up coming artist

kurayamisaka・清水正太郎ロングインタビュー。「ただやりたくてやった」選択が、時代性をつくる

音楽ライター、金子厚武の連載コラム「up coming artist」。注目の若手アーティストを紹介し、その音楽性やルーツを紐解きながら、いまの音楽シーンも見つめていく。第16回目にフォーカスするのは、オルタナシーンのなかで破竹の勢いで活躍しているkurayamisaka。ギター、作詞作曲を担当する清水正太郎にロングインタビューで迫る。

2021年から活動を開始した5人組バンド、kurayamisaka。2024年『FUJI ROCK FESTIVAL'24』のROOKIE A GO-GOに出場し来場者投票の結果、2025年のメインステージ出場権を勝ち取り、大きな話題となった。さらには、イギリスの音楽総合メディア「NME」が選ぶ「2025年注目すべき世界中の新鋭アーティスト100組」に選出されるなど国内外で注目を集め、この10月17日は過去最大規模となるZepp DiverCityでのワンマンライブが予定されている。

本連載の第1回目では、kurayamisakaをコラムで紹介した。その際に筆者・金子は「2020年代のオルタナティヴなバンドシーンにおいて、現在最も勢いのあるバンドがkurayamisakaだと言っていいだろう」と評している。2000年代のバンドの影響を感じさせながら、「サブスク以降の感覚」がたしかにある楽曲やアートワーク……そんな「時代性」について聞くと、清水は意外にも「ただ、やりたかったことをやっているだけ」と答えた。好きなものを追求した結果、時代の空気をまとった音楽が生まれるのは、なぜだろう?

音楽は好きだけど、最近、新しいアーティストに出会えていない……情報の濁流のなかで、瞬間風速的ではない、いまと過去のムーブメントを知りたい……そんな人に、ぜひ読んでほしい連載です。

原体験にASIAN KUNG-FU GENERATION。上京して初めてのバンド、レーベル旗揚げも

ーバンドの原体験としてよくASIAN KUNG-FU GENERATION(以下、アジカン)の名前を挙げていると思いますが、アジカンとはいつどのように出会ったのでしょうか?

清水:親の車に乗ってるときに、ラジオで“ループ&ループ”が流れてきて、いいなと思ったのがきっかけです。もともと“ループ&ループ”のことはNINTENDO DSの音ゲーでなんとなく知ってはいたんです。ただゲーム内では原曲をそのまま使えないので、打ち込みのギターの音と、ボーカルも別の人が差し替えたのが収録されてたと思うんですけど、初めてちゃんとバンドで演奏された“ループ&ループ”を聴いて、「この曲こんなかっこよかったの?」と思って、そこからのめり込んじゃって。

ギターは中学生の頃にゆずの“夏色”を弾きたくてアコースティックギターを買ったのが最初だったんですけど、「アコギじゃないらしい」みたいな感じで色々調べて、そこからエレキを買って。

ー最初に知ったのが音ゲーというのは面白いですね。

清水:それこそもっと遡ると、アジカンのことは小学生の頃から『NARUTO』で知ってたとは思うんです。でも当時は「テレビのなかの曲」だったのが、「バンドいいかも」みたいな認識になったのは“ループ&ループ”が初めてですね。アコギはそこそこ弾けるようになってたから、自分にも全く関係ない話じゃないかもしれないと思えて、「バンドやりたい」と思っちゃいました。

ー清水さんがnoteで楽曲のリファレンスを細かく書いているのを見て、僕は「ゴッチの日記」を連想したりして。

清水:もちろん影響はあると思うんですけど、自分が聴いてきたバンドの人たちはみんなブログを書いたり、連載をしてたり、思い返せばそういう人たちばっかりで、だから自然な流れで自分も書こうっていうふうになりましたね。

kurayamisaka yori ai wo komete 全曲解説

ーcinema staffの辻(友貴)さんとか。

清水:ART-SCHOOLの木下(理樹)さんだったり。みんな書いてたから、そこまで特別な気持ちがあったわけではなく、自然な流れで自分も書くようになりました。

ー自分の曲を聴いてほしい気持ちはもちろんありつつ、自分を通じてバンド自体を好きになってほしい、そういう気持ちを強く持ってるタイプなのかなって。

清水:そうかもしれないですね。自分のnoteまでたどり着いてくれた子だったら、「このバンドのことは知ってて当然だろう」みたいな気持ちもありつつ、でもまったく知らない子もなかにはいるだろうから、そういう子がちょっとでもバンドを知るきっかけになったらなって。ちょっとおこがましいですけど、そういう気持ちで書いてはいます。

ー実際にバンドを組んだのはいつが最初だったんですか?

