGBTQを取り上げた映画が増えたと思うけど、そういう映画を見ると「これ俺じゃないの?」と思ったりもするわけ。周りの人にも「有馬くんはトランスジェンダーなの?」と言われたりして。

有馬:自分の男性性はイヤだなと思いつつ、恋愛対象として好きになるのは女性で、バイセクシャルでもない。この感覚は何なんだろう、というのがずっと燻っている。

でも曲を書くうえでは、自分に嘘をつかないように、できるだけ性別を限定しない言葉を使おうと決めた。

山戸監督の『溺れるナイフ』(2016年)に提供した“めぐり逢えたら”が、性別から自由であろうと意識してつくった最初の曲かもしれない。自分を男性だととらえない状態で、概念として恋を描こうと思ったんだよね。

おとぎ話『ISLAY』(2016年)収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

有馬少年に「がんばらないで泣けばいいじゃん」と言ってくれたR.E.M.

ージェンダーを意識させないという点で、有馬くんが聴いていて居心地のよさを感じる音楽はありますか?

有馬:デヴィッド・ボウイとかR.E.M.とか、めちゃくちゃあるよ。あの人たちも性別がないようなスタンスで歌詞を書いてるよね。そういう音楽にはすごく共感する。Nirvanaとかもそうだと思ってるし。

ーカート・コバーンはドレスを着てステージに立っていましたしね。

有馬:ミュージシャンのそういう振る舞いにすごく救われてきたんだよね。

おとぎ話“天国をぶっとばせ”を聴く。イントロはデヴィッド・ボウイ“Heroes”のオマージュ(Apple Musicはこちら

ー有馬くんが曲を書くうえで、デヴィッド・ボウイやマイケル・スタイプ(R.E.M.)の歌詞に感化された経験もあるんじゃないですか?

有馬:特にマイケル・スタイプからの影響はめちゃくちゃ大きいよ。彼の歌を聴くと「がんばらないで泣けばいいじゃん」と言ってくれているように思う。

ーマイケル・スタイプはR.E.M.後期にゲイであることをカミングアウトしましたが、キャリア全体を通じてマチズモ的な振る舞いを避けてきた人ではありますよね。ステージでのパフォーマンスも含めて。

有馬:あとカエターノ・ヴェローゾも性別を感じさせないところが好き。いろんな価値観があって当たり前だよねということを体現している人に惹かれるんだよね。

おとぎ話“NIGHTSWIMMING”を聴く。曲名の由来はR.E.M.の同名曲より(Apple Musicはこちら

宇多田ヒカルのジェンダーレスな表現に知らず知らずのうちに救われていた大学時代

有馬:その点からも、昔から宇多田ヒカルには憧れている。特に“光"がすごく好き。自分が学生のときにリリースされた曲なんだけど、これに感動したことで、自分は音楽をつくりはじめたとも言える。

―宇多田ヒカルの“光”のどういうところに感動したんですか?

有馬:自分は小さい頃からいじめに合いやすいタイプだったんだけど、さらに男子校に行っちゃったものだから、そこの男社会にまったくなじめなかったんだよね。

“光”を聴いたときに<先読みのし過ぎなんて意味の無いことは止めて / 今日はおいしい物を食べようよ>という歌詞があって、その言葉にすごく安心してさ。誰もこんなふうに言ってくれなかったし、この言葉を聴いて自分を肯定されたようにも思えた。

宇多田ヒカル『DEEP RIVER』(2002年)収録曲

―宇多田さんはノンバイナリーだと告白されているので、ちょっとバイアスがかかった解釈かもしれないですけど、“光”の歌詞は同性愛のカップルの会話にも思えますよね。<今時約束なんて不安にさせるだけかな / 願いを口にしたいだけさ / 家族にも紹介するよ / きっとうまくいくよ>とか。

有馬:完全にそうなの。最初はそこまでわからなかったんだけど、自分もジェンダーレスな表現を目指していくなかで聴くと、あらためて発見が多くて。

「『あなたがこうあってほしいと思う私』になんてなれないよと思ったんだよね」

ー2010年代の半ばに、表現者として性別から自由になることを目指した有馬和樹は、以降どんなことを考えながら音楽に取り組んでいったんでしょうか?

有馬:自分の表現が性別も含めて多様性を持ったものに向かうなかで、周囲のミュージシャンとか、SNSカルチャーの独善的な側面にうんざりすることが多くなったんだよね。

ひとつの意見しか認めない人が多い気がして、怖いと思った。2018年の『眺め』というアルバムには、そうした世の中のムードへの違和感が厭世観として出ていると思う。

おとぎ話『眺め』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)。ミュージックビデオを手がけたのは、本稿の撮影も担当した松永つぐみ / 関連記事:おとぎ話・有馬が指摘する、日本のカルチャーシーンが抱える課題(記事を開く

