「この会社で、いちばん映画になりそうな人は誰ですか?」。社長でも、看板商品でもない。まだ知られていない誰かの仕事や人生に、映画の種が眠っているのかもしれない。
講談社が始める映像制作事業「講談社エディトリアルフィルム」は、出版社の編集力を生かし、企業や地域への取材から、まだ見えていない物語を見つけて映像化する試みだ。
9月28日、29日に開かれた『Visual EXPO by BRANDED SHORTS 2026』は、企業や地域の魅力を伝える映像作品の上映・表彰に加え、広告や採用、観光などに映像をどう生かすかを考えるセミナーや展示が集まるイベントだ。その2日目、講談社の長崎亘宏氏と岩切秀一氏、進行役の別所哲也氏(Visual EXPO エグゼクティブプロデューサー)が登壇した。
講談社は映像クリエイター支援プロジェクト「講談社シネマクリエイターズラボ」で、3年間に3,242件の企画応募を受け、11本のショートフィルムを制作してきた。新事業では、どんな映画を目指すのか。実験的に行った十勝でのロケハンの経験と、新アワードの発表を中心に、セミナーの内容をレポートする。
「賞味期限の長い広告」をつくるには?
セミナーの冒頭、講談社ライツ・メディアビジネス本部局次長の長崎亘宏氏が示したのは、広告を届ける難しさだった。ビデオリサーチの調査では、広告をよく見る人の割合が低下しているという。
広告には短期的に成果を出すものだけでなく、長く企業への信頼や共感を育てる役割もある。「単にゆっくりというよりは、信頼を積み上げていくことで、長く効果が持続するような広告」という説明に続き、長崎氏は「忘れられない広告体験」をどうつくるかが課題だと話す。目指すのは、いわば「賞味期限の長い広告」だ。
企業とともに、まだ見えていない価値を発見し、長期的なブランドの資産へと育てる。その手段として生まれたのが、講談社エディトリアルフィルムだった。
左から進行役の別所哲也氏、講談社の長崎亘宏氏と岩切秀一氏。講談社エディトリアルフィルムは「長期的なブランド資産」を育てる事業として位置づけられる。
なぜ、出版社が企業の映画をつくるのか。講談社ライツ・メディアビジネス本部メディアプラットフォーム部副部長の岩切秀一氏は、自身の経験から話しはじめた。キャリアの出発点はファッション誌の編集。講談社では広告営業として編集者に伴走し、その仕事を見てきたという。
映像の世界で「編集」といえば、撮影した素材をつなぐ工程を思い浮かべる人も多いだろう。岩切氏がいう出版社の編集は、もっと手前にある。ファッション誌で新しいトレンドをつくること、漫画家の才能を見いだすこと。人や企画の可能性を育てる、プロデュースの力だ。
「編集とは、まだ見えていない価値を見つける仕事」。岩切氏はそうとらえ、その力を企業や自治体に向けることを考えた。取材で物語の種を探し、クリエイターに渡して映画に育ててもらう。「伝えたいこと」を映像にする前に、何を伝えるべきかを発見するところから始めるのだ。
発想の背景には、映画好きが高じて約2年前から映画学校に通い、自主制作をしてきた経験もある。撮影場所を探すロケハンでは、実際にその場に立つことで、ここが映画になるかもしれないと感じる。その瞬間を、企業との映画づくりにも生かせないか。
岩切氏が構想する「未来へのロケハン」は、取材で見つけた物語の種を記事や映像で公開し、取材の段階から企業と一緒に映画をつくっていく試みである。会場のスライドには「取材→発見→編集→映画」という順番が示された。
「取材(ロケハン)→発見→編集→映画」。映像制作に入る前の取材を重視する。
企業の「いい顔」を撮るだけでは、映画にならない
では、映画になる物語はどこで見つかるのか。岩切氏は、企業や自治体の課題について仮説を立てて取材に向かうと説明する。しかし、現場の人に話を聞くと、想定していた課題が相手の実感とは違っていたり、こちらが知らなかった事情を教えられたりする。取材前に考えた答えに当てはめるのではなく、そのずれに目を向けることが、物語を見つける手がかりになるという。