清水:出身が愛知なんですけど、高校のときは軽音部がなくて、ずっと一人で練習して、ボイスメモに弾き語りにも満たないようなメモを残したりしながら、いつかバンドを組みたいなと思ってました。学園祭とかで年に一回は披露できる場があって、友達とその1日に向けて練習したりとかはあったんですけど、オリジナルのバンドを組んだのは上京してからですね。

ー大学で軽音サークルに入ったんですよね。8月に出た新曲の“浜辺に散る”はもともと清水さんが昔やっていたshe said moonsideの曲だったそうで、それが最初のバンド?

清水:そうです。右も左もわからない状態で、手探りでやってたんですけど、でもいまもそのバンドのメンバーと、当時ギターだったタカヤマリクとせだいってバンドを組んでたり、未だにつながってるというか、地続きだなと思います。

ーせだいはどうやって結成されてるんですか?

清水:大学のサークル活動が終わって、周りの同期は「バンドもそろそろ卒業かな」みたいなタイミングだったんですけど、ボーカルの(佐久間)ゲンソウは歳が1個上で。自分はもともとゲンソウが組んでたバンドのファンで、よくライブを観に行ってたんです。で、彼が歌を辞めるのはちょっともったいないなと思って、それでせだいを組んだところはありますね。それがみんな社会人になってからもずっと続いていて。

ー自分たちのレーベル「tomoran」を作って、仲間のバンドのリリースを手伝ったりもしていましたよね。

清水:せだいでファーストアルバムを出すときに、せっかく初めてのアルバムだから、リリースを手伝ってくれるレーベルを探したんですけど、あんまりしっくりこないというか、自然と自分たちで旗揚げするしかないんじゃないかっていう話になって。そのときよく出てた下北沢近松ともいろいろ相談したり、手伝ってもらいながら、自分たちでやり始めました。

せだいは最初全部セルフレコーディングでやったし、「とりあえず自分らでやってみようよ」っていう、行き当たりばったりな、見切り発車な感じだったんですけど、でも別に失うものも何もないしっていう気持ちで動いてきて、いまもそういう気持ちではいますね。

ーそういう活動をリードしたのは清水さん? ゲンソウさん?

清水:ゲンソウはあまりそういう人ではなくて、もちろんある程度メンバーとも話し合ったりはするんですけど、「メンバー一丸となって」って感じではないですね。わりと自分が勝手にやってる感じです(笑)。

ーtomoranと近松はいまもkurayamisakaの活動に関わってるから、そこも地続きですよね。せだいでは2024年に下北沢で3会場往来のイベントをやってたり、シーンを盛り上げる意識もありますか?

清水:使命感を持ってるわけではないんですけど、でも「やれることはやろう」みたいな気持ちではいますし、自分が「楽しい」と感じたり、「これをずっとやっていたい」みたいなことって、誰かにとってもそうかもしれないなと思うんです。だから、もし自分と価値観が似てる子が自分の活動を見つけてくれたら、それはすごく素晴らしいことだなと。無理をして広げる必要はないと思うけど、自分と価値観が似てる子にとって、きっかけの一つになったらすごくうれしいですね。

「やりたいことをやっただけ」。でも、歌い方やアートワークから時代性がにじむ

ーkurayamisakaはボーカルの内藤さちさんに声をかけたのが結成のきっかけだったそうですが、どんな経緯だったのでしょうか?

