今夏、『FUJI ROCK FESTIVAL '23』で三度目の来日を控えるblack midi。サウス・ロンドンはクロイドンにある、エイミー・ワインハウスらも輩出したThe BRIT Schoolで出会ったメンバーによって2017年に結成、言わずと知れた名門インディーレーベル「Rough Trade」に所属し、日本でも熱狂的な人気を誇っている。
たしかな技術に裏打ちされた爆発的な演奏によって織り成されるblack midiの音楽は、いったいなぜ、そしてどんな意図のもとでここまで予測不可能なものとなっているのか。いまや新世代UKロックシーンの筆頭格として熱視線を集め、世界中を飛び回るこの若きバンドに、日本のオーディエンスはどのように映ったのか。二度目の来日公演を行なった直後、モーガン・シンプソン(Dr)、キャメロン・ピクトン(Ba,Vo)に話を聞いた。
black midiは日本のオーディエンスをどう見ていた? UKの状況と比較して語る
─久しぶりの日本はどうですか?
モーガン(Dr):観光客っぽいことは何もしてないけど、ショッピングをしたり、レコード屋に行ったりしたよ。ディスクユニオンとかタワーレコードとか。マンハッタンレコードが特に好きだったね。
─どんなレコードを買いました?
モーガン:『Miles Davis at Fillmore』(1970年)とジェームズ・ブラウンのレコードを数枚、The Upsettersのダブ系のレコードも……いま思い出せるのはそれくらいだけど、ほかにも本当にたくさん買ったよ。
―2019年の初来日以来、3年ぶりの日本でのライブはどうでした?
モーガン:本当に最高だよ。そもそも2回も日本に来られたこと自体もね。ぼくにとって、やっぱり一番クレイジーなのは、1枚目のリリースで日本に来られたこと。そんなすぐに日本に来られる人ってなかなかいないと思うからね。日本は本当にクールな場所だ。これ以上の言葉はないよ。
black midi『Schlagenheim』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
─オーディエンスの反応はどうでしたか?
モーガン:前回と同じような印象かな。どのライブもちょっとずつ違うんだけどね。日本のオーディエンスは、一人ひとりの集中が本当にすごくて、どっぷりハマってくれている感じがする。セット中の静かなポイントでは針が落ちる音が聞こえるくらい静かだったりして、演奏する側からも、集中して聴いているのがわかるんだ。
キャメロン(Ba,Vo):UKだと静かな曲を演奏してるとき、フロアの奥から「ジーーーーーーーーー」っていう(人がしゃべっている)音が聞こえてくるんだ。25ポンドもチケット代を払って曲を聴きもしてないなんて、「何の意味があるの?」って思っちゃうよね。
静かな曲の途中で、急にオーディエンスが「ヘイ! ヘイ! ヘイ!」とか騒ぎだして、バカなことをはじめることもある。「何のために来たの? 音楽聴きたいから? それとも友達をぶん殴りたいだけ?」って思っちゃうんだ。
でも、日本では違っていて、曲のクレイジーなところではみんなが飛び跳ねたり、踊ったりもしてくれるけど、お互いを押したりはしていない。逆に静かなところではみんなすごく集中してくれるから、本当にやりがいがあるよ。100%の集中を向けてもらえるのは、いつだって気分がいいよね。
black midiの2022年のジャパンツアー、東京公演より / Photo by Masanori Naruse
─東京公演では、会場を見渡したときの客層の幅広さも印象的でした。フロアの前方には、拳を振り上げたり、飛び跳ねたりして音楽に反応するパンクスっぽい人もいる一方で、バーカウンターのあたりにはクラバーっぽいファッションのお客さんもいたりして。そういう感じは、ロンドンでライブをしていても同じですか?
モーガン:そうだね。どちらかというと渋谷の2公演目のほうが、そういう感じが目立ってた気がしたな。早い時間のライブは年齢層が高めのオーディエンスで、2公演目はもう少し若いオーディエンスだったね。ひとつの部屋にいろんな人たちが集まっているのってクールだよね。
生々しく、カオティックなblack midiの演奏の背景にあるもの
─あなたたち自身の音楽は、基本的にはかなり激しいギターミュージックですが、そのように幅広いリスナーを惹きつける理由は何だと思いますか?