そこで岩切氏が紹介したのが、企業を取材する「10のレンズ」だった。まず、どのように生まれ、どんな出来事を経てきた企業なのか、事実を丁寧に知る。次に、その仕事に関わる人の思いや葛藤を掘り下げる。経営者だけでなく、会社を支えるさまざまな人に目を向けていく。そのうえで、この企業はなぜ必要なのか、なぜこのブランドは愛されているのかを問い、物語の核となる価値を探す。
「企業の何を見れば映画になると思いますか」。岩切氏は、ここから別所氏を交えた対話へと話を進めた。長崎氏が、広告の仕事ではつい商品の強みに目が向くと話すと、岩切氏も、広報を通じて企業の「いい顔」を紹介する仕事になりがちだったと振り返った。
しかし、企業の物語を映画にするなら、表向きの魅力を聞くだけでは足りない。そこで働く人が何を大切にし、どんな経験をしてきたのか。映像の構成を考える前に、時間をかけて取材し、まだ知られていない価値を見つけたい。
俳優で国際短編映画祭『ショートショート フィルムフェスティバル & アジア』の代表も務める別所哲也氏は、岩切氏の示した取材の視点を受け、映画にする際には「時間」も大切だと応じた。ここで話題になったのは、作品の長さをどう考えるかということ。別所氏は、映画が商業的な発展のなかで一定の上映時間にまとめられてきたことに触れ、これからつくる作品は、その枠に縛られなくてもよいと話す。
進行を務めた別所哲也氏。映画や舞台に携わる立場から、物語の見つけ方を語った。
ショートフィルムは「ノールールがルール」。3分でも15分でも、物語が持つ「体力」に合っていれば成立するという。企業のどの出来事を切り取り、どれほどの長さで見せるのがよいのか。尺を先に決めるのではなく、見つけた物語に合わせて考えるという提案だった。
そして、物語になるのは成功だけではない。別所氏は、思いもよらない出会いや、皆で取り組むなかで起こる奇跡のような出来事を「魔法」と呼ぶ。一方で、努力が失敗に終わったこと、人と人が出会うことで生まれる葛藤にも、映画的な要素があると語った。長崎氏も「まさに失敗こそ物語ですよね」と言葉を重ねた。
このやり取りに続いて、岩切氏が企業への取材に向けて用意した3つの問いを示した。「この会社がなくなったら、誰がいちばん困りますか?」「この会社で、いちばん映画になりそうな人は誰ですか?」「未来へ残したいものは、何ですか?」。商品について説明してもらうだけでは見えてこない、その会社ならではの物語を探る問いである。
ただし、ここまではあくまでチームで立てた仮説だった。それをたしかめるために、講談社のチームは実際に取材へ出かけた。
北海道・十勝で出会ったのは、地域で働く人の誇り
仮説を持って現場に行くと、何が見つかるのか。講談社のチームがセミナーに先立って訪れたのは、北海道・十勝だった。岩切氏が当初思い描いていたのは、『下町ロケット』のような企業のドラマや、『北の国から』のように北海道の風景が映える物語だったという。
訪問のきっかけは、東京の広告会社で働いたのち、故郷の十勝で地域事業の支援や旅の企画を手がける、TokaProの齊藤雅之氏との縁だった。岩切氏は、十勝のために自分に何ができるかを考え、事業に取り組む齊藤氏自身にも、映画の可能性を感じたという。齊藤氏の案内で、チームは1泊2日の取材に出かけ、酪農家やホテル関係者など、地域の未来をつくろうとする5人に話を聞いた。
エディトリアルフィルムが対象とするのは、企業だけでなく自治体や地域も含まれる。今回は帯広市がクライアントだったと仮定し、映画づくりに入る前に現地で物語の種を探す「未来へのロケハン」を、実際に試したものだという。
「未来へのロケハン」で実際に十勝へ赴き制作したショートムービー(動画はダイジェストver.)