清水:せだいやtomoranでの活動を通して、それなりにライブの本数だったり、経験を重ねてきたなかで、内藤とはもともと学生時代にバンドを組んでて、それは社会人になって一旦終わってしまったんですけど、この経験をもって自分がもう一度内藤とバンドを組んだら、もっと何かできるんじゃないかと思ったんです。ゲンソウの話と同じように、彼女の歌をこのまま終わらせるのはもったいないなっていうのもありました。ベースの阿左美とはライブハウスで知り合って、ドラムの堀田は阿左美の同級生で、もともと面識はなかったんですけど、阿左美に紹介してもらって、ギターのフクダはサークルの後輩で。

ー唯一自分から立候補してきてくれたんですよね。

清水:そうなんです。せだいはもともと友達だった4人が一緒にこれからも遊ぶ方法、集まる手段としてバンドを選んだというか、友達がバンドになったみたいなやり方で、僕はそれまで友達としかバンドを組んだことがなかったんです。でもkurayamisakaはバンドをやるために集まったというか。もともと堀田以外は知り合いだったし、堀田も別に最初からビジネスパートナーみたいな関係性ではなかったんですけど、でも新たにそういうことをやってみたいなっていう気持ちはあったかもしれないですね。

ー「このバンドで勝負してみたい」みたいな気持ちもあった?

清水:いや、そんなに気構えてはなかったです(笑)。「どうなるんだろう?」みたいな、興味が大きかったかもしれないですね。せだいでは自分が全部の曲を作ってるわけじゃなくて、アルバムがあったら1〜2曲入ってるくらいの割合だったけど、もし自分が主導で全部作って、内藤が歌ったら結構いいものができるんじゃないかなって、それが一番大きいところでした。

ー当初は「toddleみたいなバンドをやりたい」というイメージがあって、最初に“farewell”を作ったそうですが、もともと女性ボーカルのバンドが好きで、女性ボーカルのバンドをやりたいと思ったのか、それともピンポイントでtoddleが好きで、toddleみたいなバンドをやりたいと思ったのか、どちらが近いですか?

清水:女性ボーカルのバンドで好きなバンドはいっぱいありますけど、でもやっぱり「toddleを目指したい」っていう気持ちが一番大きかったですね。ある意味バンドの1個の到達点というか、これはもう生き様だし、かっこよすぎるなと思っていて。

ーアジカンはそれこそアニメの曲もやったり、メジャーのフィールドで活動をしていて、アジカンがきっかけでバンドを始めた人はすごく多いわけですけど、toddleは基本的にはインディーで活動をしているバンドで、だからこその憧れがあった?

清水:バンドを続ければ続けるほど、toddleのすごさに気づくというか、ご一緒させていただく機会もあったなかで、新たに気づくことも多かったりして、やっぱりかっこいいですね。自然体なんですよ。生き方がそのままステージに出てるというか、それはすごくかっこいいことだなと思います。

ー1990年代や2000年代のオルタナシーンのバンドは男性ボーカルが中心だったと思うんですけど、2020年代は国内外で女性ボーカルが先頭を走っている印象があって。何かそういった時代感みたいなことも感じていますか?

清水:あんまり考えたことなかったですね。そういうふうに全体を見て「ここにいよう」みたいに考えて活動をしたことがなかったので……言われてみれば「たしかにそうかも」と思う部分もあれば、「あ、そうなんだ」くらいの感じでもあるというか。そこに関しては、やりたくてやってるだけ感が強いかもしれない。

ー「時代を意識して狙い撃つ」みたいな感じではないと。

清水:そうですね。それよりも、「こういうバンドがいたらいいな」っていうのが大きいかもしれない。自分にとって本当にドンピシャなバンドを見つけられなかったから、「じゃあもう自分でやったほうが早いな」っていうのも動機の一つなので。言われてみれば、たしかに時代の話にもつながるかもしれないですけど、でもやっぱり一番はシンプルに「こういうバンドをやりたかった」っていうのが大きいかな。

ー時代性は関係なく、内藤さんの歌に可能性を感じた部分は大きかったわけですよね。

清水:そうですし、最近はもっとその割合が増えたなと思います。最初にミニアルバムを出したときは、もっとバンドサウンド寄りというか、楽器寄りというか、そういうアプローチで、それはそれですごく好きなんですけど、あんまりやる予定じゃなかったライブをこの3〜4年の間でどんどん重ねていく中で、ライブめちゃくちゃ楽しいなっていうのを感じて、それがファーストアルバムの音像につながって。で、アルバムのツアーをやっていくと、「内藤さち、歌めっちゃ上手いな」とあらためて気づかされる部分も多くて、今度はもっとその歌を生かせたらなっていう、いまはそういう気持ちですね。

ー結成してすぐの頃はライブよりも音源を作ることが目的だった?