キャメロン:エキサイティングなライブショーをやっているからじゃないかな。ずっと音楽が鳴り止まないとほかのことに気をとられないし、楽しむためには100%集中してないといけないからね。
black midi『Hellfire』(2022年)収録曲のライブ映像
キャメロン:あとぼくらのショーって、同じ曲を演奏していても毎回ちょっと違うんだ。ぼくらからしたら、もう100回以上演奏しているような曲でも、無数にバリエーションが増えていて。たとえば前の夜のライブでは最高の演奏ができたと思った曲であっても、次の日のライブでは最悪な演奏になって自分たちでもいい曲なのかどうかわからなくなってしまう、みたいなことだってあるくらいね。
演奏している側でさえそんな感じだから、オーディエンスからしたら、たとえ同じセットリストでも1日に2回ライブを観る理由があると思う。アメリカでツアーをしていると、あるバンドのライブを一度観に行ったらそのバンドは2年くらいは観なくてもいい、みたいな風潮があるんだけど、ぼくらのオーディエンスは結構戻ってきてくれるんだ。
毎回いろんな曲を違うテイストで、しかもエキサイティングに演奏するから、それが多様な人たちが集まってくれる理由でもあるのかもね。瞬間ごとに、一人ひとりのオーディエンスにとって価値があるような何かがあるというか。もう二度と再現できない、その日限りの要素に惹きつけられる人もいると思うしね。
ニューヨークにあるセントラルパークでのblack midiのライブ映像。導入部でLCD Soudsystem“Daft Punk Is Playing At My House”のカバーを演奏している
─black midiがThe BRIT Schoolの同級生であることや、Windmill Brixton(※)でバンドとしてデビューしたことは日本でも有名ですが、おふたりがミュージシャンとしてどんな経験を積んできて、どんなテイストを持っているのか教えてください。
モーガン:ぼくは2歳でドラムをはじめたんだ。家族全員がミュージシャンで、ずっと教会に通っていたのが演奏をはじめたきっかけで、それ全体がぼくの環境の大部分を占めていた。
あまりにも小さいときからはじめたから、4歳とか5歳で、教会でいろんな人たちと演奏させてもらっていたんだ。そのときの経験は、いまでもぼくの重要な一部なんだけど、あまりにも長いことやっていたから、演奏するのは歩くのと同じくらい自然な感覚なんだよね。
そこからちょっと早送りして、black midiのメンバーと出会って、自分の音楽のテイストが少し大人になった。ティーンエイジャーになると、自分の音楽のテイストを自分で決めて、自分の好きな音楽を選んで聴けるってことを知るようになると思うんだけど、それがぼくにはすごくクールな気づきだったんだよね。
※近年、数々のバンドを輩出するサウス・ロンドンの象徴ともいえる、ブリクストンにあるパブ兼ライブ会場。キャパシティーは150人程度だが、black midiのほか、Black Country, New RoadやSquidらが頻繁に出演していたことで知られる
black midiのWindmillでのライブ映像
モーガン:black midiをはじめてクールだなと思うことのひとつは、自分たちがいろんなバンドやアーティストと比べられること。というのも、大半は聴いたことのないバンドやアーティストなんだけど、それが新しい音楽を発掘するきっかけになってくれるんだ。たくさんの違う音楽に触れるきっかけにね。
キャメロン:ぼくはほとんどの人と同じように、親の影響からはじまってる。誕生日とかクリスマスにCDをプレゼントされて、それをきっかけにギターを習いはじめたんだ。
近所にギターを教えている人がいたんだけど、その家にぼくと同い年くらいの子どもがいて。親同士の約束で、ぼくがその人の家に預けられているときはギターのレッスンをしてもらって、逆にその人の娘をぼくの家で預かっているときは、お母さんがスペイン語のレッスンをしてあげてたんだ。弦のどこを指で押さえるかとか、そういうことはそこで初めて習った。
でも、13歳くらいまでは全然本気じゃなかったんだよね。ジョーディーの9歳ごろの映像を見ると、すごい才能を感じるんだけど、ぼくは大した技術があったわけでもなくて、ただ子どもであることを楽しんでいただけだった。でも、13歳ごろに、好きな曲を何曲か弾けるようになっていることに気がついて、そこから成長しはじめたんだ。そのあとはBRITに行って、気がついたらここにいたって感じだね。
─ジョーディーについてもふたりから説明してもらうことはできますか? 彼はクルト・ワイル(※)のような演劇人やストラヴィンスキーのようなクラシック音楽など、かなり古いアートにも影響を受けているみたいですね。
モーガン:ぼくらのなかでのジョーディーのニックネームは「おじいちゃん」なんだけど、つまり、そういうこと(笑)。自分のテイストをしっかりと持っていて、どちらかというと伝統的なアートにインスピレーションを受けている。でも、やっぱそうだね……「おじいちゃん」ってあだ名がすべてなんじゃないかな。
※1920年代から生涯にわたって活躍し続けたドイツの作曲家。演劇やオペラ・ミュージカルなども手がけ、ベルトルト・ブレヒトが台本に協力した『三文オペラ』でもっともよく知られる
なぜ、そしてどんな意図のもと、black midiの音楽は予測不可能なものになっているか?