有馬:“LOST PLANET”って曲を収録したんだけど、あれは椅子取りゲームの成れの果てで地球が終わっちゃって、それを宇宙から眺めているという曲なんだよね。

続く『REALIZE』(2019年)は誰かに届けるためというより、自分に対してのヒーリングとしてつくったアルバムだね。悟りの境地というか、世界に対して一抜けたと言っているような作品になった。

―『REALIZE』は、存在とは何かを自らに問うているかのような、きわめて内省的な作品ですよね。

有馬:『REALIZE』ができあがったあとに離婚を経験するんだけど、やっぱり内省を突き進めた結果、これ以上嘘をつけないと思ったんだろうね。

おとぎ話『REALIZE』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く) / 関連記事:おとぎ話・有馬の欲を捨てた悟り 音楽にひとりぼっちの美しさを(記事を開く

有馬:恋愛においても結婚においても、「あなたがこうあってほしいと思う私」になろうとしていた。でも、そんな自分にはなれないよ、もう認めようよと思ったんだよね。自分がなりたい自分になればいいじゃんって。

ーなりたい自分になればいいんだと気づいたことは、新作の『US』にどういう影響を与えていますか?

有馬:『US』では、自分が書く歌詞にフィルターをかけないで済んだ。もう思っていることをそのまま歌えばいいんだと思えたんだよね。

おとぎ話“ROLLING”を聴く(Apple Musicはこちら

ジェンダー、セクシュアリティーにとらわれない愛を歌うには?

ーこれまではどうしてフィルターかけざるをえなかったんでしょう?

有馬:嫌われないため、まともな人だと思われたいという一心でフィルターをかけていた気がする。そういう心配はもうなくなったな。

ー『US』の歌詞は、これまで以上に抽象的で聴き手の解釈を限定しないものになっていると思うんです。喜怒哀楽の狭間にある何かがぼんやりと醸されているというか。

有馬:完全にそうだと思う。

ー加えて、1曲のなかで、有馬くんのピュアな本音とシニカルな視点が折り重なっていたりする。聴き方によっては「この人はいったい何が歌いたいんだろう」と思われかねない歌詞だと思うんです。でも、いまの話を聞くと、以前の有馬くんには「あなたはいったい何が歌いたいんですか?」と言われることに対しての怯えがあったんじゃないかなって。

有馬:そうそう。いまはその質問に対しての明確な答えがある。「何を歌いたいの?」って言われたら、「何を歌いたいのかがはっきりしない、そのモヤモヤ感を歌いたい」と言えるんだよね。俺が興味を持っているのはそこだけ。

「君が好き、君を愛してる」って言葉は歌詞にしなくていいと思う。「あ、これは愛してるってことなんだろうな」ってあとで気づくような感覚だけを歌っているのかもしれない。

おとぎ話『US』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

ーはっきりとした言葉になる前のおぼろげな愛の感覚を歌おうとしたことで、表現はよりジェンダーレスなものになっているように思います。セクシュアリティーを帯びる前の愛の姿を描こうとしているんじゃないかな。

有馬:好きな人、いいなと思う人がいて、その人と空とか景色を並んで見ること。それこそが愛の根源なんじゃないのかなと『US』の曲を書いてるときに思った。俺はそれだけを歌えばいいなって。

昔はおこがましくも人の背中を押したいとか思って曲を書いていたけど、今回は背中を押すんじゃなくて、すべての人の人生のBGMになる、なりえる言葉を並べたいと思った。

おとぎ話『US』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

有馬:生きてること自体がすごく愛のある行為で、このアルバムはそのBGMって感じなんだよね。だからできるだけ言い切らずに、無色透明な言葉を使っている。それが結果的に心に残ったらいいなぐらいの感じなんだよね。

音楽的にも近いことを考えていて、今回はもともとそこにあったかのような名曲をめざした。ポップソングとしての強度を台なしにしないために、強い断定の言葉を使わないようにした面もある。

あなたはそこにいるだけで美しい。少女漫画の表現が教えてくれたこと

ー『US』のいくつかの楽曲では、ブラジル音楽の要素が出ていますよね。バンドにとっても新機軸だと思いますが、ここにきてそうしたサウンドに接近した理由は?

有馬:今回、メジャーセブンスをよく使っていて、それもブラジルっぽさにつながっているんだけど、あのコード感ってあまり性別を感じさせないと思ったんだよね。それでいて、ちゃんと主張を感じさせる音だと思う。

おとぎ話“VIOLET”を聴く(Apple Musicはこちら

有馬:俺自身は若いときからブラジル音楽を好きで聴いていたんだけど、おとぎ話ではその側面を出していなかった。自分たちにはできない、おとぎ話でやることじゃないと勝手に思い込んでいたんだよね。だけど自分で狭めていた「有馬和樹像」から解き放たれることによって、バンドの音楽ももっと自由でいいなと思えた。

ー有馬くんにとって『US』の制作はすごく開放的な作業だったんですね。

有馬:すんごい開放的な気分だった。今回の歌詞は、自分が主人公ではないんだよね。「あの女の子はたぶんこういうことを思ってるよな」とか想像しながら書いている。なかなか難しいんだけどね(笑)。