清水:はい。阿左美はyubioriだったり、自分もせだいだったり、いろんなバンドを掛け持ちしてるなかで、そんなにライブをやる余裕はないだろうと。そこからライブが意図せず増えてしまって、きついことも多いんですけど、でもやっぱりやったらやったで楽しいから、そのなかで「ライブでもっと自由になりたい」とか「ライブでやったらどういうのがかっこいいかな」みたいな気持ちが強くなっていきました。

ー別のインタビューで、初期の頃はボーカルに対して「AIっぽく」とか「淡々と歌ってほしい」みたいなディレクションをしていたという話を見ました。それもライブを意識するのではなく、曲の世界観を意識してそういうディレクションになっていた?

清水:そうですね。その頃はそういう趣味だったというか、「どこまで感情を削ぎ落とせるか」みたいなことを考えてたんですけど、最近は趣味嗜好が変わってきて、「歌ってやっぱすごいな」と思って。それこそ AI が台頭してきたのもでかいかもしれない。

ー4〜5年前はAIの話はそこまで出てなかったけど、いまは完全に話題の中心ですもんね。

清水:最初に“farewell”をXで……当時はTwitterでしたけど、流したときに、冗談で「これAI らしいよ」とか「メンバー全員死んでるらしい」みたいなことを言ってたんです。でもいまはもうそれが冗談じゃなくなってきてるというか、昔は「これAIらしい」だったけど、今は「これAIじゃなくて人間らしい」みたいな、逆の状況になってるのは時代の流れを感じますね。

ー「感情を削ぎ落とす」というのは、ボカロとかも好きだったり?

清水:いや、ボカロはほとんど聴いたことなくて、“メルト”は知ってますけど、ぐらいの感じで。本当に昔の人が考えるAIみたいな、ナビの声みたいなイメージの指示でしたね。ボカロ出身の人のバンドとかは聴いたことあったりしますけど、ボーカロイド自体はあんまり聴いたことないです。

ーめばちさんのアートワークもkurayamisakaのイメージを担ってると思うんですけど、それも清水さんの発案?

清水:はい。やっぱりアジカンと中村佑介さんの関係性みたいに、ジャケットを見た瞬間に一発で「このバンドだ」ってわかるといいなと思って。めばちさんに初めてお願いしたのは『evergreen / modify Youth』のジャケットで、そこからずっとお願いしてます。ジャケットがあって音源がやっと完成するなっていう気持ちはすごく大きいので、本当に最後の一筆という気持ちで、楽曲制作の一部のような気持ちで毎回お願いしてますね。

ーなぜめばちさんにお願いしたのでしょうか?

清水:もともと内藤や阿左美がめばちさんのことを知ってたり、好きだったりして、僕はそれで知ったっていうのも大きくて。彼らが好きなアニメ作品のエンディングを手がけていたり、雑誌の表紙を描いていたり、そういうので知って、いつか描いてくれることがあったら素敵だよねっていう話を前からしてたんです。だからメンバーの総意とまではいかないけど、「いつか描いてほしいよね」って共通認識はあったと思います。

ーもう一度、時代感の話をしちゃうと、1990年代や2000年代のオルタナ系のバンドで女の子のイラストをジャケットに使うバンドはあまりいなかったと思うんですけど、いまはわりといるじゃないですか。Trooper Saluteだったり、sidenerdsだったり。これはアニメやネットのカルチャーが浸透して、価値観が変化した結果だと思ったりもするんですけど、何か意識したことはあったりしますか?