─2021年12月、The Guardianに「なぜポップスは予想可能なものになってしまったのか?」(※)という記事が掲載されました。すごく簡単にまとめると、デヴィッド・ボウイでもプリンスでも、昔のポップスターはつねに変化して「驚き」を提供することで存在感を保っていたけど、ドレイクやアデル、エド・シーランみたいな現代のメガスターは、むしろ自身のサウンドのブランドを保つことで、マーケティング的な意味でも、ファンベースを保っている、という記事で。個人的には、現代のギターバンドも同じような傾向がある気がしています。
※当記事で、毎日膨大な量の音楽が供給され、ボタンひとつで簡単にアクセスできるメディア環境の時代だからこそ、ビッグアーティストにとって、音楽ファンがすぐに認識できる音のブランドを維持することがかつてよりも重要になっている、と論が展開される。The Guardian「Go easy on me: why pop has got so predictable」参照(外部サイトを開く)
black midiの『Glastonbury 2022』のライブ映像
―それに対してblack midiの音楽は真逆というか、つねに予測不可能な要素がありますよね。たとえるなら、目隠しでジェットコースターに乗せられているみたいな緊張感があるというか。なぜあなたたちは、そういうスタイルを選んでいるのでしょうか?
キャメロン:いい質問だね。
モーガン:ぼくら一人ひとりがハマっている音楽の予測不能な性質で構成されているベン図みたいなものがあって、black midiの音楽はそれをベースにしているからじゃないかな。
そういう面の影響源でいうと、Mahavishnu Orchestra(※)やSwansは本当に早い段階からインスピレーションを与えてくれたバンドだった。まだキャメロンが加入する前のトリオのころは、1曲20〜30分もある曲ばっかりやってたんだ。それもクールだったんだけど、生々しくて混沌めいたフィーリングを残したまま、もうちょっと幅広くやろうってなっていったんだよね。
※マイルス・デイヴィス『In a Silent Way』(1969年)に参加し、ジャズにエレクトリック楽器を持ち込んだフュージョンの先駆け的ギタリストとして知られるイギリス出身のギタリスト、ジョン・マクラフリンによって結成されたフュージョン、ジャズロックの草分け的バンド
Mahavishnu Orchestra『Birds of Fire』(1973年)を聴く(Apple Musicはこちら)
キャメロン:ロンドンの駆け出しのバンドは30分くらいしか持ち時間をもらえないから、当時のblack midiの場合は、1曲やって終わりみたいな感じになってたんだよね。ライブの冒頭に、お客さんから「あの曲を聴きに来たよ」みたいなリクエストをもらっても、それに応えたらもうライブが終わり、ってなるのはさすがにちょっと気まずいよね(笑)。
モーガン:でも、一回そんなこともあったよな。めちゃくちゃカオスだったからよく覚えてるよ。
キャメロン:ぼくらの音楽に予測不可能な要素が入るのは、一人ひとりにやりたいことがあって、それを全部同時にやろうとしてるからじゃないかな。ときどきあまり満足度が高くないものができちゃって、アイデアを抜いたりするくらいなんだ。
あと、4人全員がバラバラの方向に引っ張ってるとかなりカオスだけど、3人だとおもしろいものが生み出せると思うんだよね。4人はちょっとトゥーマッチというか。4つよりも3つの要素にフォーカスするほうが簡単……って当たり前の話だけどね(笑)。
black midi『Cavalcade』(2021年)収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
─少し飛躍した解釈ですが、あなたたちの音楽の予測不可能性には、政府や巨大なテック企業によって「つねに未来が予測されコントロールされてしまう」ということに対する、ある種のアンチテーゼや批評、からかいみたいな側面もあるのかなと思いました。そういった意見についてはどう思いますか?