会場では、その取材映像が上映された。食を入口に十勝に興味を持ってもらい、新たに人を呼び込みたいという声。外から訪れる人だけでなく、地元の人にこそ魅力を伝えたいという声が続く。生まれ育った土地で、そこに暮らす人たちと一緒に、場所やものの価値を高めていく。それは自分たちだからこそできることだと語る人もいる。いまの暮らしに満足している一方で、生まれ育った街が縮小していくことへの寂しさを口にする人もいた。
映像に流れるのは、土地の魅力の紹介だけではない。そこで暮らし、仕事を続ける一人ひとりが、何を大切にし、何を変えようとしているのかを語る言葉だった。
上映が終わると、会場からは自然と拍手が起こる。それを受けた岩切氏は、プロジェクトへかけた想いが込み上げ涙を見せた。
岩切氏は、人口減少や事業承継といった地域の課題を想定し、それを解決するにはどんな映像が必要かと考えていた。ところが現地で出会った人たちは、十勝で働くことに誇りを持っていたという。
とりわけ岩切氏の心に残ったのは、「子どもたちがここで働きたいと思える未来を残したい」という取材先の思いだった。誰の仕事や暮らしを掘り下げるかによって、人口減少や事業承継の問題も、そこで生きる人の物語として描けるかもしれない。
取材のなかで「これ自体がもう映画じゃないか」と感じた瞬間があったと、岩切氏は振り返る。事前に調べた課題に答えを出すつもりで訪れた場所に、想像していなかった物語があった。取材前の予想が外れたところで、映画の種が見つかったのだ。
観客が「参加者」「目撃者」になる、制作過程の公開
岩切氏が構想する「未来へのロケハン」は、取材で見つけた物語の種を記事や映像で公開しながら、企業や地域と一緒に映画をつくっていく試みでもある。取材し、物語を発見し、その過程も公開する。企業や地域の人も参加しながら、映画が完成していく。
映画の形式も、取材前から決まっているわけではない。実写のドラマにするのか、ドキュメンタリーにするのか。岩切氏はアニメーションも選択肢に挙げた。取材で見つけた人や思いを出発点に、依頼する企業と、映画をつくるクリエイターが表現のかたちを考えていく。
長崎氏が強調したのは、上映した映像は完成品ではなく、映画づくりの出発点だということ。岩切氏によれば、ロケハンのチームが主題と主人公を見つけ、講談社シネマラボのネットワークを通じて、プロデューサーやクリエイターが企画・脚本・演出を担う構想だ。
取材の内容は、講談社のマーケティングサイト「Cステーション」で記事として記録していく。映像に関心を持った人が、その土地や仕事の背景をテキストでもたどれる。映像と記事を行き来できる関係をつくることも、出版社の強みだと長崎氏は話した。
映画ができるまでの過程を公開することには、どんな可能性があるのか。長崎氏の問いに、別所氏は「プロセスマーケティング」が鍵になると答えた。
舞台の稽古場を公開する動画や、選考の全体を見せるオーディション番組。別所氏はこうした例を挙げ、作品や出演者が育っていく姿を見て、観客がファンになっていくと話す。完成を見届ける頃には、すでに応援する相手になっているのだ。
かつては商品ができるまで秘密にし、映画のメイキングも公開後に見せることが多かった。いまは脚本づくりやキャスティングの段階から関心を持ってもらえる。別所氏は、観客が「参加者」「目撃者」になっていく時代だと語った。
AI時代に求められる「真正性」は、人に会うことから
十勝での発見を受けて、別所氏は、あらためて出版社の取材する力に注目した。AIは既存のデータをつなぎ合わせたり、アレンジしたりできる。一方、現場で起きていることは刻々と変わっている。そこに足を運び、人の話を聞き、その場で感じることで初めて拾える物語があると話す。
長崎氏も、制作の過程を速めるためにAIを活用しているという。だからこそ、人が人に会うことで生まれるものを大切にしたい。そこで繰り返し挙げたのが、英語で真正性を意味する「オーセンティシティ」だった。
この日の話に即していえば、実際にそこで生きてきた人の経験や思いに根ざしている、ということだろう。十勝の人たちの声は、地域についての情報を集めただけでは見えていなかった、働くことへの誇りを伝えていた。企業の「いい顔」を取り繕うだけでは届かない実感を、時間をかけて取材する。長崎氏が重視する真正性は、そのような人との出会いから生まれるものだ。
長崎氏は、広告・クリエイティブの国際イベント『カンヌライオンズ』の話題にも触れた。今年はAIをめぐる話が多かった一方、印象に残ったキーワードは「ヒューマニティ」と「オーセンティシティ」だったという。
また、生成AI「Claude」の広告に使われた「Keep thinking」という言葉も紹介した。AIを提供する側が、人間に「考え続けて」と呼びかける。そのメッセージを長崎氏は、人が考えることを手放してはいけないという意味で受け止めたという。エディトリアルフィルムでも、AIを使いながら、何を描くかを見つけるために人に会いに行く。その姿勢は変わらない。