清水:それもあんまり考えてこなかったですね。本当に身も蓋もないことを言っちゃうと、「そうしたかったから」としか言えないんですけど。でも自分の感性だけで作品を作るということはきっとないから、AとBのどちらを選ぶかっていう無意識の選択のなかで、時代の影響を受けたことはあるかもしれない。カウンターなのかストレートなのかわからないけど、「こういう流れが来てるから、こう刺しに行こう」とか「こう置きに行こう」みたいな意識はなかったです。ただただやりたくてやったんだけど、俺みたいに何も考えてないやつは時代とかに無意識に影響されてるんだろうな。

ー最初から狙い撃つんじゃなくて、むしろ無意識の選択を繰り返した結果、時代感が色濃く反映されるというのはたしかにそうかもしれない。

清水:ある意味では俺は結構流されやすいから、「時代に逆らって」とか「何にも影響されてないです」っていうのは絶対ないなって、逆に自信を持って言えるというか。カウンターであろうとか、時代に合わせようとか、そういう気持ちはなかったけど、「時代の影響の範囲外で作った」とはまったく思ってないですね。

テレビ出演やワンマンツアーを経て、変化は?「かつての自分のような誰かへ……」

ー2026年は活動の規模感が大きくなって、『THE MUSIC DAY』への出演が象徴的だったと思うんですけど、バンドシーンのファン以外の人にも存在が知られるようになってきました。その変化をどのように感じていますか?

清水:テレビに関しては、「え、テレビ? 面白そうだし、出ますか」みたいな感じで、ミーハーな気持ちが大きかったりするんですけど。僕のなかではワンマンツアーをやったのがすごく大きくて、それを通じて気持ちが変わった部分もあるし、昨日までバンドに 1ミリも興味がなかった人が、もし僕らをふとテレビで見るなり、ラジオで聴くなり、SNSで回ってくるなりして聴いて、「バンドいいかも」みたいに思う人が一人でもいたらすごくうれしいことだなと。それで「ライブハウスに行ってみようかな」とか「ほかにも好きなバンドいるかもしれないから探してみようかな」とか、かつての自分みたいにそういう経験をする子がいたらめちゃくちゃうれしいなって、最近はそういう気持ちが一番大きいですね。

ーせだいの頃からその行動原理は変わらないと。

清水:でも一番の軸で言うと、とにかく「バンドをやること」なんですよね。10代の頃からずっとバンドをやりたいと思ってたから。

ーああ、東京に出てくるまでバンドをやれてない期間があったからこそ、その思いが強いわけですね。

清水:一番最初にバンドを組んで、自分の曲を合わせて、スタジオで録った音割れでガビガビの、制作途中の曲を帰りの電車で聴く、あの時間のかけがえのなさというか、それがいまも続いていて。だから言っちゃえば、バンドを続けられている時点でずっと夢が叶っている状態なんですよね。そのうえで、じゃあ次にやりたいことはなんだろうと思うと、俺はバンドを組めて、バンドが続けられて、いろいろきついこともあるけど、本当に楽しいから、もしまだバンドの楽しさに気づいてない少年少女がいて、俺たちのバンドが何かのきっかけになれたら本当にうれしいです。

ーこれまでメンバー全員が別の仕事をしながらバンドを続けてきたけど、清水さんは去年仕事を辞めたそうですね。

清水:やっぱり生活はだいぶ変わって、かなり自制心のいる環境だなって。毎日仕事といえばそうだし、毎日無職といえばそうだし、自律神経も乱れるし。でもどう頑張ったって何もできない日は何もできないし、逆に一日に何個もアイデアがストックができる日もあるし、多少気楽に考えられるようにはなりました。あとは職質されて「自営業」って答えたり、そういう変化はありました(笑)。

ー清水さんたちの世代やもうちょっと下の世代は、コロナ禍の前後くらいにバンドを始めた人たちで、将来どうなるかわからないから、バンド一本に絞るのではなく、就職してバンドを続けてる人がたくさんいて、これからkurayamisakaがどうなっていくのかが気になってる人は多いのかなと思いました。

清水:僕らの周りである程度共通認識だと思うのは、「どうやったらバンドを一生に近い時間続けられるか」みたいなことかなって。別に一生じゃなくてもいいんですけど、「どれくらい長く続けられるか」みたいな気持ちはきっと、近いシーンのバンドはみんな共通して持ってただろうし、いまも持ってると思いますね。

ーこの1〜2年はオルタナシーンの盛り上がりが語られていて、メジャーではまだこれからだと思うけど、ライブハウスシーンの盛り上がりは確実にあると思っていて、kurayamisakaの影響もとても大きいと思います。いまのシーンに対して何か思うところはありますか?