キャメロン:いや、まったくないね。何のテーゼもないよ。ぼくら馬鹿すぎるから(笑)
モーガン:予測不能がおもしろいだけだよな。
キャメロン:うん。少なくともいまは、ぼくらはそういう部分ではアカデミックじゃないからね。40歳くらいになったら学位とかもらったりするかもしれないけど。
この若き鬼才たちは今後どのように音楽性を磨いていくのだろうか
モーガン:ぼくらの視点から言うと、同じことを繰り返すのは楽しくないんだ。バンドができたときから、つねに可能な限り自分たちが進化し続けることを大切にしてきた。それでこそ新しいことが起きるからね。
レコードを買ったり、アーティストのディスコグラフィーを見るのが好きな理由もそれで、フランク・ザッパが10,000枚のアルバムを出していたとしても、それを最初から最後まで全部聴いて、最終的にどこにたどり着いたかを知ることがぼくにとって大きなインスピレーションを与えてくれるんだ。彼は何かをつくっても、「よし、これが俺! 終了!」って感じには絶対にならなかったと思う。つねに自分をプッシュして、新しいことに挑戦していた。
マイルス・デイヴィスもそうだよね。マイルスみたいに、40代や50代を過ぎて死ぬまで音楽の最前線に立っていた姿を見るとすごくインスパイアされるよ。それが人生の目標みたいなものなんだ。
black midiのスタジオライブ映像
─あなたたちはデビューしてすぐにパンデミックになって、ライブやツアーが思うようにできずにフラストレーションを感じる場面もあったのではないかと想像しますが、いま振り返ってどのように感じますか?
キャメロン:ツアーができなくなって、最初はやっぱり残念だったよ。すごく楽しみにしていた南米ツアーを控えていたしね。でも、その前の年は、かなりツアー回ってたんだ。たぶん2022年より10本くらい多くやったのかな。でもいまは今年でさえちょっと多過ぎたねって話をしていて、2023年はこの半分にしたいと思ってる。
だから、ツアーができなくて残念な気持ちも半分あったけど、ホッとしたっていうのも半分はあった。個人的には、あの年齢でツアーを回っていても、あまり学べてない気がしてたんだ。子どもすぎて、健康的に対応しきれてなかったと思う。もちろん悪いことばかりじゃなんだけど、19歳の子どもに世界中を周らせても……っていうね。だからパンデミックの期間は、「普通」に成長できる時間ができたと思ってる。
キャメロン:black midiをはじめてからの19歳から23歳って、普通の子は大学に行ったり、友達と遊んだりする年ごろなのに、ぼくたちは全然違う生き方をしてた。でも、パンデミックになったことで、新しい音楽もつくれたし、新しいスキルを得ることもできたんだ。だからメリットもたくさんあった。
とても怖くて、もしかしたらもう二度とツアーはできないのかなっていう不安もあったけど、一方で、やっぱり音楽をやり続けたいんだっていう気持ちを確信できたし、自分個人としてやりたいこともできた。いま思い返しても、バンドにとって特別な時間だったと思うし、進化して新しいものをつくり続ける原動力が、より身についた時期だったと思うな。
black midiの最新のライブ作品『Live Fire』収録曲。black midiは2023年7月、『FUJI ROCK FESTIVAL '23』で三度目の来日を控えている。
- リリース情報
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black midi
『Live Fire』日本独自企画盤(CD)
2022年11月25日(金)リリース
価格:2,200円(税別)
RT0363CDJP
1. 953 - Live Fire
2. Speedway - Live Fire
3. Welcome To Hell - Live Fire
4. Sugar/Tzu - Live Fire
5. Lumps - Live Fire
6. Eat Men Eat - Live Fire
7. Chondromalacia Patella - Live Fire
8. John L - Live Fire
9. 27 Questions - Live Fire
10. The Defence - Live Fire
11. Slow - Live Fire
- プロフィール
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- black midi (ブラック・ミディ)
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ジョーディ・グリープ(Vo,Gt)、キャメロン・ピクトン(Ba,Vo)、モーガン・シンプソン(Dr)からなる、英・ロンドン出身のロックバンド。アデルやエイミー・ワインハウス、King Kruleらを輩出した英名門校ブリット・スクールで出会ったメンバーによって、2017年に結成。2019年にリリースしたデビューアルバム『Schlagenheim』が「マーキュリー賞」にノミネートし、UKロックシーンの最前線に躍り出る。2021年5月には2ndアルバム『Cavalcade』を、2022年7月には3rdアルバム『Hellfire』をリリース。2022年12月、コロナ禍での延期を経て待望のジャパンツアーが実現。今夏、『FUJI ROCK FESTIVAL '23』で三度目の来日を控える。
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