新アワードが評価する「編集力」と「未来への視点」
セミナーの終盤には、企業と映画の出会いをさらに増やす取り組みとして、BRANDED SHORTSの新部門賞「EDITORIAL FILM AWARD by KODANSHA」の名称や審査基準が発表された。
コンセプトは「企業の物語を未来へ残る文化資産に」。長崎氏は、BRANDED SHORTSが設ける8つの審査基準に加え、講談社ならではの4つの視点で作品を評価すると説明した。
1つ目の「エディトリアル」は、企業の本質を編集できているか。取材や対話を通じ、その企業の価値を見つける力を問う。2つ目の「エンゲージメント」は、当事者が誇りを持てるか。作品が外部の人にどう届くかとともに、そこで働く人や地域の人にとっての意味も重視する。3つ目の「タイムレス」は、未来への視点があるか。そして4つ目の「ストーリー」では、一本の映画として観る人の心を動かすかを評価する。
長崎氏は、物語を語る「ストーリーテリング」に加え、観た人自身がさらに語りたくなる「ナラティブ」も大切にしたいと話した。審査員には社外も含む第一線の編集者を迎えるほか、副賞として、受賞作をもとに講談社が編集するブランドブックを贈る構想も明かした。音楽のライナーノーツや映画の公式パンフレットのように、映像の物語を書籍でも伝えるイメージだという。
応募は同イベントをもって開始。応募締め切りは2027年5月、受賞作品の発表は同年9月を予定している。応募条件や手続きの詳細は特設サイトにて掲載。別所氏は、クリエイターや企業にもチャレンジしてほしいと呼びかけ、長崎氏も、会場の人たちがこの賞に関わることを期待した。
別所氏は、自身がエグゼクティブプロデューサーを務める『Visual EXPO』を、「おぎゃー」と生まれたばかりのイベントと表現した。その最初の開催で発表された新アワードが、次の年へとつながっていく。来年、ここにはどんな企業の物語が集まるのだろうか。
- プロフィール
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- 長崎亘宏
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株式会社講談社 ライツ・メディアビジネス本部 局次長。広告会社でのメディアプランニング職を経て、2006年講談社に入社。日本インタラクティブ広告協会理事(コンテンツマーケティング研究会座長)、日本マーケティング協会理事、interfm番組審議委員、Advertising Week Asiaアドバイザリーカウンシルメンバー。
- 岩切秀一
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株式会社講談社 ライツ・メディアビジネス本部 メディアプラットフォーム部 副部長。2012年講談社入社。デジタルメディアの広告営業を経て、マンガIPを活用した企業・自治体とのコンテンツマーケティングや新規企画に従事。出版社が培ってきた「編集力」と映画の「物語る力」を掛け合わせ、企業や地域に眠る物語を発見し、未来へ残す新たな映像プロジェクト「講談社エディトリアルフィルム」を立ち上げ、プロジェクトを推進している。
- 別所哲也
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90年日米合作映画『クライシス2050』でハリウッドデビュー。米国俳優協会(SAG)会員。その後、映画・ドラマ・舞台・ラジオ等で幅広く活躍中。「レ・ミゼラブル」、「ミス・サイゴン」などの舞台に出演。99年より、日本発の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」を主宰し、文化庁長官表彰受賞。観光庁「VISIT JAPAN 大使」、映画倫理委員会委員、外務省「ジャパン・ハウス」有識者諮問会議メンバー、東京観光大使に就任。内閣府・世界で活躍し『日本』を発信する日本人の一人に選出。第1回岩谷時子賞奨励賞受賞。第63回横浜文化賞受賞。
- アワード情報
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EDITORIAL FILM AWARD by KODANSHA
BRANDED SHORTSに新設される講談社の部門賞(来年のVisual EXPO by BRANDED SHORTSで受賞作品の発表・授与を実施)。
応募受付:2026年9月29日
応募締め切り:2027年5月予定/受賞作品発表:2027年9月予定
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