清水:ライブハウスのシーンについては……正直わからないですね。かっこいいバンドはどの時代にもずっとライブハウスにいるし。僕はマクロな視点で物事を見れないので、どれぐらいお客さんの動員が増えて、どれくらい盛り上がっていて、何年前と比べてこんなに違うんだよ、みたいなのは全くわからなくて。でもライブハウスに出てるバンドに「結成のきっかけがkurayamisakaでした」みたいなことを言われたり、「学生の頃に聴いてました」とか言われると、やっててよかったなと思いますね。

新曲“summer film”のこと——バンド活動は「夏休み」かもしれない

ー途中の話にもあったように、新曲の“summer film”は内藤さんのボーカルがとても印象的でした。noteの曲解説ではこれまでダブリングをしていたけど、今回はシングルにしたという話もあって、過去曲の雰囲気も残しながら、でも感情表現も深まっていて、すごくいいなと思って。

清水:歌は本当にどんどん良くなってると思ってて、練習もずっとしてるし、もっと歌を立たせたいなとは思ってました。実は今回、一回録り直しをしてるんです。“summer film”を録って、セルフカバーの“hikari”をその次の日程で録ったんですけど、“hikari”の歌で内藤本人のなかで掴めたものがあったみたいで、「これが“summer film”のときに出せてたらな」って、ポロっと言ってたみたいで。それをいまのチーフマネージャーが聞いてて、「内藤さんもしかしたら録り直したくなってるかもしれないけど、本人に聞いてみてもいい?」って相談が来て。僕は最初のテイクでも十分納得してて、いいなと思ってたんですけど、本人がやりたいと思ってるならやったほうがいいし、いまは以前に比べると予算をレコーディングに回せるようになって、それはすごくいいことだと思っていて。で、録り直したのが今回のテイクで、録り直して良かったなと僕も思いました。

ーちなみに、もうすぐ9月も終わりますけど(取材は9月29日)、今年は夏足りました?

清水:いや、寒くなるのがちょっと早いですね。もう結構涼しいじゃないですか。

ー9月末はもっと涼しくなっててもいいぐらいじゃないですかね(笑)。

清水:去年はもうちょっと長かったと思うんですよ。今年は夏が終わるの早かったですね。

ーファンの中ではkurayamisaka=夏曲のイメージがある人も多いと思うんですけど、夏の曲が多いのは何か理由がありますか?

清水:小さい頃から夏休みが一番好きだったんですよ。小学一年生のときに初めての夏休みが来るわけですけど、僕は7月いっぱいで終わりだと思ってたんです。それまでの2週間ぐらいの休みも本当に楽しかったなと思ってたんですけど、7月末に親に「もう夏休みも終わりだね」って話をしたら、8月いっぱいも夏休みだということをそこで告げられて、脳を焼かれてしまいまして(笑)。そこからずっと夏が好きですね。

ー清水さんにとってバンドをやるっていうことと、夏休みが続いてる感覚に近いものがある?

清水:ああ、でもそうかもしれないですね。自分のなかで楽しいことイコール夏休みというか、夏というか。で、バンドも楽しいからイコール夏休みだって、脳が錯覚してるのかもしれない(笑)。

ーkurayamisakaの魅力の一つとして、曲を聴くとノスタルジーが喚起されるというのもあって。「フィルム」や「シネマ」がキーワード的に使われていたりもするように、楽しかった夏の映像が蘇るような感覚がある。“summer film”の最後に童謡の“シャボン玉”が出てくるのも、まさにノスタルジーを感じたんですよね。

清水:あれはギターのフクダくんのリクエストというか、シンガロングをやりたそうな雰囲気を感じ取ったんですよ。結構そういう、メンバーの「声にならないリクエスト」に応えたりするし、自分もちょっとやってみたかったので、最初に仮で入れてみたのが“シャボン玉”だったんです。いろいろ変えてみようと思ってたんですけど、最初に入れちゃったから、それしかしっくりこなくなっちゃって、そのままにしました。だから“シャボン玉”に特別な思い出があるわけじゃないですけど、でも仮でも入れたってことは、きっと自分のなかで印象に残る何かがあったんでしょうね。

ーもう1個キーワード的なことで聞いちゃうと、「海」に関してはどうですか?「夏」とも結びつくし、めばちさんのアートワークに海がよく出てくるのもあって、kurayamisakaには海のイメージもあるから、“浜辺に散る”もしっくりきたんですよね。

清水:自分の出身が愛知県の知多半島っていう、海に面した土地で。だから幼少期から海はかなり近しい存在だったというか、「田んぼと牛舎と海と」みたいな場所で。

ーそれこそ夏休みに海に行ったり?