でも、最近になって気づいたんだけど、その書き方は初期の“Boys don't cry”でもやっていたんだよね。<あのコが誰かの彼女になったって僕は知らないよ>ってフレーズは女の子目線の言葉として書いたんだ。

おとぎ話『SALE!』(2007年)収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

―たしかに有馬くんの書く「僕」は、女の子が言っているように思えることが多い。

有馬:最近、少女漫画をすごく読むようになったんだよね。そこで、さらに自分の価値観が明確になった。

ヤマシタトモコさん(※)の『違国日記』って漫画があって、あるキャラクターが自分のセクシュアリティーに気づく場面とか、ものすごくいいシーンがいっぱいあるんだけど、そのなかに主人公の女性が高校の同級生だったメンバーと飲み会に行く話があるんだよね。

その飲み会に集まったキャラクターたちを見ると、この人とこの人はどうして友達なんだろうみたいな、あまり共通点がなさそうな集団なわけ。少年漫画だともっと似た者同士の仲間が描かれることが多い気がする。

※BL漫画出身で『さんかく窓の外側は夜』などでも知られる漫画家

おとぎ話“SCENE”を聴く(Apple Musicはこちら

有馬:でも、そもそも世界にはいろんな人がいるじゃん。バンドもそうだけど、風間もいて前越もいて牛尾もいる。そこに俺もいる。だからこそ楽しいんじゃん、という世界像を少女漫画家はうまく描いてることが多いように思う。

ピュアな自分を受け入れられたから、おとぎ話の歌は「私たち」の表現になった

ー少年漫画はある一定の目的があって、それを達成するためにキャラクターが集まってくるという傾向が強いかもしれません。でも、有馬くんが言う少女漫画は、キャラクターがそこにいるだけで美しいというか。

有馬:そう! その考えが俺はめちゃくちゃ腑に落ちたんだよね。いろんな人がいて当たり前ということを音楽で表現したいとあらためて思った。

―男性の表現というのは、「男児たるもの何かを成し遂げなければいけない」とか「強くないといけない」とか、そういうベクトルを持ったものになりやすいと思います。でもそれはある種の有害な男らしさにつながる危険性もあって。いまの有馬くんはそういうものとは無関係な表現をしたいという意識が強いんでしょうね。

有馬:今回は、そのままでいいよということをすごく歌っているね。そもそも生きてること自体が矛盾の賜物じゃない? 産まれたいと思って産まれた人はいないし。だから生きているだけで尊い。有馬和樹の表現はそういうことへの賛歌ではありたいと思うよ。

おとぎ話『理由なき反抗』収録曲(Apple Musicで聴く Spotifyで聴く

ーさっき女の子の気持ちを想像しながらつくったと言われていましたけど、「ありのままの自分を出せばいい」と思えた作品にもかかわらず、そこに自分を書かなかったというのがおもしろいですね。

有馬:自分自身で表現を狭めていることに気づいたとき、自分が書いてる曲ってものすごく私小説だと思ったのね。

ーなるほど。昔のおとぎ話の表現はとことん「ME」だったわけですね。

有馬:そう。とことん「ME」を歌ってきた。でも、バンドを続けていくことで自分がどんな人間かを知るようになって、そうすると他の人のことも、それまで以上に大切だと思えた。

そういう状態で音楽に向かったとき、自然とみんなのことが歌になった。そこで、このアルバムは『US』だと思ったんだよね。

おとぎ話『US』を聴く(Apple Musicはこちら

リリース情報
おとぎ話
『US』


2022年6月22日(水)発売
価格:2,970円(税込)
PCD-27063

1. FALLING
2. BITTERSWEET
3. DEAR
4. ROLLING
5. RINNE
6. VOICE
7. VIOLET
8. SCENE
9. VISION
10. ESPERS
イベント情報
『おとぎ話<OUR VISION>』

2022年8月13日(土)
会場:東京都 日比谷野外大音楽堂
プロフィール
おとぎ話
おとぎ話 (おとぎばなし)

2000年に同じ大学で出会った有馬と風間により結成。その後、同大学の牛尾と前越が加入し現在の編成になる。2007年にUKプロジェクトより1st アルバム『SALE!』を発表、以後2013年までにROSE RECORDSからの2枚を含め6枚のアルバムを残す。2015年、おとぎ話にとって代表曲となる“COSMOS”が収録された7thアルバム『CULTURE CLUB』をfelicityよりリリース。従来のイメージを最大限に表現しながら、それを壊し新しい扉を開いたこのアルバムにより、おとぎ話はまさに唯一無二の存在となった。2021年には結成20周年を迎え、記念アルバム『BESIDE』をリリース。2022年6月、最新アルバム『US』をリリースし、8月13日にはキャリア初の日比谷野外大音楽堂ワンマンライブを開催することが発表されている。ライブバンドとしての評価の高さに加えて、映画や演劇など多ジャンルに渡るアーティストやクリエイターからの共演を熱望する声があとをたたない。日本人による不思議でポップなロックンロールをコンセプトに活動中。



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