清水:しょっちゅう行ってました。で、めばちさんは僕の地元の海を知っていて。だから同じ海を見てたというか、まったく一緒ではないですけど、でも近い地域の海を見てたはずで。自分が思い描いてる海とめばちさんがイメージする海がかなり近かったことが判明して、それも大きかったかもしれません。

ー“浜辺に散る”は“modify Youth”以来の清水さんボーカル曲で、ファンのなかには待ってた人も多かったんじゃないかなと。

清水:B面だし、まあいいかなって(笑)。昔の曲は聴くのが恥ずかしかったりして、“浜辺に散る”もまあまあ恥ずかしい部分はありつつ、でもいい曲だなと思って、今回収録できてよかったですね。

10月17日に過去最大キャパでのワンマンへ。観客の心に「小さな引っかき傷」を残したい

ー10月17日にはバンドにとって過去最大キャパのZepp DiverCityでのワンマンライブ『kurayamisaka tte, doko? #8 「Zepp DiverCity 単独公演編」』が開催されて、全国31館の映画館と松山サロンキティでの生中継も決定しています。

清水:まずは来てくれた人がチケット代の分ぐらいは満足して帰ってもらえたらうれしいなと思いますね。映画は「大御所バンドみたいだな」っていう気持ちもありつつ、ライブハウスが苦手な人もいると思うから、そういう人にとっても楽しい経験になってくれたらなって。

ライブの中身に関しては、多分初めてkurayamisakaのライブを観る人も多いと思うので、あらためて「はじめまして」のような気持ちもあるし、いままでずっと観ていてくれた人にも喜んでもらえるように、ちょっと味変じゃないですけど、新しさも加えたり、みたいな感じですかね。

Zeppでやれるなんて思ってなかったですけど、クアトロやリキッドあたりから感覚がぶっ壊れ始めてきて(笑)。ライブはもちろん楽しいけど、もう自分たちの思い出のためにやってるわけじゃなくて、観に来た人の心に小さな引っかき傷を残すために、最近はそういう気持ちでやってますね。

ー清水さんがこれまで観たライブのなかで、引っかき傷が残ったライブをパッと挙げるとしたら?

清水:初めて名古屋のクアトロで見た髭(HiGE)のライブですかね。まだフィリポさんもいて、フロアに突っ込んできたり、「何が起こったんだろう?」みたいな感じで。「こんなことしていいんだ」と思ったり、とにかくすごくかっこよくて。 ライブハウスって、こっちは感覚が麻痺してるけど、みんな何回も来る場所じゃないし、一生に一回の人の方が多いんじゃないかなと思うんです。だからこそ、せっかく来てくれたからには何か残せたらなって、そこはもう意地ですね。

ーkurayamisakaのライブじゃなかったら一回限りで終わってたかもしれない人を、リピーターにしちゃうぐらいのライブになったらいいですよね。

清水:そうなったらうれしいですね。一人でも多くの人がバンドを好きになってくれたらうれしいし、ライブを観てそう思ってもらえるかどうかは、本当に僕たち次第だなと思ってます。

イベント情報
劇場版 kurayamisaka tte, doko? #8
「Zepp DiverCity 単独公演編」 (生中継)

日時:2026年10月17日(土)start 18:00
映画館:全国31館、ライブハウス:1会場
料金: 映画館(指定席) / ライブハウス(スタンディング):3,300円
プロフィール
清水正太郎 (しみず しょうたろう)

東京・大井町出身の5人組バンド、kurayamisakaのGt.で、作詞・作曲を務める。同じくバンド、せだいでもギターを担当。別称「うんにょん」。kurayamisakaは、2024年「FUJI ROCK FESTIVAL'24」のROOKIE A GO-GOに出場し来場者投票の結果、2025年の「フジロック」のメインステージ出場権を勝ち取る。イギリスの音楽総合メディア「NME」が選ぶ「2025年注目すべき世界中の新鋭アーティスト100組」に選出されるなど、日本のみならず海外でも注目されている。



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